ゼロのモンスターメーカー   作:ローレンシウ

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第五話 異世界の初授業

 しばらくの後、ユマは普段より機嫌よさそうに小声で歌など口ずさみながら、食堂の前でルイズが出てくるのを待っていた。

 その手には、先程食堂でもらったお菓子の包みはない。

 

 ほどなくしてルイズが出てきたが、なぜか彼女の方は、若干機嫌が悪いようだった。

 

「これから授業にいくわ。今日は先生方への使い魔のお披露目もあるから、ついて来なさい」

 

 ルイズがそう言って歩き出したので、ユマもとことことその後についていく。

 

 これから授業なのでは、細かい説明などをしている時間はないだろう。

 そういうわけで、カードにして懐に入れたお菓子について説明するのは、また後にすることにした。

 

 

 

 魔法学院の教室は石造りで、教壇が一番下の方にあり、そこから席が上に向かって階段状に連なっていた。

 地球で言えば、まあ大学の講義室のようなつくりだと言えるだろうか。

 もちろんユマは大学のことなど知らないが。

 先に教室に来ていた生徒たちの多くは、二人が入ってくるとそちらを振り向き、くすくすと忍び笑いを漏らしたり、ひそひそ話を始めたりする。

 ルイズはそれを気にした風もなく、他の生徒たちからやや離れた席に一人で座った。

 

 ユマはルイズの席の傍らに立ったまま、物珍しそうにきょろきょろと教室の様子を眺めてみた。

 

 キュルケは先に食事を終えて教室に入っていたようで、まるで女王のように周囲を男子生徒たちに取り巻かれていた。

 タバサも彼女の近くの席に座っていたが、快活な友人とは正反対でまるで注目されておらず、黙々と本を読んでいるようだ。

 

 しかし、なんと言っても目を引くのは、生徒らが連れている多種多様な使い魔だった。

 

 主人の肩に乗ったフクロウ、腕にはりついているトカゲ、机の上に大人しく座っている猫に、窓から顔を覗かせている大蛇。

 他にも、地球には存在しないであろうさまざまなモンスター、この世界では幻獣と呼ばれている生物たちがいる。

 いずれもウルフレンドのモンスターとは姿が違うようで、ユマにも名前の推測がつく生物もいたが、見慣れないものも多い。

 ユマはそれらについて、ルイズにいろいろと尋ねてみた。

 

「あれはバグベアー。向こうのはバジリスクよ」

「ふうん……」

 

 バグベアーといったら、ウルフレンドではゴブリンやオークと同じような人型の種族だった。

 バジリスクも、ぜんぜん姿が違っている。

 

(やっぱりここは、同じファンタジーの世界でもあっちとは違うんだわ)

 

 見れば、フレイムもいつの間にかキュルケと合流していたようで、彼女の椅子の下でまどろんでいた。

 タバサは使い魔を連れていないようだったが、ルイズに聞くと彼女が召喚したのはまだ子供だが風竜という種類のドラゴンで、この部屋に入らないからだろうということだった。

 

 そうこうしているうちに、先生らしい人が教室に入ってくる。

 

 それは優しげな雰囲気を漂わせたふくよかな中年の女性で、紫色のローブに身を包み、とんがり帽子をかぶっていた。

 容姿などはともかく、格好はいかにも魔女という感じでルフィーアにも似ている。

 彼女は教壇にのぼると、満足そうに微笑んだ。

 

「皆さん、使い魔召喚の儀は大成功だったようですね。このシュヴルーズ、毎年春の新学期にこうしてさまざまな使い魔たちを見るのが、とても楽しみなのですよ」

 

 そうしてゆっくりと教室中を見渡し、生徒と使い魔の姿を確認していく。

 やがて、その視線がルイズとユマのほうを向いた。

 一瞬きょとんとしたような顔をしたが、すぐに何かを思い出したようで、ゆっくりと頷く。

 

「ああ、そうそう。ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚したものですね。ミスタ・コルベールから聞いていなければ、授業の見学にきたのかと思うところでした」

 

 シュヴルーズがそう言うと、クラスのあちこちからくすくすと笑い声が聞こえてきた。

 ルイズは不機嫌そうに眉根を寄せたが、ユマは構わずに一歩前に出て、先生に向かってお辞儀をする。

 

「はじめまして、ユマです。先生、よろしくお願いします」

「まあ、かわいらしいこと」

 

 シュヴルーズが、にっこりと顔をほころばせた。

 彼女はあまり身分の差などにはこだわらない、温厚な人柄なのである。

 

 しかし、そこへ横合いから野次が飛んだ。

 

「どうせ召喚できないもんだから、見た目のいい使用人を適当に雇って連れてきたんだろ!」

 

 教室中が、どっと笑いに包まれる。

 ルイズが憤然と立ち上がって、その生徒に向かって怒鳴った。

 

