ゼロのモンスターメーカー   作:ローレンシウ

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第四話 それぞれの朝食と思惑

 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内でも一番背が高い中央の本塔の中にあった。

 

 いたるところにきらびやかな飾り付けが施されており、壁際には夜中になると意志を持って動きまわるという精巧な小人の彫像がずらりと並べてある。

 まるで晩餐会の会場のような絢爛豪華さで、ユマはアインガング城で王様と会食をしたときのことを思い出した。

 この食堂は壁に並ぶその魔法の彫像の名にちなんで『アルヴィーズの食堂』と呼ばれているのだと、キュルケが教えてくれた。

 

「貴族にふさわしい教育を施すには、食卓もそれに見合ったものでなくてはならないのよ」

「ふうん……、そういうもの?」

 

 何かとキュルケに対抗意識を燃やしているらしいルイズも口を挟んで得意げに説明してくれたが、ユマとしては親しい人たちと小さなテーブルを囲む方が落ち着くと思った。

 並んでいる食事はどれもおいしそうだがボリュームもすごくて、どうがんばっても朝からこんなに食べられそうにない。

 どの席の前にも、何種類ものやわらかそうなパンや果物のかご、大きな鳥の焼いたのやおいしそうなパイ、香り高い紅茶の入ったポットなどがずらずらと並んでいる。

 

 こういうお姫さまのような生活にも憧れはあるが、いつもかもこんな感じだとなると、きっとうっとおしいことだろう。

 レオスリックの姫君であるディアーネも、王女として豪華な席に着くのは大体が堅苦しい義務からで、そんなにいいものではないと言っていた。

 冒険中に宿や酒場で好きなものを注文して、仲間たちと気楽に食べるときの方がずっと楽しいと。

 

 それはさておき、食堂の中には軽く百人くらいは座れそうな長いテーブルが三列並んでいて、どうやら学年別に座るらしい。

 一階の上にあるロフトの中階には、教師たちの姿も見える。

 ルイズとキュルケは二年生であるらしく、中央のテーブルに向かった。

 

(あれ、二人は同じ学年?)

 

 食堂に集まっている学生たちを見る限りではどうやら学年ごとにマントの色が違うようで、確かに二人は同じ黒色のマントを羽織っている。

 ユマはキュルケの方がルイズよりもお姉さんだろうと思っていたので、ちょっと意外そうに首を傾げた。

 

 そのことをルイズに尋ねてみると、この学院は入学時の年齢がきっちり揃えられているわけではなく、必ずしも同学年が同い年とは限らないのだと教えてくれた。

 

「私は十六歳よ。キュルケは確か、十八歳だったわね」

「そうよ。あなたが年齢以上にお子様に見えるから、きっとユマちゃんも不思議に思ったのよね?」

 

 からかうような調子でそう言いながら、キュルケはボリュームたっぷりの胸を張ってみせた。

 

「うっさいわね。私はあんたみたいに、いちいち色気を振りまくほど暇じゃないだけよ」

 

 口ではそう言いながらも、負けずぎらいのルイズは自分もぐっと胸を張ってみせる。

 残念なことに、まるで勝負になっていなかったが。

 

 ユマはぼんやりと、自分は将来どのくらい大きくなるのかな、と考えた。

 

「はいはい。……あ、タバサ、おはよう」

 

 余裕たっぷりに笑ったキュルケは、そこで別の友人の姿を見つけて声を掛ける。

 

「おはよう」

 

 声をかけられたその少女は、足を止めて顔をそちらに向け、淡々として感情のこもっていないように思える声で短く挨拶を返した。

 

 彼女も二年生のマントをつけていたが、同じ学年の生徒の中でもひときわ見た目が幼かった。

 身長は年齢のわりに小柄なルイズよりもさらに五センチは低く、体も細くて起伏がほとんどない。

 この学院内でも他には見かけない珍しい青色の髪と瞳を持ち、顔立ちは幼さこそ残っているが非常に端整だ。

 容姿だけを見れば、ユマよりもほんの少し年上か、下手をすれば同年代かとも思えた。

 ただ、そのような年齢の少女らしいあどけなさや活発さは感じられない。

 無口で無表情で、ぼんやりと眠そうにしているようにも思える。

 

「こちらはユマちゃん、ルイズの使い魔よ」

 

 キュルケはそう紹介してから、こうして並べて見るとなんだかあなたの妹みたいね、といって楽しげに笑った。

 

