ゼロのモンスターメーカー   作:ローレンシウ

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第十一話 伝説を作るもの、伝説を夢見るもの

 ユマたちがトリスタニアの郊外で、デルフリンガーを囲んで『ガンダールヴ』について話し合っていたちょうどそのころ。

 トリステイン魔法学院の学院長室でも、同じ話題について話し合っている二人がいた。

 

「つまり、ミス・ヴァリエールの使い魔に、あの『ガンダールヴ』のルーンが現れたというのかね?」

「そうです。文献によれば、あの少女の左手に刻まれたルーンは、かの伝説の使い魔のものとまったく同一でした」

 

 学院長の机の上には、『始祖ブリミルの使い魔たち』という題の古めかしい本と、ユマの左手のルーンをスケッチした紙が置かれていた。

 本の中に書かれた始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』のルーンと、そのスケッチとは、確かに同じ形をしている。

 それを示しながら、召喚の儀に立ち会っていた教員のコルベールが、学院長オールド・オスマンに説明をしていった。

 

 春の使い魔召喚の折に、ミス・ヴァリエールがユマという奇妙な平民の少女を呼び出したこと。

 契約の証として少女の左手に現れたルーン文字が、変わった形をしていたこと。

 とはいえ相手は小さな少女であり、ミス・ヴァリエールに対してもごく従順で、特に危険も問題もなさそうに見えた。

 仕事も忙しかったのでしばらくはそのまま放っておいたが、どうにも何かが頭に引っ掛かったままだった。

 変わったルーンだったが、いつかどこかで見たものであるような気がしたのだ。

 そこで、休日を利用して調べてみようと、今朝から図書館で文献調査をしていたところ……。

 

「これを発見した、というわけじゃな?」

「そうです」

 

 コルベールはルーンが伝説の使い魔のものであることに気付き、報告のために慌てて学院長室へ向かったのだ。

 休日であったが、幸い学院長は外出はしていなかった。

 秘書のミス・ロングビルは不在だったが、内密な話なのでかえって都合がいい。

 

「……ふうむ……」

 

 オスマンは静かに目を閉じて、始祖の使い魔にまつわる伝承を思い返した。

 

 言い伝えによれば、始祖ブリミルの用いた『虚無』の呪文は強力であったが、それだけに詠唱に要する時間も長かったという。

 そのため、彼が呪文を唱える間、その身を守っていたのが『ガンダールヴ』であるらしい。

 始祖が失われた『虚無』の呪文を要したほどの相手には、現代のメイジでは容易に打倒し得ないエルフやドラゴンなどの強大な亜人や幻獣の類も含まれていただろう。

 つまり、少なくともそれらの相手をある程度の時間食い止めておけるくらいには、『ガンダールヴ』は強かったということだ。

 事実、その力は千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどであり、並のメイジではまったく歯が立たなかったという言い伝えも残っている……。

 

「どうしましょう、オールド・オスマン」

「落ち着きなさい。ルーンが同じだというだけで、間違いなくそうだと決めつけるのも早計かもしれん」

「まあ……、それもそうですな」

 

 オスマンは、こつこつと指で机を叩き、思案げに長いひげを撫でた。

 

「それに、仮にそうであったとしても、あまり公にするのは考えものじゃ。王宮のボンクラどもがそんな者がおると知れば、試しに戦で使ってみたいなどと考えかねんからな」

「……確かに」

「ひとまず、ミス・ヴァリエールとその使い魔には、さりげなく目を配っておきなさい。もちろん、他言は無用じゃ」

「は、かしこまりました」

 

 コルベールはオスマンに一礼すると、部屋から退出していった。

 オスマンはそれを見送ってから、窓に向かい、遠い歴史の彼方に思いを馳せた。

 

「伝説の使い魔、か……」

 

 一体、どんな姿をしていたのだろう。

 あらゆる武器を使いこなしたというからには、動物や幻獣ではなく、やはり人間か、さもなければ亜人の類だったのか……。

 

 

 

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「……試してみる?」

 

 ユマは、不思議そうに首をかしげた。

 

「『ガンダールヴ』は、並のメイジでは相手にならないほど強かったといわれている」

 

 そう説明しながら、タバサはルーンを一言唱えて、杖を軽く振る。

 すると、空気中の水蒸気が集まって、空中に拳ほどの大きさの水の塊が出現した。

 

「避けてみて」

 

 実際に伝説に語られているような力があることを示せれば、それが何よりの証拠になるはずだ。

 タバサの言葉を聞いて、ルイズらが慌ててユマから離れる。

 

