第二十三話 新たなるクエスト
舞踏会の終わった翌日、ユマはさっそくオスマンに掛け合って、『破壊のカード』を検分させてもらうことにした。
それほど急ぐことでもないのだろうが、カード使いとしては当然ながら、早く調べてみたかったから。
「恩人から預かったきり、長年謎のままだった品じゃからのう。君が調べてくれるのなら、私としてもありがたい」
オスマンはそう言って、快く承諾してくれた。
「ありがとうございます、学院長先生」
ユマはぺこりと頭を下げると、オスマンと共に宝物庫へ向かった。
もちろん彼女の『主人』であるルイズも、そしてキュルケも一緒だった。
「せっかくまた、ユマちゃんが面白いものを見せてくれるかもしれないっていうのに。あの子は一体、どこへ行ったのかしらね?」
キュルケは野次馬根性でわくわくと目を輝かせていたものの、ふとこの場にいない親友のことを思い浮かべて、そうぼやいた。
タバサはあの舞踏会の夜、いつの間にやら会場から姿を消してしまって、いまだに戻っていないのだ。
そういうことはこれまでにも度々あったのでそう心配はしていないものの、不満ではあった。
(あの時は珍しいくらい楽しそうにしてると思ったのに、まったくもう!)
彼女がそんなことを考えている間に、一行は宝物庫へ着いた。
フーケが壊した壁面は、教師たちが『錬金』の魔法をかけることで、既に塞いである。
無論、あくまでも応急的な処置であり、近いうちにきちんとした修理が施される予定だが。
「宝物庫が元に戻るまでの間は、ひとまずここに隠しておいた」
オスマンはそう説明しながら杖を振ると、宝物庫の目立たない片隅にある隠し戸のようなスペースを開き、収納されていた『破壊のカード』を取り出す。
そのまま『念力』で手近の机の上まで運ぶと、さあ自由に見ておくれと、ユマを促した。
「じゃあ、見させてもらいます……」
ユマはそう言って机に歩み寄り、そっとカードの束に手を伸ばそうとした。
その時。
――よくぞきた、……カード使いの名のもとに、おのれの定めを手繰り寄せるがよい……。
「……!?」
突然、聞こえてきた声に、ユマははっとして目を見開いた。
身を起こして、きょろきょろとあたりを見回す。
「ど、どうしたのよ?」
「ユマちゃん、何かあった?」
ルイズやキュルケは、そんなユマの姿を見て怪訝そうにしている。
「あの。……いま、なにか聞こえなかった?」
そう尋ねるが、ルイズもキュルケも、オスマンも、困惑したように顔を見合わせて、首を横に振るばかりだ。
「別に、何も聞こえなかったわよ。空耳じゃないの?」
「……そう」
ユマは納得しきれていない様子で頷くと、もう一度カードの束にそろそろと手を伸ばしてみた。
――はじめに、お前が赴くべきところを選ぶがよい……。
(やっぱり……)
どうやらこの声は、自分の心の中にだけ聞こえているらしい。
そしてユマは、このような文句には聞き覚えがあった。
細部は少し、違っているようだったが。
困惑と懐かしさ、期待と不安の入り混じったような複雑な思いを抱くユマの前で、カードの束が自然に動き出し、シャッフルされていく。
やがて、その中から8枚の札が弾き出され、ユマの前に裏向きのまま並べられた。
彼女以外の三人は、呆気にとられた様子だった。
「ち、ちょっと、ユマ。これは何よ、そのカード、どうなってるの?」
「それも、カード使いの力ってやつなのかしら?」
「私も、そのカードを幾度となく手に取ってみたが。そんな現象が起こったことは……」
口々に尋ねる三人に、ユマは困ったように首を傾げた。
「……わからないわ」
わかるのは、目の前にあるこれはどうやら同じカードでも自分がデッキに組み込むようなものではなく、『占い札』であるらしいということだけだった。
かつてアインガングにいたころ、占い師の館で何度となく引いた経験がある。
引けば、その組み合わせに応じたクエストの舞台へ、カードの導きによって飛ばされるのである。
ただ、あの時は手引きをしてくれる占い師がいたが。
この札はそれ自体が意思を持っているのか、自動的に動き出してカードを配ってきた。
単にそういった性質のものだというだけなのか、それとも何かの罠なのか。
カードでできているわけではないこの世界では、占い札を引いたらどんな結果が生じるのか……。
まったくわからないし、危険かもしれない。
それでも、これはおそらく運命であり、引かなければその運命は先に進んでいかないのだということを、ユマは直感的に感じ取っていた。
(じゃあ、……これ)
なおも質問を続けたそうにするルイズらをよそに、ユマは黙って一枚のカードを選ぶと、めくってみた。
表面には、紫煙の渦巻く、きらびやかながらもどこか仄暗い会場が描かれていた。
たくさんの人々、連なるテーブル、その上に並べられた遊具と、きらきらしたコインの山……。
初めて見るカードだった。
――カジノ。酒と脂(やに)の香りが漂うところ。狭く深く、あさましき者どもの欲望が渦を巻く場所だ……。
――次は、お前が求めるべき目的を……。
再びシャッフルされ、目の前に並べられたカードの中から、ユマはまた一枚を選んだ。
今度は、見覚えのあるカードだった。
魔力が生み出す波紋を背景に、開かれた本と羽ペンが描かれている。
――メイガス。魔術師であり、知恵をもつ者の象徴だ……。
――最後に、そこで為すべきことを、己の手で選ぶがいい……。
ユマはもう一度、一枚を選んだ。
温かく輝く何かを包み込むように抱く、両腕が描かれている。
これも、見覚えがあった。
――ガード。目的の者を護り切ることが、お前の役割か……。
――さあ。お前に、この定めに挑む覚悟はあるのか……?
