巨大ネズミが、ユマから受け取った荷物を両手に持って、のそのそと街中を歩いてゆく。
当然道行く人々からの注目を集めたが、ルイズら貴族が同行しているので珍しい使い魔の類だと思われたのであろう、特に騒ぎにもならなかった。
そのまま街の外に出て、少し離れたあたりでタバサがピィーッと口笛を吹くと、じきにシルフィードが降りてきた。
シルフィードはつぶらな瞳で、不思議そうにまじまじと巨大ネズミを見つめた。
巨大ネズミも、ぼーっとした顔でシルフィードを見つめ返す。
ユマはその間に巨大ネズミから荷物を受け取ると、お礼を言った。
「ありがとう、ここまででいいわ」
「チュ。チュチュー、チュチュ、チュー」
巨大ネズミは頷くと、心なしか嬉しそうに何度か鳴く。
それを聞いて、ユマも少し微笑んで頷き合った。
「そうね、私もそう思うわ」
それから、巨大ネズミは出てきたときと同じように、光の中に姿を消した。
「今、あいつと何を話してたのよ?」
「アポデムスはね、『現地住民の間を歩いても騒がれなかったのは初めてだ。このあたりの人々は文化水準が高い』って、褒めてたの」
「……ぶ、ぶんかすいじゅん? ……そ、そう」
ルイズは、ネズミとは思えないようなその話の内容を聞くと、妙な顔をして頷いた。
それにアポデムスって、ペットや使い魔でもないだろうに、ネズミに名前なんかあるのだろうか。
「へえ、頭いいのねえ。やっぱり、幻獣か亜人の一種なのかしらね」
「宇宙人かもしれないと書いてあった。それは、何?」
「他の星から、来た人のこと」
「他の、星……?」
何それ、という感じで首をひねっているハルケギニアの少女らをよそに、ユマはまた本を広げてカードを確認し始める。
さっきは巨大ネズミを召喚したために、確認が中途半端になっていたのだ。
『ジャベリン:装備品(サポート)
小型の槍』
『バイパー:モンスター(ビースト) HP3/MP0 Lv2 物理防御3 魔法防御2
森に棲む大きな蛇。怒りっぽく、すぐに噛み付く』
『ファイアスピット:モンスター(スピリット) HP3/MP4 Lv5 物理防御3 魔法防御2
小さな炎の精霊でサラマンダーの仲間だが、弱くてまだ形がない』
『サンダーワーム:魔法(魔法攻撃)
いかづちの精サンダーワームを呼び出して敵を攻撃する魔法のカード』
(魔法カードもあるのね)
こういった魔法のカードは、専門家でない自分が使うよりも、腕のいい魔術師などに使ってもらうほうがより高い効果が出る。
まあ、戦いがなければ使わないのだし、今はあまり気にすることもないだろうが。
『エリアルの実:アイテム(サポート)
マンバの森に実る果実。
水中で周囲に酸素の膜を作り出し、呼吸できるようにすると共に、深海の圧力からも持ち主の身を守ってくれる』
『でくのぼう:モンスター(ゴーレム) HP4/MP0 Lv7 物理防御4 魔法防御3
図体は大きいが軽い材料で作られているので、打撃力も強度も低めなこけおどしのゴーレム。
腕のいい魔術師が、自分の住む塔などを守らせるためにたくさん作ることがある』
このあたりは見たことのないカードだったが、まあ、特に不思議とは思わない。
自分が滞在した間に遭遇したものだけが、ウルフレンドのすべてというわけではないだろうから。
これまでに見つかったモンスターは、どれも比較的レベルの低いものばかりだった。
アイテムも、強力そうなものはほとんどない。
最初は弱いモンスターでも使い続ければレベルが上がって強くなっていくものだから、元々の持ち主自身がまだ経験の浅いカード使いだったのかもしれない。
でなければ、使えないと判断されてデッキから抜かれたっきりになっていた在庫品のカードだったのだろうか。
さっきの『でくのぼう』なんて、三枚もダブっていたし。
ユマは、ディアーネやルフィーアのようなキャラクターのカードがあったらうれしいな、と内心で期待しながら調べていた。
キャラクターカードは、モンスターカードと違って倒して手に入れるものではない。
クエストの最中に出会ったキャラクターからの信頼を得たときに、本人から手渡してもらえるものなのである。
本人たちから聞いた話によれば、カードから呼び出されるのは本体ではなくその分身のようなもので、分身と本体とは休んでいる間に夢を見るような形で経験を共有するらしい。
