第51話 論文コンペと不審な影
『5号物揚場から不法入国者が上陸しました。総員急行してください』
「やれやれ。やっぱあそこか」
「何言ってるんですか警部。行きますよ」
ここは24時間体制で稼働している港湾諸施設。警備も厳重に行われているが、それをすり抜けて不法入国する者もいた。
千葉寿和警部は部下の稲垣警部と軽口を交わしながら、5号物揚場700mという距離を30秒で踏破した。
普通ではできない芸当。彼らは魔法師だった。
2人は船を制圧しにかかると、10人以上の外人から拳銃やサブマシンガンを使った抵抗を受ける。しかしそれをものともせずにバッタバッタとなぎ倒していった。
そして千葉寿和は扉を斬って船の中に突貫したが中には誰もいない。船底のハッチが開かれているところを見ると、どうやら逃げられてしまったらしい。
脱出した彼らが向かったのは、横浜の中華街。そのとある飲食店の裏庭にある大きな井戸の横に見た目麗しい青年が立っていた。
しばらくすると井戸の石が崩れ、内側から男達が這い出てきた。
「皆様お疲れでしょう。まずは着替えてお寛ぎください」
「
中年の男はあまりありがたいと思っていない口調で答えるが、青年はそれを気にせず男達を先導して建物の中に入った。
♢ ♢ ♢ ♢
生徒会長選挙も終わり、新生徒会が誕生してから1週間が経った。
しかし、生徒会のメンバーが変わっても智宏達が別々になる事はない。今は食堂で昼食をとっており、そのメンバーは智宏、達也、深雪、雫、ほのか、エリカ、美月、レオ、幹比古だ。
と言っても半々でクラスが違うので、どちらかのクラスが席取りをする必要がある。今日は達也達Eクラスが席を取っていた。
「おっすお待たせ」
「お待たせしました」
「すいません達也さん。私のせいで遅くなっちゃって」
別荘での告白以来、ほのかは達也の言動により敏感になりネガティブな思考を見せる時もあった。
達也としては自分が虐めているみたいで居心地は良くなかった。まぁ原因は自分にあるので、ほのかの症状は少しずつ直していくしかない。
「気にするな。最初は誰でも戸惑うよ」
「そーそー。気にしない気にしない」
「だな」
エリカとレオが意外にもフォローしてくれたので、ほのかはやっと腰を下ろした。
実際今日はほのかの所為ではなく、職員室からの依頼で生徒会室のデータベースを漁っていたのだ。
ほのかは生徒会役員になったばかり。わからないこともあるのだろう。色々間違ったりするが、これは深雪と雫が慰めていた。
ところで今の説明でほのかが生徒会に入った事がわかっただろう。
新生徒会のメンバーは
会長・・・中条あずさ
副会長・・・司波深雪
書記・・・光井ほのか
会計・・・五十里啓
である。
あずさは最初達也を副会長に誘ったが、無論断られた。もちろん達也が断ったのもあるが、1番抵抗したのは花音だった。
花音は「司波君に抜けられると事務が回らない」と言った。達也は実働部隊だが、事務が苦手な花音はほぼ全ての事務を達也に丸投げするらしい。智宏はそのまま実働部隊に配備され、必要に応じて事務を手伝う予定だ。
しかしあずさも珍しく譲らず、本人を無視して話し合った結果、達也は今年は風紀委員、新年度は生徒会に移籍させることで合意した。それまでに花音は達也の後任(事務)を見つけなければならない。
午後の授業も終わり、放課後の図書館にある地下資料庫に達也はいた。
「お兄様」
「深雪か。どうかしたのかい?」
「市原先輩が探しておられましたよ。何でも論文コンペで相談したい事があるそうです」
「どこで?」
「魔法幾何学準備室です」
「わかった。すまないがここの鍵を返しておいてくれないか?」
「かしこまりました」
達也は深雪に鍵を預ける。その時カードキーを嬉しそうに受け取った深雪は構ってもらえて嬉しい子犬のようだった。
準備室に到着し、中に入ると廿楽と鈴音、五十里の3人が待っていた。
「お呼びですか?」
「今月末に魔法協会主催の論文コンペがある事は知っていますね?」
「名前だけは」
「まぁいいでしょう。本題ですが、司波君。第一高校の代表としてここの市原、五十里両名と共にコンペに参加してもらえませんか」
「自分がですか?」
聞き逃したわけではないが、いきなりの事に達也はそう反応せざるを得なかった。
日本魔法協会主催【全国高校生魔法論文コンペティション】。
全国といっても魔法科高校は9つしかないので、【文】の九校戦と言っても過言ではない。夏の九校戦で勝てなくてもこっちで自校の評価を上げる事ができるのだ。
「君がです」
「何故です」
「本来ならば平河君に出場してもらうはずでしたが、急に退学届けを持ってきましてね。なんとか思い留まらせましたがコンペには出れそうにないのです」
