「「危ない!」」
寿和と桐原の声と同時に敵がハイパワーライフルとロケットランチャーによる攻撃を開始した。
尻もちをついて動けない紗耶香を桐原が、いきなりの奇襲で回避が遅れた花音を五十里がそれぞれ庇う。寿和は4人と少し離れた所にいたため、彼らを守ることができない。
遮蔽物に隠れる事が困難な寿和と桐原は、弾丸を弾いて攻撃を防ぐ。しかし、経験と実力が寿和に劣る桐原は全ての弾丸を弾くことはできなかった。
片腕で刀を持っていた上、弾を弾いた反動で下半身までカバーしきれなかったのだろう。桐原の右足に弾丸は命中。膝から下を吹き飛ばしてしまった。
また、ロケット弾が遮蔽物になっていた車に命中。その破片が花音を庇っていた五十里の背中に突き刺さった。
2人の傷口からは血が止まることなく溢れ出る。危険な状態だ。失血死、ショック死の可能性もあるのだ。
敵はこちらの様子を確認している。何人か話し合っているのを見るに、五十里達を捕虜にするかどうか決めているのだろう。
負傷した2人を見た寿和は、その隙にそっちへ移動しようと考えたが、下手に動くと攻撃が再開してしまうと考え、その場に留まった。
「桐原君!しっかりして!」
「啓!啓!」
紗耶香と花音の悲鳴が辺りに響く。だが五十里も桐原も痛みで呻き声を上げるしかなかった。
すると上空から1人の少女が降ってきた。深雪である。後部ハッチから下の様子を見ていた彼女は、不意打ちで知り合いを傷つけられた事により逆上してしまった。
深雪はそのままハッチから飛び降り、魔法で落下スピードを抑えて着地した。敵からすると何も無い空中からいきなり現れたように見えただろう。
下に降りた深雪は魔法を発動するため、意識を敵へ向ける。今の彼女にCADは必要なく、自身の圧倒的魔法領域が深雪の最も得意としている魔法を編み上げた。
なぜそのような事ができたのか。
それは力が元に戻ったからだ。
力を封じられていたのは達也だけではない。達也の力を封印していた深雪にもその制限がかかっていた。深雪は兄の魔法を封印するのに、自身の魔法力の半分を常にそちらへ向けていなければならず、いつもは半分の実力しか出せていなかったのだ。
しかし達也の力を解放した今、深雪の魔法力は100%の状態となり、CADがいらないほどの力を手にしていた。
さて、ここで少しだけ四葉の話をしよう。
四葉家とは日本だけでなく、海外からも恐れられている家だ。
外からはアンタッチャブルと呼ばれる一族。しかし一条家のように一族の2つ名はない。その理由は、四葉家の本家や分家の者一人一人が特殊な力を持っているため、1つのカテゴリーに収めることができないのだ。
もちろん智宏は【流星群】が使えるので、それが智宏の子供に継がれれば四葉家の2つ名に流星群が入るかもしれない。
そして深雪の母、深夜(智宏の叔母)は他人の精神構造に干渉する系統外魔法を得意としており、その魔法は見事に娘にも受け継がれていた。
深雪は自身の中で魔法が完成したのを感じると、手を前に出してその魔法を発動した。
系統外・精神干渉魔法【コキュートス】
世界が凍りついた。
だが寿和や花音に変化はない。
凍りついたと感じたのは敵の方だ。それも一瞬だけ。その後は精神が凍りついたため、何も考えることはできなかった。
その光景を見ていた寿和は深雪を恐ろしく思った。彼女が魔法を発動したかと思うと、目の前にいた敵全てが硬直したまま動かなくなっていたからだ。
敵は自分が死んだことさえわからないだろう。それに肉体はまだ死んでいなかった。精神が凍りついたために、命令ができなくなっていたのだ。
(精神を凍らせた?あの少女はいったい・・・・・・)
妹のエリカも人を殺すのに抵抗はないが、あそこまで恐ろしい事はできないかもしれない。
その恐ろしい魔法を発動した深雪は、一瞬自分の行いを悔いるような表情をした後、手を上げて大声で叫んだ。
「お兄様!」