ゆえに分身が死んでも本体に害はなく、カードの力が戻れば何度でも再召喚することができる。
カードとして既に手元に持っているはずのキャラクターとクエストで遭遇したこともあるので、それは本当のことだろう。
ユマも、望んで力を貸してくれる彼らのことは比較的気兼ねなく呼び出すことが出来たし、クエストのないときでもよく話し相手などになってもらっていたものだ。
しかし、そう都合よくはいかないようで、キャラクターのカードはこれまでにまだ一枚も見つかっていない。
ユマは、今回見つけたカードの最後の一枚を手に取った。
『魔剣デルフリンガー:キャラクター(スピリット)/装備品(サポート) Lv1
現在は意思をもつ魔剣となっているが、本体は刀身に憑依した霊魂。
魔力を吸収して、所有者の身を守る力がある。
エルフによって作られた存在であり、“虚無”の使い魔“ガンダールヴ”の片腕となる運命を負っている』
イラストには、刀身が錆び付いた片刃の長剣らしきものが描かれている。
「……?」
ユマは、そのカードを見つめながら、ちょっと不思議そうに首を傾げた。
説明に『キャラクター/装備品』なんて書かれているカードは、これまで見たことがない。
キャラクターで、かつ装備品だということなのだろうが……。
(意思を持つ、魔剣……、魔法の、剣?)
自分の意思で動き回る剣ということなら、リビングソードというカードはもっていた。
最初からデッキに入っていた中では特に頼もしい味方の一人で、駆け出しのころはずいぶんとお世話になったものだった。
でも、あれはモンスターカードで、確かデーモンの一種だったはずだ。
モンスターではなくキャラクターだということは、もっと珍しい、唯一無二の存在ということなのかもしれない。
だとすると、あの“魔剣ニビル”みたいなものだろうか。
ニビルはウルフレンドでは悪名高い呪いの剣で、それを持った者を見境なく人を襲う血に飢えた殺戮者にしてしまうのだ。
ユマはあるクエストでその剣に魅入られた偉大な騎士ロッドウェルを救ってほしいと彼女の部下に頼まれて、ニビルと対決したことがあった。
しかし、カードの文面を見る限りでは、この剣はそんなに悪意のある存在には思えないし……。
「さっきから、何を一生懸命見てるのよ?」
「あのネズミちゃんよりも面白いカードがあったのかしら?」
横から声をかけられたので、ユマは彼女らにもそのカードを見せた。
「意思をもつ魔剣? インテリジェンスソード?ね」
「私はそれよりも、エルフが作ったっていうのが気になるわね。それに、ガンダールヴって、確か……」
「始祖の使い魔」
ルイズらはそれから、ハルケギニアのことにまだ無知なユマにいろいろと説明をしてくれた。
インテリジェンスソードとは自分の意思をもつ魔法の武器で、ハルケギニアではたまに見かけられること。
ハルケギニアの人間は高度な先住魔法を使いこなすエルフを最強の亜人として恐れており、大昔から敵対関係にあること。
始祖ブリミルとはハルケギニアのメイジたちの祖にあたる六千年前の人物で、土水風火の四系統に失われた虚無の系統を加えた五大の系統魔法を作り出したとされていること。
ガンダールヴはその始祖ブリミルの四人の使い魔の一人で、あらゆる武器を使いこなし、数千の軍勢とも戦えた勇猛果敢な“神の盾”だったと伝えられていること……。
「じゃあ、この剣はその“ガンダールヴ”の使っていた武器?」
「説明によると、そうみたいね。でも、なんで始祖の使い魔の武器がカードになってるのかしら」
「まさか、始祖の使い魔もカード使いだったとか?」
「……使い魔でないにしても、カード使いの仲間がいたのかもしれない」
自分たちの祖であるブリミルゆかりの品かもしれないというので、無理もないことだが、ルイズらはかなり熱中して議論している。
しかし、ユマとしては今はじめて聞いた話なのでさほど感慨もない。
彼女らからやや距離を置いて、一人で静かにこのカードの由来について考えていた。
このデルフリンガーという剣が本当にその始祖ブリミルという人の使い魔のものだとしたら、これらのカードが作られたのは六千年も前ということなのだろうか?