 ユマはじっとその水の塊を見つめていたが、やがて小さく頷いた。

 

 それを受けてタバサがもう一度杖を動かすと、水の塊が杖の動きに応じてぐんと上昇した後、ユマをめがけて真っ直ぐに急降下した。

 スピードはかなり早いが、もちろん水の玉だから、当たってもせいぜいしりもちをつくくらいで怪我はしないだろう。

 これが実戦なら、タバサは鋭い氷の矢を使う。

 しかし、大きさやスピード、飛ぶ軌跡が同じなら、回避する難しさは変わらないのだ。

 

 ユマはデルフリンガーを自分の体に引き寄せるようにして両手で持ったまま、とんと大きく横に飛んで、余裕をもってその水の塊をかわした。

 

「……へぇ、すごいじゃない。さすがは『ガンダールヴ』ね」

 

 それを見ただけで、キュルケは感心したように声を漏らした。

 

 自分の体よりも大きな剣を持ち上げているとは到底思えないような、軽快な身のこなし。

 ユマのような体格の少女なら、普通は剣を持ち上げているのがやっとで、あのように大きく素早く飛び跳ねることなどまずできまい。

 その一事だけでも、『ガンダールヴ』のルーンがただのお飾りではなく、おそらくは本物だろうと信じるに十分だった。

 

 タバサも同意するように頷いたが、内心ではそれとは別のことも考えていた。

 

(ルーンの力は本物。……でも、それだけじゃない)

 

 回避した後のユマには、いわゆる“残心”があった。

 余裕で避けられたからといって気を抜かず、水塊が急に方向転換して襲い掛かってはこないか、タバサが二の矢を飛ばしてはこないかと、油断なく目を配って身構えているのだ。

 多くの実戦経験を積んでいるタバサには、その所作を見ただけでユマが単にルーンによって身体能力が上がったというだけの素人ではないことは確信できた。

 おそらくは、カード使いとして異世界で積んだという戦闘経験の賜物だろう。

 

「もう一度」

 

 タバサは、もう少し続行することにした。

 あのインテリジェンスソードのもつ能力とやらをまだ見ていないことだし、ユマの腕前ももっと確かめてみたかったから。

 

 短くルーンを唱えてもう一度杖を掲げると、今度は二つの水塊が出現した。

 小さく円を描くように杖を動かすと、それらの水塊は大きくぐんと旋回し、それぞれ別の方向から急カーブしてユマに襲い掛かっていく。

 ユマは、ぴょんぴょんとバネ仕掛けの人形のように立て続けに飛び跳ねて、それも簡単に回避した。

 

「次」

 

 タバサはさらに『エア・ハンマー』の呪文を唱えて、今度は目に見えない風の塊を鎚状にして撃ち込んでみる。

 しかし、その手の不可視の攻撃呪文を撃たれた経験もあるのか、ユマはそれも術者の動きと風の流れから軌道を読んで、危なげなく避けてみせた。

 

「おお、やるな相棒! 最初はこんな娘っ子が使い手で大丈夫かと思ったが、おめえ、素人じゃねえな?」

「戦った経験なら、少しはあるけど」

 

 デルフリンガーの感心したような声に、ユマは簡単に返事をした。

 

「今度は、あなたの力も見せてくれる?」

 

 そうお願いしながら、デルフリンガーを大きく振りかぶるように構え直す。

 体に対して長すぎるので、いささかアンバランスな格好だったが。

 

「あん? 俺の力?」

「そう。あなたは魔力を吸収して身を守ってくれるって、カードに書いてあった」

「……ぉお! そういえば俺、そんな力があったような……」

「…………」

 

 なんだか頼りのないことを言うので、ユマはちょっと困ったような顔になった。

 

 いずれにせよ、ユマが剣を構えたのを見たタバサは、次の呪文を唱え始める。

 今度は、広範囲に強力な風圧を叩きつける呪文だ。

 呪文そのものには殺傷力はないが、デルフリンガーに魔力を吸収する力があるというのが本当でなければ、ユマは数メートルは吹き飛ばされて地面に転がるだろう。

 

 打ち所が悪ければ、大きな怪我をするかもしれない。

 しかし、気心の知れた親友のキュルケが、何も言わずとも万が一失敗した場合に備えてユマを受け止めるべく『念力』の準備をしてくれている。

 それを確認してから、タバサは呪文を解き放った。

 

