四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第62話 ラッキーかアンラッキーか

 

 

 

 夕方でも1高は忙しそうに走り回る生徒で活気にあふれていた。

 魔法科高校に学園祭はない。だが、この活気は学園祭の前日に近いものを感じる。

 

 資材を運び込んだり、文化系クラブの女子生徒が主戦力となって差し入れをしていたり、今学校にいる全員がフル稼働していた。

 普段では下校している時間たが帰る生徒はほとんどいない。その中には美術部に所属する美月の姿もあった。

 

 10月中旬の秋の空。

 秋、といってもそろそろ日が沈む時間は早くなってきている。さっきまで空は赤かったのに今では紺青色になってきており、椅子に座っていた幹比古は「早いなぁ」と思った。

 先程まで模擬戦をやっており、5回も模擬戦は繰り広げられた。

 もちろん幹比古は5回全て克人に叩きのめされ、地面に寝っ転がった。

 

 今は全体の休憩時間のため、動いているのは文化系クラブの女子生徒だけ。

 そろそろ帰る準備でもしようかと幹比古が立ち上がった時、ちょうど「休憩終わり!」と号令がかかった。

 

「休憩が終わったか。僕は帰ろうかな」

 

「おーい吉田君!君もご馳走になっていきたまえ!」

 

 帰ろうとした幹比古はタイミング悪く沢木に捕まってしまった。

 どうやら弁当の差し入れを分けてもらえるらしい。確かに幹比古は腹が減っている。しかし今ここにいるのは初対面が多く、ほとんどが2年生だ。

 この中で食事をしたら味がわからないどころか胃にも悪そうだ。

 

 なんとか断わってやろうと思っていた幹比古は、自分を見つめる女子生徒を見つける。

 すぐに美月だとわかるが、妙な視線を感じ、結局断ろうにも断れなかった。

 

 柔道場の中に入り、幹比古が座るとその隣に美月がちょこんと腰を下ろした。

 すると彼女から弁当の包みが手渡された。

 

「ありがとう柴田さん」

 

「い、いえ・・・」

 

 幹比古が律儀に礼を言うと、美月は大袈裟に照れた表情を浮かべる。

 その様子を楽しそうに見ながら口の両端を釣り上げた上級生(主に女子)が何人もいた。

 普通の学校なら口を出すところだが、ここは名門の魔法科高校。皆節度をわきまえている・・・という名目だが、本当は面白い見せ物が終わってしまうのを嫌ったからだ。

 

 下級生2人が互いに話しかける度胸もなく座っている風景。結果として初々しい初恋カップルを見せている。

 さらに2人を温かい目で見ているのは女子生徒だけではない。武闘派の男子生徒もさすがに気づき始めた。

 幹比古と美月の指がふと触れて慌てて手を遠ざけるというお約束のシチュエーションが演じられた瞬間、男子生徒からは殺意と無言の喝采が武道場全体から飛び交っていた。

 

 自分達が肴になっているのにも気づいていない幹比古と美月だが、段々と「あれ?なんか変だな」と思い始めた。

 そして居心地が悪くなったのか、美月はいきなり立ち上がろうとした。逃げる気だろう。

 

 ちなみに、今の日本で畳の文化はほぼ無くなっていると言ってもいい。

 つまり、今の若者は畳には慣れていないわけであるからして――

 

「きゃっ!」

 

「あ、危ない!」

 

 慣れない座り方をしていた事を忘れていたのか、美月は自分の足が痺れていた事にも気が付かないでいた。

 

 そして立ち上がった直後見事に足をもつれさせ、悲鳴を上げて倒れる美月。幹比古はとっさに手を伸ばしたが間に合わない。なので膝を立てた状態でなんとか美月を受け止める事に成功した。

 

 成功したが、幹比古は今自分が触っている柔らかでボリュームのある感触がなんであるかを数秒後に悟ってしまう。

 当然触られている方も気がついた。

 

「っ!?」

 

「ごごごごめん!」

 

 美月は声にならない悲鳴を上げ、女の子座りに体勢を変えた。

 さっきから恥ずかしさで赤くなっていた顔はさらに真っ赤になり、じんわりと涙を浮かべると靴を履くことなく外へ飛び出した。

 

「何ボケっとしてるの!追いかけなさい!」

 

「は、はいいぃぃぃ!」

 

 走り去る美月の後ろ姿を呆然と見ていた幹比古は、名前も知らない上級生からの叱責で慌てて立ち上がり、美月の靴を持ってうっすらと星が見える空の下へ飛び出した。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 万が一に備えた訓練を行っているのは幹比古達だけではない。

 百家である【千葉家】の道場でも、レオは連日ここに来て6時間ぶっ続けで木刀を振っていた。

 

 太い鉄芯入りの木刀は上級者でも3時間振っていれば音を上げる代物だ。エリカはここまで続けたレオのスタミナと精神力に舌を巻いていた。

 