「…………」
ユマはそこで、返事をする前に、背後にいるルイズらの方を振り返った。
「ちょっと、ユマ。さっきから黙ってそのカードをめくってばかりで……、どうしたのよ?」
「それって、ユマちゃんが使うようなカードじゃないのかしら?」
そう質問するルイズらに、ユマはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。私……、まだわからないけど。もしかしたらちょっと、出かけないといけないかもしれないから」
「え?」
「でも、ちゃんと戻ってくる。だから、心配しないでね」
唐突な言葉にきょとんとするルイズらに手短にそう言って背を向けると、ユマは先ほどの返事をした。
「ええ、あるわ」
――では、行くがよい……。
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――気が付くと、ユマは最初のカードに描かれていたのと、よく似た場所に立っていた。
眩い光、列なすテーブル、大勢の賑やかな人々……。
立ち込める酒とパイプ煙草の臭いに、ユマは思わず顔をしかめた。
「ここが、カジノっていうところなのかしら?」
きょろきょろとあたりを見回しながら、ぽつりとそう呟く。
どんなことをする場所なのかくらいはなんとなく知っていたものの、当然ながら、実際に入った経験などあろうはずもない。
ひとまず、行き交う周囲の人々の邪魔にならないように、隅の方に移動した。
(……カードの世界……じゃ、ないみたい)
以前の世界で自分が経験したクエストでは、フィールドはすべてカードで覆われていて、先へ進むためにはそれをめくっていかなくてはならなかった。
ここは明らかに、そのような場所ではない。
何もカードでできている様子はないし、人々の格好を見る限りでは、ついさっきまでいたのと同じ、ハルケギニアのどこかのようだ。
ほっとしたような、でも少しがっかりしたような、ちょっと複雑な気分だったが。
まあ、それはいいとして……。
「……私、なにをしたらいいの?」
これまでに経験したクエストでは、始まるとすぐに誰かから頼み事をされたりして、何を目指せばいいのかという目的がはっきりとわかったものだが。
今回はそんなことが何もなく、突然見知らぬ場所に放り出されただけだ。
わからなくても、とにかくカードをめくって先に進んでいけばいいという、これまでのような舞台でもないようだし……。
これは、どうにも予想外な事態であった。
ユマはしばらくの間、途方に暮れて立ち尽くしていたが。
しかし、いつまでもぼうっとしていても始まらないと気を取り直すと、まずは手持ちのカードを確認してみた。
「ええと……」
カードはすべて出かける前の状態のまま、手元に揃っている。
これもまた、以前に経験したクエストとは大きく違っていた。
これまでのクエストでは、最初の手札はデッキとしてクエストに持ち込んだカードのごく一部、ほんの数枚だけ。
あとはカードをめくってクエストを進んでいくうちに、カード使いとしての力が溜まり、また新たな札を引いてこれるようになる、という具合だったのだが……。
(ここではどのカードでも、いつでも使えるということ?)
そうなのであれば、これまでとはだいぶ勝手が違うものの、心強くてありがたい。
とはいえ、いくら手持ちの札が充実しているにしても、依然として何をしたらよいのかはわからないわけで。
このままでは、どうにもなるまい。
(……どうしよう?)
せめて、ここがハルケギニアのどこなのか、だけでも知りたいところではあるが……。
周囲の客や店員にそんな質問をすれば、おそらく不審がられて、最悪どこかから入り込んだおかしな子供だということで、この店からつまみ出されてしまうかもしれないし。
自分はこの世界の地理にはまだまだ疎いので、よしんば教えてもらえたとしても、よくは分からないかもしれない。
それに、クエストの目的はメイガス・ガードということだったが、なにせこのハルケギニアには、そこら中にメイジがいるのだ。
この店の中だけでも、おそらく一人や二人ではないだろう。
「…………」
マリオンか誰かを召喚して相談してみるという手もありそうだが、カード使いとしての力の限界から、クエスト内で一度に召喚しておける仲間の上限は三人までなのだ。
勝手もわからない現状でその枠を埋めてしまうのは、自分でできるだけのことを試してみて、完全に行き詰ってからにするべきだろう。
(とにかく、あまり不審がられないよう、目立たないように店内の様子を見て回って、ここで自分がするべきことの見当をつけていくしかない)
ユマはそう決心すると、以前にウルフレンドで初めてのクエストに挑んだ時のような初心の心持ちで、まったくの手探りの状態から行動を開始した、のだが。
幸いというべきか、その状態は、そう長くは続かなかった。
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しばらく賭博場を見て回り、酒と煙草の匂いで気分の悪くなったユマが、落ち着くために部屋を出て、休憩室に続く廊下を歩いていたとき。
突然、後ろの方から声をかけられた。
「あれ? お前……、カード使いの、ユマじゃないか」
はっとして振り返ったユマは、その相手の顔を見て、大きく目を見開いた。
それは、風になびくような赤い髪と精悍な顔立ちをもつ、若い男だった。
たくましい体つきで、この世界の貴族が身に着けるようなものとはまた違う、赤いマントを羽織っている。
さすがに場所が場所だけに、いつものように胸板を剥き出しにしているということはなく、きちんとしたスーツのような服を着込んではいたが、それでも間違いようがない。
「タムローン!? どうして、ここに……」
「それはこっちのセリフだぜ。お前、元の世界だかに帰ったんじゃなかったのか?」
大変長い間放置してしまいまして、申し訳ありませんでした……。