ユマは起きて着替えを済ませたルイズらと一緒に桃りんごを食べながら、先程の自分が経験したことをひとつひとつ話していった。
せっかくだからキュルケとタバサにもと思って、ルイズが着替えている間に彼女らも呼んできている。
眠れなくて、以前にやっていた瞑想の修行を試してみたこと。
感覚の世界に入り込んでいって、桃りんごの成長を逆にたどり、ついにどこからやってきたのか突き止められたこと……。
あまり興奮しすぎないように気を付けながら、その経験から自分が強い感動を覚えたことも伝えた。
「ええと、この桃りんごがどこから来たかを瞑想で見つけたって、……ええと……?」
「ふうん……、ユマちゃんが瞑想、ねえ」
「……」
ルイズらはそれらの話を聞いてはくれたものの、やや困惑したような顔で首を傾げている。
それは嘘をついているのではないかと疑っているというわけではなく、今ひとつ理解できない、実感がわかない、といった感じだった。
もっともタバサだけは、話を聞いた後も無表情で黙っていたので、どう思っているのか今ひとつ推し量れなかったが。
(やっぱり、こっちのメイジは瞑想はしないのね)
ユマのその理解は、概ね正しい。
ハルケギニアのメイジも、もちろん呪文を詠唱するときには集中力は必要になる。
だから、雑念を払って詠唱に集中できるようになるための訓練は多かれ少なかれ大抵のメイジが積んでおり、その一環として瞑想を行うメイジもいるにはいる。
しかしウルフレンドの魔術師とは違って、それを通して入神状態になったり、感覚の枝で周囲の世界をとらえたりといったような深い段階までは、まず滅多にやらないのである。
そうする代わりに、彼らはみな自分用の杖をもっている。
それは持ち主のメイジ自身が何日間もかけて契約をかわした、自分だけのためのものである。
自分の手足も同然のその杖が、彼らが呪文を詠唱する際に周囲の世界にはたらきかける感覚の枝を伸ばす手助けをしてくれるのだ。
物心つく頃になると、メイジの子はさまざまな杖を握らされ、その中から自分が呪文をうまく唱えられる杖を探し出して契約して、以降はずっとそれを使い続ける。
ずっと杖を握ったまま、祈りの言葉と共に呪文を唱え続けるというのが、杖と契約する方法である。
つまりは自分と相性のいい、すなわち感覚をつなげやすい杖を選び出し、その杖だけに絞って集中的に訓練することで、強くひとつに結ばれようとするのだ。
そうするうちに、その杖は自分の身体の一部のごとく感じられるようになり、そうなって初めて呪文が成功するようになる。
そのお陰で、ハルケギニアのメイジは詠唱の文句を覚えて集中力をある程度磨くだけで、比較的容易に呪文を行使することが可能になるのだった。
より扱いやすい杖に後年になって乗り換える者、破損して新たに別の杖と契約し直す者などもたまにいるが、基本的には最初に選んだ杖は生涯の伴侶となる。
その代わり、彼らは自分専用のその杖がないと、呪文を一切唱えられなくなってしまうわけだが。
また、生まれついての素養がない平民ではそもそも杖と契約することができないので、ハルケギニア式のやり方ではどんなにがんばっても魔法を使えるようにはならない。
ウルフレンドの魔術師にとっても、感覚をつなげやすい使い慣れた杖や水晶玉などの魔法具は、あれば呪文を唱える際のよい助けになってくれる。
しかし、彼らは瞑想などの修行を通して、道具の助けなしでも周囲の世界に感覚の枝をつなげてはたらきかけられるようになっているから、必須というわけではない。
ただしそうできるようになるまでには、素質にもよるがかなり長期間の訓練が必要になる。
十分な素質のない者は何年もつまづいたあげく、ついには指導者から「お前はもう魔術師になるのは諦めた方がよい」と宣告されてしまうこともあるらしい。
それに、ウルフレンドの魔術師が呪文を満足に使いこなせるようになるには、“スペルネーム”という新しい本当の名前を定めておかなくてはならないという制約もある。
