「へえー、それじゃあユマちゃんは前に行ったところでもこの人と知り合いだったの?」
学院までの道中、シルフィードの上でユマがかいつまんでマリオンに関して説明をすると、キュルケは感心したような声をあげた。
「すごい偶然ねえ。それとも、運命ってやつなのかしらね?」
「……でも、それっておかしくない? あの剣は、このカードをもらったのはずっと昔のことだって言ってたじゃない。なのに、なんでユマの知り合いが……」
「そりゃあ半分ボケてるみたいな剣だもの。大方もらったのがいつのことだったかなんて忘れてて、思い違いをしてるのよ。ねえ?」
キュルケから同意を求めるような目を向けられたユマは、小さく首をかしげた。
「……わからない。そうかもしれないけど、もしかしたらマリオンが思ったより長生きなのかも……」
「そういえば、ただの人間じゃないみたいなことが書いてあるわね……。妖精だとか、神だとか。でも、本当なのかしら?」
ルイズはそう言って、カードの文面に目を落とした。
そこには確かに、マリオンはある神の血を引いているとか、妖精の吟遊詩人であるといったようなことが書かれている。
「私も、それが知りたい」
タバサがそう言って、問いかけるようにユマの顔をじっと見つめる。
ここハルケギニアにおいては、精霊は実在するが妖精は物語の中の存在だと考えられている。
いわんや神の血を引いているなどとは、与太話以外の何物でもない。
始祖ブリミルを主として崇拝するハルケギニアでは、特に宗教面で保守的な国家においては、そんなことを口にすれば異端者として処罰されかねない。
以前から知人だったというのであれば、ユマはその真偽のほどを知っているのではないだろうか?
「ごめんなさい、知らないの。マリオンは、自分も親のことは知らないんだって……」
ユマはそう言って、以前にそれについて彼に尋ねた時のことを思い出しながら、彼女らにかいつまんで説明していった……。
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「神? ……いいや、ぼくは身内のことは何も知らないよ。吟遊詩人には、家も故郷もないんだ。でも、カードに書いてあったというのなら、あるいはそうなのかもしれないね」
ユマからカードに書いてあったことについて尋ねられた時、マリオンは大して興味もなさそうに、そっけなくそう答えただけだった。
「ぼくはエルフの神であるユリンに、この竪琴をもらったときに一度会ったことがあるんだ。その時に、いくつかの魔法の旋律も教えてもらったよ。でも、それだけさ」
これまでに名乗りを上げて暖かく接してくれたことのない身内が実は神だったなどと言われても、それでありがたがる子供がいるだろうか。
そんなことよりも、ごく平凡な親でもいつも傍にいて見守ってくれることや、その腕で自分を暖かく抱きしめてくれることの方が、ずっと嬉しいことなのに……。
彼の態度はそうした気持ちをあらわしたものなのではないかと、ユマには思えた。
なにせまだ稚さの残る年頃の少女だというのに、自ら進んで異世界にやってきて、それでいて親を恋しがって泣くこともないのだから、彼女だって自分の身内との関係は決して良好ではないのだ。
親の愛情に飢えるという気持ちはよくわかる……少なくとも、容易に想像することのできるものだった。
「恨んでいるの?」
そんな子供らしい率直な問いかけに、マリオンはしかし、苦笑して首を横に振った。
「いいや、そんなことはないよ。もしも小さなころから肉親が近くにいて守ってくれていたなら、今の自分はなかっただろうからね」
時に孤独を感じることはあっても、自分は吟遊詩人として世界を旅して、さまざまなものを見て回る、今のこの生活が気に入っている。
だから両親に対する執着はないが、別にわだかまりもないのだと、マリオンは言った。
「そういうもの、なの? ……わかった、ありがとう……」
ユマにとっても、そんなマリオンの態度にはいささか感じるところがあって、それ以上深く立ち入って聞こうとはしなかった。
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「……だから、マリオンがもし本当に神さまの血を引いているとしたら、きっとユリンがそうなんだと思う」
そう説明すると、当然のように今度は「ユリンとはどんな神か」「その世界では神の血を引く子なんてものが普通にいたりするのか」などといった話になる。
ユマはそれらについても、ルイズらにざっと話していった。
「ユリンは、学芸の神さまで、エルフを守護する神さまでもあるんだって」
