ゼロのモンスターメーカー   作:ローレンシウ

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第二十二話 夢のようなひと時

 フーケが捕縛されたその日の夜、タバサは夢を見た。

 

 夢は母親が自分を庇い、心を狂わす毒を飲んだ日の光景から始まった。

 目の前では母が心を壊す毒の入った赤い液体のグラスを口に運ぼうとしている。

 その光景はすべて灰色に染まっていて、どこか現実味がない。

 どんなに叫ぼうとしても、母を制止しようとしても、夢の中の自分の体はまったく動かず、ただ見ていることしかできない。

 その日の実際の自分が、そうだったからだ。

 弱かった当時の自分を今になってどんなに悔いても、過ぎ去ってしまった時はもう取り返しがつかないのだ。

 

 母親はこの日から、自分のことを娘だとわからなくなった。

 かつての娘の持ち物だった人形を抱きかかえ、それを娘だと思う毎日をすごしている。

 自分にも命がけの任務が与えられ、到底果たせるはずもないと絶望して、あきらめて死んでいこうとしたが……。

 その任務の中である恩人と出会い、彼女の導きのおかげで母のため、復讐のために生きようと決意し、戦う強さを持つことができた。

 でも、その恩人は最初の任務の途中で死んでしまって、そのあとはずっと一人で技を磨きながら戦ってきた。

 決して母を救うことをあきらめてはいないけれど、心の中のどこかで、この孤独で色のない灰色の悪夢のような日々が、おそらく人生の最後までずっと続くのだろうと思っていた。

 

 それが最初に少し変わったのは、キュルケに出会ったときだった。

 しばらくの間は彼女がただ一人の友人だったけれど、最近は使い魔であるシルフィードが来てくれて、続けてルイズやユマとも親しくなった。

 自分の日常は、彼女らのおかげでゆっくりとだが、淡い色を取り戻してきたような気がする。

 

 それでも、母のこと、伯父への復讐のことは、いまだに誰とも分かち合えない。

 心を壊した母が留まるラグドリアンの実家へ戻るとき、やはり自分は一人で、世界は灰色に染まったままだった。

 

 夢の場面が、現在の母の前に切り替わる。

 

 かつてはあんなにも美しかった顔が、見る影もなくやつれている。

 まだ四十歳にも届いていないはずなのに、母は既に老齢にさしかかっているように見えた。

 ひどく怯えたように震えながら、伸ばし放題の髪の奥からまるでガラス玉のような目をこちらに向け、擦り切れた人形をしっかりと抱きかかえている。

 あらぬことをわめいて実の娘を仇のように罵り、物を投げつけ、腕の中の人形を大切そうにひしと抱きかかえる。

 見ているだけでも胸が苦しくなってくる、痛々しい姿だったが、夢の中の自分はもちろんどうすることもできずに、その様子を見ているしかない。

 

 それは、これまでにも何度も見た悪夢だった。

 何度見ても慣れることのない、決まって最後にはうなされながら汗びっしょりで飛び起きる夢……。

 

 けれどもこの日は、いつもとは違っていた。

 灰色の部屋の中に、突然、鮮やかな色彩を持つ希望の光が入ってきたのである。

 はっとしてそちらに目をやると、ユマがいた。

 

(どうして、この子がここに?)

 

 タバサは困惑した。

 確かに親しみを感じてはいるし、信頼もしているが、だからと言ってこの場所へ来させるなどおよそありえないことだ。

 もちろん、これは夢なのだから現実でどうであるかなど関係ないのかもしれないが、奇妙なことには思えた。

 

 彼女の手にもっているカードの束が、光を放っている。

 いや、正確には束の中にある、一枚のカードがだ。

 ユマは安心させるようにこちらに向かって微笑みかけると、その一枚のカードを抜き出して、手渡してくれた。

 

 それを受け取った途端、ぞくりとした高揚感が体を突き抜けた。

 

(これだ)

 

 この力があれば、きっとなんでも叶う。

 母を救うことでも、復讐を果たすことでも、色鮮やかな世界をもう一度取り戻すことでも。

 

