BanG Dream! 星に導かれて 作:さーてぃーふぁいぶみにっつ
早朝の冷えた通学路を歩く香澄の足取りは軽やかであった。
これから目の当たりにするであろう未知の世界に心が踊っていたのだ。マフラーを靡かせ、冷たい空気と風を気にさせないほどの高揚感を纏った香澄は、周囲から向けられる白い眼差しに気がつかないまま走っていた。
学校の行き場は変わっていなかった。いつも通り、電車に乗っての登校だ。
定期券を翳し、駆け足を止めてホームを歩く。
扉開かれていた車内に入り、つり革に掴まる。間も無く発車のアナウンスが流れ、ゆっくりと動き出すーーー寸前だった。
「ーーー師匠!」
「師匠?」
師匠、という日常生活では聞き慣れない言葉に香澄は耳をすました。外からのようだ。
電車に間に合わなかったのかな、と心配をしながらも自分にはどうすることもできない。心の中で無力な自分でごめんね、と謝りながら外の景色を眺めるーーーと。
「ーーーえ」
走っていた。少女が。それも電車とほぼ同じ速度で。
「ちょっ、まま…」
およそ信じがたい光景を前にした香澄は車掌に止めようかと動き始めるが、恐ろしい速度で駆ける少女は目があった香澄に微笑み、サムズアップをしてみせる。そして電車に引き離されていった。
「……なんだったの、あれ」
あまりの一瞬の出来事に香澄は茫然としていた。
しかし、それと同時に1つの事に気がついた。
ーーーあの娘、りみりんにどこか似ていた。
一瞬よぎった考えを、しかし香澄はすぐに拭い去った。
まず第一に、りみは運動神経が悪い。あんなに走れるわけがない。そして風にさらされていた為不確定要素ではあるが、髪型も違った。
「いや…まさかね」
その考えは一旦沈めておこう。
朝から色々なことが立て続けに起こっているが、きっと大丈夫だろう。とりあえず有咲とりみに会おう。
それから数分して着いた。
香澄は電車から降りて改札口を出て、有咲の家へと向かおうとした。
「師匠!」
が、その前に大きな声で再び師匠という言葉が響いた。驚いた香澄は体を震わせる。さっきからなんだろう、と思って振り向くと、香澄の背後には先程電車と共に走っていた少女が。
「え」
「師匠、おは、お、おはよう…」
「お、おはよう…」
肩で息をする少女に挨拶をされた。突然の出来事に香澄は思わず返してしまったが、そもそも香澄はこの少女とは初対面のはずだ。
「えっと…ご、ごめん、誰だっけ」
無礼を承知で思い切って名前を聞く香澄。心の中でさらに謝りながら、息をする少女の答えを待つ。
「ウチの名前を…忘れたというのか…」
「ごっごめん!ちょっとまだ寝ぼけてて…」
ああ、私は最低だな。
心の中で自分自身に叱咤をしながら何度も謝る。
「りみ。牛込りみ。あの時のお弁当のオカズの恩は忘れることはない」
「り、みーーー?」
瞬間、香澄の思考は一時停止となった。
りみ。牛込りみ。
ああ、それは確かに私の親友の名だ。なぜ目の前の少女がその名を名乗っている。冗談にも程度がある。
「まあ、師匠が朝に弱いのは今に始まった事ではないし。今回は水に流そう」
「ーーーっ」
しかし、いくら頭の中で否定しようとも、目の前の少女の声はりみそのものだった。髪型や立ち振る舞い、口調も何も違うが、声と背丈は同じだ。
「りみ、りん…なの、本当に…」
震える声で尋ねる香澄に、しかし目の前の少女りみは不思議そうな顔をして香澄の顔を見返す。
「変化の術を使った覚えはないが…」
話す声はやはりりみそのものだ。突然変わってしまった親友に驚嘆を隠しきれていない香澄。そんな香澄の手を、思い出したように掴むりみ。
「とりあえず走るぞ師匠!これ以上遅刻したら草むしりの刑になってしまう!」
「…えっ、あっ、ちょっ」
香澄が状況を理解しきるより先にりみは地を蹴った。
引きずられないように香澄も必死に足を動かす。周りの時が止まったような錯覚に陥る。こんなに早く走ったのは初めてだ。
息が切れかかってきた頃に、ようやく香澄の手を引くりみの足は止まった。
「ちょっと…待って…っ…」
「師匠、もう少し体力をつけた方がいいと思う」
それは確かに思っていたけども。
先程とは真逆の立場となった事に香澄の頭の中はスクランブルエッグの様にさらにぐちゃぐちゃになった。
「くらべんけー殿。待たせた」
「…またかすみんを走り連れ回したの。怪我させる前にやめた方がいいんじゃない?」
りみが声をかけた人物の声を聞いた瞬間、香澄は目を見開いた。
すぐに顔を上げ、声の主の居場所を探す。
「大丈夫、かすみん」
「ぁ……」
金の髪のツインテール。小柄な身体に人形の様に整った顔立ち。
間違いない、私に手を差し伸べている少女はーーー。
「有咲ぁっ!」
「おぁっ!?ちょっ、ちょっとどしたの!?」
歓喜のあまり有咲に強く抱きついた香澄。突然の出来事に顔を赤らめて驚く有咲に、どさくさに紛れて香澄の背に抱きつくりみ。早朝から白い眼差しが刺さる。
「なに、かすみん!?」
「有咲ぁ…有咲だけは変わってないぃ…」
「ちょっと本当に状況がわからないんだけど…とりあえずりみりん、かすみんを離して!」
「御意」
そうして有咲から香澄を引き離す。
涙を流す香澄に、有咲とりみも戸惑い気味だった。
「ちょっと、どうするの。かすみん変だよ」
「今朝もウチの名前を忘れてた…まさか二日酔い?」
「そんなわけあるか」と有咲がツッコミを入れる。
変わらない人がついに現れた。それが香澄にとっては嬉しかったのだ。
「先輩方ー!」
と、そんな3人に更にある少女が声をかける。
制服の上に青いパーカーを着た長身のロングヘアの美少女。どこかあどけなさを感じさせるその雰囲気は、すぐにその場を和ませた。
「行きますよ!生徒会長さんがカウントダウンを始めました!」
「なっ、それはマズイ!」
パーカーの少女の呼びかけに顔色を変えた香澄以外の2人は、揃って香澄の手を引いて駆け出す。
「ほら行くよかすみん!」
「今度は出来る限りゆっくり走る!」
手を引かれて再び香澄は駆け出す。
目まぐるしい展開だ思考が全く追いつかない。しかし、そこから見える景色はどこか居心地が良くて。
香澄は2人の手を少しの力で握り返した。
ニンジャとパーカーは無敵。