「エ、エルフの神!?」
ルイズらが驚くのも無理はない。
ハルケギニアでは、エルフは始祖の時代よりの宿敵であり、最強の妖魔とされる存在なのだ。
「うん。でも、向こうではエルフは特に人間と戦ったりはしてないの。それに、神さまも、最初から神さまだったわけじゃないんだって……」
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ウルフレンドにおいて神として崇められる存在は数多くあるが、単に『神』といった場合、一般的には『死すべき種族』を守護する七人の神々のことを指す。
学芸の神にして、エルフの守護神である、ユリン。
鉱業と鍛冶屋の神にして、ドワーフの守護神である、ヘフス。
力と火の神にして、オークの守護神である、バラン。
海の神にして、ゴブリンの守護神である、メーラ。
商業と旅とシーフの神にして、シャーズの守護神である、セテト。
恋の神にして、コボルドとノームという二つの種族から崇められる、イリス。
そして、農業と酒の神にしてかつてのヒューマン(人間)の守護神であり、後に堕落して闇の神の一柱となった、ゾール……。
死すべき種族の中でも例外的にトロールにだけは守護神がいないのだが、これは彼らがその誇りの高さゆえに他の種族と神を共有することに耐えられなかったからで、本心ではユリンを崇めていたと言われている。
神々は元々、宇宙から飛来した悪意、闇の力から世界を救った七人の英雄であった。
彼らは数多の戦いを勝ち抜き、多くの生命を合体させることで力を得て、不死の神となったのである。
死すべき種族と神々は力を合わせて闇と戦い、やがて世界が光で満たされた後も、長きに渡って親しく交わり続けた。
そうした交わりの中で神の血を引く子が生まれることも、当時はさほど珍しいことではなかったのだという……。
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「つまり……、その世界では、自分の体を改造して寿命の限界を克服した人がいたわけね? で、その中でもすごい功績を立てた人たちがこっちの始祖ブリミルみたいに神格化された、……ってことかしら」
キュルケはユマの話を聞いて、要するにそういったことなのだろうと理解した。
「うん。たぶん、そういうことだと思う」
こういった、ウルフレンドの神話や物語に関するユマの知識は、実のところ今話題になっているマリオンから教わったものが多かった。
なんといっても彼は吟遊詩人なのでそういった話には詳しかったし、聞いていてとても楽しくわかりやすかったから。
「本当に、そんなことが可能なの?」
「……ありえなくはない」
ルイズはやや懐疑的な様子だったが、タバサは少し考えてからそう意見を述べて、キュルケの解釈に同意した。
ハルケギニアでも、永遠の命を得るまでにはまだ至っていないものの、生物を改良するための水魔法の研究は昔からされているのだ。
タバサの故郷であるガリアは特に、諸国家の中でも屈指の発展した魔法技術を持ち、そういった研究を盛んに行っている。
より美しく長持ちする花、よりおいしくたくさん収穫できる作物などを作るための品種改良は常に進められているし、複数の生物を接ぎ合わせて新たな合成幻獣(キメラ)を作りだす研究を密かに行っていた施設もあった。
老いた体から脳を取り出して別の生物の体に移植し、寿命の限界を超えるという技術でさえ、難しく危険性が大きいものの既に実行可能なことが確認されているのである。
異世界において偉大な魔術師ないしは魔術師からの施術を受けた者で、完全に寿命の限界を克服した者が存在していたとしても、そこまで驚くほどのことではないだろう。
それに、そもそも始祖ブリミルを神格とみなすのであれば、現在のハルケギニアで王族に連なる者たちはその子孫とされているのだから、そういう意味では自分だって『神の血を引く者』だと名乗れなくもない。
学院内でも知る者は誰もいないが、タバサはガリアの王族にごく近しく連なる血筋だった。
ルイズにしても、公爵家の娘なのだからトリステインの王族の血を引いているはずだ。
そう考えれば、神の血を引くという話も、確かにそこまで常軌を逸しているというわけではないのかもしれない。
「いずれにせよ、早くお会いしてみたいわね! 神の血を引く、高貴にして美しい吟遊詩人だなんて!」
恋の微熱が燃え盛るわと、キュルケがうっとりと夢見るような顔でそう言った。
ルイズはあきれ顔で、タバサはいつものことだとばかりに無反応である。
(まだ、会ってもいないのに?)
