ゼロのモンスターメーカー   作:ローレンシウ

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第十六話 手探り

 ユマがトリステインに召喚されてから、二回目の『虚無の曜日』がやってきた。

 

 学院長オールド・オスマンと教師のコルベールは、休日にもかかわらず、学院長室で顔を突き合わせてなにやら話し込んでいる。

 秘書のミス・ロングビルは、今日は休みだった。

 

「ふーむ。これまでの君の報告を聞いた限りでは、やはりその子は『ガンダールヴ』らしく思われるのう……」

「はい、まず間違いないかと」

 

 コルベールが、ユマが伝説の使い魔『ガンダールヴ』であるかもしれないと学院長に報告をしてからはや一週間。

 彼はその間、それとなく彼女の様子を探っていたのである。

 

 毎朝運動をしたり剣の素振りをしたりと、幼い少女らしからぬトレーニングに精を出しているあたりは、いかにも『ガンダールヴ』らしく思われた。

 その動きのキレや身のこなしなども、並大抵の子供のそれではない。

 彼は生徒たちには冴えない中堅教師と思われているものの、実のところは相当の達人であり、見る目は確かだった。

 

「少なくとも、ただの少女ではないのは確かですな。そんなトレーニングをしているということは、当然あの子自身も、自分の得た能力について気が付いているのでしょう」

「では、主人のミス・ヴァリエールはどうかね? やはり本人から教えられるなどして、自分の使い魔がもつ能力に気付いておるのかな?」

「確証はないのですが、おそらく……」

 

 ユマは朝の訓練のときに、武器を使ったトレーニングもしている。

 そしてコルベールの見た限りでは、それらの武器は学院に勤める衛兵などから借りたものではなさそうだった。

 

「その中には、珍しいインテリジェンスソードなども含まれていましたので。ミス・ヴァリエールがあの子に買い与えたものだとしか考えられません」

「なるほど……。確かに『ガンダールヴ』の能力について知っておらねば、幼い少女にそんなものを与える理由はないのう……」

 

 オールド・オスマンは自慢の長いあごひげを撫でながら、ゆっくりと考え込んだ。

 

「……しかし、まあ。特に問題などは起こしておらんのじゃろう?」

「ええ、何も問題はありません。主人のミス・ヴァリエールには忠実なようですし、よく使用人たちの手伝いなどしている姿も見かけます。いい子だと思いますよ。ただ……」

「ただ……、何かね?」

「はい。ミス・ツェルプストーやミス・タバサとも、随分と親しくなったようで。最近は主人ともどもよく彼女らと一緒に居たり、連れ立ってどこかへ出かけたりしているようです」

「つまり、その二人も知っておる見込みが高いといいたいのかね?」

「あり得ることかとは思います。あるいは使用人たちの中にも、知っている者はいるかもしれません」

 

 異郷から召喚されて来たという少女や大切な教え子が周囲の者たちと良好な関係を築いているというのは、大いに結構な話である。

 しかし、少なくとも当面の間は『ガンダールヴ』の存在を公にせずにおくほうがよいと考えていたオスマンにとっては、あまりありがたくない話だった。

 

「ふうむ……」

 

 件の『ガンダールヴ』が、戦いなどには縁のなさそうな幼い平民の少女だということもあって、オスマンはそんなに早く彼女が自分の力に気が付くとはまったく思っていなかった。

 ならばうかつに藪をつついて蛇を出すよりも、当面はそのことに触れず経過を見守ったほうが……と、判断していたのだが。

 

(わしも年をとって、ちと悠長になりすぎたのかのう?)