 タバサは目を凝らして、そのカードをよく見ようとした。

 

 けれども、眩しい光の中にあるそのカードの図柄は、どうしても見極めることができなかった。

 それは鮮やかな色彩の中にありながら、まるで闇そのもののように真っ黒なカードだった……。

 

 

 

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「……夢……」

 

 タバサは、寝床の上で身を起こしてぽつりとそう呟いた。

 窓の外は、既に白み始めている。

 

(なにか、意味があるのだろうか)

 

 彼女は普段、予知夢とか夢のお告げだなどというものは信じていなかった。

 たまたま見た思わせぶりな夢の内容に、現実の出来事が多少なりと被されば、そこに何か意味があると思い込むだけのこと。

 なにも被さるようなことが起きなければ夢を見たこと自体忘れてしまうから、よく当たるような気がするだけだ。

 あくまでも偶然に過ぎない、と理解していた。

 

 けれど、実際に自分が体験する側になってみると、どうしても何か意味があるような気になってしまう。

 何の意味もないにしては、ずいぶんと奇妙な夢だった。

 

(私は、彼女の……カードの力に、期待している?)

 

 確かに、あの不思議なカードの力はまったく未知のもの。

 その中には、例えばこれまでは癒す術の見つからなかった母の心を元に戻すことができるようなものも、もしかしたら……、という思いが胸をよぎったことはある。

 先ほどオールド・オスマンから夢のお告げに導かれたという話を聞いたばかりだということもあるし、あるいはそれも影響したのかもしれない。

 

 もちろん、自分の願望が夢に現れただけであるならば、それと実際にうまくいくかどうかはまったく関係のない話だ。

 しかし、オールド・オスマンが実際に夢に導かれてクルガンなる人物と出会い、あの『破壊のカード』を手にしたということを考えると、もしかしたらそれ以上の意味があるのではという期待も持たずにはいられない。

 

 とはいえ、ユマを自分の事情に巻き込むわけにはいかない。

 彼女はどんなに強いにしてもまだ小さな少女だし、それにルイズのパートナーだし、なによりも、大切な友人だ。

 でも、母を救える可能性があるのなら……。

 

「…………」

 

 タバサはそれからしばらくの間、どうしたものかと考え続けた。

 

 

 フーケを捕縛した翌日の夜、『アルヴィーズの食堂』の上の階にある大きなホールで、恒例行事の『フリッグの舞踏会』が開かれた。

 

 大勢の生徒や教師らに混じって、ユマも先日ルイズが買ってくれたかわいらしいデザインのドレスを着て参加した。

 参加しているといっても、ものめずらしげにきょろきょろしながら邪魔にならない程度に歩きまわりつつ、たまに知り合いと話したり飲み物や食べ物をつまんだりしているだけだが。

 それでも、フーケ捕縛の功労者……と、本気で信じる者がどれだけいたかはわからないが、少なくともその場に居合わせた人物だということで、親しい使用人たちから仕事の合間にその時の話をせがまれたりして、それなりに楽しんでいた。

 

 ルイズは長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、高貴な印象を与えるパーティドレスに身を包んでいた。

 常日頃の飾り気のない姿では目立たなかったその美貌にいまさらながらに気付いたのか、男子生徒らが次々にダンスを申し込んでくる。

 しかし、ルイズはそれをすべて断ると、ユマと一緒に喧騒の中心から離れて、ゆったりとパーティを楽しむことに決めた。

 いつもゼロだ無能だと陰口を叩かれてきた自分が思いがけず得た賞賛が嬉しくないわけではなかったが、今は自分一人の手柄であるかのように過剰にちやほやされて得意になっていられるような気分ではなかった。

 それよりも、自分をそれだけ活躍させてくれた大切なパートナーと歓びを分かち合って時間を過ごす方が、道理にかなっているような気がしたのである。

 

「ユマは、踊らないの?」

 

「私、ダンスは『WAになっておどろう』と『マイム・マイム』しかやったことないから」

 

「……? なによ、それ」

 

「私も、なんなのかはよく知らないけど。私のいたところの学校で、行事とかの時によくみんなで踊るの」

 