平河と言えば九校戦で不正工作をされて精神に大きな傷を負った生徒だ。
「はぁ・・・」
「でも君しか適任がいないらしいですよ。ね、市原君?」
「司波君を推薦したのは私です。他は拒否しました」
「なっ・・・・・・しかし他の人を押しのけてまで自分が?」
「今回の論文コンペは私のテーマに合わせてもらいます。でも他の人は私と方向性が違うのです」
論文の作成とプレゼンの準備は3人が共同で取り組む。なので代表が1人、サブが2人という役割分担がされる。もちろん誰でもいいわけではない。
「つまり自分に先輩のテーマが適していると」
「私のテーマは『重力制御魔法式熱核融合炉』です」
「なるほど。自分の研究テーマと同じなのですか」
「なのでお願いできませんか?」
「・・・わかりました。何をすればいいのですか?」
「これから説明します。まず――」
鈴音は棚から携帯黒板を取って達也と五十里に渡した。この携帯黒板は通信機能を供えた電子ペーパーで、小学校から一般企業まで幅広く採用されている。半世紀以上も前にタブレット端末は開発されていたが、これはその性能を大きく上回る代物だ。
そして自分の携帯端末に入っているデータを携帯黒板に移した。達也が画面を見るとそこには論文コンペの案内所が出ていた。
論文コンペとは高校生が魔法学や魔法工学の研究成果を発表する場である。しかし、それは学習結果ではなく、優秀な代表が魔法研究機関にスカウトされたり、論文がそのまま魔法大全に収録されて大学や企業などに利用されたりする。
開催日は10月の最終日。会場は日本魔法協会の本部と京都と副本部の横浜で行われ、今年の開催地は横浜国際会議場らしい。
「参加資格は論文の予備選考を突破した者や高校の推薦を受けた者です。でも非推薦から取ってはダメというルールはありません」
「ふむ」
「テーマは自由です。しかし過去に大量破壊兵器の開発をテーマにした生徒がいました。もちろんはねられました」
「すごい人もいるんですね」
「ちなみに三代前の生徒会長だよ」
「魔法協会へ提出する論文は再来週の日曜。でも私がチェックするから来週の水曜日には仕上げてください」
論文の提出期限はあと10日もない。結構キツキツだ。達也は何故廿楽に?と思った。
そんな達也の内心を五十里は悟ったのか、察し良く答えた。
「先生は選考責任者なんだよ」
「あぁ・・・」
達也が納得するとその日は解散となり、鈴音からいくつかの注意事項を聞いて達也は準備室を出た。
校門に到着すると、智宏や深雪達が待っていた。
「よー達也。おつかれ」
「お兄様!」
「じゃあ行こうぜ」
「あっ、ねーねー。喫茶店寄ってかない?」
エリカの進言により、一同は駅までの道のりにある割と本格的な喫茶店に向かった。
ここの喫茶店は生徒や教員に人気があり、常連として扱ってもらえる人もいる。
席に座ると、幹比古が達也が幾何学準備室に呼び出された訳を訪ねた。
達也がさっきの事を説明すると全員が驚いていた。
「え、達也論文コンペに選ばれたのかい?」
「すごいじゃん」
「さすがはお兄様ですね」
幹比古は素直に驚き、智宏と深雪は褒めたたえた。
「まぁな」
「え、反応薄すぎ」
「達也さんからしてみれば当然なんですよ」
呆れているエリカ。その反対側の席ではほのかが頷いている。
「1年生がコンペなんてほとんどないよ」
「でも達也さんの知識と実力は無視できませんよ?」
雫の反論に美月が返した。
まぁ1番目を爛々とさせていたのは幹比古だった。
「でも本当にすごいよ!あのコンペの優勝論文は『スーパーネイチャー』で毎年取り上げられるし、そうでなくても学会誌に掲載される事もあるんだから!」
スーパーネイチャーとは現代魔法学関係の中で最も権威があると言われているイギリスの雑誌だ。
しばらく腰を浮かして力説していた幹比古だったが、自分だけ盛り上がっているのに気がついて椅子に座った。
「でも大丈夫かい?期限近いんだろ?」
「あと10日もないな」
「そんな!大丈夫なんですか?」
「俺はサブだから大丈夫さ。論文は夏休みから書き始めていたらしい」
「そ、そうですよね。よかった」
「お兄様。何について書くのですか?」
「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的な問題点とその解決策だ」
「わぁお」
「・・・?」
智宏は加重系魔法の三大難問の1つがテーマである事を知って驚き、レオははてなマークを頭の上に浮かべていた。
和気あいあいとなる中、深雪だけは真剣だった。顔は笑っていたがその目は笑っていない。彼女は兄がこの研究に本気であると知っていたのだから。
ほのかの公開処刑、あれは恥ずかしすぎますね。
というかほのかは深雪公認なんですかねぇ。