 

 若人の気付きは時として年配者の思いもよらぬほどに鋭く、その成長は驚くほどに早いものだ。

 自分にも、はたしてそんな時期があったかどうか。

 

「……いかがいたします? やはり何らかの形で、関わりのありそうな者たちには口止めをしておくべきでしょうか」

 

 オスマンがしみじみと考えていたところに、コルベールがそう伺いを立てる。

 

「ああ、まあ……そうじゃなあ。まずは落ち着きなさい、ミスタ・コルホーズ」

「私はコルベールです!」

「ほっほ、すまんの。そうそう、コールベル君だった」

 

 わざと名前を間違えるいつもの冗談をやりながら、オスマンは紅茶を一口すすって一息入れた。

 一旦気持ちをほぐして、落ち着いて判断を下すためである。

 

「君はせっかちでいかんな。もしも他の生徒や使用人が何も知らなかったら、性急な口止めはかえって彼らの好奇心と疑念をかき立てるだけの結果となろうぞ」

「しかし。彼女らの気付きの早さからしましても、このまま何も手を打たなければ、情報はすぐに広まり……」

「状況から見て、そんなに無分別な子らではないとは思わんかね?」

 

 オスマンはそう言いながら、机の引き出しから焼き菓子の載った皿を取り出して、ひとつつまんだ。

 

「君の話からすれば、少なくともミス・ヴァリエールが自分の使い魔の能力に気付いているのは確かなようじゃ。……しかし、それを自慢げに周囲に言いふらしたりはしておらんのではないか?」

「それはまあ、確かに」

「ならば、あの子はそれがみだりに口外すべきものではないと理解しておるということになる。他にも知っておる者がいるとしても、その者たちの口も軽くはないはずじゃ」

「はあ……。今のところはそうかもしれませんが、しかし……」

 

 コルベールが懸念を口にしようとするのをさえぎって、オスマンは自分の意見を話し続けた。

 

「無論、今のうちに話はしておかねばなるまい。しかし、焦っていきなり口止めなどしてはいかん。まずはミス・ヴァリエールとその使い魔だけをここに呼んで、慎重に探りを入れてみることじゃよ」

 

 彼女らは、単にユマという少女が使い魔となったことで、武器の扱いが得意になったことに気付いているだけなのか。

 それとも、ルーンが『ガンダールヴ』のものだということにも気付いているのか。

 そのことを知っているのは二人だけか、それとも親しい生徒や使用人にも既に話したのか……。

 

 既に『ガンダールヴ』のことを知っていて、それを伏せておこうと思っているのなら、最初は正直に答えないかも知れない。

 しかし、こちらもそのことを把握しているのだとわかれば、おそらく話してくれるようになるだろう。

 

「まだその二人だけしか知らんのなら、うかつに口外せぬよう念を押しておけばそれで済む。他にもおるようなら、そのときは状況を見て判断する。なんにせよ、騒ぎは最小限にじゃ。大ごとにすればするほど、情報は漏れやすくなるからの」

「は……、ごもっともです」

 

 コルベールが頭を下げて了解の意を示したので、オスマンはそれでひとまず話はまとまったと見た。

 

「うむ。ああ、ところで……」

 

 オスマンは、ふと思い出したように疑問を口にする。

 

「先週の君は、『ガンダールヴ』を見つけ出したことにかなり興奮しておったように見えたが」

「ええ、それはもう、これは世紀の発見だと思いましたので」

「にもかかわらず、せっかくのその発見を伏せ続けねばならんということには、不満はないのかね?」

「は、先日の学院長のお話を伺いましたから。生徒らの安全や将来に悪影響を及ぼすのを避けることを第一に考えるべきであったと、自分の浅慮に恥じ入った次第であります」

「そうかね……」

 

 頭を下げるコルベールを見てオスマンはいくらか顔を綻ばせると、彼にも茶菓子を勧めた。

 

「ところで、君はここ数日、ミス・ヴァリエールを中心として生徒らの様子を熱心に見てくれていたわけだが。『ガンダールヴ』の件は別として、使い魔の召喚は彼女らに悪影響を与えてはいなかったかな?」

 

 コルベールもまた頬を緩めて、嬉しそうに答える。

 

「悪影響などとんでもない、むしろその真逆といってよいでしょう。ミス・ヴァリエールは召喚以来ずいぶんと明るくなりましたし、交友関係も広がったようです。それにミス・ツェルプストーやミス・タバサにしましても、以前と比べて……」

「ふむ、ふむ……。そうか、そうか……」

 

 オスマンは満足そうに相槌を打ちながら、その話を聞いていた。

 

