10月29日土曜日。
今日は土曜授業だが、どのクラスも自習が続いた。特に二科生は半分が自習だ。
何かと騒がしいわけでもなく、静かに自習をいているが、時々中庭から爆発音がしても「うわっ」と数人がびっくりするだけだった。
ちなみに達也は教室で自習をしている。別にクビになったわけではない。達也の仕事がないのだ。今は達也がいなくてもできる事を五十里がやっている。
実は、今朝鈴音から「午後から登校します」との連絡を受け、やる事が無くなってしまったのだ。
達也が教室にいるということは、智宏の仕事も一旦中断となっている。智宏も教室で深雪達と自習をしていた。
一限が終わると、いつも通りに深雪の机の周りに智宏と雫、ほのかが集まりだした。
「いやーとうとう明日だな。達也は大丈夫そうか?」
「はい。でもお兄様は少しお疲れのようで・・・」
「え!」
「ほのか、達也さんなら大丈夫だよ」
「そ、そうよね。でも休んでもらいたいな」
智宏が達也の事を聞くと深雪は何故か少し顔を赤くして答えた。
その理由はわからなかったが、実は深雪は昨日の事を思い出していただけ。しかしそれを知る人はいない。
休み時間も後半になると、話は達也の事から明日の論文コンペに変わった。
「智宏さんは明日行くの?」
「もちろん。警備隊だからね」
「じゃあ会場には入らない?」
「配備場所によるな。十文字先輩次第だ」
「そういえば十文字先輩は警備隊の総隊長でしたね」
どうやら雫は智宏が行くか心配だったらしいのだが、警備隊である智宏は会場に入れる確率は低い、と伝えると少ししょんぼりした。
まぁ警備隊の配置は適当にやるわけにはいかない。誰がどの魔法を得意としているのかで場所は変わる。
近接戦が得意な人、遠距離戦が得意な人、防御が得意な人、オールマイティな人など、得意な事は人それぞれだ。
その後、明日は誰と行くのかという話になり、智宏は達也と深雪の3人で行くと言った。エリカ達の方は知らないが、雫とほのかみたいにペアやグループで行くのだろう。
♢ ♢ ♢ ♢
さて、午前中に学校を休んでいた鈴音はどこにいたのだろうか。
それは千秋が入院している病院である。
時期上1人では行けないため、服部も同行者として病院に来ている。(鈴音は1人でいいと言ったらしいが、真由美と摩利が猛反対していた)
鈴音はドアをノックし、中からの返事を待ってから新しく取り付けられたドアノブ掴んで開けた。
「安宿先生でしたか」
「こんにちは市原さん。そこに掛けて」
中にいたのは千秋だけではなかった。
ベッドの脇にいたのは魔法科高校の保健医である
ちなみに千秋本人はベッドの上でジッと座っている。
「先生。平河千秋さんは大丈夫ですか?」
「ええ。精神に疾患を生じている症状もなさそうだし」
「では・・・」
鈴音は立ち上がり、ベッドを回り込んで窓際に立ち、千秋に目を向けないで外を見ながら話しかけた。
「平河千秋さん。あなたのやり方は正直間違っています。このままでは好意も敵意も引き出せないでしょう」
「それがなんだって言うんですか!あたしはアイツにとってその他大勢に過ぎないなんてわかってますよ!」
その言葉にはそれが真実だと思い知らされるほどの力があったのか、鈴音は千秋から言葉と感情を引き出すことができた。
そして鈴音の予想通り、千秋は紗耶香や花音にとったいた態度と同じように接している。ただ、鈴音はほかの2人とは違う。
「あなたの司波君に対する評価は合っていると思いますよ。しかしいくら喚こうが彼は虫に集られるのと同じくらいに感じる程度でしょう」
だからそれがなんだ!
