さて、昼食を充分すぎるほどとった俺達は、平日のバッティングセンターにくり出した。
野球が盛んなこの街にはいくつかの野球施設がある。
中でもバッティングセンターは一般向けからプロ向けまで、大小様々な施設が存在している。
俺達が選んだのはそのどちらの機械もある、俺の家の近くのバッティングセンターだ。
一般向けは60キロから、プロ向けは150キロまで。 もちろん変化球機能も搭載されており、この街に引っ越してから長らくお世話になっている。
「参上でやんす!」
「平日の昼間だけあって空いているな。 周りを気にせず打ち込めそうだ」
「そうだね」
二人はすでに臨戦態勢。 受験帰りの為、マイバットがないことが唯一悔やまれる。
現在、客足は落ち着いており、俺達と同じような受験帰りの生徒が数人いるだけだ。
「おじさん。 こんにちは」
俺はカウンターの店主に挨拶する。
矢部くんと新太も俺に続いて頭を下げていた。
「おぉ、蓮太くんか。 それに矢部くんと出雲くんだね。 久しぶりじゃな」
「はい。 受験勉強が忙しくて、中々顔を出せませんでした」
「そうかい、そうかい。 蓮太くん達は今年受験じゃったな」
最寄りのバッティングセンターの店主。 頭髪は真っ白に染まっており、年齢は六十代といったところだろうか。 野球好きの好々爺で、何かと我らが星空ボーイズを応援してくれていた。
「ということは、今日は受験帰りかね?」
「はい。 試験の日程が終了したので、立ち寄らせてもらいました」
「ふむふむ。 蓮太くん達は天空中央高校だったかな? 手応えはありそうかい?」
「結果が出るまでは気は抜けませんが、自信はあります」
受からなかった場合は、すべり止めで受けた高校に入学することになる。
だけど、一応筆記試験の自己採点も問題なかったし、面接もしっかりこなせたと思う。
「またみんなで野球が出来るといいね。 君達のことは応援しておるよ。 ほれ、サービス券じゃ。 他のお客さんには内緒じゃぞ?」
穏やかに微笑んだおじさんは、十ゲーム無料のカードを三人分差し出した。
いつもこうして俺達にサービスしてくれるのだ。
「いつもありがとうございます」
「ありがとうでやんす!」
「有難く頂きます」
「いいんじゃよ。 野球を楽しんでくれることが、わしの生き甲斐みたいなものじゃから」
本当にいい人にめぐり逢えたものだと思う。
ここまでしてくれるおじさんの店だからこそ、俺はここの常連になったのだ。 もちろん、サービスしてくれた分以上は毎回打つようにしているが、それでもおじさんにとっては赤字である。
いつか必ず恩返しをすることを、俺は密かに誓っている。
「それじゃあ打ってきます」
「ふむ。 楽しんできなさい」
俺達はそれぞれ店主に会釈し、バッティングルームへ続く奥の扉を開けた。
ネットの張り巡らされた空間には、小気味よい金属音が断続的に鳴り響いている。 野球をやっている人にとって、その音はとても心地よい音色だろう。
「まずはおいらが一番乗りでやんす!」
矢部くんはそう言って、カバンと学ランを備え付けのベンチに放り投げ、最速130キロで3球種の変化球が搭載されたマシーンの打席内に入っていく。
まったく……せっかくおじさんが厚意でサービスしてくれたんだから、もう少し行儀よくしようよ……。
と俺は内心思うが、長らく受験勉強に追われていただろうし、今回は言葉をのみこみ、脱ぎ捨てた学ランを簡単に畳んであげた。
こういう際には真っ先に注意しそうな新太も、今はどの機械で打とうか迷っているようだった。
「やんすっ!」
――キィン!
このような場面でも切り込み隊長な矢部くんは、早速マシーンを起動させており、初球からしっかりミートしていた。
――ククッ、キィン!
緩やかな変化球にも難なく対応していく。
「……へぇ、しっかり練習してたみたいだね」
俺はひとまず矢部くんの打撃を観察しながら、小さくつぶやく。
冬の間に走り込んだのか、下半身がしっかりしており、以前よりフォロースルー後のブレも少なくなっている。
――キィィン!
ライナー性の痛烈な当たりを放ったのは、隣の打席で打ち始めた新太だ。
球速140キロの4球種のマシーン。 矢部くんが打っているものより、ワンランク上のクラスのマシーンである。
――キィィン!
