十球目、最後の球は外角低めのストレートだった。
俺は利き足を打席の内側に踏み出し、流れに逆らわないように弾き返す。
―キィィィィン!!
うん。 今のは良かった。
少しタイミングがズレたけど、狙い通りライト方向に打ち返せた。
「ふぅ……」
相対するマシーンが動きを止めた所で、俺はゆっくりと息を吐き出す。
矢部くんや新太と同様に、久しぶりの打撃練習に高揚していたのは俺も同じ。 いい所を見せようとして気合いを入れすぎた感は否めないが、まぁ納得のいくバッティングが出来たと思う。
もちろん、変化球に対応出来ずに打ち損じたり、思っていたより重いストレートに差し込まれたり、まだまだ課題は山積みだが。
俺は二人の感想を聞こうと振り返る。
「あれ?」
そこには矢部くんと新太に加え、いつの間にか彩理さんと虹谷くんがいた。
「二人とも、いつの――」
「すごい!! すごいよ天川くん!! 私びっくりしちゃった! それに見惚れたゃった!」
「あ、えと、ありがと」
興奮した様子の彩理さんに、俺は若干気圧されてしまう。
それに虹谷くんの表情が怖いんだけど……。
そんなことを思いつつ、俺はネットの張り巡らされた扉を開け、新太に視線で問いかける。
「蓮太が打ち始めたのと同じくらいだ」
新太は俺のテレパシーをしっかり察知してくれたようで、言葉にしなくても答えてくれた。
なるほど、周りが見えなくなるくらい気合い入れちゃってたのか。
今更ながら、少し恥ずかしい。
「えっと……彩理さんと虹谷くんも打ちにきたの?」
「見たらわかるだろ」
うわぁ……虹谷くんすごく不機嫌なんだけど。 俺なんかしたかな……。
「誠!」
「……姉さん。 今日はもう帰ろう。 また日を改めて来ようよ」
「誠……?」
虹谷くんはそう言って、スタスタと出口へと歩き出す。
「……ごめんね。 天川くん。 それに二人とも、弟が失礼な態度をとってごめんなさい」
「俺は大丈夫だよ。 ちょっとびっくりしたけど」
「おいらも大丈夫でやんす!」
「俺も。 それにアンタが謝る必要は無い」
「ううん。 私は誠の姉として、謝る義務があるから。 でもありがとう。 それじゃあ」
彩理さんは最後にささやかに俺に笑いかけ、そのまま虹谷くんの後を追っていく。 その表情は、どこか力ないものだった。
「……性格に難がある弟を持つと、上の子は大変でやんすね。 まぁ、気持ちは分からなくもないでやんすが」
「同感だ。 あいつは人一倍プライドが高そうだからな。 ピッチャーの性ってやつか」
「えっ、ちょっと待って。 二人は虹谷くんが不機嫌な理由を知ってるの?」
納得するように相槌を打ち合う二人に、俺は疑問を投げ掛ける。
「まぁ、予想はつくな」
「でやんすね」
「……どういうこと?」
さっぱり分からない。 確かに、決勝での途中降板や姉である彩理さんと話していた事で、虹谷くんはあまり俺を良く思っていないみたいだけど……。
その瞬間、俺は閃いた。
「もしかして、彩理さんが俺のことを褒めてたことに怒ってたの?」
「虹谷くんってそんなにシスコンなんでやんすか?」
「ん……多分そうだと思う」
「蓮太と同類だな」
「まぁ、否定はしないけど……」
矢部くんや新太は、俺と同じ星空中学に通っているため、当然天音の事を知っているし、俺が天音を猫可愛がりしている事も知っている。
だから否定はしない。
「それを考慮するとそっちの線も考えられなくはないが、あいつは蓮太が打ち始めてからあんな感じだったぞ」
「やんす。 最初から難しい顔していたでやんす」
「うーん? つまり?」
「単なる予測だが、虹谷は蓮太の凄まじい成長に焦りを感じた。 そんな自分に腹が立って不機嫌になった。 てとこか」
「おいらも同感でやんす」
「……あの虹谷くんが?」
少し言い方は悪いが、どこかキザったらしい虹谷くんが、誰かに焦りを感じたりという状態があまり想像つかない。
が、すぐに可能性は無くはないことに気づく。 彼はああ見えて負けん気の強い人種だ。 その証拠に、あの決勝戦は死に物狂いで勝ちにきていた。
「でも、それならそれで、いいことしたのかも」
「いいこと?」
新太は俺の言葉に疑問符を浮かべて首を傾げる。 矢部くんも同様だった。
「だって虹谷くんはこれからチームメイトになる人だよ。 ほぼ間違いなく、今後の天空のエースナンバーを背負うのは彼。 そんな彼はそれだけの実力を持ちながら、どことなく本気にならない所があるみたいでしょ?」
噂では女子に目がない事で有名だ。 その点で言えば矢部くんと同類に思えるが、彼はとてつもなくモテる。 その結果、彼の野球への熱意は抑圧されているのだと、俺はにらんでいた。
別に女子と遊ぶことを悪いとは言わないが、日毎に相手を変えるようじゃ得るものなんてない。 ……なんて、偉そうに言ってみても、俺自身恋愛経験はゼロに等しい。
とまぁ、話を戻すとして、
「だから、発奮してくれたなら好都合じゃない? 真面目に取り組めば、彼は守にも劣らない一流の選手だよ」
「……蓮太くんって、優しそうな顔してたまに鋭いこと考えるでやんすね」
「普段の蓮太を見ていると、余計に不気味だな」
「失礼だなぁ。 俺は思ったことを言っただけだよ。 だってそうでしょ? 彼が本気になれば、甲子園だって夢じゃない。 決勝戦のこと覚えてるよね?」
「ああ。 覚えてる。 五回の表の俺達の攻撃だったな」
「あの時の虹谷くんは神がかってたでやんす」
「うん。 あの時、守以外で初めて人の才能に嫉妬したよ」
地区大会決勝。 五回の表の星空ボーイズの攻撃。
一番の矢部くんが、初球から意表を突くセーフティバントを決めた。
その後、二番打者だった聖ちゃんが進塁打を転がし、新太が送りバントを決めた
そして四番だった俺が、先制となる本塁打を放った。
虹谷くんが覚醒したのは、その直後。
凄まじいキレの変化球に手元で伸びるストレートを織り交ぜ、ストライクゾーンの四隅に散らす投球。 本気になった虹谷くんに、我らが星空ボーイズは圧巻の六連続三振を決められた。
そしてホームランを打った俺自身も、最後の打席は空振り三振に終わったのだ。
「だから、俺を目の敵にしてくれてるのなら、虹谷くんはもっと上手くなるよ。 それに――」
俺は繋げるように、二人を順に見ていく。
「矢部くんと新太も」
発奮されたのは何も虹谷くんだけじゃない。
目の前の二人からも、凄まじい闘志が感じられるのだ。
「……すぐ追いついてやる」
「追いつくだけじゃだめでやんす! 追い抜くんでやんす!」
「……珍しくいいこと言うな?」
「珍しくは余計でやんす!」
「あはは! 一緒に頑張ろうね」
頼もしいチームメイトの発言に、俺は思わず笑声をあげた。
「それにしても……」
矢部くんは繋げるよう呟き、
「虹谷くんのお姉さん、すごく可愛かったでやんす!!」
「……前言撤回。 やっぱり矢部はくだらないな」
「せっかく頼もしいなぁと思ったのに……」
「な、なんでやんすか!? 二人とも目がすわってるでやんす!」
自分の顔は見えないが、矢部くんのことを精いっぱいの冷めた目で見てあげた。