BanG Dream! 星に導かれて 作:さーてぃーふぁいぶみにっつ
正面にはステージ、上を見れば歴代横綱という煌びやかさと荘厳さが入り混じった固有結界が広がってました。
かつてウルフが踏みしめた地と同じ地を踏んでいるのだな、と思うと興奮してきました。
本編どうぞ。
頬を撫でる風は涼しかった。あたり一帯が真っ黒。そこに、模様のように輝く星々。
映画で見る、お姫様のお部屋みたい。天井や壁という概念があるのかわからないけど、煌びやかで居心地がいい。香澄はそう感じた。
軽く飛び跳ねてみる。すると、宇宙ステーションの中のように、池を泳ぐ鯉のように、ゆっくりと香澄は宙を舞った。
暫く流れに身を任して、ある程度昇ったところで香澄は「止まれ」、と意識を集中した。すると見事に勢いを無くして止まった。
かつて自分がいた場所を見下ろす。宇宙のようだけど、下に地球は無かった。
––––––地球は青かったって言いたかったな。
心の中でクスリと笑って目を閉じる。
閉じた瞬間、誰かの怒鳴り声の残響が聞こえた。咄嗟に目を開けて辺りを見回す。香澄の背後、そこには、香澄のよく知る市ヶ谷有咲の姿がそこにあった。
「––––––このバカスミンっ!」
見たこのない剣幕で怒鳴られたことで、香澄は思わず息を飲む。
え、な、なんで怒ってるの、有咲ちゃん。私、何かしたっけ––––––。
と、有咲が目を向ける先にいる人物に気がつく。
––––––あれ、
香澄が、そこにいる。
しかし、こんな有咲に怒鳴られるような場面を体験した覚えはない。夢なのか。いや、夢にしてはあまりにも感触がリアルだ。
有咲から向けられる、軽蔑の眼差しに香澄は何も言えない。
有咲を押さえつけるたえとりみから同情の眼差しを向けられるが、何故だか罪悪感を強く感じる。
なんで、みんな。
こんなの、知らないよ。
形容し難い恐怖心に震える。鳥肌が立つ。脳が圧迫される。耳を塞ぎたくなる。
自身の耳へと手を向ける––––––その寸前、誰かの手がそれを止めた。
身体をビクリと震わせ、恐る恐る振り向く。
––––––そこには、
「––––––あなたは、向こうの私なんだよね?」
スマートフォンのアプリで録音した自分の歌声と同じ声で、香澄は問う。
香澄は、その言葉の意味を理解できなかった。
「向こうって、何…?」
「あそこに映ってる私。私の知らないPoppin' Partyが、あそこにいるの」
「知らない…?」
私なのに、なんで知らないの。
疑問が浮かび上がった。瞬間、香澄には心当たりがあることを思い出した。
––––––知らない制服。
––––––姿中身がまるで違うりみ。
––––––いっしょに登下校する沙綾。
「––––––まさか」
「あなたが見て、話したりみりんは、小動物みたいで可愛かった?」
「うん、忍者なんかとは程遠い、大人しい娘だった」
「……やっぱり」
納得したように、
そして改まったように、喉を鳴らして袖を正す。
「––––––はじめまして、香澄。あなたと、こうして話したかった」
香澄からの改まった挨拶。
香澄の中で回転していた疑問の歯車は合致した。
「––––––うん、はじめまして、香澄…ちゃん。信じられないけど…つまり、そういうことなんだね」
「うん、そういうこと。つまり私たちは……」
うなずくアチラの香澄に、香澄はうなずき返す。
––––––それが、合図だとも知らずに。
向こうの香澄は息を吸う。
「入れ替わってるぅ〜〜!!?」
「……えっ?」
突然の叫びに、香澄はただハテナマークを浮かべるだけだった。
アチラの香澄は、静まる空気に目を泳がせる。
「えっ、ちょっ、ここはお約束でしょっ?瀧くんと三葉ちゃんみたいに!」
「タキくん…?ミツハちゃん…?……どなた?」
「知らないの!?″君の名は″だよっ、前前前世だよっ!」
「全然…」
「おっ、前前前世にかけてるね!座布団8枚〜!」
「かけてないし、座布団多めじゃない!?」
怒涛のマシンガントークに香澄も声を荒げざるを得なかった。
なに、この香澄。
さっきまでの落ち着いた雰囲気は何処へ。シリアスめだった空気は何処へ。
「ウソ…これがジェネレーションギャップってやつ…?」
「その言葉を使うにはまだ若いと思うよ…」
ジェネレーションギャップというより、単純に香澄の世界には存在しないものなのだろう。
香澄はそういうことで納得した。
「まあ、私たちは入れ替わってる、っていうのは確定したね」
「だね…信じられないけど、私自身…香澄ちゃんが現れたら、そう結論付けるしかないね…」
こうして香澄が目の前にいる。
非現実的な話だけど、私たちが今こうして体験しているから現実なのだ。
「教えて」
