司波邸。
避難場所から帰った深雪と彩音がソファに座っていた。2人の前にはココアが湯気をたてている。
本来ならば彼女達は1人っきりで夜を過ごすことになっただろうが、智宏が対馬要塞に向かう直前、「対馬へ行くから彼女を避難させてくれ」と風間に言ったのだ。
当然彩音は反発したが、避難場所に集まっているはずの深雪達を守れという智宏の命令には逆らえなかった。ティルトローター機が到着する前には迎えのハンヴィーが到着したため、智宏とはそこでお別れとなった。
避難場所に到着すると、そこには横浜から避難してきた市民や学生でごった返していたが、学生は各校ごとにまとまっていたため、深雪達は見つけやすかった。
日が完全に沈む直前、国の役人から横浜市民以外は帰っていいとの通達があったため、避難してきた人の半数が自宅へ帰って行った。
彩音は家に帰る途中、自宅へ行ってもいいか、と前を歩く深雪に尋ねた。ガーディアンという立場から無礼なのはわかっているが、智宏の命令を守りたかったのだ。深雪も内心寂しかったのか、微笑んで彩音を受け入れ今に至る。
突然、電話の呼び出しメロディーが鳴った。相手はいつも通り、司波兄妹2人の運命を左右する者だった。
慌てて立ち上がった深雪と彩音は、身だしなみを整えてテレビの前に立った。ちなみに彩音は端に寄って大人しくしていた。
『こんばんは』
「ご無沙汰致しております。叔母様」
深々と頭を下げる深雪。彩音もそれに習った。相手は智宏の母親、真夜だった。相変わらず美しい。30代でも通じてしまうのではなかろうか。
『夜遅くにごめんなさい。姪の事が気になってしまったの』
おそらく本心ではないだろう。深雪もそれをわかっている。
『それで、なぜあなたがそこにいるのかしら?彩音さん』
明らかに不機嫌な声に空気が凍る。もちろん深雪のものではない。
画面越しではあるが、真夜から放たれる圧力は視線の先にいた彩音を襲った。
「そ、それは智宏様のご命令で深雪様を守るようにと」
『あなたは智宏さんのガーディアンでしょう?智宏さんの命令とはいえ、守る立場の人間が対象の範囲内にいない事はおかしいのではなくて?』
「叔母様!智宏兄様の側にはお兄様がおります!」
『あなたには話してないわ。お黙りなさい』
ますます温度の低くなる部屋。攻撃されないとはいえ、本当に流星群が降ってきそうな空気になっていた。
彩音の顔はますます青くなり、深雪はどうしたものかとオロオロしている。
『・・・・・・冗談よ。智宏さんからメールを受け取っています。正式には彩音さんの行動は咎めません』
「冗談が過ぎるのではありませんか?」
先ほどまでの空気はすっかりなくなった。彩音は汗びっしょりになり、身体を支えられずにソファの肘掛に手をついた。
深雪はそんな彼女の額を、持っていたタオルで拭きながら真夜を咎めた。
『半分は本気です。もし智宏さんに何かあった場合どうなるか・・・・・・わかりますね?』
「は、はいご当主様。もちろんでございます」
なんとか立ち直った彩音はいつものように返事をする。だが身体の前で組んだ手は震えていた。
『ならいいわ。さて深雪さん、達也さんもあなたを置いて対馬に行っているそうね』
「問題ありませんわ。兄はどこでも私を守護しております」
『なら結構。そうそう、今度3人で本家に戻ってらっしゃい。直接会いたいわ』
3人と言ったが、その中に彩音は含まれていない。それはガーディアン故にだが、おそらく他の四葉家の人間の前では2人になるかもしれない。
そうして画面はブラックアウトし、通信は完全に切れた。2人は揃ってため息をついてソファに座り込む。真夜のプレッシャーから解放されたためだ。
早く帰ってきて欲しい。
従者(兄)と主を待つ2人。初めて彼女達の思いが重なった瞬間でもあった。
一方対馬要塞。
この要塞は35年前、大亜連合の襲撃を受けて無慈悲にも住民の7割が殺害された。当時の与党が周辺国を刺激しないという理由で最低限の部隊しか配備されていなかったのだ。
この事実に国民は怒りの声を上げ、ようやく対馬が奪還された時には内閣支持率は10%ちょっとだった。
内閣解散後、選挙にて野党は圧勝。政権交代を行った。
そして対馬は要塞化の計画が発表される。野党になった前政権の議員らは「相手国を刺激するな」という何も学んでいない姿を晒すこととなり、過激な者達からは【国賊】と呼ばれるようになった。
