翌朝、窓から差し込む朝日で、ユマは目を覚ました。
隣ではルイズがあどけない顔でまだすやすやと寝息を立てているので、起こさないようにそっとベッドを脱け出す。
こちらの世界の時刻はよくわからないが、学生なら大体決まった時間に目は覚ますだろうし、たぶんまだ寝ていても問題ないのだろう。
「んー……」
腕を上げてぐーっと伸びをすると、まずは上着を着て、身だしなみを整える。
昨夜の言いつけをちゃんと覚えていたユマは、それからきょろきょろと部屋を見回して、下着を洗うのに必要な道具を探した。
ファンタジーの世界は二回目ということもあって、電気も水道も引かれていない世界での洗濯には何が必要かというくらいの事はわかっている。
ウルフレンドでは、店主にいろいろ世話を焼いてもらったとはいえ、下宿で一応は一人暮らしをしていたのだ。
しかし、貴族の部屋だからなのか、洗濯板や洗い桶なんてものは置かれていないようであった。
(洗い場にあるのかな?)
ちょっと首を傾げると、ひとまず見つけた洗顔用らしいたらいに下着を入れて部屋を出て、ルイズが教えてくれたあたりに向かって歩き始める。
トリステイン魔法学院の内部は、不慣れな子供では一人で歩くのに心細さを感じそうなほど広かった。
が、もちろんクエストで城や遺跡や地下迷宮を長々と歩くのに慣れているユマにとっては、今さらどうってこともない。
外に出たあたりで、同じように洗濯物らしき荷物を抱えて歩いている人を見つけた。
エプロンドレスとホワイトブリムを着た若い女性で、黒い髪をやや長めのボブカットにしている。
年齢は、ルイズと同じか少し上くらいだろうか。
ユマは、アインガング城でも似たような格好の使用人を何度も見かけたことがあった。
おそらく彼女は、ルイズが言っていた学院のメイドだろう。
そう思ったので、小走りに近寄って声をかける。
「あの、すみません」
「はい?」
声をかけられた使用人は、足を止めてくるりと振り返った。
その瞳も、髪と同じように黒い。
彼女はやや驚いたようにユマの姿を見つめたが、すぐに姿勢を正して、恭しく頭を下げた。
「失礼しました。何かご用でしょうか、お嬢さま」
ユマはきょとんとして目をしばたたかせたが、じきに思い至った。
昨晩のコルベールという先生と同じで、どうやら彼女も、自分のことを貴族だと勘違いしているらしい。
自分が、そんなに立派な格好をしているとは思えないのだが……。
「私はお嬢さまじゃないの、ユマ。昨日から、ルイズの使い魔をしてるのよ」
「えっ、使い魔?」
メイドは顔を上げて不思議そうに呟いたが、何かを思い出したように、ああ、と声を上げた。
「もしかして、ミス・ヴァリエールに呼び出されたという……」
「そう、それ」
ユマはこくりと頷くと、手に持ったたらいを見せながら話を続けた。
「ルイズから、洗うように頼まれたの。洗い場と、洗濯の道具があるところを教えてください」
「まあ! それは大変でしょう、ミス・ユマ。私はこの学院の使用人ですから、こちらのほうで一緒に洗ってお届けしますわ」
その女性はあたたかい微笑みを浮かべると、ユマと視線を合わせるように少し屈みながらそう言った。
それから、自分の名前はシエスタといいます、と付け加える。
シエスタの声や視線からは、相手に対する同情と思いやりの気持ちが感じられた。
おそらく、まだ小さいのに突然遠くへ呼び出されて、慣れない仕事をさせられて、さぞ大変で心細いのではないか、と案じてくれているのだろう。
その気遣いが嬉しくて、ユマはにっこりと微笑みを返した。
だが、たらいを差し出そうとはせず、首を横に振る。
「ありがとう、シエスタさん。でも、ルイズから頼まれたのは私だから、やり方だけ教えてください」
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・