「はい、止め」

 

「ふぅ」

 

「にしてもタフね〜」

 

「山岳部でピッケルとかツルハシ振ってるしな。こういうのには慣れてんだ」

 

「ふぅん。あたしが使ってるのは軽いやつだからあんたのそれは振れないわ」

 

「軽すぎて使いにくくねーか?」

 

「そこは技よ」

 

 レオはエリカから投げられた木刀をキャッチすると、予想以上の軽さに驚いた。

 しかしエリカは謙遜も外連味もなくそう言って道着の中の汗を拭いた。

 

 その時道着の前襟を少し持ち上げて扇ぐような仕草をし、下着や肌が見えてしまった訳では無いが、レオはつい目を背けてしまう。

 

「・・・・・・どこ見てんのよ」

 

「べ、別に何にも?」

 

「あっそ。じゃあ次の段階に行くわよ」

 

 不自然な同様にエリカは少しだけ呆れてしまう。一瞬気まずい空気が流れたが、エリカとレオはどこかの2人の様にいつまでもモジモジする質ではない。

 

 エリカがレオを連れていったのは格子に囲まれた巻藁がある部屋だ。

 ここでは刃を振った時の刀身の軌跡が真っ平らになるように訓練する。薄羽蜉蝣に絶対必要な技術である。

 

「真剣だから気を付けなさい。やる事は覚えてるわね?」

 

「おうよ」

 

「じゃああたしは奥で少し休んでるから、終わったら呼びに来て」

 

 そう言ってエリカは部屋から出ていった。

 

 準備が出来たレオは、気合いと共に白刃を振り下ろした。

 最初は刃を食い込ませていたが、あっという間に慣れてしまい、エリカから与えられた課題は10分で終わってしまった。

 

 刀を鞘にしまって片付け、部屋を出てエリカを探しに廊下を歩いていると、着物を着た女性に会った。

 

「あら、あなたがエリカのクラスメイト?」

 

「西条レオンハルトと言います。エリカ・・さんに課題が終わったら呼びに来るように言われたのですが」

 

「なら休憩室ね。じゃあこの端末貸してあげるから、この通りに進めば着くわ。ドアもこれで開くから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 レオはエリカの姉らしき女性から携帯端末を預かった。家の扉を開ける権限を持つ携帯端末を他人に渡しても良いものなのか?とレオは思ったが、エリカを探しているのは事実なので、これでなんとかなるのは確かだろう。

 

 別れ際に言われた「ごゆっくり」というよくわからない言葉を頭の隅っこに追いやってレオはずんずん目的地まで歩いて行った。

 

 休憩室の前に到着すると、レオはまず扉をノックと同時に声をかけた。

 クラスメイトとはいえ他人の家の扉を開けるのには遠慮がある。

 

「おーい。いるのか?」

 

 返事はない。

 もう1回やっても応答はなかった。

 

「入るぞ」

 

 本当にここなんだろうかと疑問を抱きながら、貸してもらった携帯端末を扉の脇にあるリーダーに押し付けた。

 すると電子的な音がしてロックが外れた。

 

 それと同時に中で急に物音がし、何か慌ててるような感じだった。

 レオは取っ手のない引き戸をエリカの制止する声(聞こえてない)があったにも関わらず、ガラッと扉を開けた。

 

「え?」

 

「あ・・・あ・・・」

 

 開けた瞬間レオの視界にとんでもない光景が入ってきた。

 なんと中にいたエリカはバスタオル1枚というあられもない格好だったのである。

 

 互いに固まってしまったが、最初に硬直が溶けたのはエリカのほうだった。

 

 

 

「す、すけべ変態覗き魔!さっさとしめろバカー!」

 

 

 

 エリカから早口で罵倒を浴びせられたレオは急いで扉を閉めた。

 

 数分後―――

 

「まったくあの陰険女・・・」

 

「・・・・・・」

 

 ドスドス音を立てながらエリカは廊下を歩き、その後ろをレオが歩いていた。

 

 レオの頬には赤い紅葉が刻まれている。これはエリカが部屋から出てきた時、彼女に引っぱたかれた跡だ。

 わざとではなかったが、レオはあえてそれを受けた。今回の件は全面的に自分が悪いと思っているからだ。

 

「レオ。さっきの事は忘れなさい」

 

 突然エリカから無茶な要求が出た。

 忘れようとして忘れられるならぜひそうしたいのだが、先程の光景が中々頭から離れない。

 

「って言っても無理でしょ?だったらそれを忘れられるくらい色々叩き込んであげる」

 

「まさか泊まりでか?」

 

「あったりまえでしょ」

 

 幸か不幸か、レオはエリカからの追求を逃れた変わりに泊まり込みでの修行が決定してしまった。

 

 着替えを持ってきていない、とレオが言うと、エリカは経費て落とすと言っていた。

 もうレオに選択肢は1つしか残されていないのだった。




捕まんないだけラッキーですわ
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