BanG Dream! 星に導かれて   作:さーてぃーふぁいぶみにっつ

3 / 9
小説版やっぱり良いです。


☆2

不安な足取りで学校へと向かう。

まるで前の入学式の時みたいだ。

香澄は嘗ての自分の姿を思い出しながら、俯いて歩いている。

 

「わっ」

 

一瞬の軽い衝撃。状況が理解できず、香澄は少し呆っとしてしまった。

そしてようやく気づく。俯いていたことにより、前を見ていなかった香澄は女生徒の背中に思いっきりぶつかってしまったということに。

 

「ご、ごめんなしゃい!」

 

しまった、噛んだ。

完全にやらかした。人にぶつかった上に、謝罪が噛み噛みという。

体温が急上昇し、顔が真っ赤になることを確かに感じた香澄は、恥ずかしさから顔を上げれなかった。

 

「香澄、どうしたの?」

 

しかし、そんな気まずい沈黙をぶち壊したのは、ぶつかってしまった女生徒だった。

 

え、私の名前を知ってる。

数十分前に感じたばかりののデジャヴを再び感じながらも、香澄は恐る恐る顔を上げた。

 

その人物には、見覚えがあった。

 

「た、たえちゃん!?」

「そうだよ。おはよう」

「あ、おはよう」

 

花園たえ。

Poppin' Partyのリードギターにして、天然なパーカーギタリスト。

ようやく知っている人物に会えた。安心感を覚えた香澄は目の前でクールな面持ちをしている少女に歩み寄ろうとするが、違和感に気づいて足を止めた。

 

パーカーを着ていない。彼女のトレードマークと言っても過言ではないパーカーを着ていないのだ。目の前にあるその事実が、香澄には信じられなかったのだ。

さらに顔もよく見てみると、いつもよりも非常に大人びていて、彼女の特徴の1つである口調とミスマッチしていたあどけなさは消えていた。

 

「……本当に、たえちゃん?」

 

恐る恐る、不躾なことを訪ねる。

 

「正真正銘、本物の花園たえだよ」

 

少女は表情を変えずーーー寧ろ少し真剣な面持ちとなって言う。

するとたえは突然両腕を広げた。

 

「本物かどうか、確かめてみる?」

 

「さあ、カモン」と表情とは対照的な間延びした声で香澄を待つたえは、やはりいつもと少し違った。

 

「えいっ」

 

しかし、香澄はたえが本物かどうかを確かめる為に、彼女の提案通りに抱きついた。たえが着けているフワフワなマフラーに顔が埋まり、更にたえ自身の暖かい体温が伝わる。

 

「ああ、あったかい…」

「毎日ギター弾いてるからね」

 

関係あるのかな、それ。というツッコミを心の中にしまいながらも、香澄は心地の良い暖かさを持つたえから離れなかった。

 

「おー、朝から熱いね2人とも」

 

と、そこで2人に声をかける少女の声。

埋めていた顔をようやくあげ、声のした方に振り向くと、そこには亜麻色の髪をした、ポニーテールの少女が。横には小柄なショートヘアの少女が小動物のような雰囲気を醸し出しながらもいた。

 

「あれ…沙綾、ちゃん…?」

「香澄がちゃん付けだなんて珍しいね」

 

朗らかに笑う少女の顔を見て、香澄は涙がこみ上げてきたのを感じた。

何で、沙綾が朝にいる。

沙綾は家の事情で定時制で夜に通学をしているのに。

 

「沙綾、りみ、おはよう」

 

後ろでたえが呼びかける。

沙綾ではない少女ーーーりみの名を聞いた瞬間、香澄は思わず辺りを見回した。しかし幾ら目を凝らせど裸足にローファーを履いたニンジャガールの姿は見えない。

 

「りみちゃん?」

「うん、おはよう香澄ちゃん」

 

確かにりみの声は聞こえた。しかしその出処は沙綾の隣からだった。

信じ難い事実を香澄は再び目撃した。ポピパの天才三刀流ドラマーの隣で、小動物のような瞳をした少女が、りみという名に反応したのだ。

 

「……りみちゃん?」

「どうかしたの、香澄ちゃん?」

「……靴下、履いてる」

「履いてるよ。寒いし」

「……髪型、変えた?」

「ううん、変えてないよ。最後に切ったのはちょっと前だけど…」

 

唖然とした様子で的外れな質問をする香澄に、りみは怪訝な顔1つせずに答えている。

香澄はその違和感ーーーをも通り越した相違点に打ちひしがれていた。

髪型や立ち振る舞い、口調や容姿まで何もかもが違っていた。

私たちのバンドの中で1番の変人であり苦労人であったニンジャガール・ベーシスト・りみは、小動物へと退化、否、変化していた。

 