「ふーん……、フォークダンスの一種かしら?」

 

「ルイズは、踊らないの?」

 

「……気が向かないのよ。ここでのんびりしてるほうがいいわ」

 

 他の功労者たちも、みな思い思いにパーティを楽しんでいた。

 

 キュルケは、ホールの中心でたくさんの男子生徒たちに囲まれ、笑っている。

 彼女はルイズとは逆で、自分にはちやほやされるだけの権利があるのだし、自分と踊ったり話したりしたがっている男たちの望みに応える方が互いに思う存分楽しめるという考えだった。

 それでも、彼女がせがまれて語っているフーケ捕縛の武勇伝を聞いていると、いささかドラマチックに話を盛りすぎてはいるものの、自分の功績と同じくらい他の仲間たちの働きについてもきちんと言及していて、手柄を独り占めにするような気はないらしい。

 

 タバサは、上品だがあまり飾り気のないパーティドレスを着て、テーブルの上の料理を平らげることに専念していた。

 男女がペアになってホールで睦まじく踊り始めようと、まるで目もくれない。

 親友のキュルケが相手を見繕ってあげるから参加しないかと誘ってみても、「知るかバカ、そんなことよりデザートだ!」とでも言わんばかりに、ひたすら分厚いステーキだの甘いプディングだの、はしばみ草のサラダだのを貪っている。

 

 それでも時々、何かを気にしているようにちらちらとユマの方を窺っているのは、昨夜見た夢のことが気になっていて、ルイズがいなくなったらそれとなく話を聞いてみようかどうしようか、と考えているのだった。

 

 普通ならそこまで慎重にならなくても、何か自分の目的にとって有益なカードはないかをさりげなく尋ねる程度のことなら彼女らを巻き込むほどの心配はないだろうと、タバサもそう思ってはいるのだが……。

 ユマが『意図を辿る』という能力をもっていることを考えると、隠し事があるのを悟られたらどこまで探り出されてしまうかわからない、という気もした。

 不用意な質問をすることに二の足を踏んで、結局昼間の内には切り出せなかったのはそのためである。

 

 そしてマリオンは、その容姿と素晴らしい演奏とで、他の誰よりも人々の注目を集めた。

 

 マリオンはフーケ捕縛の功労者ということで、オールド・オスマンから今回のパーティの途中に時間をもらって、演奏と弾き語りをする許可を取り付けていたのである。

 しばらく学院お抱えの楽士たちの演奏によるダンスが行われた後、演奏が一時中断されて、彼がホールの中央まで進み出た。

 彼は体全体を大きく動かして聴衆に挨拶したが、拍手はまばらであった。

 その美しい容貌にうっとりと見とれる女性もいたが、ろくに注意を払わずに仲間内の雑談を続けている者も多い。

 楽士たちも、飛び入りで出てきたどこの馬の骨とも知れぬ吟遊詩人などのために自分たちの仕事を減らされたとあって、面白くなさそうにしている。

 中には、ひそひそと小声で彼に対するあてこすりのようなことを言い合っている者たちもいた。

 

 しかしそれも、マリオンがユリンの竪琴をかき鳴らすまでのことだった。

 

 その澄んだ音色が響くや、ホール全体はぴたりと静かになった。

 マリオンはそれから、ホールの中央にしつらえられた席に腰を下ろすと、まずは何の前置きもなしに最初の曲を弾き始めた。

 

 

 

 それは、呪いによって昼と夜とに隔てられた恋人たちをテーマにした曲だった。

 

 神である父と人間である母との間に生まれたある男が、愛する母が死んだ夜に夢の中で父神の訪問を受け、『お前に直接会いには行けないが、せめて何か望みを叶えてやろう』との申し出を受ける。

 いつも一人で寂しそうにしている母を見て育った男は、『自分は永遠の命を得て愛する人とこの館でずっと一緒に暮らしたい』と願う。

 しかし、半神である男は真に永遠の命は持ちえなかったため、『ならばお前はこれから昼と夜のどちらかだけで暮らさねばならぬ』と父神に言われて、愛する人との睦言の時である夜を選ぶ。