 確かに、見た目は姉妹といっても通りそうな感じだ。

 髪や目の色こそ違うが、どちらも地味な印象ながらも整った面立ちで、小柄でめがねをかけているところはよく似ていた。

 顔つきはあどけないのに落ち着きのある雰囲気を漂わせていて、不思議とどこか大人びて感じられるところも。

 もっとも、ユマのほうが彼女よりはだいぶ活発な印象を与えるが、それは年齢相応の稚さがあると考えればむしろ自然なことだろう。

 

 そんなキュルケの感想などどこ吹く風で、二人は淡々と自己紹介を交わした。

 

「はじめまして、ユマです」

「タバサ」

 

 軽く頷くような会釈をしてそれだけ言うと、タバサはさっさと歩き出してテーブルに着いてしまったので、それ以上の会話は発生しなかった。

 

「ごめんなさいね、ユマちゃん。タバサはいつもあんな感じなのよ。ほんとはいい子なんだけどね」

 

 キュルケが苦笑してそう言うと、ユマはこくりと頷いた。

 

「そうだと思う。今度、時間のあるときにお話しするわ」

 

 確かに無愛想だが、別に敵意などは感じなかった。

 キュルケの言うように、いつもあんな感じのお姉さんなのだろう。

 自分もお世辞にも愛想のいいほうではないだろうし、特に気にしてはいない。

 これでもウルフレンドでの冒険以降、だいぶ人と進んで話すようになったくらいなのだ。

 

 ユマはそれから、ちょっと首を傾げた。

 

「私は、どこかで食べられるの?」

 

 ルイズらの部屋がある火の塔からこの中央塔へくる途中に、フレイムとは外で別れた。

 彼に限らず使い魔、特に体の大きいものは、大抵は外で厨房のあまりものなどをもらって食事にするのだそうだ。

 そのときに自分も使い魔だから外で食べればいいのかと尋ねてみたが、人間だから食事は屋内でと言われて、ここまでついてきたのである。

 クエストの最中に森だの山だの砂漠だの、屋外で食べるのには慣れていたから、外でも別に構わなかったのだが。

 

 しかし、見たところこの食堂には、自分が座ってよさそうな席はない。

 子供のユマにとっては、立って食べるにせよ床に座って食べるにせよ、なんだか行儀の悪い感じがしてあまり気が進まなかった。

 みんな席についている中で自分だけそうしているのは、なおさら居心地が悪そうだ。

 

「うーん、そうね……」

 

 ルイズは、さてどうしようかと考えた。

 

 ユマのような小さな子に床で食べろとか、立って食べろとかいうのは、さすがにないだろう。

 使い魔とはいえ人間だから、野外で食べさせるというわけにもいくまい。

 

 彼女の椅子を用意させて、自分の横に座らせるという手もある。

 しかし、子供とはいえこれから傍仕えをさせる以上は、立場の違いはわきまえさせるようにせねばなるまい。

 いつまでも大目に見続けていては、主人としての面目が立たないだろう。

 

「ここは貴族用の食堂だから、あなたはよそで食べるのよ。私が食事をする時の給仕役は、仕方ないから免除しておいてあげるわ」

 

 そう言うと手近のメイドを呼んで、私の使い魔のために厨房の隅かどこかに毎日の食事をとる席を用意しなさいと言いつけた。

 それから、昼食からは別に用意してもらうが、今は自分の席から適当に大皿一つ分ほどの料理を取り分けてもっていってやるようにと付け加える。

 

「食べ終わったら、食堂の前で待ってなさい」

「わかった」

 

 ユマはそう言うと、そのメイドに案内されて食堂から出て行った。

 料理を取り分けたお皿は、メイドが運ぼうとするのを努めて断って、自分で運んだ。

 

「何もよそへ行かせなくても。せっかくの人間の使い魔なんだから、あなたの横で食べさせてあげればよかったでしょうに」

「ここは貴族用の席よ。ユマは平民なんだから、今のうちにわきまえが必要だわ」

「あら、平民である前に使い魔でしょ。あなたのパートナーよ。召喚したばっかりなのに、親睦を深めたいとは思わないのかしら?」

「…………」

 

 キュルケにたしなめるような調子でそう言われて、負けず嫌いなルイズは口に出して認めることこそしなかったものの、内心少し後悔していた。

 