「えっ…」

「どうしたの香澄。なんか今日は随分と大人しいね」

「私たちの呼び方も少し変わってる…」

 

よく聞いてみれば口調も違う。沙綾はいつもよりもサバサバとしていて、時折関西弁が入っていたりみはキッチリとした標準語となっている。

 

「おかしいのは、私なのかな…」

 

仲間であり、親友でもある3人の少女を前にして、香澄は愕然として倒れそうになる。ふらついたところを沙綾がなんとか支えるが、足になかなか力が入らなかった。

 

「ちょっと大丈夫?体調悪いなら家まで送ってくよ?」

「ううん、大丈夫…」

 

香澄に触れる沙綾の髪からは香ばしいパンの香り。山吹ベーカリーが新作として先週に発売したミスフィッツ・パンの香りだ。彼女の人柄を表すような優しい体温。私が知ってる沙綾と同じなのに、どこか違う。

その真実が、香澄を大きく苦しめていた。

 

「おーい、何してるんだこんな所で」

 

と、そんな中で可愛らしい声をした少女が割って入ってきた。金の髪をツインテールに束ねた美少女。

その少女を見た瞬間、香澄の心は回復した。

 

「有咲ちゃん!」

 

香澄がポピパメンバーの中でも特に信頼している人物、市ヶ谷有咲。ポピパの活動拠点地である蔵の持ち主にして、香澄に真紅のランダムスターを与えた、まさしく始まりの人物。

 

「ちゃん付け!?…っていうか抱きつくな!」

 

あまりの嬉しさに香澄は思わず抱きついてしまった。戸惑う有咲であったが、心なしかまんざらでもなさそうに見えた。

 

「ほら、さっさと行くぞ。遅刻したらバンド活動制限されるんだからな」

「あっ、そういえば」

「ちょっとストップ有咲。早く行きたいのは山々なんだけど、香澄の調子が悪いんだ」

「香澄がかぁ?」

 

沙綾の言葉に有咲は目を見開く。

香澄の顔を覗き見るが、有咲はいつも通りと言わんばかりに手を上げて言う。

 

「確かにいつもに比べて影がある感じだけど…そんな調子悪そうには見えないけど」

「熱とか感じる?香澄ちゃん」

「ギターを弾けば治るよ」

「その気合い論は身を滅ぼすタイプだからやめろ」

 

一様に心配の眼差しと声をかけるポピパの面々は、言動や容姿こそ違うものの、いつものポピパに見えた気がした。

その空間はなんだか居心地が良くて、不安も取り除かれていって落ち着いてきて。

その姿を見て、自分がおかしいということを香澄は受け入れた。

 

「……ううん、何でもない。みんなを見てたら、平気になった」

「なんだそれ」

「香澄、カッコいい」

 

たえちゃんはいつもに増して不思議発言が増えたけど。

 

「香澄ちゃん、あまり無理はしないでね」

 

りみちゃんは色々変わったけれど。

 

「本当に大丈夫なんだね?」

 

沙綾ちゃんは一緒に登校できるだけで嬉しいし。

 

「ならさっさと行くぞー」

 

有咲ちゃんは少し口調がキツい気がするけれど、僅かに見せる顔はいつもと同じ面倒見の良さを出してて。

 

「うん、行こう」

 

香澄はその日、初めて心の底から笑うことが出来た。

踏み出した足に不安はなく、自身と安心感が漲っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

学校での授業を何とか無事に終えた香澄は、HRを終えた直後にドっと疲れに押し潰されるように机に顔を埋めた。

どうやら香澄は知らないうちに人気キャラとなっていたらしい。同級生や下級生問わず、かなりの人に声をかけられた。無論、香澄にとっては拷問に近い仕打ちではあるが。

 

このまま寝れるんじゃないかと思っていると、背中を突かれた。

 

「なーに寝てるの。練習行くよ」

「ああ…」

 

沙綾がドラムスティックを香澄の背中に優しく小突きながら言う。

…ポピパは変わらずにあるのかな。

一瞬の不安が頭をよぎった。異変を受け入れた香澄ではあったが、自分にとっての安全地帯であり、帰るべき場所でもあるPoppin' Partyだけは、変わらずにあるのかなーーーそう思ってしまい仕方がないのである。

 

「…うん、ちょっと待っててね」

「早くしろよー」

 

有咲から急かされながらも机の横にかけていた鞄を手に取って、そこで香澄は気づく。

 

「……あ」

「あ…って」

「どうかしたの、香澄ちゃん」

 

自分の体が岩のように動かない。否、動けない。香澄の頭の中ではパニックという一文字が暴れていたからだ。

 

「……ランダムスター、ウチだ」

「……えっ」

「はぁっ!?」

 

有咲の驚嘆が教室中に響いた。


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