いや、そうとは限らないだろう。
ブリミルやガンダールヴの死後に、無関係な誰かがカードにしたのかもしれない。
だとしても、少なくともこのカードが作られたのはウルフレンドではなく、このハルケギニアだということになる。
剣が何かの理由でウルフレンドへ行き、そこでカードになってまたこちらに戻ってきた、と考えることもできなくはないだろうが。
いずれにしても、二つの世界の間にはつながりがあるということに……。
(……うーん)
気になることは多いが、今ここで考えていても答えはでそうにない。
ただ、やはり自分がここに呼ばれたことには何か理由があって、こちらでもウルフレンドの時と同じようにやらなくてはならないことがあるのではないか、とは思った。
偶然にしては、あまりにもできすぎているから。
だからといって今すぐに自分から何かをしようというわけではないが、いずれ何かが起こるのかもしれない。
そのことは、頭の片隅には置いておくことにしよう。
そんなふうに考えていたら、ああだこうだと話し合っていたルイズたちから声をかけられた。
「とにかく! 気になるから、その剣を呼び出してみてちょうだい!」
「そうね、本人に聞くのが一番早いわ」
「興味ある」
ユマもそれには賛成だったので、さっそくデルフリンガーを召喚してみることにした。
魔剣デルフリンガーのカードを指で挟んで掲げ持ち、精神を集中する。
カードはくるくると回って宙に消えていき、代わりに一本の剣が、ユマの手の中に姿を現した。
それはイラストに描かれていた通りの、錆びた片刃剣だった。
絵では長さまではよくわからなかったが、百五十センチかそこらはあるだろうか、ユマの身長よりもまだ大きい。
刃は薄手だが、かなりの大剣である。
(……?)
ユマはその剣を握った途端、体に妙な違和感を感じた。
カード使いは、もとよりカードから呼び出したものなら、武器でも防具でも、そのほかのアイテムや魔法でも、何でも扱うことが出来るものだ。
しかし、それにしてもいつも以上に手に馴染むような感じがするし、体が少し軽くなったような気もする。
カードの説明には書いてなかったが、もしかしてこの魔法の剣には、持ち主の動きを素早くするとかの力もあるのだろうか。
一瞬そう考えたが、ふと見ると、ルイズと契約したときに左手に刻まれたルーンがほのかに光っているのに気がついた。
そうすると、これは使い魔に与えられる特殊能力なのだろうか?
