四葉を継ぐ者   作:ムイト

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第68話 コンペまであと2日

 

 

 鑑別所の呂による襲撃からは特に事件も無く、安心してそれぞれの作業に打ち込むことができた。

 

 動きがあったのはコンペの2日前の金曜日。

 司波家では夕食も入浴と済ませてあとは寝るだけの状態の達也がいた。

 リビングでくつろいでいると、テレビフォンに響子からの着信が来た。もちろん要件はわかっているので、すぐに出た。

 

「こんばんわ」

 

『こんばんわ達也君。もう寝るところだったかしら?』

 

「いえ、問題ありません」

 

『よかった。要件はわかってると思うけど、スパイの実働部隊はほぼ全て拘束したわ』

 

「ほぼ、ですか?」

 

『隊長の陳祥山(チェン シャンシェン)は逃しちゃったの。でも呂剛虎は確保できたから満足できる結果です』

 

 響子の言う通り、この数日でスパイはそのほとんどが抑えられており、陣は逃してしまったが、これで当日までは大丈夫だろうと予想された。

 

 実際、これまで魔法科高校やFLTだけでなく他の専業メーカーなどは産業スパイに悩まされてきたので、無駄足というわけではない。元々捕まえる予定だったのだ。

 それと驚くべきことに、レリックの情報が漏れていたのはなんと国防軍の経理データからだったらしい。

 

「データが漏れていたのですか・・・しかし嬉しそうですね」

 

『もちろんよ。情報漏れは恥ずかしいけど大量のスパイを確保できたもの。またお願いするかもしれないから、よろしくね』

 

「了解しました」

 

『じゃ、頑張ってね。応援してるわ』

 

 上司とは思えないフレンドリーな激励で響子の電話は切れた。

 この時、達也も響子も今回のスパイ騒動がそれほど深刻なものとは考えていなかった。その考えは早計だったのを知らずに・・・。

 

 電話が切れると達也はソファにどっかり腰を下ろした。いつもより疲労が溜まっているのだろう。頭の中を空っぽにしたらあっという間に寝てしまった。

 

 数分後、入浴を終えた深雪は兄がソファで寝ているのに気がついた。

 

(まぁお兄様ったら)

 

 たまに達也は自分の世界に閉じこもってしまうこともあったが、深雪は不満を覚えなかった。むしろ無防備な姿を見せてくれるのが嬉しかった。

 深雪は達也に「たまには私ではなく自分の事を考えてほしい」と思っていた。こうして側にいてくれるだけで十分満足しているし、少しだけ構ってもらえればいいと思っている。

 自分だけを見て欲しい。

 自分たけを構って欲しい。

 そんな感情がないわけではない。しかしそれはいつまでも自分に達也を縛り付ける事になってしまう。それは深雪自身が嫌だった。

 

 音を立てないようにそっと達也に近づき、ソファの肘掛に右手を置いて身体に触れないようにゆっくりと、正面から達也の顔を覗いた。

 達也の顔色は心配したほど悪くはなかった。それに安堵した深雪だったが、じっと兄の顔を覗いている内に深雪の意識に霞がかかってくる。心音が加速して頭に血が上り、自分が何をしようとしているのかがわからない。

 ただ、ゆっくりと深雪の顔は達也の顔に近づいて行った。

 

 互いの顔の距離が息のかかる距離まで近づくと、達也はいきなり目を開いた。さすがにここまで近いと気づかない方がおかしい。

 

 2人の目が重なり合う。

 いきなり目を覚ました達也に深雪は驚き、バランスを崩して前へ倒れ込んだ。

 

「きゃっ」

 

「深雪!」

 

 兄妹として超えてはいけない一線は、達也が深雪の肩を掴んで無事(?)止められる。

 キスをする直前の距離で2人は見つめ合う。

 

 達也はそらせていた首を元の位置に戻したが、その時自然に深雪の身体を上から下に眺めることになった。深雪も兄の視線につられて己の状態を確認する。深雪のミニスカートは倒れ込んだ時に大きく広がっており、かろうじて下着を隠しているだけの状態だった。

 

「も、申し訳ございませんっ!」

 

 凄い勢いで後ろに下がって頭を下げた深雪は、これまた凄い速さでリビングを飛び出して自室に篭ってしまった。

 

 部屋に入った深雪は大急ぎで鍵をかけ、背中をドアに預けてズルズルとへたりこんでしまう。ペタンと座り込んでしばらくボーッとしていたが、どこかに行ったていた思考力も時間が経つと戻ってくる。

 そして自分の顔を両手で覆って俯いた。鏡を見なくても自分の顔が真っ赤に茹で上がっているのがわかる。

 