アチラの香澄が、深刻な面持ちで聞く。
「私、やらかしちゃったんだ。あなたの世界を知らなくて」
「…もしかして、今流れてる映像って」
「うん、私の犯行映像」
あははっ、と呑気に笑って言う。
こんな深刻な状況でも、こうして笑って過ごせる辺りは、私と違うなぁ…、と香澄の心に残った。
「うん、教えるよ。何もかも、きっと違うから」
香澄は語った。
自分の家族構成から、自分自身の性格。有咲と出会い、ランダムスターを手に入れた経緯。メンバーを集めて、沙綾と共に泣いて、曲を書いて、セッションをして、Poppin' Partyが結成されたことを––––––。
香澄は語ってくれた。
自分の家族構成と、性格。有咲との出会い、ランダムスターとの出会い、りみと一緒に″きらきら星″を奏でたこと、たえを加入させるために蔵でライブをしたこと、沙綾を説得して、5人で初めて演奏した文化祭のこと、そして自分が声を失ったことを––––––。
「––––––そうなんだ」
先にそう呟いたのはどちらか、そんなことはわからなかったし、どうでもよかった。
ただ互いのことを知ることができた。
無知は罪だ。私たちは罪人だった。でも、ようやくその罪は消された。
自分同士––––––いや、香澄同士の語り合いという贖罪で。
「安心したなぁ。知ることができた」
ホッと胸を撫で下ろし、清々しい笑顔を浮かべる。
「さあ、有咲たちに謝らないとな」
「そうだね、謝らないとね」
「見たところ、香澄ちゃんは私と違ってやらかしてないね。適応能力の高さなのかなー」
適応能力というより、ただ他人から目をつけられないように過ごすのが得意なだけだから…と、愛想笑いでごまかした。
と、徐々に自分の周りが明るくなっていることに香澄は気がついた。
「…夜が明けるね」
切なそうに、アチラの香澄はつぶやいた。
香澄は頷く。
「目が覚めたら、戻れてるかな」
「わかんない。たぶん、戻れてないんじゃないかな」
「だよねー。そんな気がするー」
アチラの香澄はのびをしながら白い歯を見せて笑う。
「じゃあ、またね」
「また会えるかな」
「会えるよ」
「そうかな」
「うん、そうだよ。絶対に会える」
光が2人を包む。
視界は真っ白に。辺りは静寂という名の嵐に包まれて、香澄は激流に飲まれた。
「あなたがいた証拠!」
––––––そんな中、
激流に身を任せていた香澄は、腕をバタバタ捥がかせて、「うん!」と叫び返した。
「残して!どんな方法でも、いいから!残して!」
「なんでー!?」
「あなたは、戸山香澄だから!」
その言葉を最後に、香澄は光の激流に呑まれた。光は香澄の全てを包み、やがて在るべき場所へ戻した。
流れる川はやがて海に流れ着くように、香澄は在るべき場所へと戻った。
そこは、香澄が普段から愛用しているベッドではない、向こうの香澄のベッド。
外から聞こえる小鳥の囀り。自転車のブレーキ音。カーテンから漏れる光は、今まで以上になる、とても綺麗に見えた。
「––––––入れ替わってる、かぁ…」
目を覚ましてその事実を再認識する。
改めて思うが、おとぎ話のようだ。
「入れ替わり…シャッフル……」
カードゲームのカードになった気分だ。
私の手札から、相手の手札へ渡ったように。
「……これぞ正に″ぽっぴん'しゃっふる″…」
香澄の呟きにより、空気が固まる。
鳥の囀りはピタリと聞こえなくなり、自転車のブレーキ音も残響を残すだけだった。
「って、そんなん言うてる場合かっ」
オチが付かないので、独りでツッコミを入れる。
元々付いてなかったオチは、更に居場所を無くしただけだった。
「……着替えよう」
運命的な夢を見た後に迎えた朝は、やけにもの悲しく感じた。
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学校が終わって放課後に市ヶ谷邸の蔵で練習。
自分が向こうの香澄と入れ替わっているという事実を意識できたからか、前よりもより流動的に、そしてメンバーとも親しく話せた。
たえが拾ってきたという、砂時計をボーッと眺めていた時だった。
「なあ、香澄。新曲作らないか?」
片手で″カエルの歌″をキーボードで奏でながら有咲が言う。
その発案に、沙綾も同意の意を示す。
「あー…かもね。そろそろセトリもマンネリ化してきてるし…」
「マンネリ……」
マンネリもなにも、どんな曲があるのかすら知らないんだけど。
「ハード系だったら″ティアドロップス″があるし、クラップ系だったら″ぽっぴん'しゃっふる″もあるし…」
有咲が1つ1つ曲を言う。
″ティアドロップス″と″ぽっぴん'しゃっふる″あるんだ、と香澄は何故か安心感を覚えた。