 学院の教師の中には、いかにも貴族然としていて教育者としての自覚に乏しい者も多い。

 そんな中でこのコルベールは、いつも妙な研究にばかり時間を使って本職をないがしろにしているようにも見えるのだが、実のところは生徒思いで誠実である。

 だからこそ、今回の件でも安心して見守りを任せられたのだ。

 

(今の君は、生徒らの様子もしっかりと見てくれておるからのう……)

 

 かつては冷酷非情な兵だったこの男が、罪悪感から剣杖を捨て、この学院に身を寄せてからどれだけの月日が流れたことだろう。

 自分の内面にのみ向き合い、罪滅ぼしのための研究にただひたすら没頭しようとしていた彼が、生徒たちにも目を向けるようになったのはいつのことだったか。

 齢百歳とも数百歳とも言われるこの老メイジは、その間ずっと、少しずつ変わって行く彼の姿を目にしてきたのだ。

 

「……ふむ、そんなものかな。では、ミス・ヴァリエールと明日顔を合わせたら、使い魔を連れて放課後にここへくるように伝えておいてくれ。もちろん、その時には君にも立ち会ってもらう」

 

 しばらく話を聞いた後で後でオスマンがそう告げて、それで今回の会議は終わりになった。

 

 

 

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 オスマンとコルベールが会議をしていた、その頃。

 

 ルイズ、ユマ、キュルケ、タバサの四人は休日だというのに外出するでもなく、学院の中で一緒にゲームをして遊んでいた。

 といってもただの遊びではなく、魔法の訓練の一環なのだが。

 

「おまたせ、隠してきたわよー」

「私も」

「本当に探せるの?」

 

 女子寮一階の階段下で待っているユマの元に、キュルケ、タバサ、ルイズの三人が戻ってきた。

 

「わからないけど、やってみる」

 

 ゲームの内容は、お菓子の包みやアクセサリーなどのちょっとしたプレゼントを建物内のどこかに彼女らが隠し、それをユマが見つけるというものである。

 瞑想によって桃りんごの生えていた場所を探し当てたのと同じ要領で物品のつながりを手繰っていき、現在のありかを突き止める訓練だった。

 故意に隠された品物には隠し手の意図が絡みついているから、特にそれが以前に見たことのあるものなら、腕の確かな魔術師には容易く探し当てられるのだという。

 

 ユマはウルフレンドにいた頃にやり方を教わっていたが、実際に自分でやってみるのは初めてだった。

 屋外でもできないことはないだろうが、限定された建物内の空間のほうがやりやすそうなので、まずは人が少なくなる休日の学院でというわけだ。

 最初は瞑想に慣れている自分がチャレンジしてみて、うまくいくようならルイズらにもいずれやってもらおうと思っていた。

 目的のあるゲーム形式のほうが、やりがいがあって自分も彼女らも上達が早くなるかもしれないから。

 

 ルイズやタバサはユマから作法を教わり、授業後の時間に集まってもう何度か瞑想には挑戦してみていた。

 

 二人とも集中力が高く、長時間雑念を払い続けることは既にかなりできるようになっていたが、深い瞑想に入って物品のつながりをたどるというような段階にはまだ至っていない。

 感覚の枝を伸ばして目に見えないつながりを捉え、それを手繰っていくという慣れない手法を、まだよくつかめていないようだった。

 まあ、数日程度ですぐにできるようになることでないのは、元よりわかっているのだが。

 

 ちなみにキュルケも少しだけやってみたものの、「こういうのは私には向かないわね」と言って、あっさり諦めていた。

 

 何時間もじっと座って黙々と考え続けるなんて、自分にはとても無理だというのである。

 確かに、彼女には静かに雑念を払って瞑想するなんてやり方は、見るからに似合いそうもない。

 魔法の腕を高める方法はひとつではなく、彼女のやり方はウルフレンドでユマが学んだそれとは違うのだということなのだろう。

 

「ま、瞑想だのは私にはできそうにないけど。……でも、隠したものを見つけられる、って言うのは便利ねえ」

 

 キュルケはそんな感想を漏らした。

 

「ちょっと使い方を工夫するだけで、簡単にお金儲けができそうだもの」

 

 たとえば、何か物を隠して数分以内に見つけられたら勝ち、とかの賭け事をやって全勝したり。

 誰かの秘密の書類や、隠し金庫の場所を突き止めたり……。

 