(……確かに、今日くらいはユマもいさせてもよかったかも……)

 

 あーんさせて食べさせてあげたり、口のまわりを拭いてあげたり、よしよしと頭を撫でたりしながら食事したら、きっと楽しかっただろう。

 

 いくら小さくてかわいい子と言っても、下位の相手としてしか付き合わない使用人に対しては、普通はそんなことは思わない。

 だがユマは、まあまだこちらの制度に疎いからなのだろうが、無条件に服従するでもなく、かといって無暗に歯向かうでもなく、ごく自然体な感じで自分と付き合ってくれる。

 疑問に思ったことがあれば臆することなく質問をして、貴族だからというのではなく、こちらの言い分をちゃんと聞いて認めた上で素直に答えを返してくれるのだ。

 

 級友からいつも笑われていて友だちらしい友だちもいないルイズには、自分でもまだはっきりと意識してはいないが、それがなんだかんだで嬉しかった。

 とはいえ、ルイズのプライドは高い。

 貴族としてそんな、給仕の真似事のようなはしたないことはできないし、それを人に見られるのも恥ずかしいのだった。

 

 まあ、もし実際にそんなことをしようとしたら、ユマはいくらなんでもそんなに子供じゃないわと言って反発していただろうが……。

 

 

 一方、ユマの方はといえば。

 

 本来なら昼にお邪魔する予定だった厨房に案内されて、シエスタと早々に再会していた。

 彼女がこの子は私の知り合いだからと他の使用人たちに事情を説明して、ユマのために一人用の机や小さめの椅子を運んでくる。

 厨房の隅のほうにその机を置いて、その上にルイズがくれた皿と一緒に、まかないのスープや紅茶も並べてくれた。

 

「今はあんまりないけど、お昼にはたくさん用意するからね」

「ありがとう、シエスタ。だいじょうぶ、これでも多すぎるくらいよ」

 

 シエスタにお礼を言い、席についていただきますと手を合わせると、彼女から不思議そうな顔をされた。

 

「ユマちゃん、変わった食事の挨拶をするのね」

「そう? 私の国の挨拶なの。こっちの挨拶は、どんな風にするの?」

「ええと、貴族の人たちは始祖にお祈りするけど、私たち平民は特に決まりはないわ。……そういえば、東の国からきた私のひいおじいちゃんも、そんな挨拶をしてたって」

 

 それからシエスタに、ユマちゃんも東の国の生まれなのか、と聞かれた。

 

「そう、日本。東の方の国」

「ふうん、ニホンって言うのね? ロバ・アル・カリイエにある国かしら……」

 

 ユマは首を横に振った。

 

「たぶん、違うわ。空に月が一つしかないもの」

「え?」

 

 特に隠し事をする気もないユマは正直に話したが、シエスタはきょとんとした顔になった。

 昨夜のルイズの反応からして別に信じてもらえるとも思っていなかったので、ユマも特に気にはしない。

 

「……月が、一つ……? スヴェルの夜みたいに、いつもずっと月が重なって見える地方とかがあるのかしら」

「違うと思う。けど、私にもよくわからないから」

 

 考え込むシエスタに対して、ユマはややそっけない調子でそう答えると、食事にとりかかった。

 

 彼女は年齢からすれば博識な方だったし賢くもあるのだが、まだ義務教育課程も修了していないのだから、その知識にはどうしても限りがある。

 月の見え方や何かについて、彼女が科学的に詳しい話などを知らないというのは本当のことだ。

 とはいえ、現在の地球の地図には未知の地域が入る余地などないこと、ましてや魔法とファンタジーの国などありえないことは知っていた。

 だから、ハルケギニアが異世界であることは疑ってはいない。

 

 だが、ルイズでさえいまだに半信半疑な様子なのに、シエスタにそのことをわかってもらえるとは思えない。

 それに仮にわかってもらえたとしても、おそらくは混乱させたり心配させたりするだけで、たぶんあんまり意味がない。

 なので、嘘をつく気などはないが、今のところは無理をして詳しく説明しようとも思わない。

 それについては全然気にしていないような顔をしていた方が、彼女に無駄に心配などをさせなくて済むことだろう、と考えていた。

 

「そうなの……。よくわからないくらい遠くに連れてこられて、大変でしょう?」

「ううん。友だちに挨拶もしないで出てきたのは、悪かったと思う。でも、ここではみんな親切だから、今のところは別に大変なことはないわ」

 