″ティアドロップス″はたえが、″ぽっぴん'しゃっふる″は有咲が作った曲だ。いずれもライブで人気が高いため、香澄にとっても思い入れの深い曲だ。
「ならここは1つ、メロディアスなのはどう?」
「メロディアス?」
「それってどういう曲なの、おたえちゃん」
4人が同時に抱いた疑問をりみが聞く。
その質問に発言者のたえは得意顔で答える。
「例えばボウイの″Life On Mars?″みたいなのとか、マイケミとか」
「ボウイ、マイケミ…」とりみが片言で呟く。どうやらわかっていないらしい。
香澄は両方とも知っていた。
ボウイとは無論、デヴィッド・ボウイだ。
イギリスを代表するグラム・ロックの最重要人物で、1枚のアルバムごとにキャラクターを造り、そのキャラクターに沿った楽曲を歌っていた。ビートルズ、ツェッペリンと並んで後世に大きな影響を与えた存在だ。
以前、ポピパが参加したハロウィンの企画ライブで、香澄はボウイが造ったキャラの1人である″ジギー・スターダスト″を、ボウイの大ファンであった沙綾は″ハロウィーン・ジャック″に仮装した。
もう1つのマイケミとはマイ・ケミカル・ロマンスというアメリカのバンドだ。壮大なテーマを元に描かれる1つの小説のような楽曲の数々で2000年代、絶大な人気を持っていた。
「″Life On Mars?″かぁ…うん、なんとなくイメージはできた」
「香澄、ボウイ知ってるの!?」
「うん、大好きだよ」
輝いた目で両肩を掴まれて「今度語り合おう!」と言われた。
メロディアスで、ボウイやマイケミのような音楽性。曲調的に″Lady Stardust″みたいなのにしてみようかな、と考えてみる。
「じゃあ、りみ。作曲よろしくな」
「うん、難しいけど、やってみるね」
「えっ、りみちゃんが作るの?」
「……え?」
反射的に呈した疑問に、有咲が怪訝な眼差しを送る。
「……私が作るんじゃないの?」
「いや、香澄って作曲できないだろ…」
「出来るよっ。というか今までも″STAR BEAT″とか″ときめきエクスペリエンス″とか……」
そこまで気づいた。
″向こうの世界の香澄″は作曲ができないのだろう。
なるほど、つまりそういうことか。
「……それは私が作曲するよ」
「マジかっ。どういう風の吹き回しだ」
「気分、だから?うん、そういう気分なの」
「気分て……」
いい加減な香澄の理由に有咲は肩を落とす。しかしそれを沙綾が御する。
「まあまあ、今までと気色の違う曲を作ろうってわけでしょ。なら、香澄に任せるのもアリなんじゃない?」
「ボウイがわかるのなら、香澄に是非!」
沙綾の言葉にたえも同意する。
りみも2人に続く形で「なら、私も」と。
多数決では有咲の負け。暫く下唇を噛んでいたが、やがてお手上げというように両手を挙げて3人に賛同した。
「わかったよ。その代わり、半端なもん作るなよな」
「約束するよ」
Poppin' Partyはいつだって本気だ。どの曲にも愛情を絶やさない。ましてや、元々は私が在籍してないPoppin' Partyだ。向こうの香澄と次に会った時に、ちゃんと面と向かって話すために、半端な曲は作れない。
「じゃあ、早速始めようかな」
ランダムスターを構えて、コードを押さえ、音を奏でていく。地道ではあるが、ここから1つずつメロディーを生み、後はノリで構成を決めていく。
有咲やたえからは才能の言われたが、香澄自身はボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、カート・コバーンだってそうやってメロディーを作ってきたのだと謙遜した。
「おお、ちょっとそれっぽい」
「私も作曲挑戦してみようかなー」
––––––あなたがいた証拠!
––––––どんな方法でも、いいから!残して!
向こうの香澄の言葉を思い出す。
私がいた証拠。
向こうの世界の香澄は作曲ができない。けれど、私にはできる。
それはつまり、唯一無二の、戸山香澄が作った曲が生まれる。
––––––だとしたら。
それはきっと、私がこの世界に残すべき証なのかもしれないな。
丸テーブルの上に置かれた砂時計に目をやる。
2つの透明な硝子の管に入った砂。砂は同時に混ざることはなく、落ちて1つになるだけ。
今の私と向こうの香澄は、きっと中間の細い管の中にいるのだろう。時計は横に寝かせられて、それこそ時は止まったまま。
きっと1回だけ立てたら、私と香澄ちゃんは互いの元の世界に戻ってしまう。
誰かに時計を立てられる前に、この曲を完成させる。証を残して、香澄ちゃんとまた話し合って、元の世界に戻る。
それが今の私の役目で、目的だから。
1粒1粒落ちる砂を意識しながら、香澄は再び作曲に意識を集中した。