その日の夕食はバルコニーでバーベキューだった。
智宏達はテーブルとコンロを行ったり来たりしながら肉や野菜を食べている。ほのかが嬉しそうに達也の世話をしている姿を見て茶化しているエリカと雫がいたり、昼のティータイムが若干トラウマになっていた美月が女性陣から少し離れて幹比古と一緒に夕食をとっていた。
達也や智宏はいくつかの派閥に別れて食べる事はなく、ほのか達と食べたり、レオと3人でフードファイトを繰り広げたりしていた。
その間黒沢や彩音は智宏達の専属となり、空いた皿に次々と肉や野菜を乗せている。淡々と仕事をこなす彩音を見た智宏は、一旦食べるのを止めて体ごと彩音の方を向いた。
「彩音さ」
「なんでしょうか?」
「食べないの?」
「いえ、私はメイドですので」
なんとなくこの答えを予想していた智宏は、やれやれといった感じで皿の上に置いてある肉をフォークで刺して――
「しょうがないなぁ。ほら」
「えっ?」
ーー彩音の口に持って行った。
「あーん」
「え、あ!その、私は・・・」
「いいから食べなさい。あーん」
「・・・・・・いただきます」
「どう?」
「ん・・・美味しいです!」
「それはよかった」
幸せそうに食べる彩音は実際『おいしい』と言うより『嬉しい』感情の方が大きかった。それに気がついていない智宏も智宏だが、その後そんな彩音を目撃した雫から『あーん』をせがまれてしまった。
夕食を食べ終わり、男子は風呂、女子は部屋でカードゲームというふうに分かれた。
そして智宏は風呂から頭を拭きながら出てくると外に向かう深雪の姿を目撃し、気になって早足で深雪を追いかける。智宏が深雪に追いついたのは、浜辺に到着した時だった。
深雪は近づいてくる智宏に気がついた。
「智宏兄様・・・・・・」
「こら」
「あ、申し訳ございません。智宏さん」
「うん。それでどうした?何かあったのか?」
振り向いた深雪の表情はなんと言うか・・・・・・寂しそうな感じがした。声もいつもより数段階落ち込んでいる。
その理由は解らなくもない。しかし智宏は聞かずにはいられなかった。
「私は大丈夫ですよ?」
「誤魔化さなくてもいい。もしかして達也の事か?」
「・・・・・・・・・はい」
「気にしなくてもいいんじゃないか?確かに今日のアレは深雪にとって苦しいかもしれない。でも達也はどこにも行かないよ。ずっと深雪の傍にいるさ」
「智宏さん・・・・・・」
智宏は落ち込んでいた深雪の頭を撫でる。深雪も達也以外の男性に撫でられる経験などほぼないだろうが、特に嫌がる素振りは見せなかった。
手をどけると深雪はしっかり智宏の目を見た。その瞳は落ち込んだそれではなく、いつも通り美しい形を取り戻していた 。
2人は戻ろうとしたが、振り向くと別荘から砂浜に1人の小柄な少女が早歩きで向かってくるのに気がついた。
「あれは・・・・・・?」
「ん?ああ、雫だな」
「2人共何やってたの?」
「俺はここに向かう深雪を追っかけてきたんだ。雫こそどうしてここへ?」
「砂浜にいる2人を見つけたから」
どうやら雫は深雪探している途中、砂浜で話す智宏と深雪を見つけてこちらに来たらしい。夜の砂浜で男女が二人っきりで会っているとなると誰が見ても何か怪しい。これに雫はどこか危機感を感じたのだ。
「じゃあ何もなかったんだ」
「ええ」
「そうだな」
「ふーん、まぁいいや。それで深雪」
「何かしら?」
「話があるの」
「私はかまわないわよ?」
「あー、俺は戻った方がいいか」
「ごめんなさい。そうしてくれると助かる」
「女の子同士の会話を聞くのはあまりおすすめしませんよ?」
「ははは。じゃあ部屋に戻ってるわ」
智宏がヒラヒラと手を振りながら砂浜を去り、雫は波の音を数回聞いたところで深雪の目を見てこう問いかけた。