「……うん? なんだここは。店の中じゃねえな……」
そんなことをいろいろと考えていると、ユマの手に握られた剣から低い男の声が聞こえてきた。
刃の根元にある金具が、その剣がしゃべるのに合わせてカチカチと動いている。
「おいおい、おめえは誰だ、娘っ子。何でおめえみてーなのが俺を持ってんだ? 俺はおままごとの道具じゃねえんだぞ、下に置きな」
「はじめまして、デルフリンガーさん。私はユマ、カード使いよ」
ユマは自己紹介をしてから、素直に剣を地面に置いた。
その途端に、ルーンの輝きが消える。
キャラクターカードということは、このデルフリンガーという剣……に宿る霊魂は、元々の持ち主を信頼して自分のカードを託すことに同意したのであろう。
自分はその人とは違うのだから、見ず知らずの相手に勝手に呼び出されたことに文句を言うのは当然だ。
「カード使い? ……んん、どっかで聞いたな……」
「……忘れたの?」
ユマが首を傾げると、デルフリンガーは考え込んでいるような声で返事をした。
「あー、まあこちとら、何千年も生きてるもんでよ。なんかこう、頭の隅に引っかかるような言葉なんだが……」
「じゃあ、始祖のことは? あなたは、あのガンダールヴの使ってた武器なんでしょ?」
「まさか、それも忘れたって言うんじゃないでしょうね!」
横合いから、キュルケらも口を挟んだ。
「ガンダールヴ? それも、なんか聞き覚えがあるな……」
「始祖ブリミルの使い魔」
タバサがそう補足すると、デルフリンガーはおお、と声を上げる。
「おお、思い出したぜ! そうか、“使い手”だ! 俺は確かに、六千年ばかり前にあいつに握られてた!」
「じゃあ、カード使いのことは?」
ユマがそう尋ねなおすと、デルフリンガーはまた考え込んだ。
「……うーむ。そいつは、まだ思い出せねえな。こう、喉のへんまでは出かかってるような感じなんだがよ」
「あんたは剣じゃないの。どこに喉があるのよ?」
「ものの例えだよ。……あー、まあたぶん、気分的には鍔のあたり?」
ルイズとデルフリンガーのそんなやり取りをよそに、タバサはじっと考え込んだ。
ややあって、また別の質問を口にする。
「……カード使いと始祖には、何か関係がある?」
「あー、あったような、そうでもなかったような……。すまん、忘れた」
「なによ、あれもこれも忘れたって! 役立たずね!」
「しょうがねえだろ、なにせ大昔のことなんだからよ」
デルフリンガーは、そう言ってルイズの文句をそっけなく流した。
「それよりよ、カード使いとやらの娘っ子。もう一回俺を持ってみてくれ」
「あら。さっきは置けって言ったのに、どういうことかしら?」
キュルケにそう聞かれると、デルフリンガーは決まり悪そうに言い訳をした。
「あー、いや。確かにそう言ったけどよ……。なんか、今思うと、持たれた時に妙な感じが……」
「わかった」
ユマは嫌な顔をするでもなく、もう一度デルフリンガーを両手で持ち上げてみた。
ルーンがまた、ほのかに輝き始める。
デルフリンガーは、ユマを品定めでもしているかのように、しばらく黙っていた。
ややあって、小さな声で呟く。
「……おでれーた。おめえ、カード使いなだけじゃなくて“使い手”でもあんのか」
「使い手? ……私が?」
ユマは首を傾げただけだったが、ハルケギニアの少女らの方はそうはいかない。
「え。それって、ユマちゃんがガンダールヴってこと?」
「まさか!」
「……」
驚いてまたざわざわと騒ぎ始めるルイズらをよそに、ユマは内心で溜息を吐いていた。
(そう、伝説の使い魔……ね……)
この世界では、勇者だのなんだのとうっとおしいことはないのかと思っていたのに、やっぱりそうはいかなさそうな気配がしてきている。
いずれ、何かが起こるのだろうか。
そのときには、せめてルイズやシエスタらに迷惑や危険が降りかからなければいいのだが……。
そんなユマの思いなどつゆ知らず、ルイズらはデルフリンガーをしきりに問い質している。
「とにかく、いきなり伝説なんて言われても信じられないわ。何か証拠はないの?」
「証拠ったってなあ。……まあ、ガンダールヴは武器の扱いが得意だぜ。小さな娘っ子とは思えねえほどすばしっこく動けて、巧みに武器を操れるはずさ」
「……だそうだけど、ユマちゃん。そんな感じはあるの?」
キュルケから話を振られたので、ユマは小さく頷いた。
「そうね。いつもよりも体が軽くて、剣が手に馴染む感じがするわ」
「……そう言われても……」
それを聞いても、ルイズはまだ疑り深そうに考え込んでいる。
そんな伝説の使い魔などを、自分のような落ちこぼれのメイジが呼び出せたというのは、にわかには信じがたい。
確かにユマは、不思議な力をもっているし、大した子ではあるけれど……。
「……なら、試してみればいい」
それまで押し黙っていたタバサが顔を上げて、横からそう口を挟んだ。