「お金、お金って。まったく、これだからツェルプストーは……」

「あら、お金は大切よ? ま、自分の手で地道に稼いだお金で物を買った経験もない、箱入りのお嬢様にはわからないことでしょうけど」

 

 キュルケとてルイズと同じく実家は裕福な貴族家であるが、実力主義の新興国ゲルマニアの出身ゆえ、身ひとつで金を稼ぎ出す実地経験もそれなりに積んできている。

 もっとも、彼女の「地道な」稼ぎ方というのは、主としてあれやこれやの色仕掛けの手管で誑かした男たちに金を吐き出させることなのであるが。

 

 口喧嘩を始めた彼女らのことはさておいて、ユマは静かに目を閉じて精神を集中させ、感覚で周囲の様子を探ってみた。

 最初に成功して以来数日の間にずいぶんと回数をこなして慣れ、静かに座って瞑想せずともかなりスムーズに感覚の枝を伸ばせるようになってきている。

 

(…………)

 

 すぐにわかったのは、周囲に三人の人間が……すなわちルイズ、キュルケ、タバサがいる、ということだった。

 目を閉じていてもどこに立っているかがわかり、それぞれの発するぼんやりした空気のようなもの、いわゆる気配の違いで、どれが誰であるのかも区別できた。

 

 もっと感覚を広げていけば、この建物の中に現在人が何人いるのかなども、いちいち部屋の扉を開けて回らずに調べられるだろう。

 あの盲目の魔術師ヴィシュナスも、おそらくこのようにして周囲の世界を把握していたのに違いない。

 もちろん、熟達した魔術師である彼女は意識せずとも普段からもっと自然に、より広い範囲を遥かに鮮明に捉えることができているのだろうが、基本の原理は同じのはずだ。

 自分にも彼女と同じことができているのだと思うと、なんだか嬉しくなる。

 ちょっとした魔術師になれた気分だった。

 

 しかし、この程度のことでいつまでも浮かれてはいられない。

 目的はあくまでも彼女らの隠した品物のありかを見つけ出すことであって、ここからが本番なのである。

 

 桃りんごのときは、生命のつながりをたどって過去に戻っていった。

 今回探そうとしている品物は生命体ではないので、まったく同じ方法は使えない。

 しかし、代わりにそれを隠そうとしたルイズらの『意図』……『作為』が品物に絡み付いて、微かな痕跡を残しているはずだ。

 それを探し出し、糸を手繰るようにして同じ要領でつながりをたどっていけば、現在のありかが見つけられるだろう。

 

(ええと……)

 

 生命の連鎖に比べるとそのつながりは細く、すぐには見つけられなかった。

 しかし、一心に集中して周囲に張り巡らせた感覚の枝を研ぎ澄ませると、やがて微かにキュルケと同じ気配を漂わせる細い糸、いや意図の痕跡が、それに引っかかったのを感じた。

 

(――これ……かな?)

 

 ユマは目を閉じたまま、その意図のつながりを手繰ってゆっくりと歩き出した。

 別にヴィシュナスの真似をしようとしたわけではなく、できる限り自分の感覚を研ぎ澄ませて集中し続けないと、そのか細い線を見失ってしまいそうだったからだ。

 ルイズとタバサの隠した品物も見つけなくてはならないが、一度には見つけられそうもないので、まずはひとつずつ突き止めていこうと決めた。

 

 桃りんごのときは、ルイズの部屋に座ったままで意識だけを過去のアルビオンにまで飛ばすことができた。

 しかし今回は、実際に細い意図がつながって伸びているその線に沿って歩いていかなくては、大本を突き止められそうになかった。

 おそらくは生命のつながりに比べてそうした感情の痕跡はずっと微かなものだからだろうが、あるいは自分の得手不得手なども関係しているのかもしれない。

 

「急にどこへ行くのよ。隠したものは見つかったの?」

 

 しばらく押し黙ったまま目を閉じて立ち尽くしていたユマが、突然前置きもなくゆっくりと歩き出したので、ルイズは慌てて彼女の後を追いながらそう声をかけた。

 

