地獄突きが行く   作:hawk75

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地獄突きが行く

私の名はゴジク、転生者だ。

貧乏農家の末っ子に産まれた私は10歳のときに皇拳寺に預けられた。

実際口減らしなのだが子供の人権を説いたところで鼻で笑われるのがオチの現世では、危険種がうろつく山奥に捨てられなかっただけ幸運であろう。

むしろ皇拳寺の厳しい修行を耐え抜いたのみならず、羅刹四鬼候補に選ばれるほど高スペックな肉体を授けてくれた現世の両親には感謝しかない。

もっともその両親は3年前に故郷の村が帝国軍対反乱軍の戦場になった際に揃ってお亡くなりになってしまっているのだが。

まさに諸行無常である。

ここでこの物語のキーポイントである私の容姿についてざっと説明しておこう。

前世においてブルーワーカーの広告に登場する「貧弱な坊や」そのものだった私は何の因果か現世では、褐色の肌とトラクターで耕したような額のキズ(なぜか生まれたときからあったそうだ)を持つ身長186センチ、体重150キロの走って跳べる肉の塊。

そう、「黒い呪術師」と呼ばれた往年の名レスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーのソックリさんなのだ。

などと読者向けの解説を行いながらも自分に向かって飛んでくる鋭い突きや蹴りをあるものは避け、あるものは自らの手足を使って受け流す。

「本気で殺しに来てるでしょスズカさん!」

叫びながらチョップを繰り出す。

「だって手加減なんかしたらゴジク君、本気で攻撃してくれないじゃない!」

流れるような体捌きで身をかわしながらの後ろ回し蹴りを交差させた両腕でブロック。

月明かりの下で私と戦っている女性の名はスズカ。

現役の羅刹四鬼の一人であると同時に私の姉弟子にあたる人物であり、さらに言うなら現世の私がDTを捧げた相手でもある(ちなみに前世では魔法使いでした)。

ちなみにスズカさんの推薦で羅刹四鬼候補に挙げられた私だが、上の方々には「せっかくですが羅刹四鬼にはなりません、それより拳法家として更なる高みを目指すため武者修行の旅に出たいです」としっかり意思表示しておいた。

皇拳寺では拳がルール。

実力さえあれば大抵の言い分は通るのだ。

もっとも武者修行云々はタテマエであり、せっかく異世界に転生したうえ帝具使いにも負けないタフな肉体を手に入れたのだからこの世界の方々を回って美味いモノを味わいたい、綺麗なお姉チャンとお近づきになりたいというのがホンネだったりする。

そして旅立ちの前夜、帝都で任務に就いていたハズのスズカさんがひょっこり皇拳寺に顔を出し、「最後にゴズキ君と一対一で心ゆくまで試合い(≒死合い)たい」と言ったのが二時間前のことである。

それから二時間、私とスズカさんは寺の裏手にある空き地で一進一退の攻防を繰り返している。

パワーは私のほうが上だがスズカさんには非人間的なまでに柔軟な肉体を活かした回避術があるうえ、こちらの拳がヒットする度に「あうン♡」とか「ハヒぃ♡」とか言いながら恍惚の表情を浮かべるのでやる気を削がれること夥しい。