(お兄様になんてことを・・・・・・もう少しでキ、キ、キ・・・)

 

 自分があの時何をしようとしていたのか、今の深雪にはわからない。

 しかしやろうとしていたのは事実。このままでは深雪は朝までフリーズと再起動を繰り返してしまうだろう。

 

 だが、この状況を達也が放っておくはずがない。

 

「深雪」

 

「はい!」

 

 ドアの向こうに兄が来て自分を呼んでいる。

 いつもなら直ぐにドアを開けるところだが、この状況ではそうはいかない。

 深雪は潤んだ両目から涙を拭い、ゆっくり立ち上がった。

 

 今の自分を見られるのは恥ずかしかったが、兄の呼び出しに逆らう選択肢はない。

 震えた手でドアを開けた。

 

「どうぞ」

 

 深雪は達也が入れるくらいのスペースを作ったが、達也は入ってこない。

 しかも深雪は達也に見られているのに気がついた。

 さっきより身体が熱い。

 目を合わせることができなかったが、達也に見られているのに耐えられなくなった深雪は目を達也に向けた。

 

 2人の目はまた重なった。

 その拍子に深雪の目にはさっき拭ったにも関わらず、再び涙が溜まってくる。

 慌てて涙を拭おうとすると達也はその手をそっと押さえ、もう一方の手の親指で涙を拭った。

 

「まぁ、その・・・俺は大丈夫だぞ。だから深雪も気にするな」

 

 声を失っている深雪に達也は不器用な笑顔でそう告げる。

 

「もうおやすみ。下は俺が片付けるから」

 

 そう言って達也は深雪から手を離し、リビングに戻って行った。

 兄の姿が見えなくなるまで見送った深雪はさっきより優しくドアを閉める。

 

 ふらふらとベッドに向かい、またボーッとしながら服を脱ぐとベッドに背中から倒れ込む。そこでやっと我に帰ったのか、深雪は思い出したように左右に転がりながら全身で悶えていた。

 その顔は涙を浮かべていた表情とは違い、幸せそうなものだった。

 

 一方、司波兄妹の間でそんなやり取りがあったなど知る由もない智宏は、風呂から上がるとソファに寝転んだ。

 

(ついに明後日か・・・・・・何もなければいいんだが)

 

「あの・・・」

 

 考え事をしていると、後ろから彩音に声をかけられた。

 身体を起こして彩音を見ると、なぜか申し訳なさそうな顔をしている。

 

「どうした?」

 

「明日はお休みをいただきたいのです」

 

「なにかあったのか?」

 

「実は御当主様からお呼び出しがありまして。四葉家の本家に行かなければいけないのです」

 

 詳しく話を聞くと、真夜が直々に彩音を呼び寄せたらしい。まぁ智宏の世話をしている彩音を本家まで引っ張ってくるにはそれなりの地位が必要なので、命令したのが誰かは予想がつく。

 

 用事は智宏あったらしいのだが、達也の護衛がある事を知っていた真夜は智宏が家にいない間、彩音を本家に呼ぶ事にした。しかしその用事は智宏も彩音も知らない。

 

「なるほどな。じゃあいいよ」

 

「え?よろしいのですか?」

 

「俺の代わりに行ってくれるんだろう?なら大丈夫だ」

 

「あ、ありがとうございます!18時までには戻れると思いますので!」

 

 もちろん智宏に彩音を止める権利はない。それに真夜が来るように命令したならなおさらだ。

 

 

 ♢ ♢ ♢ ♢

 

 

 時計の針が0時をまわった頃、横浜の中華街では国防軍の襲撃から上手く逃げ出した陣が周を訪れていた。

 

「先生。お世話になりました」

 

「恐縮です」

 

「本国から艦艇が派遣されることになりました。これも先生のおかげだと思っています。ただ・・・」

 

「閣下?」

 

「副官が捕まってしまいまして。もう一度手を貸してくれませんか?」

 

「もちろんですとも。同胞を救うためです」

 

 陣は真剣な表情で周に副官である呂剛虎の救出を頼んだ。無論頭を下げるような真似はしない。

 

 それなのに周は笑顔で了承し、移送ルートや日時を陣に教えた。

 もちろんただではない。

 

「そのかわり。この街への被害は・・・」

 

「わかっています。荒事になりますが、中華街に被害がおよばないように指揮官に念押しします」

 

 こうして呂の奪還が決まった。

 しかし、それを知っていたのは彼らのみ。国防軍も公安も、誰一人この情報を得ることはできなかった。

 

 論文コンペまであと1日。

 横浜に・・・いや、この日本に巨大な嵐が来ることはまだ誰も知らない。




おかしい。あんなに寒かったのに最近暑いぞ…
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