 ユマは、そう言ってふるふると首を振った。

 

 そう言ってみても、シエスタがきっと気を遣ってくれるだろうことはわかっていた。

 アインガングでも、そういう大人が何人もいたから。

 まだ小さな子供だから家が恋しいだろう、両親が恋しいだろう、心配かけまいと強がっていても本当は心細いはずだ……、と、しきりに心配して世話を焼いてくれるのだ。

 そういった気遣いが、最初のうちはうっとおしいと思っていた。

 

 今ではそんなことはないし、嬉しくないわけではないけれど、なんだか後ろめたいような、申し訳ないような、居心地の悪い感じはする。

 強がりではなく本当に平気なのだということが、なるべく早く伝わればいいのだが……。

 

「ごちそうさま。おいしかったです」

 

 食事を終えると、ユマは自分で食器を洗い場に返した。

 例によってシエスタに自分が運ぶといわれたが、そのくらいは自分でしないとよくないから、と言って断った。

 少なくとも、学校ではそのように習っている。

 それから使った机と椅子も、邪魔にならないよう忘れずに厨房の隅っこに寄せた。

 

「ありがとう。今度時間があるときには、掃除のお手伝いとか、します。今は、ルイズから呼ばれているから」

 

 ユマはそう言うと、使用人たちにぺこりと頭を下げた。

 

「ええ、その時はお願いね。……はい、これ。好きなときに食べて」

 

 帰り際にシエスタとは別の、もう少し年配のメイドが、そう言って戸棚からお菓子の入った小さな包みを出してくれた。

 

「おう、そいつは貴族用の茶菓子だからうまいぜ。お嬢ちゃん、いつでもまた来なよ、歓迎するからな!」

 

 マルトーという名の太った中年の料理長が、快活に笑って手を振った。

 謙虚な姿勢が好印象だったのか、あるいは単にいたいけな子でかわいいと思われたのか。

 シエスタ以外の使用人にも、ユマはかなり気に入られたようだった。

 

 

 

「ん……」

 

 帰る途中にもらった包みの中身を確認すると、バターサンドのようなお菓子がいくつか入っていた。

 しっとりしたビスケットの間に、クリームとなにかベリー系の乾果(ユマは知らなかったが、クックベリー)が挟んであるようだ。

 

「わあ、おいしそう」

 

 ユマは顔をほころばせて、あとでルイズと一緒に食べようかな、と思った。

 そうして包みを閉じたあたりで、ふと思いつく。

 

(……これ、カードにできないかな?)

 

 ウルフレンドにいた間、普通の食べ物をカードにするのを試してみたことはない。

 カード使いの力にも限界があり、クエストに持ち込めるデッキの枚数には限りがあるので、戦いに関係ないものまでカードに入れて持っていくような余裕はなかったのだ。

 だから、クエスト中に食べるための食料などは普通に携帯していた。

 

 でも今は、そのデッキを持っていない。

 

 地球に戻ったときにもウルフレンドで入手したカードは手元に残ったのだが、そこからモンスターなどを呼び出す力はなくなっていた。

 学校に持ち込むのは校則違反ということもあるし、何よりも紛失などは絶対にしたくないので、普段は大切にしまっておいて、たまに取り出して眺めたり話しかけたりしている。

 だから、ルイズからの召喚を受けた学校帰りの時には、それらのカードは手元にはなかったのである。

 もしもあれば、またディアーネやルフィーアといったあの世界の仲間たちを呼び出して再会できたかもしれないだけに、残念でならない。

 

 しかし、前向きに考えるなら、だからこそ今はただの食べ物でもカードにして持っておくような余裕があるはずだ。

 

 以前ウルフレンドにいた時に使っていたカードの中には、マジックベリーというMPを回復する不思議な木の実のカードがあった。

 ラブラブチョコという、天にも昇るような心地になる甘い甘い魔法のチョコレートのカードもあった。

 したがって、食べられるものをカード化することはできるはずなのだ。

 

 あの世界では、クエストの最中に見つけたアイテムはカードとして持ち帰っていた。

 この世界では以前と同じような力を自分の中に感じるし、もしかしたら自分の所有物をカード化することができるかもしれない。

 もしできれば、その能力はルイズのためにも役立てられるだろう。

 

「…………」

 

 ユマはすうっと深呼吸をすると、手の中の包みに意識を集中した……。

 

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