地を這う低い弾道の当たり。 低めのストレートを綺麗に弾き返した。
「新太も良くなってる……」
中学時代、長打は多かったものの、それと同じくらいフライを打ち上げてしまう事が多かった新太。
そんな新太が、今では火の出るようなゴロを連発している。
スイングスピードもそれに比例するように上がっており、140キロのストレートにもまったく押し負けていなかった。
相当な数の素振りをこなしたことがひと目でわかる。
二人は次々と快音を響かせ、ヒット性の当たりを連発していた。
「ふぅー。 上出来でやんす!」
「お疲れ様。 良かったよ」
先に一ゲーム終えた矢部くんが打席から出てくる。
矢部くんはささやかに汗ばんだ額を拭いながら、俺の隣に腰を下ろした。
「相当走り込んだみたいだね。 フォームがしっかりしてたし、綺麗に芯で捉えられてたよ」
「おいらの役目は、何としても塁に出ることでやんす! だから、強い当たりや大きい当たりは捨てたのでやんす」
矢部くんはホームランが狙えないほどパワーがないわけではない。
しかし、自分の役割をこなす為に長打を完全に捨てた。
金属バットを用いる高校野球では、軽く振っても芯に当たりさえすれば外野まで飛ばすことが出来る。
ミート打ちに徹して、出塁率を上げようという矢部くんなりの考えのようだ。
「長打は新太くんや蓮太くんに任せるでやんす! おいらは出塁して次の塁を狙うことだけ考えるでやんす!」
「うん。 それでこそ一番打者だよ」
「むふふ、天空中央高校の一番打者はおいらで決まりでやんす!」
「ふふっ、そうだね」
練習の成果を発揮できて上機嫌な矢部くんは、恍惚の表情を浮かべていた。
「まだ分からないぞ。 東雲だってミート力はあるし、虹谷は蓮太と同じくらい俊足だ。 一番打者を不動のものにするには、まだまだ安心は出来ない」
悦に浸る矢部くんに横槍を入れるのは、遅れて一ゲーム目を終えた新太だ。
「そんなの分かってるでやんす! おいらだってまだ満足してないでやんす!」
「それならいいさ」
新太はそう言って、矢部くんとは反対側の俺の隣に腰を下ろす。
「新太もお疲れ様。 打撃スタイル変えたんだね」
「ああ。 俺も矢部と似たような考えだ。 ホームランを打つことをやめたわけじゃないが、俺の役目は矢部をホームに返すことと、次の打者に繋げることだ。 まぁ気持ちとしては、ランナーがいる場面で馬鹿みたいに大きいのを狙いまくるのはやめた」
新太は確かにチャンスに強いバッターだった。
だがそういう場面こそ、凡退する時はフライだったのだ。 一発を狙おうとして打ち損じてしまう。 それをなくすため、今の打撃スタイルが出来上がったというわけだ。
こちらのチャンスは、相手のピンチ。 ピンチの場面であれだけ鋭いゴロを打たれれば、守備側としては大きな重圧となるだろう。
「二人とも、やるね」
俺は素直にチームメイトを賞賛した。 彼らの今の実力があれば、名門である天空中央高校のレギュラーもまったく夢ではない。
ともすれば一年生や二年生など、早いうちから出番がある可能性も大いにあるだろう。
「そろそろ蓮太くんも打つでやんす! 猪狩くんとの練習の成果を見せて欲しいでやんす!」
「同感だ。 高校で打者としてやっていくなら、確実にレベルアップしてきたんだろ? 出し惜しみはナシだぞ」
二人は多分に期待の含まれた視線を向けてくる。
それじゃあ俺も、二人に成長した所を見せますか。
「分かったよ。 驚いて腰抜かさないようにね?」
「言うでやんすね〜? 覚悟しておくでやんす!」
「力入れて座っておくから大丈夫だ」
真面目な返答に苦笑いを浮かべながら、俺は学ランを脱いで新太が打っていたマシーンの隣の打席に入る。
「いきなりでやんすか!?」
矢部くんが驚きをあらわにした。
俺が選んだマシーンは、最高球速150キロで緩急としてスローカーブが搭載されたものだ。
「すぅ……ふぅ……」
俺は軽く深呼吸してから、打席の扉を開く。
約十八メートル先には、見るからに厳ついバッティングマシンが存在し、挑戦者を悠然と待ち構えているように見えた。