さすが真夏と言うべきか、雲ひとつ無い空の中で太陽が智宏達の頭上でギラギラと照っていた。
智宏は雫から貸してもらった安定感抜群のビニールボードの上に寝っ転がってのんびりすごしている。達也は智宏より数mほど沖でプカプカ浮いているし、レオと幹比古はどこまで泳ぎに行ったのか2人の姿は見えなくなっていた。
女性陣は智宏より砂浜側で遊んでおり、パラソルの下で休んでいる美月以外はボートに乗っている。実は先程まで皆で水を掛け合いながら遊んでいたのだが、途中からジェット水流並の水のぶっかけ合いが始まってしまい、危険なので止めようと達也が進言して今に至る。
ぐでーっとしている智宏がふと女性陣を見ると、いつの間にか雫がいなくなっているのに気づく。降りたのかな?と思っていると、こちらに何かが近づいてくる気配がした。
それは智宏が乗っているボードの真横まで来るとプカーと海面から顔を出した。
「雫」
「む・・・バレた?」
「バレバレ。でも一瞬消えたから驚いたぞ」
「潜ったからね・・・・・・・・・えい」
「あ、ちょ、うわ!」
雫がボードを下から持ち上げると、身体を固定していなかった智宏はあっけなく海に落ちてしまった。
南の島に来てすっかり油断していたようだ。
「な、なにすんだ!(ん?あ、達也め笑ってるな)」
「寝てないで遊ぼうよ」
「え〜・・・って近くない?」
「気の所為」
雫は誤魔化したが、絶対に気の所為ではない。智宏と雫の距離は30cm・・・いや、20cmくらいなのだ。
正直言ってこの状態は健全な男子高校生にはキツい。
「まぁいいか・・・ってヤバい!」
「え?」
智宏が叫ぶと同時に、2人の隣を高速で疾走した達也は智宏の視線の先に向かう。
何が起きたのかと言うと、ほのかが乗っていたボートが転覆してしまったのだ。喫水の浅い不安定な物で沖に出たのが間違い。しかし、なんとなく事故が起きる予感がしていた達也は素早く動く事ができ、ボートのところまで来ると潜ろうとしていた深雪を制して海中にダイブした。
そして海中でもがいているほのかに手を回し、達也は水を勢いよく蹴ってなんとか海面に浮上した。
そしてどういう経緯でこのような事になったのかを聞く前に、ほのかを持ち上げる要員としてボートに乗ったエリカのとこまで押し上げようとした。
「え・・・あ!ま、待ってください!」
「体力がなくなる。上がってくれ」
「わかりました!でもお願いですから少し待って!」
達也はなぜこんなにほのかが嫌がるのかわからなかったが、後から急いで泳いできた智宏と雫には、無理矢理押し上げられるほのかを見て事情を察してしまった。
元々ファッション性重視で泳ぐ事を考慮していないデザインの水着をほのかは着ていたのだろう。なんと、ほのかの水着はトップが捲れあがってしまったのだ。
智宏はまだ背中が見えてる時点で後ろにいた雫が両手で目を塞いだので見えなかった。
一方、達也はエリカが抱えるまでほのかに両手で触れていたので、抱えられた途端にほのかが正面を向いた時自分の目を隠す事ができなかった。
目の前に現れた見事な果実を見てしまったのはしょうがない。それでも達也は誤魔化すように目をつぶって海中に沈んだのだった。
そしてほのかは今更のように悲鳴を上げ、両手で胸を押さえてボートの上にうずくまった。
♢ ♢ ♢ ♢
「うえっ・・・グスッ・・・」
「あの・・・ほのかさん?大丈夫ですか?一体何が・・・」
何とも言えない空気の中、砂浜に戻ってきた智宏達は泣き崩れてしまったほのかに事情を知らない美月がオロオロと話しかけているのを見て、決まり悪げに2人を取り巻いている。
「だ、だから・・・エグッ・・・待ってって・・・ヒック・・・言ったのにぃ・・・」
「その・・・・・・すまない」
ここまで来ると誰が悪いとは言えない。別にほのかに責任があるわけでもないし、助けた達也もわざと見た訳では無いが知らん顔はできない。
達也は自身の責任を感じて頭を下げて謝った。
すると雫は智宏の横から離れてほのかの耳元に口を寄せ、ほのか以外に聞こえないくらいの声で囁いた。
「ほのか」
「・・・ヒック。何?」
「達也さんだって悪気があったわけじゃないよ。分かるよね?」
「うん」
「予定とは違ったけど・・・・・・ほのか、これはチャンスだよ。あのね・・・」
何やらきな臭い・・・というか陰謀めいたセリフだが、雫がもう二言三言囁くとほのかはようやく顔を上げた。