「深雪」
「何?」
「達也さんの事どう思ってるの?」
「愛しているわ」
雫の問いに深雪はなんの躊躇も、動揺も、考える時間もなく一瞬で答えた。
「それは・・・男の人として?」
「いいえ。私はお兄様を誰よりも愛しているし尊敬もしている。でも今私がお兄様に抱いている想いは恋愛感情ではないわ。前にも言ったけど兄妹で恋愛は有り得ないもの」
「そうなの?」
「なぜ雫がこの質問をしたのかは分かっているわ。大丈夫よ。ほのかの邪魔をする気はないから。ヤキモチだけはするけど・・・」
深雪の答えには1分の揺らぎも見られなかった。それどころか、雫は親友のために深雪に対してお願いをするつもりだったが、先に答えを言われてしまった。
笑いながら答える深雪に雫は泣きそうな表情を浮かべた。
「なんで・・・なんで割り切れるの?達也さんの事あんなに好きなのに」
「私達の関係を他人には説明できない。たくさんの事があったから。でも私が抱いているお兄様への想いは・・・・・・愛しているとしか表せないわ」
「もしかして本当の兄妹じゃないとか?」
「随分と深くまで聞くわね?」
「あっ、ごめん」
「別に責めてるわけじゃないのよ?」
深雪は1歩踏み出した。
その時雫は一瞬身体を強ばらせたが、深雪は雫の横を通り過ぎてこちらに振り返った。
その顔には屈託のない笑みを浮かべて。
「雫がほのかや私が傷つけ合わないか心配なんでしょう?」
「・・・うん」
「話は戻るけど、私が知る限りお兄様とはDNA検査で兄妹という関係が否定される結果は出なかった」
「・・・・・・」
「言いたいことは分かる。私がお兄様に向けている感情が兄妹の域を超えているって自分でも思うもの」
口ごもった雫に対し、深雪は自分の事は理解していると言う。
しかし、その後に言った言葉が雫に衝撃を与えた。
「でもね?私、実は3年前に死んでいたはずなのよ」
「えっ?」
「本当の事よ。詳しい事は言えないけど、あの時私は死んでいるはずだった。でもお兄様のおかげで私はこうして雫とお話ができるし、泣いたり笑ったりもできる。私の命はお兄様にいただいたもの。だからお兄様は私の全てであり、私の全てはお兄様のものなのよ」
「それって・・・?」
「恋愛感情じゃないわ。恋愛って相手を求めるでしょう?でも私はお兄様にこれ以上何も求めない。この気持ちを受け取って欲しいなんて思ってない・・・」
深雪の見事な告白に、雫は「参った」と白旗を揚げることしかできなかった。初めからわかっていた事だが、やはりどの面でも深雪には勝てそうにない。
「深雪って絶対大物になるよ」
「自分でも歪んでるって思うけどね。ところで雫」
「何?」
「貴女はいいのかしら?早くしないとライバルが増えるわよ?」
「なっ!」
雫は深雪からの反撃に近いセリフにビタっと身体が硬直した。
このまま部屋に戻ってほのかの発破をかけようと思っていたのだが、予想外の反撃だったので固まってしまう。
さらりと質問した深雪は珍しくしてやったりといったような顔をしている。
「み、深雪?」
「会長・・・いえ、七草先輩は智宏さんに気があるみたいだけど?」
「それは・・・」
「あと彩音ちゃんも怪しいわね。雫もヤキモチ妬いていたでしょう?」
「うあ、バレてた?」
「当たり前よ。どうするつもり?」
今のところ真由美と彩音が雫の中でリストアップされている。
そしてこの別荘において、雫は2人より先に彼女なりにアタックをした。彩音はともかく真由美よりはアピールしていただろう。
雫は深雪の問いに対し、しばらく考えた後こう言った。
「・・・・・・負けない」
劣等生の最新刊面白かったですよね
物語の終わりに向かってるようで少し寂しい感じもしましたが