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しばらくの後、二人は洗い場で、すっかり打ち解けた様子で一緒に洗濯をしていた。
「ユマちゃん、上手ね。洗い方が丁寧だし、初めてなのにすごくきれいに洗えてるわ」
「そう? ありがとう、きっと先生の教え方がいいからね」
最初のうちは、シエスタはユマが貴族でないにしても裕福な家のお嬢様かなにかだろうと思ったのか、接し方がまだ少し恭しくて堅苦しかった。
しかし、洗濯の仕方を教えているうちにどうやらそんなお高くとまったところのない普通の女の子だとわかって、態度を改めた。
彼女は故郷では幼い兄弟たちの世話を見ていたので、久し振りに小さな子と関わることができるのは楽しかった。
すっかり洗い終わると、ユマが桶から洗濯物を順番に取り出して手渡し、それをシエスタがてきぱきと干していく。
「ありがとう、ユマちゃんがお手伝いをしてくれたおかげで、いつもより早く終わったわ」
「こちらこそ。それじゃ、私はルイズの所に戻るから。またね、シエスタ」
シエスタが堅苦しい呼び方を止めてくれたので、ユマのほうも彼女にさん付けをするのは止めることにした。
「うん。よかったら、お昼の食事の時に厨房に来て。何か美味しいものを用意するよ」
そんな風に和やかな挨拶を交わして、二人は別れた。
それから、ユマは階段をとことこのぼってルイズの部屋に帰っていく。
戻ってみると、ルイズはようやく目が覚めたようで、ベッドの上に体を起こしてぼーっとしていた。
まだよく頭が回っていなさそうなその様子からすると、彼女は朝が弱いらしい。
「おはよう、ルイズ」
「んー……?」
ルイズはぼんやりとユマの顔を見つめて、目をしばたたかせる。
ややあってから、ようやく返事が返ってきた。
「……ああ、うん。そうね、あなたがいたんだっけ。おはよう」
「洗濯物は、干してきたから」
ルイズは小さく頷くと、ベッドから立ち上がってふあああ、と大きなあくびをした。
それから、だるそうにネグリジェを脱ぎながら、ユマに言いつける。
「制服、持ってきて」
「はい」
「あとー、下着も。クローゼットの、下の引き出しから」
「わかった」
ユマは文句も言わずにとてとてと動き回って、頼まれた服を持っていく。
しかし、さらに服を着せてくれとまでいわれると、首を傾げた。
「着られないの?」
「服くらい着れるに決まってるでしょ。貴族はね、使用人がいるときは自分で服なんか着ないものなの」
「でも、だらしない気がするわ。それに、自分で着たほうが早いと思う」
ウルフレンドでも、ディアーネやヘリオスは王族だからといって仲間に服を着せてもらったりなんかしていなかったはずだ。
まあ、お城住まいのユリーシカ姫やポーシャ姫はどうだったのか知らないが。
それを聞いたルイズは、不機嫌そうな顔になった。
普通の使用人が相手なら、そのようなわきまえのない言動に対しては、罰として朝食抜きくらいは言い渡すところだ。
しかし、ユマが何分まだまだ小さい子であることと、メイジのいないところから来たと言っていたことを考慮して、叱りつけるのは思い留まった。
代わりにコホンと咳払いをすると、ぴっと指を立ててみせる。
「いい、ユマ。メイジというのは魔法が使えるから、いろいろなことができるのよ」
「そうね」
この世界のメイジのことはよく知らないが、ウルフレンドの魔法使いは確かにそうだった。
クエストの最中は戦いの役に立つ何種類かの魔法しか使わないが、たまに街中でゆっくりしているときにお話でもしようと呼び出すと、他にもいろいろな魔法を見せてくれたものだ。
明かりをともす魔法とか、水をお酒にする魔法とか、そこにあるはずのものをないように見せかける魔法とか。