「…………」

 

 しかし、ユマからは何の反応もない。

 ただ一筋の細い感覚のつながりだけに全力で集中しているために、耳から入ってくる音の刺激には気が付いていないのだった。

 

「……ちょっと。返事くらいしなさいよ、ユ――」

「やめたほうがいい」

 

 しびれを切らしてユマの肩をつかもうとしたルイズの腕を、横合いから伸びてきたタバサの杖がそっと抑える。

 

「彼女は今、とても集中しているはず。きっと、あなたの声も聞こえないくらいに」

「そうね。それにこれは、一応はゲームなんだもの。対戦相手のユマちゃんの体を揺すったりして妨害をするのは、マナー違反じゃないかしら?」

「……むー……」

 

 二人から囁くような声でたしなめられたので、ルイズはやや不服そうにしながらもそれに従った。

 三人でユマの様子を見守りながら、静かに彼女の後についていく。

 

 しばらくそうして歩いているうちに、最初はのろのろしていたユマの足取りは、少しずつだが早くなってきた。

 微かに残留している意図の線をたどるという作業に、徐々に慣れてきたのである。

 

(もう大丈夫、気を散らさない限りは見落としっこないわ)

 

 余裕が出てきたことで、ユマの胸の内に得意な気持ちと自信とが芽生えだしていた。

 目を閉じたまま胸を張って、感覚で捉えた線だけをしっかりと見つめつつ、普段と変わらないはきはきした軽やかな足取りで歩き出す。

 

 だが、それがよくなかった。

 

 こういった試みにまだ不慣れなユマは、やはりまだまだヴィシュナスのようなわけにはいかなかったのである。

 上の方に向かっていく線を追って無造作に進もうとしたユマの足が空を掻き、階段を踏み外した。

 

「――っ!?」

 

 目を閉じてただひたすらにたどっている線だけを見ていた彼女は、周囲の地形や障害物についてはほとんど把握できていなかったのだ。

 感覚で捉えた世界と現実の肉体のおかれた実際の世界とを混同していた、といってもいい。

 そのため、以前に感覚だけを飛ばして桃りんごのつながりを追っていた時と同じように、地面と無関係に自由に移動できるような錯覚を起こしてしまったのである。

 

「ぎゃんっ!」

 

 意識をよそに集中させていたため咄嗟に『シールド』を張ることもできず、ユマは思いっきり前のめりにぶっ倒れて階段におでこをぶつけてしまった。

 眼鏡を打ち付けなかったのは、不幸中の幸いといえよう。

 

「ユ、ユマ!?」

「ちょ、ちょっと。ユマちゃん、大丈夫?」

「痛そう」

 

「……大丈夫。ちょっと、失敗したみたい。ごめんなさい」

 

 ユマは涙目でうーと唸りながら、自分のおでこをさすりつつそう答えた。

 

 タバサに作ってもらった冷水で額を冷やし、少し休憩した後、ユマは今度は気を付けるからとルイズらに詫びた上で探索を再開した。

 先程と同じように目的物につながる意図の痕跡をたどりながら、今度は同時に周囲にも感覚の枝を伸ばして、手近の地形を把握しつつ進んでいく……。

 

 言葉にすれば単純なことだが、やってみるとすぐに、それが非常に疲れる作業であることがわかった。

 

 以前の桃りんごの時には疲労はほとんど感じなかったのだが、それは初めての経験に対する興奮や、生命の神秘を探っているような高揚感が、疲れを忘れさせてくれたというのもあるかもしれない。

 しかしやはり、ただ一筋の線をひたすらたどっていくのと、常に感覚の枝を広げてなにがあるかわからない周囲の状況すべてに気を配り続けるというのとでは、精神の消耗の度合いが大きく違うということなのだろう。

 

(やっぱり、ヴィシュナスはすごいのね)

 

 盲目であるにもかかわらずまったく不自由を感じさせずに活動をしていた彼女の凄さを、あらためて実感する。

 

 苦労しながらも、ユマはゆっくり、ゆっくりと足を進めて、意図の線をたどっていった。

 そうするうちに、やがて、線がうろうろと動き回っているあたりに到達する。

 

(この辺で、どこに隠すか迷ったのかしら?)