 今度はユマは避けようとはせずに、デルフリンガーを盾にしながら、腰を落として吹き飛ばされないようにぐっと踏ん張った。

 

 ユマに襲い掛かる暴風が、刀身に吸収されていく。

 しかし、錆びた刀身は呪文の力のすべてを吸収は出来なかったようだ。

 正面から吹き付けてくる強い風に髪がなびき、ユマは目を細める。

 

 それでも、呪文の威力はかなり削がれたようで、転倒することは免れた。

 

「相棒、大丈夫だったか?」

「うん。ありがとう、デルフリンガーさん」

 

 ウルフレンドでも、突風でこちらを転倒させてくる巨大なドラゴンや、ジンニ、シャイターンなどの相手には苦労させられたものだ。

 完全ではないにせよそういった攻撃を転ぶことなく凌げるのだとすれば、それだけでも大したものである。

 

「デルフでいいぜ。いや、すまねえ。このくらいの呪文は何でもねえはずなんだが……、久し振りだからか、なんか昔の調子が出ねえみてえでよ」

「……そうなの?」

 

 そういえば、デルフリンガーのカードには、レベルは1だと書かれていた。

 以前にも『ガンダールヴ』に使われていたというわりには、レベルが低過ぎて不自然だと思ったのだが……。

 あまりにも使われないまま長い時間が経ちすぎたために、いろいろなことを忘れてしまい、力も次第に衰えていったということだろうか。

 

 しばらく使っていれば、そのうちにまたレベルが上がって、以前の力を取り戻すのかもしれない。

 あるいは、錆を削って落とすとかすればいいだろうか。

 カードから出てきた剣の錆を落としたとして、どこかにいるデルフリンガーの本体にも影響があるのかどうかはわからないけれど。

 

 そんな二人のやり取りをよそに、タバサはもう一度杖を構え直した。

 

「……続ける」

 

 今度は、少し長めに呪文を詠唱する。

 すると、タバサの系統である『風』と二番目に得意な『水』、二つの系統が絡み合い、何十もの小さな水の塊が空中に出現してユマを取り囲んだ。

 彼女が最も得意とする攻撃呪文、『ウィンディ・アイシクル』の氷柱の矢を水塊に置き換えたバージョンである。

 当たってもダメージにはならないが、周囲全方向からの複数同時攻撃を回避し切ることは至難の技……魔法で身を守れない平民の剣士には、まず不可能といってよいであろう。

 

「へえ、あの娘っ子もかなりの使い手だな。トライアングル・クラスか、しかも矢弾の数が並じゃねえ。若いのにてーしたもんだぜ」

「そうなの? やっぱり、タバサはすごいのね」

 

 経験の長いデルフリンガーがいうなら、きっとそうなのだろう。

 ユマにはこの世界のメイジの腕前はまだよくわからなかったが、確かにすごそうだとは思った。

 

 離れて様子を見ていたルイズも、いつも目立たない級友の思った以上の腕前に驚いた。

 キュルケもまた、少し意外そうな顔をしている。

 

(なんかこの子、いつもよりやる気があるわね……?)

 

 既にデルフリンガーの能力は見たし、『ガンダールヴ』のルーンが本物だろうということもわかった。

 だから、本来ならもう切り上げてしまってもいいはずだ。

 なのに、いつも必要最低限のことしかしようとしないこの親友にしては、思いのほか熱心ではないか。

 

 実際、タバサはかなり張り切っていた。

 

 常に無関心そうなぼんやりとした表情をしてはいても、彼女は知識欲の強い少女なのである。

 口には出さねど、自分の実力にも内心で強い自信をもっている。

 異世界から来たという不思議なカードの使い手の腕前はどれほどのものか、伝説の使い魔の強さはどれほどのものか。

 そして、これまで戦い抜いてきた自分の力は、それに通用するのかどうか……。

 それらのことに何の興味もないなどとは、到底言えない。

 

(あの子はこれを、すべてかわせるのだろうか)

 

 期待と不安に、微かに胸がざわめく。

 ユマが周囲に素早く目を走らせて身構えたのを確認すると、タバサは水塊を四方八方から彼女に殺到させた。

 

「えーいっ!」

 

 それに対して、ユマは水塊が動き出したのとほぼ同時に自分から水塊のひとつに突っ込むように跳躍し、その塊を剣で斬り払うことで囲みを突破しようとした。

 ウルフレンドで似たような攻撃をされたときのことを思い出して、そう動いたのだ。

 