「そのメイジが何でも自分でやり始めたら、特別な技術を持ってない普通の平民は仕事がなくなるわ。メイジが身の回りの雑用を平民に任せるから、使用人も働いて食べていけるのよ」
「ふうん? ……そうかも」
「そうよ。貴族には貴族の、平民には平民の仕事があるの。別に、だらしないから自分で服を着ないわけじゃないのよ。わかった?」
「うん、わかった」
必ずしもルイズの話に賛成なわけではないが、彼女にも自分の意見があるのだということは納得した。
ユマとしては、子供らしい倫理観からなまくらのお手伝いをするのはよくないと思っただけで、そうでないなら服を着せること自体は別に嫌ではない。
そんなわけで、慣れない作業でちょっともたついたが、自分よりも背の高いルイズにがんばってなんとか服を着せていった。
「明日からは、洗顔用の水も汲んでおいて。……よし、それじゃ、食事に行くわよ」
ルイズがそう言ってユマを促しながら部屋を出たのとほぼ同時に、近くの別の部屋のドアが開いた。
そこから一人の女性が姿を現して、彼女に挨拶をする。
「おはよう、ルイズ」
それは燃えるような赤い髪と健康的そうな褐色の肌をもつ、彫りが深い顔立ちの美しい女性だった。
ルイズよりも背が高く、体つきも豊満で、ユマから見ると大人のお姉さんという感じである。
学院の制服を着ているが、学生らしからぬことにブラウスのボタンを二番目まで外し、大きなバストの胸元を覗かせて色気を振りまいていた。
様々な点で、ルイズとは対照的な印象を受ける女性だ。
一見して、ディオシェリルにちょっと似ているかも、とユマは思った。
髪の色や、色気のある女性の魔法使いだという点では。
もっとも、ディオシェリルの肌は透き通るように白いし、雰囲気も大分違っているようだが。
一方ルイズは、彼女の姿を見るやあからさまに顔をしかめて、嫌そうに挨拶を返した。
「……おはよう、キュルケ」
「あなたの使い魔って、その子?」
キュルケは、ルイズのすぐ後ろに立って自分のほうをじっと見ているユマの姿をみとめると、面白いものを見つけたというように目を輝かせた。
「そうよ、悪い?」
ルイズはじろっとキュルケを睨んで、少し刺々しい調子でそう答える。
「あら、別にそんなことは言ってないわ。かわいい子じゃないの」
「はじめまして。私はユマ、ルイズの使い魔をしてます」
ユマは、ちょっと進み出てぺこりとお辞儀をした。
「はじめまして、ユマちゃん。私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、二つ名は『微熱』よ。キュルケでいいわ」
「ありがとう。よろしく、キュルケ」
どうやらキュルケは、ルイズほど貴族と平民の身分にこだわりはないらしかった。
ユマとしてはわりと好印象で親しみが持てそうな人だと思ったのだが、ルイズは彼女が嫌いなようで、気に入らなさそうな顔をしている。
「それじゃあ、お返しに私の使い魔も紹介するわね。フレイムー!」
キュルケが名前を呼ぶと、彼女の部屋から大きさがトラほどもある真っ赤なトカゲが、のそのそと姿を現した。
その尻尾は燃え盛る炎で出来ていて、口からもチロチロと炎が迸っている。
フレイムという名前らしいその使い魔が近くに寄ってくると、むっとした熱気が感じられた。
「わあ……」
ユマは、目を少し大きく開いて感嘆の声を上げる。
驚きというよりはむしろ、久し振りに間近でこういったモンスターを目にした懐かしさからだった。
「ふふ。もしかしたら、ユマちゃんは幻獣を見るのは初めてかしら? サラマンダーよ」
「サラマンダー……?」
ウルフレンドで見た同じ名前のモンスターとは、だいぶ姿が違っているようだった。
あちらの世界のサラマンダーは、トカゲに似ていて体が燃えているのはこちらと同じだが、下半身がヘビみたいになっていて腕には槍を持っていたはずだ。