魔術師といえども訓練を積む前はただの人間であり、生まれつき魔法の素養があるわけではないのだ。
それが周囲の世界を強大な呪文の対象にできるようになるためには、その代償として、自分も呪文の対象となるリスクを負わなくてはならない。
そのために、スペルネームという自身の“真の名”を知り、それを誰かに教えるのである。
自分のスペルネームで呼ばれてしまうと、魔術師はその名前を呼んだ者の命令になんでも従わなくてはならなくなる。
だから誰にも知られないようにしておきたいのだが、困ったことに自分の他に誰かその名前を知っている者がいなければ、スペルネームを定めたとはみなされないのだ。
名前とは、誰かに知られて初めて意味を持つのだから。
一方で、ハルケギニアのメイジには生まれつき血統による魔法の素養が備わっている。
また、杖がないと呪文を唱えられないという制約が、スペルネームを定めねばならないという制約の代わりになってくれている。
それゆえに、彼らにはスペルネームのような危険なものを知り、それを誰かに教える必要はなかった。
ユマは、少なくとも今のところはまだ、そういった相違点のすべてを把握しているわけではない。
とはいえ、こちらのメイジと向こうの魔術師とでは、いろいろとやり方が違っているらしいことくらいは認識している。
なので、あるいは自分の体験をすぐには理解してもらえないかもしれないとも想定していたのだが、どうやらその考えは正しかったようだ。
「そう、瞑想。変かしら?」
「いや、変ってことはないけど……」
ルイズは困ったように言葉を濁した。
「別に変じゃないけど、意外だと思ったのよ。ユマちゃんが瞑想をやるだなんて、初めて聞いたから」
かわいいのに渋い趣味じゃない、といって微笑むキュルケに対して、ユマは首を横に振った。
「趣味ではないの。訓練よ」
「訓練? ……ええと、カード使いの訓練かしら?」
「いいえ、魔法を使えるようになるための訓練。ウルフレンドで教わったの」
そう言うと、ルイズがぴたっと動きを止めて、まじまじとユマの顔を見つめた。
キュルケとタバサも、興味を惹かれた様子だ。
「……魔法って。だって、あなたはメイジじゃなくてカード使いだって、前に……」
「ええ。でも、呪文は使えたら戦いの時に便利だから、がんばって覚えたの。ほんの少しだけだけど」
「魔法が使えるなら、メイジじゃないの!」
「たぶん、こっちとは決め方が違うんだと思うわ。ウルフレンドでは、呪文がひとつでも使えたら、それで魔術師だって名乗れるわけじゃなかったから」
たとえば、エルフのナーダやサーラなども呪文をある程度知っていて戦いで使っていたが、彼女らは魔術師ではなかった。
もっとも、では最低限どんなことができたら魔術師なのか、そもそも厳密な決まりなどがあるのかといったようなことは、ユマも実はよく知らないのだが……。
まあ、両手で数えられる程度の呪文しか使えず、出力の調整などもろくにできず、一日に数回も唱えたらもう息切れしてしまう自分が魔術師とは認められないのは確かだろう。
一般的に魔法学校では、修行過程を終えたと指導者に認められた上でスペルネームを定めた時に、初めて一人前の魔術師だと認められるらしい。
そうなるまでに、普通は数年から十数年の修行を要するのだそうだ。
(そういえば、自分はあの世界にどのくらいの間、留まっていただろう)
ユマはふと、そんなことを考えた。
地球に戻ったら、出掛けたときのまま時間は過ぎていなかったし、体も特に成長したようには見えなかったけれど。
あまりちゃんと数えていなかったが、何か月か、もしかしたら一年かそれ以上だろうか。
してみると、自分も実戦を交えながらそれだけの期間勉強や修行をして、先程ようやく深い段階の瞑想を成功させることができたというわけだ。
