蓮太達がバッティングセンターで汗を流していた時、二人の男女が同じバッティングセンターに到着した。
「ね? 誠。 学校から結構近いでしょ?」
そう言って柔らかな笑みを浮かべたのは、ライトイエローの髪を紫のリボンで結び、肩に流した美少女。
そんな彼女に聞こえないように、声をかけられた美少年は呆れたように溜息をつく。
「はぁ……今日は仲良くなった受験生の女の子と遊びに行くはずだったんだけどな……」
まったく、姉さんは強引だ。 と美少年――虹谷誠は内心呟く。
昔から姉である彩理にはどうしても逆らえない。 というより、弟としての良心が働いて、逆らうことを許さないのだ。
その影響もあり、彩理は誠のことをとても優しい弟だと思っている。
「まぁ……彼も天空に入学するなら、ボクも気は抜けないしね……」
投手としても打者としても、彼の才能は侮れない。
並以上の才能を持ちながら、ここぞという場面で鬼気迫るほどの集中力を見せる天川蓮太。
最後の試合。 個人の成績で見れば、虹谷は天川に完敗している。
そして高校からは恐らくチームメイトになる。 敵であれ、味方であれ、負けたままでは終われない。
スマートに振る舞うことを信条としている虹谷だが、内なる負けん気は人一倍強かった。
押し黙って何かを考えている様子の弟を、彩理は静かに見守り、ふわりと微笑んだ。
「さっ! 入ってみよう!」
「ん……あっ、ちょっと、姉さん! 引っ張らないでよ!」
「早く早く! 時間がもったいないわ!」
彩理は誠の腕を引いてバッティングセンターの扉を開ける。
「こんにちは!」
「いらっしゃい。 おや、これは可愛らしいお嬢さんが来たものだね」
「わぁ! 誠! 可愛いだって!」
「分かったからそろそろ放してよ、姉さん」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。 ご姉弟かね? 仲が良さそうで微笑ましいものじゃ」
はしゃぐ彩理と、困ったように眉を下げる誠を見つめ、店主は穏やかに微笑んだ。 そして何かに気づいたように眉をぴくりと動かす。
「おや? きみはもしかして、虹谷誠くんかね? 青空レインボーズの」
「あ……はい。 そうですけど」
その答えを聞いた店主は、再び穏やかな笑みを浮かべた。
「珍しい縁もあるものじゃ。 とは言っても、鉢合わせる可能性は無きにしも非ずじゃったな」
「ん……?」
「どういうことですか?」
誠は一人納得する店主に首を傾げ、彩理はその意味を知ろうと問いかける。
「ここは蓮太くんの行きつけの店でね。 ちょうど十分ほど前から、彼とその友達が来ておるよ」
「えっ!? 天川くんがいるんですか?」
「うむ。 ほれ、あそこに」
店主はカウンターから身を乗り出して指さすと、その先にはちょうど打席に入っていく蓮太が見える。
「誠、早く行こっ! 天川くんが打つよ」
「ちょっ! だから姉さん! 引っ張らないでって!」
彩理は奥へ続く扉を開け、誠をグイグイと引っ張っていく。
「ん?」
矢部と新太が見えた時、二人のどこか緊張した様子が、誠にはやけに場違いなように感じた。
「あの人たちが天川くんのお友達だよね? 二人ともどうしたんだろ?」
彩理も二人の様子に気づいたようで、誠に振り返って問いかける。
――キィィィィン!!
瞬間――機械が暴力的に軋む音が鳴り、その後に空気を切り裂く甲高い音と、凄まじい快音が響いた。
「ひゃっ!」
突然の甲高い音に、振り返っていた彩理はビクリと震える。
「なっ……」
その音の根源を視界に捉えていた誠は、思わず絶句した。
「ま、誠?」
そのまま導かれるように彩理を置いて、音の根源に近付く誠。
虹谷誠の存在に気付いた矢部と新太。 しかし、ちらりと一瞥しただけで、再び食い入るように打席に立つ少年に視線を戻す。
そして虹谷誠もまた、矢部や新太と同じように、緊張した面持ちで打席に立つ少年を見つめていた。
遅れて弟のそばに立った彩理はようやく、何故彼等が緊張した表情を浮かべているのかを理解した。
――それは圧倒的な威圧感というもの。
張り詰めた空気を作っているのは、他ならぬ打席に立つ少年だった。
先日、初めて蓮太と近くで顔を合わせ、言葉を交わした彩理。
ささいなやり取りの中でも、彼が温厚で優しい人なのだということがすぐに分かった。
――キィィィィン!!
だが、今打席に立つ蓮太はまるで別人のようだ。
背筋が伸びるような張り詰めた空間を作り出し、荒ぶる機械の魔物に相対する少年。
――キィィィィン!!
三度快音を響かせる蓮太のスイング。 彼の打撃フォームは、ただ美しかった。
背筋をピンと伸ばし、両の腕を交差させるようにバットを握り、利き足を引き上げながらタイミングを合わせ、達人の居合切りが如くスイングを放つ。
――キィィィィン!!
この場所にいる者の中で、最も野手に関する知識が浅い彩理。
そんな彼女が内心に浮かべた言葉は、
――なんて綺麗なんだろう……。
作り出す空気感も、しなやかな身のこなしも、凄まじいスピードのスイングも、彩理の目には神秘的に見えた。
弟の応援で駆けつけた地区大会の決勝戦。 あの時から蓮太の才能には惹かれるものがあった。
しかし、あの時とは比べ物にならない。
彩理の素人目から見ても、それは明らかだった。
「マシーンとはいえ、球速は150キロ……加えてスローカーブの緩急ありか」
誠は唇を噛み、小さく呟く。
彩理ですら蓮太の成長を認識していたのだ。 誠がこの変化に気付かないはずがない。
――キミはどこまで成長するんだ……。
鳴り響く快音に誠は、生まれて初めて焦燥感にも似た感情に駆られていた。