 それ以来、男は日没と共に起き、日の出の前に目を閉じて、昼間は死んだように眠って過ごすこととなった。

 

 やがて男は愛する女性と巡り合い妻に迎えるが、その女性は夜にしか姿を見せない男は吸血鬼なのだと疑い、男の訪問を拒むために夜の間はその身を石とする呪いを自らの身にかけてしまう。

 ようやく巡り合えた愛する人の身も心も、自分に対しては硬い石のままであることを嘆いた男は、やがて……。

 

 

 

 演奏の最初の一節が終わらぬうちに、神の楽器の音色と神の息子の歌声は、聴衆の心を完全に掴んでしまった。

 

 朗々と弾き語るマリオンの表情は、自分の歌には誰も抵抗はできないという確かな自信に満ちており、それは決して不当な思い上がりではなかった。

 彼の曲が続く間中、他所事を話したり、飲み食いをしたりしようとする者は誰もいなかった。

 商売敵である楽士たちでさえ、マリオンの曲が続く間は感動や後悔、恥じらいの念に打たれて、みな押し黙っていた。

 中には、感情の高まりのあまり俯いて身を震わせ、落涙する者さえいた。

 

 彼が一曲引き終えてまた大きな動作でお辞儀をすると、聴衆から嵐のような拍手が巻き起こった。

 

「今宵はこうして遠い異郷の宴にお招きいただき、光栄です。最初は私自身の見聞きした物語を歌いましたが、続けては、さまざまな地の歌い手たちから学んだ物語をご披露しましょう」

 

 今度はそう前置きを述べてから、いくつかの曲を次々と披露していった。

 

 歌の力だけで巨人たちの戦争を止めたという、とある少女の物語。

 英雄を夢見て冒険の旅に出る、コボルドの詩人の物語。

 破天荒な衛視がいる異世界の公園前詰所を舞台にした、波乱万丈の日々の物語……。

 

 聴衆たちはみな、彼の紡ぐ物語の世界に深く入り込んでいた。

 冒険譚には目を輝かせ、ロマンスには頬を紅潮させ、悲しい場面では瞳を潤ませ、喜劇的な展開には遠慮なく頬を緩ませて笑う。

 そして曲の終わりには、決まって大きな拍手が沸き起こった。

 

 

 

(この子、英雄の話とかが好きだったのね)

 

 コボルドの詩人が英雄と共に冒険を潜り抜けていくという詩人の話を、恋する少女のような熱っぽいきらきらした目と上気した頬で真剣に聞いている親友の姿を見て、キュルケは微笑ましく思った。

 今のところ、同年代のクラスメートであれ大人の教師であれ、生身の男とのダンスを愉しむような気はないらしいが。

 彼女はまだ、物語の勇者や王子さまに憧れる少女だということか。

 

 

 

 マリオンは一通りの曲を終えると、今度は席を立ってゆったりとした楽しげな曲を弾きながら、ホールを回り始めた。

 

 聴衆は我に返ったように、再び酒や料理に手を出し始め、他の楽士たちもまた、マリオンのそれと競合しないような優雅なダンスのための楽曲を奏で始める。

 みな、悪い意味ではなく、彼の演出に巧みに操られているかのようだった。

 

 彼の行く先々で女子生徒らがきゃあきゃあと黄色い声を上げながら、マリオンに杯を手渡してワインを注いだり、歌や話をせがんだりする。

 その中には、先日ギーシュをしこたまぶちのめしたモンモランシーやケティの姿もあった。

 ちなみにそのギーシュは、いまだに怪我が完治していないらしく、パーティの会場には姿を見せていない。

 

 男子生徒らの中には貴族でもない飛び入りの男に注目をさらわれていることがいささか面白くなさそうな者もいたが、たとえそうであっても、彼らもまたマリオンの歌に感動したことは変わらなかった。

 マリオンはそんな男性陣にも愛想よく接し、リクエストに応じて勇ましい曲や物語を気前よく披露したり、カップルのためには即興の曲を作って贈ったりしたので、彼らの機嫌もすぐに持ち直した。