この病的なまでの被虐性癖さえなければなあ。

せっかくなかなかの美人でスタイルもいいのに。

それからさらに激闘三時間、東の地平線がほんのり明るくなってきた頃、力尽きた私とスズカさんは背中合わせになって草原に座り込んでいた。

その辺の有象無象が相手なら三日三晩喰わず眠らずで戦い続けることもできるのだが、実力伯仲した二人が身体能力を限界まで引き出しての戦いは流石にバテるのも早い。

「結局勝負はつきませんですたね」

いかん、疲労のせいで言葉使いまでおかしい。

スズカさんはしばらく無言だったが、やがてポツリと言った。

「やっぱり行っちゃうんだ…」

そして背中合わせの姿勢をずらし、私にしなだれかかってくる。

「淋しくなるわぁ、ゴジク君の地獄突き、あの子宮にズンとくる痛みがもう味わえないなんて」

表情も仕草も色っぽいのにセリフで台無しだ。

「今からでも遅くないからやっぱり羅刹四鬼になりますって言いなさいよ、シュテンやメズよりはゴジク君のほうが絶対強いから」

「お断りします」

決断的に即答する。

「荒事も厄介事もご免です、私は植物の心のように穏やかな人生を送りたいんです」

「若いのに覇気が無いわねえ」

一つ言い忘れていた。

見てくれは90年代全日マットでラッシャー木村と明るく楽しいプロレスをやっていた頃のブッチャーだが、現世の私はまだ19歳だ。

「スズカさんこそ羅刹四鬼辞めたらどうです?」

皇拳寺は帝国から不干渉の特権を得る見返りに羅刹四鬼をオネスト大臣の私兵として提供している。

世の中綺麗事ばかりでは回らない。

頭では理解していても、やはり自分の知り合いにはなるだけ悪事に関わって欲しくない(私の初めての女性でもあるし)。

だがしかし-

「嫌よ」

こちらも決断的即答である。

「羅刹四鬼は大臣の護衛も仕事なの」

スズカさんの瞳が妖しく輝く。

「世界中の人間から恨みを買っている大臣だもの、まだ見ぬ異民族の刺客とか、一体どんな責め(誤字ではない)で私を痛めつけてくれるのかと思うと…」

濡れる!と叫んで腰をクネクネさせるスズカさん。

おう神様、この人はもう手遅れなのでしょうか?

 

それから一週間後―

「皇拳寺百烈拳!」

「グワーッ!」

悲鳴を上げて吹っ飛ぶ金髪巨乳ケモノ姉ちゃん。

一体ナニがあったのか。

読者の皆様に説明するためビデオテープ(ベータマックス)を30分ほど巻き戻そう。

私は黒のターバン(皇拳寺の近くの村の職人に特注で作ってもらった)を被り、爪先が反り返っているので実は痛くない凶器シューズ(これも特注)を履き、来日初期のブッチャーのトレードマークである白のステテコ風ロングパンツという姿で帝都の繁華街を歩いていた。

やはり世界を見て回る旅のスタートに相応しいのは帝都だろう。

道行く人々を注視すれば男性向け同人誌から抜け出してきたかのような“せくしぃ”なお嬢さんがあちらこちらにいて、自然と顔がニヤケてしまう。

おう、何だあの肌色過多なコスチュームの金髪巨乳さんは?

痴女か?痴女なのか!?

