スマンありゃあウソだった。
無断であの間抜けの巣窟と化した水鏡女学院から脱走し、斉離を連れて旅立つことそろそろ一週間になる。
幸いにして、あの水鏡とか言う間抜け以外に構うつもりは無いらしく今の所他の場所に彼奴等の干渉は無い。
しかし、それ以外にも問題はあるのだ。
例えば、目の前で今にも泣き腫らしそうな斉離をどうやって慰めよう、とか。
「なんだってそんなに泣きそうなんだ?別に何もしてないだろうに」
「いっ、いえっ…。わたしはっ、わたしはっ、あなたさまにっ、ちゅうをちかったのにぃっ、じゃまをしないってっ、いったのにぃっ」
「いや、流石に疾天に追従できる馬なんてこの世に存在しないし。着いて来るのを認めたってのは、そこら辺の世話もするってことだからさ。そう泣くなよ……」
「な"い"でま"ぜん"ん"」
まぁ、ここは可愛いところか。
そんな事を思いながら、斉離を慰める女であった。
疾天。
疾天とは、女の開発した長距離移動用馬形式である。
自身と自身に跨るものを限りなく光に近づける事で、神速とも言える素早さでの移動を可能にしたのがこの疾天なのだ。
普通なら一年はかかる旅路を、一週間程に縮められたのはこの式のおかげである。
あまり長時間は使えない(光と同化してしまうから)のに、旅の時間を五十分の一程に短縮するとは。流石光は格が違った。風なんかより余程速い。スゲェ。自分で作っといてなんだが。
まぁ、そのせいって言っちゃあ何だが、光に近づくという性質上、疾天に着いてこれる馬など用立てできる訳も無く。
私に迷惑をかけないと誓っていた斉離は、乗り物を用意出来ず私の世話になった事が悲しくて仕方ないらしい。
根気よく慰めて行くと、二時間もすれば泣き疲れて眠ってしまった。
ここら辺まだ子供だなぁって思う。
さて、今私達はが何をしながら旅をしているかというと、各地に陣を配置する旅だ。
陣と言っても軍とか兵とかそう言うのでは無く、歴とした術の一種である。
この世の形ある物に刻み起動句を唱えることで始動させれば、半永久的に発動し続けるという物である。
主に、効力を失って欲しく無い時なんかに使う。
今回の陣の効果は、『知力上昇』『道徳強化』『知識挿入(農業、健康)』『欲望減衰』『対象限定(民、兵)』の五つである。
『知力上昇』は全体的な判断力と思考力の底上げ。
『道徳強化』は陣の効果範囲の対象の人殺し等に対する永久的な忌避感の強化。
『知識挿入(農業畜産、健康)』は、その名の通り効果範囲の対象限定で農業や畜産と人体の健康についての知識の挿入。
『欲望減衰』は三代欲求とそれに付随する幾多もの欲望を減らして散らして無くす効果。
『対象限定(民、兵)』は以上の事柄を民衆と凡ゆる兵に対してのみに限定する効果。
という内容だ。
私が、陣を使って一体全体何がしたいのかと言うと、治安の安定と民衆の強化と兵士の離反による名声を高める機会の消失である。
この世に於いて、本当の忠誠心から兵として仕えているのはほぼいない。
そんなのはせいぜい常日頃匈奴の侵略を防いでいる涼州とか幽州とかあそこらくらいだろう。
『道徳強化』と『欲望減衰』によって賊も減るし一石二鳥である。
兵を奪い、民の心を奪い、そして権威を奪う。
そうすれば、乱なんかはそもそも起こらん。
従って、綺羅星は全て失墜し、この時代は後世で「何もなかった」と言われるような時代になる。
そうすれば、彼奴等の干渉も意味を成さない。
彼奴等の干渉による世界の同一化の影響を無くせる筈だ。
そう言えば。
奴等が、どの様に世界に干渉してくるかは前に話した。
だが、世界同士の接続、固定による影響は話してなかったと思うので、話して置こうか。
世界、というのは例えるならば絵に近い。
無数の点の集合体として見た場合の絵だが。
点が一つの世界であり、絵がその数多の世界における歴史や技術の傾向と考えれば良いだろう。
奴等は、隣の世界を観測した時にその世界が自分の住む世界とほぼ同じなのに気付き、「これは誰かの陰謀に違いない!これに対抗するには、他の影響下にある世界を纏め上げなくては!」と考えたらしい。
もうね、絶句したわ。
ンな、訳、あるかぁ!!!!
そんな事して何になるってんだ!ばっかじゃねぇの!?
大体、お前の世界の隣が同じ様な世界なのは当然だろうが。マジふざけんなよ。
それに、世界と世界を繋ぐって事は、繋がれた側の世界に繋げた側の世界が流れ込むって事で。
世界が流れ込むって事は、その世界に改変が起こるって事だ。
改変が起きれば、その世界に元から居た人は消え、居なかった人が現れ、その異常を誰も認識しなくなる。
それだけじゃない。
世界の改変というのは、行われれば世界そのものがゆらぐ。
地は揺れ、空は割れ、宇宙は散々に乱れる。
もちろん、このゆらぎによって消えた世界も数多くある。奴等のせいでな!
それを事もあろうに奴等何らかの邪魔が入ったと認識しているようで、ずっと誰かのせいにしているのだ。
迷惑な事この上ない。
ああいう奴等は多分現実をぶつけてもそれ以上の妄想で信じようとはしないんだろうなぁと思う。
閑話休題。
そう言うわけで、急ピッチで陣を配置してきたわけだが。
此処并州の西河で最後である。
今設置し終わり、起動句を唱えようとしたのだが……。
「ゔあ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!」
「うおっ、クソ、危ねえだろうが!」
「ぅゔゔゔぅ」
化けもんみたいな野生児に襲われた。
つーか十も生きてないくせに武で仙人になった奴と同等の武ってどういうことだ……?
しかし……うーむ。
「ゔあ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」
「よっと」
「ゔゔ!?」
あっ、木に突撃した。痛そうだなぁ。
しかし危ういな。この子。
このままだとホイホイ騙されて働かされそうな気がする。
よし。
殺気を込めて、言葉を放つ。
「待て」
「ヒッ!」
娘が止まる。
私は、止まった娘に近づいていく。
私が一歩近づく毎に、娘の震えが増していく。
そして、目の前まで歩みを進め、満面の笑みで私は言った。
「お前を、私手ずから人間にしてやろう。何、気にするな。時間はたっぷりとあるからな」
娘の震えは、止まらなかった。それどころか失禁したようだった。
……………………あれ?
・その頃の斉離
ドゴーン、バゴーン、ズドーン。
またか、と斉離は思う。
彼女は偶に動物を狩りに行くのだが、ああやってとにかくめちゃくちゃな狩をする。
丸太で殴ったり、大木で押し潰したり、とか。
まぁ何時ものことだし。気にするだけ無駄ですかね。
寝よ寝よ。
次の日。
彼女が女の子を拾ってきていた。
いや、彼女のやる事に文句は無いのだが。
解せぬ。
「ところで、ちゃんと陣は起動させたのですか?」
「あっ、ヤベっ」
※ちゃんと起動させました。
だれだろーなーいったいだれだろーなー(棒)