カードの説明には、たしか火の精霊だと書いてあった気がする。
記憶をたどって考え込むユマをよそに、ルイズはその立派な使い魔を見つめながら苦々しい声を出した。
「火トカゲね……。あんたは『火』属性だもんね」
「ええ、そうよ。まさに属性ぴったりね。それも、私にふさわしいブランドものよ?」
キュルケは使い魔の背中をすりすりと撫でながら、得意げに話を続ける。
「見てよ、ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーだわ。好事家に見せたら、きっと値段なんかつかないわよー」
「そりゃ、よかったわね」
ルイズはそっけなくそう言いながらも、内心では悔しさ半分で、これだからツェルプストーは品がないわ、使い魔をお金に換算して考えるなんてなどとケチをつけていた。
そんな二人にはお構いなしに、ユマはフレイムとも話を始める。
「よろしく、フレイム」
ユマがそう挨拶をして頭を撫でると、フレイムは心地よさそうにきゅるきゅると鳴いた。
どうやら人間の言葉は喋れないらしいが、こちらの言っていることはわかってくれていそうな雰囲気だった。
その様子に気が付いたキュルケが、やや意外そうに小さく首を傾げる。
「……あら? ユマちゃん、フレイムが怖くないの?」
「ええ。だって、襲ってこないのはわかってるもの。かわいいと思うわ」
「へえー……」
キュルケは、感心したような声を漏らした。
「見かけによらず頼もしい子ね。使い魔同士、仲良くなってくれると嬉しいわね?」
そう話を振られると、ルイズは黙ったまま不機嫌そうに顔をしかめてキュルケを睨んだ。
キュルケはちょっと肩を竦めると、余裕たっぷりに微笑み返してみせる。
「あら、使い魔の行いに対してあんまり狭量だと、メイジとしての器が疑われるんじゃないかしら?」
「……別に。使い魔同士が仲良くするのを、止める気はないわよ」
「そう? よかったわ。それじゃあとりあえず、使い魔たちも仲良くしてることだし。私たちも一緒に、朝食に行きましょ?」
ルイズは不本意そうにしながらも、結局は渋々とそれに応じた。
そうして三人と一匹とは、連れ立って食堂へ向かっていったのである。
ディアーネ:
モンスターメーカー世界最強の女戦士で、多くの作品で主人公格の扱いを受けている主要なキャラクターの一人。
片手には鍛冶の神ヘフスが鍛えた青い聖斧・ホリィアックスを携え、もう片方の手にはラウンドシールドを装備している(もしくは両手で斧を振るう)。
衣装も青を基調にしており、豊かな長い栗色のストレートヘアと青色の瞳をもつ。
性格はわりと脳筋で猪突猛進ぎみであり、ときどきバーサークするらしい。
その力はすさまじく、秘めたる力を開放してホリィアックスを振るえば、神々とて無傷ではいられないという。
イラストレーターである九月姫さんの漫画「モンスターメーカー・サガ」でレオスリック王国の王女であるという設定が加えられ、以降の多くのゲームにもその設定が引き継がれている。
また、ヘリオスとは兄妹であり、兄に焦がれているとされる。
ヘリオス:
ディアーネの兄で、レオスリック王国の王子。
城中でディアーネにかなうのはヘリオスだけであり、妹の剣の稽古に付き合わされたりしているらしい。
しかし、多くの作品で妹ほど主要なキャラクターではなく、彼女に引けを取らないというその剣の腕前を披露する場面も少ない。
カードゲームなどでステータスが設定されている場合も、大抵はディアーネより強さが下である。
ブロンドの長髪をもつ非常に美しい中性的な容姿で、その美しさのために魔性の者にも愛される宿命があり、「モンスターメーカー・サガ」は魔女ミッドガルダにさらわれた彼を追ってディアーネが旅立つという物語になっている。