カードの絵柄を見ただけで恋なんてするものなのだろうかと、ユマは疑問に思った。
自分も彼やヘリオス王子、タムローンなどといった、ハンサムな男性と接していて少しどきどきしたことはあるが……。
たぶん、それは恋というほどのものではないような気がする。
自分の兄がどんなに素敵な男性か、上気した顔で熱っぽく話すディアーネの様子などを見ていると、自分とはまるで夢中になっている度合いが違うというのがよくわかるのだ。
キュルケは、確かにうっとりしたような様子ではあるが、そういう時のディアーネとはやっぱり違って見える。
いわゆる一目惚れ、というやつなのだろうか。
そういえば、あのロリエーンはいろいろな男の子に声をかけてみんなからちやほやされるのが好きなようだったが、体形はまったく違うもののどちらかと言うとキュルケは彼女に似ているような気も……。
……そんなことを考えているうちに、そろそろ学院が見えてきた。
もう、あたりはだいぶ暗くなってきている。
「あ、そういえば。ねえ、出掛ける前は、戻ってきたら外でさっきの続きをやろうって言ってたけど……」
その予定は中止か後回しにして、先にその人を呼び出すのか、とルイズが尋ねた。
「そうね。ユマちゃんとのゲームも楽しみだけど、やっぱり素敵な殿方へのご挨拶が優先よね?」
もちろん、挨拶だけで済ませようという気はなく、口説くのにも時間を費やす予定である。
どの程度お堅い男性なのかまではまだわからないが、神の末裔だろうが何だろうが自分の魅力で口説き落とせない男などいないとキュルケは自負していた。
そうなると、ユマとのゲームはまた今度、ということになるだろう。
残念なような、申し訳ないような気持ちも多少はあるが、キュルケにとっては恋の微熱が燃え上がったときはそれがすべてに優先するのだ。
口説いて、うまくいけば今夜にでも部屋に連れ込んで……。
いや、しかし彼は、ユマが力を費やしてカードから呼び出している間しかこちらにいられないのだったか?
(と、なると。その時は、ユマちゃんにもお願いして付き合ってもらわないとね!)
ユマのようなまだ小さい子を恋の駆け引きだの男女の睦言だの、そんなことに付き合わせることについて、キュルケは特に問題だとは思っていなかった。
自分がユマくらいの年の頃にはそういった事柄について既に学び始めていたし、ルイズのような色気のないお子様に付き合わせるより自分が教育してその辺を伸ばしてあげた方が彼女にとってもいいだろう、くらいの感覚なのだ。
(そうよ、ユマちゃんなら私がお手本を見せてあげれば、男の五人や十人はすぐにでも口説けるようになるわ。そうしたら、ルイズが悔しがってまたぎゃあぎゃあ騒ぐでしょうね。面白いわあ……)
想像すると、キュルケはお上品ぶったつまらない女から男を取り上げて悔しがらせてやるときのような、わくわくした気分になった。
誇り高きツェルプストー家の女は、生まれついての狩人なのである。
「うん。私も、マリオンに早く会いたい。それに、彼ならきっと、もっと詳しい話を聞かせてくれると思う」
そう言ってユマが同意したのを確認すると、タバサはシルフィードを学院よりも少し手前の、人目のないあたりに一旦着陸させることにした。
カードの力を使うのなら、学院内よりも人の目に触れない場所の方がいいだろうと考えたからだ。
別に人目を避けるだけならルイズの部屋とかでもいいのだろうが、あえて外にしたわけは……。
(お姉さまたちだけで話してないで、シルフィにも見せてほしいのね!)
シルフィードがそんな感じの目をして、タバサに訴えたからである。
この間の外出で巨大ネズミと見つめ合って以来、彼女もユマの能力には大いに興味を惹かれているらしい。
ましてや、背中に乗せている主人らがあれやこれやと話し合っているのを傍でずっと聞かされていては、最後まで立ち会いたくもなるだろう。
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「じゃあ、マリオンを呼び出すわ……」
周囲に人がいないことを確認したユマは、そう言って彼のカードを手に持った。
それを顔の前にすっと立てて精神を集中すると、きらきらと輝いたカードが宙に浮かび、ゆっくりと回転しながら消えていく……。
すっかりカードが消えてしまった頃には、代わりに一人の男性が目を閉じて、静かにその場に佇んでいた。
その男はゆっくりと目を開けて自分を召喚したカード使いの姿を認めると、やや驚いたような顔になった。
「――おや、これは。誰に呼ばれたのかと思えば、ユマじゃないか。久しぶりだね」
「うん、久しぶりね。こんばんは、マリオン」
ユマがぱっと顔を綻ばせて挨拶をすると、マリオンもにこやかに笑みを返して手を差し出し、しっかりと握手を交わした。
彼はそれから、ユマの後ろに控えるより年長の少女たちにも丁重に頭を下げて挨拶をした。
「はじめまして、お嬢様方。私はしがない旅の吟遊詩人で、マリオンと申します」