すると愛する妹の声に反応した達也は、すぐに深雪のそばに着地してバイザーを上げた。
深雪に桐原と五十里のところに案内された達也は、2人の状態に顔を顰める。
「お兄様、お願いします!」
「何するの!?」
達也の腕にしがみついた深雪。達也は頷いて腰からCADを抜いた。そして銃口を五十里に合わせる。
花音は許嫁に向けられた銃口に反応したが、止める時間はなかった。
引き金を引く達也。そして奇跡とも言える魔法【再生】が発動された。
(エイドス変更履歴の遡及を開始)
(肉体を10分前までの物に復元)
(復元開始)
この時間は一瞬。だが達也にとっては長く感じられた。
五十里の身体は、負傷をしなかった状態に復元され、そもそも負傷した事実を無かったことになった。
背中に突き刺さった破片は消え、破けた制服も、服についた血も元通りだ。
(復元、完了)
五十里の治療を終えた達也は、次に桐原へCADを向けて再度引き金を引いた。
桐原の千切れた足は主人の下に引き寄せられ、接触したかと思ったら桐原の足は元通りになった。視覚効果はこっちの方があるかもしれない。
達也は痛みに耐えながら深雪を抱き寄せ、耳元で「よくやった」と囁いてから再び空中へ戻っていく。深雪達は達也が去っていった方向をしばらく見ていたが、寿和がハッとなった声を上げた。
「皆!ひとまずヘリに乗るんだ!君、ヘリと連絡取れるかい?」
「は、はい!」
深雪が手を上げて合図をすると、光学迷彩が施されているヘリからロープが垂れてきた。
「じゃあさっき負傷した君達と彼女さんからだ」
「か、かの・・・・・・!?」
寿和の言葉に紗耶香は顔を真っ赤にするが、五十里と花音が立ち上がるのを見ると、まだ現状を把握できていない桐原の肩を抱いて立ち上がらせた。
4人はロープの先に足を引っ掛けると、スルスル上に上がっていき、ホバリングしているであろうヘリの高さになると姿を消した。
残るは寿和と深雪だけだ。2人を回収しようと2本のロープが垂れてくる。
「千葉さん。行きましょうか」
「いや、ここで別れるよ。俺は他の市民を探しに行くから」
「そう、ですか。では失礼いたします」
深雪はお嬢様らしく一礼すると、ロープに捕まってヘリに収容されていく。
ヘリで深雪を出迎えたのは、達也の魔法を目撃してしまった全員の視線だった。
そこからはしばらく無言だったが、五十里がポツリと呟く。
「僕は確かに怪我を負ったはずだったよね。桐原君も」
「ああ」
桐原は千切れたはずの足をさすっている。
「この足は確かに千切れた。でも今はこうやってくっついている」
「司波さん。あの魔法はどの程度持続するの?」
五十里が深雪に問いかけた。
魔法による治療は一時的なもの。魔法が進歩したと言っても、完璧な治癒魔法は今も存在していないのだ。
出血を魔法で止めても、持続時間が短い場合は新しい魔法を施す必要があった。五十里や桐原にかかった魔法に持続時間がある場合、直ちにこのヘリは病院へ行かなければならない。五十里の問は真っ当なものだ。
どれくらいの時間2人は持つのか。
しかし深雪の返答は全員の予想を遥かに上回った。
「永続的です。お2人は完治しているので病院に行く必要はありません」
「ということはこれまで通りの生活ができるのか!?」
摩利が興奮したように言う。
「はい。運動も戦闘も問題ありません」
「そんな魔法があるのか・・・・・・司波、あの魔法はなんなんだ?」
「摩利!それはマナー違反よ!」
真由美から摩利に叱責が飛ぶ。だが深雪は気にしていないようだった。
「かまいませんよ。本来ならダメですが、今ならお兄様も許してくださると思います。しかし絶対に他言無用でお願いします」
「わかった」
「もちろんよ。七草の名前に誓って誰にも言わない。もし話したら私が処理するわ」
少々物騒だが、これで達也の魔法が表に出ることはなくなった。
では、と深雪が口を開く。