 

 ユマは意図の痕跡にさらに意識を集中させて、その時のキュルケの心の動きを、彼女の姿を詳しく見てみようとした。

 正確な場所をかなり狭い範囲まで絞り込めてから、目を開いてそのあたりを探ってみればいいだろう。

 キュルケが隠したのは、確か、たくさんの小さなビーズを寄せて星の形にしたブローチだったはずだが……。

 

 

 

「……ねえ。この辺に、あんたたちのどっちかが隠したの?」

「ええ、そうよ」

 

 ユマがしばらく立ち止まっているのを見て、ルイズがひそひそ声で尋ねると、キュルケが首肯した。

 彼女は、ユマの一挙手一投足をわくわくした様子で見守っている。

 

(さあて……、ユマちゃんは、“あれ”を見つけられるかしらね?)

 

 ここまで探り当てたのはさすがだが、自分はよく考えて隠し方にちょっとした工夫をしてみたのだ。

 彼女の感覚の枝とやらは、はたしてそれも見破ることができるのだろうか?

 

 

 

「…………」

 

 ユマがしばらく集中していると、やがて彼女の脳裏に、小物を隠そうとしているキュルケの姿が浮かびあがってきた。

 

 

『さあて、どこに隠そうかしら?』

 

 その時の彼女の思考もまた、声のようになって聞こえてくる。

 

『ふふっ、ちょっとズルいみたいだけど。これでも見つけられるかしらね?』

 

 ユマは、そんなことを考えながらブローチを弄っているキュルケの近くに感覚の目を近づけて、何をしているのか手元を覗き込んでみた。

 

 彼女がブローチの後ろにある小さな留め金を外すと、それまでしっかりと集まって組み合っているように見えたビーズが、たちまちばらばらに解けた。

 実はビーズは一本の紐に通されて輪っか状につなげられていて、それを集めて星形にしてから金具で留めてあったのである。

 留め金を外してしまうと、紐に通されたビーズはもはやブローチではなく、ネックレスかブレスレットのようにしか見えなかった。

 

(見た目を変えて、探せないようにしようとしたのね)

 

 実際のところ、隠し方に工夫を凝らせば凝らすほどそれを隠そうとした者の意図がより強く鮮明になるから、かえって感知しやすいのだ。

 自分の思考やその痕跡を隠す術を身につけた者か、魔法的に思考を遮蔽できる魔術師であれば別なのだが、ハルケギニアのメイジはどうやらそういう術は知らないらしい。

 

 キュルケはばらしたブローチをひとまず懐に押し込むと、現在人が使っていない空き部屋のひとつの扉を無造作に『アンロック』で開けて、その中に入っていった。

 室内を見分すると、インテリアの一部としてさまざまな小物が並べられている飾り棚に目を付ける。

 彼女はその中から安っぽい宝石飾りのついたゴブレットを引っ張り出し、その周りに新たにビーズのついた紐を巻き付けて、棚の奥の方に戻した。

 

 一見して特に不自然さが感じられないのを確認すると、キュルケは満足そうに頷いてその部屋から出て、元通りに鍵をかけ直した。

 

『オーケー、これであれがさっきのブローチだなんて、普通に見ても絶対にわかるはずないわ。ユマちゃんのお手並み拝見よ!』

 

 

「――見つかったわ」

 

 ユマはぱっちりと目を開けると、キュルケが選んだ空き部屋を指さして、そこの扉を開けてほしいと頼んだ。

 室内に入ると真っ直ぐに飾り棚へ向かい、感覚の中で捉えたとおりの外見をしたその棚の中からゴブレットを引っ張り出すと周りに巻き付けられているビーズを外して、ためらうことなく目を丸くしているキュルケに差し出した。

 

「はい。キュルケが隠したのは、これでしょう?」

 

 それを見て、横合いからルイズが怪訝そうに口を挟んだ。

 

「キュルケが隠したのは、確かブローチだったじゃない。これはビーズが通された飾り紐でしょ」

「でも、確かにあのブローチについていたビーズに見える」

 