さておき、ルイズは何やら疑わしげな、あるいは不服そうな目で、ユマを見つめていた。
「……何で、いままで隠してたのよ」
主人の私が、いまだに魔法を使えないっていうのに。
あんたはカード使いだとかで、わけのわからないすごい力をもってて。
その上伝説の使い魔で。
おまけに、魔法まで使えるだなんて……。
そう考えると、ひどく不公平だ、腹立たしい、という思いがわきあがってくる。
それで、ちょっと声の調子もとげとげしくなっていた。
「ううん、別に隠していたわけじゃないの。ただ、私は魔術師じゃないし。ほんの少しだけしか使えないから、あんまり役に立たないと思うし。それで、話す機会がなくて……」
「自分の判断で決めないで。主人として、使い魔のことをちゃんと把握しておかなきゃいけないでしょ。もっと早く言いなさいよ!」
「……ごめんなさい」
ユマが素直に叱責を聞き入れてしょぼんと肩を落としたのを見ているうちに、膨れ上がりつつあったルイズの苛立ちが収まり、罪悪感がそれにとって代わった。
元より妬み半分に噛み付いただけであって、いささかみっともない態度だったと気が付いたのである。
「……う。あ、いえ、わかればいいのよ!」
きまりが悪いのを誤魔化すように、視線を泳がせながらコホンと咳払いをする。
「そうそう、あんな不思議な力を持ってるんだもの。魔法を使えるくらい何の不思議もないし、別にわざわざ言うほどのことでもないわ。ルイズはどうせ嫉妬してるだけなんだから」
「うぐ」
そんな二人のやり取りをよそに、タバサは小さく首をかしげた。
「……なら、試しに何かやってみせてほしい」
そう頼まれると、ユマは困ったように首を傾げた。
「わかったわ。でも、私は戦いの役に立つ呪文をいくつか覚えただけで、部屋の中でちょっとやってみせられるようなものはほとんど知らないの」
「別に、そんな大袈裟なものじゃなくていい」
「そうね。コモン・マジックだっていいわ。『念力』とか、『ライト』とか」
「物を動かしたり、明かりをつけたりする魔法のこと? ごめんなさい、使えないわ」
「え?」
ユマはそれから、ルイズらと情報交換がてら、ウルフレンドの魔法がこちらの世界の魔法とだいぶ違うらしいことをかいつまんで説明していった。
こちらでは基本とみなされている魔法は、向こうの世界では必ずしもそうではないらしい。
たとえば、この世界ではほとんどすべてのメイジが空を飛べるようだが、ウルフレンドでは呪文で自由自在に飛び回る魔術師というものをユマは見た覚えがなかった。
そういった呪文自体はあるらしいのだが、魔術師なら誰もが使えるというようなものでも、頻繁に使われるようなものでもないのだ。
その代わりに向こうの呪文は杖がなくても使えるという話になったとき、ルイズが眉をひそめた。
「杖がなくても使えるって、先住魔法……とは、違うみたいね。でも、人に見られたらそう思われる可能性はあるかも……」
ルイズは、この世界では杖がなくても使える精霊の力を借りる魔法を先住魔法といい、その使い手は主に亜人の類で、人から恐れられているのだと説明した。
「エルフの血が混じってるんじゃないかなんて疑われたら、大変よ。連中は始祖の時代からの大敵で、その血を引いてるだけでも異端審問にかけられて殺されかねないんだから」
「そうなの?」
「ええ。そうね、カードの力もだけど、よく知らない人の前ではあんまり見せないようにした方がいいかもしれないわ」
ユマも、ここ数日の勉強でこちらの世界ではエルフと人間とが敵対しているらしいことくらいは既に学んで知っていた。
とはいえ、元々この世界の住人でないユマには、それがどの程度のものなのかという実感はない。
場合によっては人間に友好的なエルフもいて、そういう相手と個人的に親しくすることくらいは問題ないのだろう、というくらいに考えていたのである。
「わかった。教えてくれてありがとう、ルイズ、キュルケ」