「達也さん。本当に悪いと思ってます?」
「嘘偽りなく思ってる」
「じゃあ・・・・・・今日1日私の言う事聞いてください」
「「「え?」」」
達也はもっと別の事を要求してくるのかと思っていたが、予想外のセリフに達也だけでなく智宏や深雪達も戸惑いが浮かんだ。
正直このような要求はほのかのイメージには合わない。
智宏が横に戻ってきた雫を見ると少しだけ口元が笑っていた。きっと雫の入れ知恵なのだろう。もはや確信犯だ。
「ダメですか?」
「いや、それでいいのなら・・・」
「約束ですよ!」
言う事を聞けという要求に達也が頷くと、ほのかは満面の笑みでスクッと立って達也の手を握った。
その時一瞬冷たい空気が流れたが、智宏が冷気の発生源をチラリと見ると深雪は「しょうがないですね」と苦笑している。
それからしばらくすると、競泳に出ていたレオと幹比古が海から帰ってきた。
レオはまだ元気そうだったが、幹比古はレオに遠くまで付き合わされて疲れ果てている。2人が帰ってきた頃にはちょうどバルコニーでおやつタイムが始まっており、テーブルの上には冷たいジュースとたくさんの果物が置かれていた。
これらの物は黒沢と彩音が用意したらしく、黒沢も「彩音さんのおかげで早く準備が出来ました」と喜んでいた。
智宏が雫から受け取ったジュースを飲んでいると、レオと幹比古が黒沢から渡されたタオルで身体を拭きながら近づいてきた。
「なぁ智宏」
「どうした?」
「達也と光井はどうしたんだ?」
「あれ、そういえば、見ないね・・・」
「ああ、あの2人は・・・って幹比古大丈夫か?息切れしてるけど」
「う、うん。大丈夫だよ、それで?」
「達也とほのかは・・・あそこ。あのボート」
智宏が指さす方向には達也とほのかがレトロな手漕ぎボートで沖へ向かっていた。
「なんだありゃ」
「何かあったのかい?」
「あったのよ。イロイロとね」
傍で聞いていたエリカも興味がありそうな感じで海上の2人に視線が行く。
麦わら帽子を被った達也の表情は麦わら帽子が作り出す影に隠れてしまってよく見えない。ほのかも日傘を差して背中をこちらに向けているのでなおさら表情はわからない。だがそれでも沖へ向かうボートからは浮き浮きした雰囲気が伝わってきた。
幹比古はうっかりしていたが、ここには深雪がいるのだ。眼前で堂々とイチャイチャ(?)している兄とほのかの姿を見せつけられて平気でいられるはずはない。それを察せなかった幹比古はここで1つやらかしてしまう。
「中々いい雰囲気じゃないか」
「あっ!コラッ!」
エリカは急いで注意したが、既に幹比古のセリフは全員に聞こえてしまっていた。
智宏とエリカは焦って幹比古を引きずっていこうとした。しかし2人は近くの席から夏とは思えないほどのヒンヤリとした空気で動けなかった。
シャリ、シャリ、シャリ、シャリ
さらにその席に座っている少女から真冬に聞こえるような音が聞き取れる。
シャリ、シャリ、シャリ、シャリ
まぁこんな事ができるのは1人しかいない。
「吉田君、冷えたオレンジはいかが?」
深雪から愛想よく(?)話しかけられた幹比古は、目の前に差し出されたオレンジをカクカク頷きながら受け取った。
受け取ったオレンジはスーパーで売ってる冷凍ミカンよりも冷たく、石のように硬かった。しばらく放置して溶かす必要があるだろう。幹比古は黒沢からスプーンを受け取り、手のひらの上に置いたオレンジを突っつき大人しくなった。
すると再び、シャリ、シャリという音が聞こえる。深雪の手には2つのマンゴーが握られており、あっという間に余分な物を一切つかっていない純粋なマンゴーシャーベットが完成した。
「智宏さん、西城君、食べますか?」
「あ、ありがとう」
「ども・・・・・・」
今度は智宏とレオに差し出された。2人は余計な事は言わない方がいいと判断し、大人しく受け取った。
3人がなんとかフルーツを溶かして食べている中、深雪はフルーツに八つ当たりするのが飽きたのか、立ち上がって雫に向き直る。
「雫、私疲れちゃったみたい。お部屋で休みたいのだけど」
「わかった。黒沢さん」
「かしこまりました。深雪様、こちらへ」
深雪と黒沢が別荘に入っていくと、バルコニーに漂っていた冷たい空気はどこかに消え、緊張感溢れる空気もなくなった。
これには一同
(怖かった)
と思ったのだった。
深雪の手作りシャーベットか・・・いいな