九州の国民は対馬の要塞化を受け入れ、政権交代してから1ヶ月も経たないうちに建設は始まり、大規模な軍港やミサイル陣地を備えた最前線基地が無事竣工した。
そんな要塞に独立魔装大隊と+1名が訪れ、案内された部屋の大型ディスプレイに2つの画面が映し出されていた。
「これは5分前の画像だ。敵空母打撃群は済州島へ接近し、半島の艦隊は乗組員が乗り込んでいる。このままでは2時間後に出港し、佐世保と日本海側の地域に攻撃をしかける恐れがある」
ディスプレイには2つの艦隊の侵攻予測ルートが映された。
空母打撃群は佐世保へ。半島の艦隊は日本海側の地域へ。
おそらく空母打撃群は佐世保艦隊の抑えで、その隙に半島の艦隊が作戦を実行する手筈になっているのだろう。
既に佐世保と呉、舞鶴では動員を開始しているが間に合いそうにない。選択肢は限られた。
「そこで現状を打開するため、我々は2つの戦略魔法兵器を投入することとなった。本件は統合幕僚会議の認可を受けている作戦である。四葉君は我々に協力する形で攻撃するため上の許可はいらないそうだ」
要塞スタッフの視線が智宏と達也に集まる。
「ついては第1、第2観測室を使用する」
そして智宏と達也はそれぞれの観測室に入っていく。智宏の方には響子がつき、達也には柳がついた。
『大黒特尉、四葉君。準備はいいか?』
『はい』
「はい」
『目標、敵空母打撃群及び鎮海軍港。マテリアル・バースト、コメット・テイル、発動準備』
風間の声に2人はCADを構えて狙いを定める。
智宏は済州島付近を航行中の空母打撃群を。
達也は鎮海軍港にいる旗艦に翻る戦闘旗を。
「準備よし」
『同じ準備完了』
『・・・・・・発動せよ』
「『発動!』」
風間の命令を復唱し、智宏と達也は引き金を引いて魔法を発動した。
タイミング良く同時に命中する2発の戦略級魔法。
鎮海軍港では約1キロの質量をエネルギーに変え、TNT換算20メガトンもの爆発が旗艦を中心に発生。衛星は安全装置が発動してスクリーンはブラックアウトしてしまう。
待機中の旗艦の上に太陽が生まれ、熱線と衝撃波は艦隊と港湾施設を襲い、これを消滅させた。人も、船も、建物も皆平等に蒸発し、海面は高熱に炙られて大爆発を起こした。
そして済州島基地に近づこうとする空母打撃群では、遥か上空から落下してくる光の柱が艦隊を襲った。
揚陸艦を攻撃した時とは規模が違う。艦隊を覆うほどにまで拡大された熱線は人や戦闘機、艦船を全て溶かし、済州島の1部を削り取っていた。残されたのは渦をまく海面だけ。何も残らなかった。
両者に共通していたのは、陸地に攻撃が当たり、地図の書き換えが必要なくらい被害があった事だ。特に鎮海軍港は明らかに魔法の発動前と後では形が異なり、破壊の爪痕を残している。
司令室では風間達が眉をひそめてディスプレイを見つめる。要塞勤務の若い新人の中にはトイレに駆け込んでいる者もいた。
恐ろしい結果だった。達也だけじゃない。智宏の魔法も核弾頭並の破壊力。四葉を知る独立魔装大隊の隊員は、あの家をさらに恐れるようになる。
「敵の状況は?」
『両艦隊は壊滅・・・いえ、消滅しました』
「どうします?今なら攻勢をかけられますが」
「不要だ。作戦終了、帰投準備に入れ」
風間は大亜連合へ向けての攻撃を止め、戦闘終了の命令を出す。真田は部下に撤収の支度を始めさせた。
それからはティルトローター機で東京に帰り、智宏と達也が帰宅したのは朝の6時となってしまった。2人は独立魔装大隊の基地で事の報告を行った後、士官の部屋で睡眠を取ったのだ。
達也が自宅の扉を開けると、深雪がリビングから小走りで向かってきた。妹を抱きとめて頭を撫でる達也を横に、智宏も深雪に遅れて玄関に現れた彩音に手を振ってこう言った。
「ただいま」
♢ ♢ ♢ ♢
灼熱のハロウィン。
誰が名付けたのかはわからないが、後の人々はこの日の事をそう呼んだ。
軍事史の転換点であり、人類の転換点とも見なされる。
最新兵器の前に立ちはだかった魔法という武器。魔法こそが勝敗を決すると世界に知らしめ、大亜連合海軍に放たれた2発の戦略級魔法は、外敵を寄せ付けないという日本国の意思表示となった。
だが、それは魔法師という種族の、栄光と苦難の歴史の始まりの日でもあった。
【第一部完】
ひとまず第1部完です。
でもおかしいな。魔法科高校の劣等生第3期が始まったからか、3作品の中で執筆欲が1番あるのがこの作品という・・・・・・。
というわけですので、来訪者編と星を呼ぶ少女編をただ今構成中であります。乞うご期待を。