あんなお姉ちゃんが白昼堂々表通りを闊歩しているとはさすが帝都。

極上のチチシリフトモモが放つ磁場に引き寄せられ、何も考えずに揺れるお尻を追いかけること数分。

金髪オッパイ(略して金パイ)さんがピタリと立ち止まった。

「さっきからついてくるお兄さん」

振り向きざまに胸と尻を強調するS字ポーズを決める。

「私と遊びたいのかにゃあ?」

そして私は金パイさん(名前は聞きそびれた)に誘われるまま表通りを離れ、あまり真っ当とは言えないご職業の方々がたむろする界隈へと踏み込んでいく。

右を向けば上半身裸の男が肩を押さえて「イシャはどこだ!」と喚いている。

左を向けば右手にククリ、左手にマチューテを握った男が「モッチャム!サイゴン!ホーチミン!」と叫んでいる。

金パイさんは私を陽当たりの悪い裏路地の突き当たりにある連れ込み宿に招き入れると二階に部屋を取った。

ダブルベッドに腰掛けた私に慣れた手際で酒瓶とグラスを押しつけ、「汗流してくるから飲んで待ってて」と浴室に消える金パイさん。

酒瓶の中身をほんのちょっぴり口に含むと微かに薬物の味がする。

転生先で漫画やアニメで使い古された手口を実体験することになるとはなんとも感慨深いものがある。

瓶の中身を流しに捨て狸寝入りをすること数分、浴室から出てきた金パイさんは私の荷物の中から金目の物を漁り始めた。

パンツの中に手を突っ込まれた時は危うくエレクチオンしてしまいそうになったが、皇拳寺の奥義を駆使してなんとか耐え抜いた。

ある意味最大の試練であった。

そして部屋の扉が閉まると同時に窓から屋根へと上がり、裏口から出てきた金パイさんの目の前に着地する。

「そうはイカの金太郎!」

素直に罪を認めて謝罪の印にナニでもしてくれたら見逃してあげよっかなー、などと思っていたのに金パイさんときたら、「さては帝国の刺客か!」とか訳の分からないことを言って逆ギレしたあげくケモノ耳と尻尾と鉤爪生やして襲いかかってきましたよ。

おっかさん東京-もとい、帝都は怖いトコじゃ。

ともあれ黙って殺られる道理は無いので肉食獣の動きで飛び込んできた金パイさんをヒラリと避ける。

「なっ!?」

驚いたか、私を只の黒豚と侮った己のウカツを悔やむがよい。

「皇拳寺百烈拳!」

「グワーッ!」

吹っ飛ぶ金髪巨乳ケモノ姉ちゃん。

ちょっとやり過ぎたかと思ったのもつかの間、フラつきながらも立ち上がってくる金パイさん。

よくよく見れば腰に巻いたベルト(それにしてもいい括れだ)から何やら不思議パワーを感じる。

成程、ケモノの力と回復力は帝具の能力であったか。

面白い。

PWFヘビー級のチャンピョンベルトを賭けてジャイアント馬場との60分3本勝負に臨むブッチャーめいた高揚感が全身を満たす。

「穏やかな人生」とか言っておきながら、しょせん私も「強敵」と書いて「とも」と読む世界の人間であったか。

よろしい、ならば偉大なるアブドーラ・ザ・ブッチャーに成り代わり、スーダンの暗黒闘技ジュジュジプソーの殺人フルコースを振る舞って進ぜよう。

再度飛び込んできてのクロー攻撃を敢えて顔で受ける。

鋭い爪が頭皮を抉るが、皇拳寺秘伝の肉体改造術によってタイガー戦車の前面装甲板と同等の強度を持つ私の頭蓋骨を貫くには至らない。

『ブッチャーの額が八つ裂きにされました!ダラダラと流れる血!』

倉持隆夫アナウンサー(日本テレビ)の名調子を脳内再生しつつ血塗れの顔でニタリと笑う。

一瞬怯んだスキを逃さずヘッドバット。

「ガッ!」

頭を押さえて後ずさったところに追撃のトウキック。

「グハッ!」

すくい投げで寝かせておいて左右の下乳に地獄突きの連打。

「オゴーッ!」

鍛えに鍛えた私の指先は凶器そのもの。

中華鍋で熱した砂利を手刀で突く鍛錬もちゃんとやりましたよガマ・オテナ先生。

金パイさんの動きが止まったところでスルスルスルと後ろに下がり、立ち枯れた街路樹をコーナーポストに見立てて背中を預ける。

そして助走をつけて高々と跳躍。

『毒針だぁーっ!』

絶叫する倉持アナ。

エルボードロップが突き刺さる。

“ワン、ツウ、スリィッ!”

私の耳にだけ届くジョー樋口のスリーカウントを聞いて立ち上がり、エア観客に向かって勝利のカラテパフォーマンス。

BGMはもちろんピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」だ。

そして完全にグロッキー状態の金パイさんを近くに転がっていた空き箱の中に寝かせ、フタを被せてさらにその上に木箱を積み上げる。

これで失神している間にその辺のチンピラゴロツキにナニかされる心配はないし目が覚めたら自力で出てこれるだろう。

後顧の憂いを立った私は軽やかに腰を振り、トム・ジョーンズの「イッツ・ノット・アンユージュアル」を唄いながらその場を後にする。

 

これがその後血みどろの抗争を繰り広げることになるナイトレイドとの遺恨の始まりであった。


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