彼の挨拶はハルケギニアの作法とは少し違っていたが、貴族である少女たちの目から見てさえもまったく非礼さや違和感を感じさせない、実に優雅な動作であった。
キュルケはもちろん、普段男子にこれといって興味をもっていないルイズでさえ、思わずほうっと溜息を漏らしてしまう。
タバサだけは、少なくとも見た目は常と変わらぬ無表情で、軽く会釈を返した。
「マリオン、この人たちは私の友達で、貴族の魔法使いなの」
ユマの紹介を受けて、ルイズらも自己紹介をする。
「初めまして、お美しい方。私の名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ。キュルケと呼んでくださいな」
「は、初めまして、ミスタ・マリオン。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステインの貴族で、ユマの、……ええと、パートナーをしています」
「タバサ。よろしく」
実際に間近で見てみると、なるほどいい男には目敏いキュルケが即座に反応しただけあって、マリオンは文句のつけようがないほどの美男子だった。
ウェーブのかかった長い金髪に、非常に整った美しい顔立ち。
これでもう少し背が低く、体つきが華奢であったなら、誰もが女性と見間違えてしまうはずだ。
貴族の中にでさえ、これほどの美形はまず見かけられないことだろう。
その美しさだけでも、彼が神の血を引いているという話を真実だと信じさせるに十分ではないかと思えるほどだった。
男にしては派手な色合いの服を着ているが、それも全体の上品な印象を損なってはいない。
左肩には立派な竪琴をかけており、そのことと服装とを合わせて考えれば、カードの文面に目を通さずとも、彼が衆目を集めて歌うのが生業の吟遊詩人であろうことは容易に察せられた。
「これは、ご丁重に痛み入ります。私は貴族の方々に、そのように礼を尽くしていただけるような身分ではございませんのに。どうか私のことも、ただマリオンとお呼びください」
マリオンは微笑んで、場慣れた様子で、また優雅に礼を返した。
社会的な身分も何もない吟遊詩人など、本来なら貴族にそんな挨拶をしてもらえるような立場ではない。
しかしマリオンは、その腕前と美しさのために地位のある人物の館へ招かれたりすることも頻繁にあったし、感動した聴衆から身分不相応に持て囃されることにも慣れっこだった。
彼から微笑みを向けられると、たとえお高くとまった貴族のご婦人やご令嬢であっても、大抵の場合は心が蕩けてしまうのである。
マリオンはそれから、またユマの方へ向き直ると、少し首を傾げた。
「……ところで、ユマ。君は確か、元の世界へ戻ったんじゃなかったのかい? それとも、ここは君の住む世界なのか?」
マリオン:
非常に美しい中性的な容貌と卓越した技量で知られる旅の吟遊詩人で、妹のディアーネでさえ見間違えるほどにヘリオスとよく似ている。
一見して人間のように見えるが、実際には学芸の神にしてエルフの守護神であるユリンと、そのユリンの手によって人間の女性の姿になったミッドガルダという名の蛇との間に生まれた子である。
彼はまた、父神であるユリンから授けられた魔法の楽器、「ユリンの竪琴」の所有者でもある。
小説では十数年の歳月を経てもまったく容貌が変わっていないという描写があり、神の血を引くがゆえに不老長生の身であるらしい。
彼の母であるミッドガルダは神々の教えを受けて知恵と力を身に着けていき、やがて神の子を身籠るまでになると増長して自らも神位に着くことを望んだが、そのために産まれた赤子と引き離されて追放されると、神々を憎む魔女となった。
彼女が失った息子の代わりを求めてヘリオスを奪い、それを追ってディアーネが旅立ったことから、漫画「モンスターメーカー・サガ」の物語は始まっている。
これらの関係性から、ヘリオスも本当はユリンの子でディアーネとは異父兄妹(ユリンは両性具有の神なので、あるいは異母兄妹?)なのではないか、という推測もされている。
もしそれが事実ならばマリオンはヘリオスとは片親違いの兄弟であり、ディアーネとは義理の兄妹であるということになるが、真偽のほどは今に至るまで明らかにされていない。
ロリエーン:
エルフの女性戦士で、前髪を切りそろえたストレートの金髪に、宝石をちりばめたティアラを飾っている。
衣装は淡いピンクでかためられており、小柄でかわいらしい系の容姿をしていて、名前は「ロリータ」に由来するらしい。
保守的なエルフ族においては例外的な新し物好きで、とにかく賑やかでミーハーな性格のようだが、実はいつもクールな計算をしているのだと本人は主張している。
長寿なエルフ族なので、少なくとも見た目や性格から受ける印象よりはずっと年上であるらしく、正確な年齢は秘密とされている。
時に冷酷な一面を見せることもあり、エサランバルの森の女王から依頼を受けて世界を巡る密偵だという噂もある。
彼女はMMシリーズ初期からの人気キャラで、同じく人気のあるディアーネ、ルフィーアと合わせて「MM三人娘」とも呼ばれている。