 中には、自分もマリオンに曲を贈ってもらいたいからと、あまり気のなかった男子生徒からの誘いを場の勢いで受け入れる女子生徒などもいて、彼のおかげで何組かのカップルが新しく成立しさえしたらしい。

 当然、そんな恩恵にあずかれた者たちは、彼に大いに感謝していた。

 

 

 

 そのとき、舞踏会の喧騒の中に、前触れもなく窓から一羽の伝書梟が飛び込んできた。

 灰色の梟はまっすぐにタバサの元へとやってくると、その肩に留まったが、それに気付いた者はほとんどいない。

 タバサの表情が、わずかに硬くなった。

 

 梟の足から書簡を取り上げて読むと、彼女の目に、強い光が宿る。

 それは、マリオンの演奏を聞いていた時の目の輝きとは、また違った種類の、諸々の感情がこもった光だった。

 彼女は音もなくすっと会場を抜け出して、まっすぐに人気のないバルコニーへと向かった。

 そうして手すりから身を乗り出して口笛を吹くと、やってきたシルフィードの背に身を躍らせる。

 

「…………」

 

 最後に、少しだけ未練のあるような目で、賑やかな会場を振り返った。

 

 マリオンが自分のところに来てくれたら、もう少し英雄の話をしてくれるようにせがんでみようかなどと、人とのかかわりをなるべくもちたがらない彼女らしからぬ算段を立てていたのだった。

 それほどに、彼の語る物語には惹き付けられるところがあった。

 それに、ユマのこともある。

 

(……話は、後でいくらでも聞ける)

 

 そのためにも、まずは無事に今回の『任務』を終えて戻らねばならない。

 これ以上、余計なことを考えている余裕はない。

 

 タバサは一度目を閉じて深呼吸をし、雑念を振り払った。

 それから、感情の籠らない目でまっすぐに前を見つめながら、シルフィードの背に体を預けて、夜の闇の中を飛んで行った……。

 

 

 

 

 マリオンはぐるりと会場を回った後に中央の席に戻ると、最後に新たに作った、ルイズらの昨夜の活躍を謳う物語を奏で始める。

 

 実際以上に勇壮に脚色を交えて語られている部分もあったが、昨夜の戦いをうまくまとめて、短いが美しい一つの物語に仕上がっていた。

 そして、彼の技量をいかんなく発揮して歌われたその物語には、超常的なまでの臨場感があった。

 ルイズやキュルケ、タバサらとゴーレムとの戦いが語られる間、聴衆は皆、実際にその場に立っているかのような錯覚を覚えた。

 実際、彼らは風竜の背に乗って飛びまわり、巨大なゴーレムによる地面や空気の振動を感じ、その体から発する土の匂いを嗅ぐことさえできたのである。

 

 曲が終わっても、しばらくの間は誰もが幻想の世界の余韻に浸っているようで、しんと静まっていた。

 ややあって、大きな拍手が巻き起こるとともに、誰が言いだすともなく彼女らの活躍を称える声があちこちから上がって、杯が掲げられた。

 

「みなさん、ありがとう。素敵な歌と過分なお言葉を頂いて、このツェルプストー、感激の極みですわ」

 

 胸を張って誇らしげに微笑みながら手を振ったり、大仰にお辞儀をしたりして、聴衆からの賞賛の声に堂々と応えるキュルケ。

 

 それとは対照的に、ルイズは常日頃の彼女に対する対抗意識もどこへやら、真っ赤な顔で恥ずかしげにもじもじしている。

 褒められ慣れていない彼女に、いきなりこんな大舞台での賞賛はいささか刺激が強すぎたらしい。

 

「おめでとう、ルイズ。すごく格好よかったわ」

 

 そう言って彼女の顔を見上げながら、しっかりと手を握って微笑みかけてくれたのは、ユマだった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 かーっと、ますます顔を赤くして、照れたようにそっぽを向く。

 

「で、でも、あんな大袈裟な歌なんて……。それに、ユマのことが入ってなかったわ」

 

「だって、マリオンにそう頼んだもの。ルイズも、それは知ってるでしょ?」

 