「お兄様が使った魔法は治癒魔法ではありません。あれの固有名詞は【再生】。エイドスの変更履歴を最大24時間まで遡り、外的な損傷を受ける前のエイドスをコピー。それを今の状態に上書きすることで復元されるのです」
深雪の説明に一同は声が出なかった。
「治癒魔法が一時的なものでしかない理由は、エイドスの復元力が作用するからです。外からの魔法にかかった自分を、かかる前に戻そうとする。しかし【再生】はそうではありません。あれは負傷する前のものに復元するのでそもそも負傷しなかった事になるのです」
「つまり、今の五十里君と桐原君の身体は負傷する前の身体ってこと?」
「その通りです」
そんな凄い魔法があるのか。深雪以外はそう思っただろう。
「それは生物に限られるの?」
「違うわエリカ。生物でも機械でも、お兄様は一瞬で復元できるわ。でも、その魔法のせいでお兄様は他の魔法を使う事ができないのよ」
「だから達也君はあんなにアンバランスなのね」
「でも凄いわよ!それなら疲れない限りは多くの人が救えるじゃない!」
花音がそう叫ぶ。まぁ普通に考えればその通りなのだが、そんなオイシイ魔法があるわけない。何も知らない花音を責めるのは間違っているが、深雪は内なる激情を抑える事ができなかった。
「千代田先輩。お兄様が何の代償も無しにあの魔法をお使いになっているとお考えですか?」
見つめた者を凍らせるような冷たい視線が花音に向けられる。
「エイドスの変更履歴を遡って復元する。その場合、それまでの対象の情報を全て読み取らなければなりません。そこには当然負傷した痛みも」
深雪の声は冷静だったが、その内容は聞いている者をゾッとするような寒気を覚えた。それは視線を向けられた花音以外も例外ではない。
「しかもその苦痛は一緒に凝縮されてきます。今回五十里先輩が治るまで30秒ほどの時間がありました。そしてお兄様がエイドスの履歴を読み取るのに0.2秒。この間お兄様は五十里先輩の味わった150倍の痛みを受けているのです」
「150倍・・・・・・・・・」
五十里が顔を青くして呻く。あの痛みの150倍とはいったいどれほどか。想像ができなかった。
「それでも【再生】を使えと?お兄様の苦しみをわかって軽々しく使えと仰るのですか?」
それきりヘリの中は誰も喋らなくなった。
うっかり発言をしてしまった花音は五十里達に助けを求めるが、五十里はそれどころじゃなかったし、上級生の真由美や摩利は我関せずというような感じで目線を下げていた。今のは花音が悪い。
ヘリはそのまま智宏がいるであろう方向へ向かう。
同時刻。義勇軍に加わった将輝は敵が逃げ込んだと思われる中華街へと来ていた。現在、中華街は東西南北にある門が全て閉じられている。なぜ門があるのか。それは智宏や将輝が生まれるはるか前、時の総理大臣(任期は1年もなかった)が親中派であり、中華街の無秩序な開発を推進し、挙句の果てには今のような要塞(?)を築きあげるのを許してしまったのだ。
建ててしまったのは仕方がなく、そのままの状態で今に至る。将輝は頭の中で当時の総理大臣に文句を言いながら門に近づく。
「開けろ!開けなければ敵と見なす!」
将輝は門に向かって叫んだ。門の中にいるのは侵攻軍と民間人(に、見せかけた仲間かもしれない)。念の為、反撃に備えて他の義勇兵は下がらせているし、将輝自身もすぐに魔法を発動できるようにしていた。
まぁ開かないだろうな。と思っていた将輝だったが、意外なことに門はすぐに開いた。門が開くと、貴公子のような青年を先頭に、黒服達が縛られている敵を囲って立っていた。
「初めまして。周公瑾と申します」
「・・・・・・一条将輝だ」
「侵略者は私達で捕らえました。お渡しします」
正規軍の兵士をいったいどうやって捕らえたのか。見たところ青年や黒服に負傷している者は見受けられない。
だが捕まえてくれたのはありがたい。将輝は周という男に警戒心を抱きながら、捕まった敵を受け取ったのだった。