 いくらなんでも、これほどの数の弾をすべて別々に、精密にコントロールできるわけではないだろう。

 たぶん、四方八方から同時に、同じ場所に向けて真っ直ぐ突っ込ませるだけのはずだ。

 ならば攻撃が来るより早く狙われた場所から離れて、一か所を突破して囲みから抜ければおそらく被害は最小限に抑えられるだろう、という判断である。

 

 ユマが水の塊を斬り裂いて囲みから転がり出るのとほぼ同時に、一瞬前まで彼女が立っていたあたりに水塊がいくつも炸裂した。

 そのまま地面を転がるようにして移動し、背後の方から向かってくる水塊を避ける。

 ひとつだけコースが悪くて避け切れないのがあったが、それもデルフリンガーを盾のように使って防ぎ、どうにか被弾を免れた。

 

 とはいえ『ガンダールヴ』のルーンの効力がなければ、完全にはかわし切れなかっただろう。

 少なくとも、最後にデルフで防いだ一発はくらっていたはずだ。 

 ユマはそう考えながら地面から立ち上がって、体についた土を軽く払った。

 

「……」

 

 その様子を見たタバサがぐっと杖を握り直して、さらに追撃をかけようとしたあたりで、キュルケがぱんぱんと手を叩いた。

 

「はいはい、そこまでよ。これ以上やったら、ユマちゃんの服が土だらけになっちゃうわ」

 

 タバサの動きが、ぴたっと止まる。

 ちょっと悔しげに眉をひそめたが、軽く頷いて、そのまま杖を下ろした。

 

 確かに、これ以上やっていたら、ユマは地面を転がり回って土まみれになってしまいそうだ。

 別に決闘をやっているわけではないのだから、そこまでする必要はないだろう。

 ユマに本気であてようと思ったら、怪我をしかねないような攻撃も使わなくてはならないだろうし、あまり熱くならないうちに切り上げておいた方がいい。

 

「間違いなく本物だった。あなたの使い魔も、その剣も」

 

 ユマに軽く頭を下げ、ルイズに向かってそう言うと、さっさとシルフィードの上に跨って本を開いた。

 キュルケも、そんな親友の後に続く。

 

「そ、そうね。……」

 

 ルイズはそう言うと、ユマの方を見た。

 何か言うべきかと思っているのだが、何と言っていいかわからず、困ったような顔をしている。

 ユマはちょっと首を傾げてから、デルフリンガーをカードの中に還して、じっとルイズの顔を見つめ返した。

 

「別に、何も変わらないわ」

「え?」

「私がルイズの使い魔であることは変わらないもの。いざという時にはルイズを守るわ。『ガンダールヴ』でも、そうでなくても。当然でしょう?」

 

 そう言ってルイズの手をそっと握ってから、ユマもてってっと駆け出して荷物を集めて抱え直すと、シルフィードの上に移動した。

 

「あ……、その。そうね……、ありがとう……」

 

 ルイズは微かに頬を染めてはにかんだような笑みを浮かべると、彼女の後に続いた。

 シルフィードはそんな少女たちを背に乗せて、日の傾き出した空に大きく翼を広げ、魔法学院へ向かって飛び立っていった……。

 

 

 

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 王都トリスタニアのある裏路地にある一軒の武器屋の中で、五十がらみのいかつい店主が暇そうにパイプをふかしていた。

 今日はついてない日で、ろくに客も来なかった。

 もう日が暮れるし、そろそろ店じまいの時間だ。

 

 そんな風に考えていると、乱雑に積まれた武器の山の中から、低い男の声がした。

 

「……よう、親父」

 

 店主はパイプを口から離すと、不審そうに眉をひそめる。

 

「なんでえ、デル公。客もいねぇのにおめえが話すたぁ、珍しいじゃねえか?」

「いやな、ちょいと夢をみたもんでよ」

「……はぁ? 剣のおめぇが、夢なんぞ見るのか?」

 

 胡散臭げな顔をした店主に、デルフリンガーが鼻を鳴らす。

 

「うるせえ、こちとら六千年も生きてんだ。俺だって退屈で、いつもかも起きてられやしねえよ」

「そうかい、六千年なんてのはおめえがボケてんじゃねえかとは思うがね。それで、どんな夢を見たってんだ?」

 

 そう聞く店主に、デルフリンガーは珍しく、楽しげな声で話し始めた。

 

「ああ、それが、なんだか懐かしい夢でよぉ。『使い手』と一緒に、もう一度戦った夢さ。いやあ、その使い手も、戦った相手も、ほんの小さな娘っ子なんだがね……」

 

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