と千秋は思った。
しかし、内心ではそれをわかっているため、口には出せなかった。
魔法を撃ち込まれても微動だにしなかったのなら、直接手を出さなかった自分は虫けら以下ではないか。
そう思い始め、千秋は爪が掌に食い込むくらいに拳を握り締める。
そんな千秋に鈴音は目もくれない。
「知っていますか?司波君は筆記試験でトップでした」
「それがなんです?」
「他の分野で司波君を負かす事は不可能です。しかし、魔法工学なら可能かもしれません」
その言葉を聞いた千秋は初めて大きく目を見開き、「信じられない」と言いたげな目を鈴音に向けていた。
「彼はハードウェアが苦手なようです。もちろん他の生徒よりは上ですが・・・・・・貴女はハードウェアが得意だそうですね」
千秋は鈴音の言っている事が理解できた。
1年生の内は魔法工学もソフトが中心なのだが、2年生に上がるとハードの比重が増えてくる。
つまり、逆転のチャンスがあるということがわかった。
「明日会場に来てください。何か得られるものがあるはずです」
「・・・行ってもいいんですか?」
「先生、大丈夫ですよね?」
「ええ。外傷も内傷も精神的な傷もないから大丈夫よ」
「だそうですよ」
千秋の瞳から自暴自棄の色が消え、光が戻ってきているのを鈴音は確認し、病室を出ていった。
達也を負かせる事ができる可能性。
今の鈴音の言葉は麻薬に近い。
追い詰められた少女に注入された【可能性】という薬は、確実に千秋の心に変化をもたらしていた。
夕方になり辺りが赤く染まってきた頃、横浜に向かう列車に3高の生徒達が乗っていた。
九校戦の時もそうだったが、首都圏や国内の中央部から離れている地方の魔法科高校は前日に横浜にで1泊することになっている。
今回のコンペはほとんどの学校が泊まりに来るだろう。
列車が線路を走る一定のリズムに揺られながら、吉祥寺はコンペのために作成した資料を読みふけっていた。
「ジョージ」
「・・・将輝」
「もう着くぞ」
「わかった」
自分を呼びに来た将輝に返事をすると、手に持った電子書籍の電源を切り、荷物をまとめ始めた。
横浜で達也と再び対決する。
今はその事が頭の中から離れずにいる。
自分もだが、密かに達也の事をライバル視している将輝を見ながら、吉祥寺はこれからどうやって時間を潰そうか考えていた。
♢ ♢ ♢ ♢
横浜の街を見下ろせる横浜ベイヒルズタワーの最上階。
この階にあるバーラウンジでは1組のカップル(?)が夜景を見ながらワインの入っているグラスを傾けていた。
「今年のワインは美味しいですね」
「私、実はお酒はあまり飲まないものですから・・・・・・味がわからないのです。申し訳ないですわ」
「いえ!それならそれで、これから飲み比べてみては・・・?あっ、それより今回のヤマなんですが、なんとかメドが立ちました」
「本当ですか?」
「はい。今日は本官からのお礼です」
「お互い様ですよ、警部さん。そうそう。今晩だけでなく、明日も付き合ってくれません?」
不意に言った言葉で、危うくワインをこぼしそうになった寿和を見て響子はクスリと笑みを見せた。
「ほ、本官でよければ!」
千葉家の長男である寿和は、次男の修次と比べても全く異性に縁がない生活を送ってきた・・・わけでもない。
道場に摩利のように女性も通っているし、学生時代もそれなりにやんちゃしていた。
妹からは「不真面目だ」と言われているが。
なのでこのような反応は珍しいのだ。
「では、朝8時半に桜木町の駅でよろしくお願いします」
「朝ですか?」
「論文コンペがありまして、それに知り合いの男の子が出場するんですよ」
「はぁ・・・」
寿和の反応の意味、響子はわかっていた。
しかしそれを指摘することなく話を進めていく。
「それでですね?是非とも部下の方々にお声をかけてくれませんか?」
「部下に?」
「はい。それに武装デバイスと実弾銃も持ってきてくれれば助かります」
「ッ!それは・・・」
響子はさらりとそう言った。そして寿和も伊達に警察官をやっているわけではなく、この言葉を聞いた瞬間顔を引き締めた。
実弾銃まで携帯させるとなるとただ事ではなくなってくる。テロか暴動か、これらの騒動を想定していないと考えられない要求だ。
目の前で同様している寿和から目を夜景に移した響子は、静かにワイングラスを傾けた。
「まぁ、何も起きなければいいんですけどね」
今週からいっきに寒くなったぁ。風が痛い。