そうなると、さっきミス・ロングビルがエルフの女性と仲良くしてるところが見えたのは、もしかしたら実際の光景ではなかったのかもしれない。
森といえばエルフだろうという、自分の心の中のイメージから見えてしまった虚像という可能性もある。
しかし、仮に事実だったとしても、あまり不用意に尋ねたり口外したりしない方がきっとよいことなのだろう。
彼女と話をする前に、そのことを教えてもらえたのは幸いだった。
「どういたしまして。でも、それはそれとして、ユマちゃんが魔法を使うところはぜひ見てみたいわね」
「広い場所が必要なら、シルフィードで人目のないところに行く」
ユマはちょっと考えたが、首を横に振った。
「わかったわ。でも、朝ごはんを食べてからにしましょう」
「あ……そうね、食事に行かなきゃ」
「もうそんな時間? いつの間にか、すっかり話し込んじゃったみたいね」
「……わかった。食事が優先」
すっかり話し込んでしまったので、今外に出かけたら朝食の時間に間に合わなくなってしまうだろう。
それにユマは、シエスタたちの手伝いもしなくてはならない。
やるとしたら昼休みの時間か、今日の授業がすっかり終わってしまってからだろうか。
部屋から出て食堂へ向かう間に、ユマはルイズに向かってひとつ提案をした。
「それで。よかったら、ルイズも今日から私と一緒に魔法の訓練をしてみない?」
「訓練、って……瞑想とかをやるの? なんで、私が……」
「だって、これまでしてきた訓練で、ルイズは上手くいかなかったんでしょう?」
なら、違う方法を試してみるのもいいのではないか、と思ったのだ。
ユマがこれまでに見てきた限りでは、呪文の訓練をしている時のルイズの集中力は相当なものだった。
彼女ならきっと、瞑想も上手にできるのではないだろうか。
「ルイズが使いたいのが系統魔法だってことは、わかってるわ。でも、勉強の手助けにはなるかもと思って……」
どうかしら、と問いながら、じっと自分の顔を見つめてくる使い魔の思いやりに満ちた真っ直ぐな目。
それを見ていると、ルイズは先程自分が彼女を妬んだのがひどく恥ずかしくなってきた。
「……う、その……。あ、あんたの魔法とやらがどんなものかもまだ見てないのに、そんなの決められるわけないでしょ!」
軽く頬を染めて目を逸らしながら、ルイズは内心とは裏腹のぶっきらぼうな返事をした。
彼女はそうそう素直に詫びたり礼を言ったりできるような性格ではないのだ。
「ま、まあ、主人のためを思って提案したことは褒めてあげるわ。とにかく、話は見せてもらってからよ」
「わかった。ルイズのために、がんばるわ」
自分とは対照的に素直に頷いて微笑むユマに手を取られると、ルイズはより一層赤らんだ頬を膨らませて、なおのことそっぽを向こうとする。
そんな二人の姿を、タバサは後ろのほうからただじっと、キュルケは面白そうににやにやしながら見つめていた……。
スペルネーム:
自分の「真の名」のこと。ウルフレンドでは、すべての事象の真実を知り、操作することができる魔術師は、その代償として自分もまた「操作されうる者」として真の名を知り、それを誰かに教えなくてはならない、とされている。
真の名において命じられた者は、その命令に一切抵抗することができない。自殺すらも禁じられて、生涯相手の奴隷にされてしまう危険がある。そのため、多くの魔術師はスペルネームをいかに信頼できる相手にのみ教えるか、その秘密が外に漏れないようにするかに知恵を絞る。
師匠や親兄弟に名を託すのは一般的だが、推測されやすく狙われやすい。そのため、問われれば答える以外の機能がないちっぽけな魔法の像に名を託した者や、道ですれ違っただけの他人に暗示をかけて潜在意識下に名前を刷り込んだ者、あえて一度会っただけのエルフを信頼して名を託した者などもいる。
なお、魔術師に限らずすべての存在には真の名があるが、魔術師以外の者はそれを知ることはなく、他人に知られることもない。