 あまりカードのことについて大っぴらに話すのもどうかということで、オールド・オスマンやユマ自身の希望で、彼女の働きについては触れられていなかったのである。

 もちろんそれはこの場で披露する時だけの話で、マリオンがウルフレンドに戻ってから酒場などで同じ歌を歌う時には、彼女の活躍も織り込まれるだろう。

 ディアーネやルフィーアら、ウルフレンドの仲間たちに、自分がこちらの世界でも仲間たちとうまくやっているのだということを彼の歌を通して知ってもらえたなら、それは嬉しいことだと思う。

 

「それは、そうだけど……」

 

 ルイズはそれでも、少なくとも自分と同じくらい働いたユマに何も見返りがないということを、しきりに気にしている様子だった。

 しばらく考えた後に、彼女が出した結論は。

 

「……ユマ、私と踊りましょう」

 

「え?」

 

「あなたは私たちと同じ、今夜の主役なんだから。あなたも、この舞踏会に参加するべきだわ。私と一緒にね」

 

「でも、私、踊れないから……」

 

「そんなの、私が教えてあげるわよ。ほら!」

 

 ルイズはそう言って躊躇するユマの手を取ると、思い切ったようにずんずんとマリオンの元へ向かっていって、彼にリクエストを出した。

 

「ねえ、お願い。踊りたいの。私たちのために、なにか弾いてくれる?」

 

 もちろん、楽士たちの曲に合わせて、他の生徒らと同じダンスを踊ることもできる。

 だが、今はそれよりも、自分たちのためだけの特別な曲が欲しかった。

 自分たちはなんといっても今夜の主役なのだから、そのくらいのわがままは許されてもいいだろう。

 

 マリオンが快諾して美しい調べを奏で始め、二人がそれに合わせて踊りだすと、大勢の注目が彼女らの方に向いた。

 

 ホールの中央付近で、今日の主役の一人が、大人気の吟遊詩人の奏でる美しい調べに合わせて踊ろうというのだから、周囲の視線を集めないわけがない。

 その相手が使い魔とはいえ同性の稚い少女だというのも、注目をいや増す要因になっているのだろう。

 その注目の中を、ルイズはつんとして優雅に踊っている。

 大喝采を浴びるのは不慣れであっても、公爵家の令嬢らしく、舞踏会で浴びる注目や踊りにはそれなりに慣れていた。

 それでも、頬はまだ赤みがかっているので、恥ずかしくないわけではないらしい。

 ユマの方は、自分よりも背の高い彼女の動きに合わせようとして見様見真似で勉強しながら一生懸命に、ややぎくしゃくと手足を動かしている。

 とはいえ、物覚えはいいので、少し経つとかなりスムーズに踊れるようになった。

 

「……なんだか、たくさん見られてるみたいで、恥ずかしい。ドキドキするわ」

 

「気にしないで。私もよ」

 

 二つの月がホールに月明かりを送り、蝋燭の灯りと絡み合って、幻想的な雰囲気を作り上げている。

 その中で、二人の少女らは周囲の視線を浴びながら、お互いに見つめ合いながら、くるくると優雅に踊り続けた。

 

 

 

「……へえ、ルイズも踊る気になったのね。それもユマちゃんとだなんて、なかなか洒落てるじゃないの!」

 

 二人のダンスを見つめながら、キュルケがそう感想をもらした。

 

 彼女としてはマリオンをダンスに誘おうかと狙っていたのだが、彼が演奏役に必要らしいので、ルイズらのために見合わせてやることにした。

 ならば自分も、代わりにもう一人の主役と一緒にダンスでも踊って注目を競おうかと思えども、その親友の姿は見当たらない。

 最初は花でも摘みに行ったのかと思っていたのだが、いつまで経っても戻ってこないところを見るとさっさと部屋に引き上げて寝てしまったのか、それともこんな夜更けなのにどこかに出かけたのか……。

 

「……まったく、あの子ってば。こんなに素敵な夜だっていうのに、一人でどこかにいなくなっちゃうんだから……」

 

 キュルケはタバサに対するぼやき半分、心配半分で、そうひとりごちた……。

 

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