 タバサの言葉にユマはこくりと頷いて、先程頭の中で見た映像を思い出しながら、たどたどしくビーズを元の星型に組み直して見せた。

 

「さっきはこうやって、留め金で止めてあったの。隠すときに、それを外したのよ」

「なによ、そんなのずるいじゃない!」

 

 軽く憤慨しているルイズをよそに、キュルケはまじまじとユマの顔を見つめた。

 

「……まいったわ。でもユマちゃん、どうしてすぐにわかったの?」

 

 キュルケは、この不思議な子なら隠し場所は見つけられるかもしれないとは思っていた。

 それでもさすがに、見た目がまるっきり変わっていることに少しも戸惑わなかったのは予想外だったのだ。

 

 タバサもまた、星形に戻ったブローチを見つめて小首を傾げながら、この問いに対するユマの答えを待っていた。

 

(どうして、一瞬も迷わずにあの紐がこのブローチだと?)

 

 探していたのが自分だったなら、紐に通されているビーズの種類が同じだということには、あるいは気が付けたかもしれない。

 しかし、少なくとも手に取ってある程度じっくりと調べて見てからでなくては、これだと断定するのはまず無理だろう。

 

 タバサは瞑想の訓練を通してユマから説明を受け、感覚の世界で物を探すという概念についてある程度は把握できたつもりでいた。

 だが、やはり実際に経験してみなくては、なかなか本当に理解できるものではない。

 ユマが感覚の世界の中で時間を遡り、キュルケがこのブローチを隠したその瞬間の光景を間近で見ていたかのように感じ取ったのだ、などということはわかるはずもなかった。

 その不可思議な技術を自分も教わって身に着けられるかもしれないのだと思うと、期待も膨らむ。

 

 そのユマの方はといえば、ようやく目的のものをひとつ見つけて気を緩めた途端、どっと疲れが出てきたのを感じていた。

 

「うん……。あとで説明はするけど、少し休ませて。ちょっと疲れたから……」

 

 ユマはそう言って手近にあった椅子に座り、一息ついた。

 それから軽く頭を下げて、ルイズとタバサの分はひとまずギブアップしたい、と申し出る。

 

 予想していたよりもずっと消耗が大きい作業だった上に、不慣れなために本来以上に疲れたのである。

 右利きの人間が左手で手紙を書こうとするようなものだ。

 仮に続きをやるとしても、数時間くらいは間をおいてからにしたかった。

 

 ルイズらにしても、ゆっくり歩くユマの後をひたすら黙ってついていくのをこのままあと二回繰り返すよりも、休憩を入れつつ今やってみせてくれたことについて話を聞かせてもらう方が楽しく実りのある時間になりそうだと思ったので、文句なく受け入れる。

 そうして、一行はひとまず隠した小物を回収してからルイズの部屋に戻ると、あれこれと話し合いながらお茶を飲んで、和やかな休憩をとった。

 

 その時に、続きは日が落ちてから、今度は範囲を広げて学院の敷地内全域でやってみることにしたらどうか、という話になった。

 

 どの道夕方になれば外出していた生徒たちも戻ってくるので、女子寮の中では人目が多くなって不都合だし、感覚の目で探索する分にはあたりが暗くても関係ないからだ。

 デルフリンガーの本体にもいずれ会いに行きたかったし、休憩がてらシルフィードに頼んで、少しだけ王都に足を運んでみるというのもいいかもしれない。

 

 

 

 まさか、建物の外に出ていたことでその夜思わぬ事件に巻き込まれることになろうなどとは、この時の四人はまだ想像もしていなかったのである……。




意識によって周囲を探る:
 作中でユマがやっていることだが、同じようなことやより高度なことを鈴木銀一郎氏の小説内でウルフ(後のガンダウルフ)やヴィシュナスなどといった魔術師がよくやっている。
特にヴィシュナスは盲目なので、周囲の状況を把握するには常にその能力を使わなくてはならない。
彼女は小説「ナルド予言書」の中で、仲間たちと旅をしている間中ずっと、十数キロも離れた場所に自分たちを追跡している追手がいるということを正確に把握し続けていた(敵側にも魔術の心得があり、バリアを張って姿を見られるのを防いでいたため正体まではわからなかったが)。
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