「違うわ! この子はちゃんと私が召喚した使い魔よ、みんな見てたじゃないの!」

「何度も失敗した後に、だろ? おおかたみんながうんざりしてよそ見してる間に、どっかから連れ込んだのさ。ゼロのルイズに、『サモン・サーヴァント』ができるもんか!」

 

 明らかにひどい言いがかりだったが、多くの生徒がその意見に賛同しているのか、品のない笑いが止む気配はない。

 ルイズは悔しさに肩を震わせて、さらに何か言い返そうとする。

 ユマは、嫌な口喧嘩が始まる前に、なにかしたほうがいいだろうかと悩んだ。

 

 が、そこで。

 

「いえ。私はさっき、食堂までミス・ヴァリエールとユマちゃんにご一緒しましたわ。そのときに、彼女の左手に使い魔のルーンがあるのをちゃんと見ましたけど?」

 

 キュルケが颯爽と立ち上がって、口を挟んだのである。

 

 彼女からの目配せを受けて、ユマはこくりと頷き、皆によく見えるように左手を開いてぐっと上に伸ばす。

 そこには間違いなく、昨日刻まれた使い魔のルーンがあった。

 

 思いもかけないところからの口出しに、それまで笑っていた教室の皆が一斉に静まる。

 

 ルイズは家格が高く筆記の成績も優秀なものの、何よりも重視される魔法の腕前が壊滅的な上に、負けん気ばかりが強くて性格的にもかわいげがない。

 教室内でのヒエラルキーは、底辺の部類である。

 対してキュルケは、社交的で男子生徒たちから人気があり、魔法の腕前も学年トップクラスである。

 ヒエラルキーは、最上位のレベルだ。

 その彼女が認めているのであれば、誰もそれ以上笑うわけにはいかなかった。

 

 それでも、最初に声を上げてルイズを馬鹿にした男子生徒は引っ込みがつかないのか、もごもごと口ごもりながら反論を呟いた。

 

「そ、そんなのは、偽装とか……」

「あら。それではミスタ・グランドプレは、わたくしの目がルーンの真贋の区別もつかない節穴だとおっしゃいますの?」

 

 キュルケはそう言ってにっこりと微笑むと、その生徒……マリコルヌ・ド・グランドプレのほうを見つめた。

 下手に怒鳴られたり睨まれたりするより怖かったようで、マリコルヌは慌てて首を横に振ると、机に目を落とす。

 

 どうにか騒動が収まったのを見て、シュヴルーズがこほんと咳払いをした。

 

「ええ、ミスタ・コルベールも確認されたのですから、間違いはないでしょう。お友達にいわれのない中傷をしてはいけませんよ。……では、授業を始めますので、席について」

 

 キュルケはそれを受けて軽く会釈をすると、席に座りなおした。

 

 ユマは座っていいものかとちょっと悩んだが、自分だけ立っているのも落ち着かないのでルイズの横に腰掛ける。

 もしかしたらルイズから注意されるかもと思っていたが、彼女はやや困惑したような顔でキュルケの方を気にしているようで、何も言ってこなかった。

 きっと二人は仲が悪そうに見えていい友達なんだなと思って、ユマはちょっと嬉しそうに頬を緩めた。

 

 

 

「めずらしい」

 

 席に着いたキュルケに、タバサが短く声をかけた。

 

 普段はルイズが笑いものになっていても、別にこんなことはしないはずだ。

 そもそも、キュルケの家とルイズの家は昔から不仲らしく、少なくともルイズのほうでは彼女を嫌っている。

 

「あら、ルイズがゼロなのは事実だけど、不正は濡れ衣でしょ。だいたい、あんな小さな子にまで面白半分で不正の片棒を担いだ疑いをかけるだなんて、気に入らないじゃないの」

 

 キュルケは当たり前でしょ、というような顔でそう言った。

 彼女としては、今朝顔を合わせて個人的に気に入ったユマを弁護したつもりであって、ルイズのことはそのついでだ。

 少なくとも、誰か人に聞かれればそう答えるだろう。

 

「そう」

 

 タバサはそれで納得したのか、軽く頷いて親友から目を外し、読んでいる本に視線を戻した。

 学期始めの基礎授業など、筆記でも実技でもトップクラスのこの少女にとってはまずノートをとるまでもない。

 本の続きを読みながら耳で話だけ聞いておけばそれで十分、と考えているのだろう。

 

 キュルケにとってもそれは大体同じことで、そうでなくても彼女はあまり興味のない授業などを真面目に聞く性質ではない。

 そんなわけで、彼女はペンをくるくると手の中で弄びながらぼんやりと教師の方を眺めつつ、先程マリコルヌに同調して笑っていた男子生徒の顔を思い出していた。

 その中には、今夜部屋へ招く約束をしていた男も含まれている。

 些細なことで実につまらない存在であることを明らかにしてしまう男は多いものだと、キュルケは小さく鼻を鳴らした。

 あの男とは確か十日あまりの付き合いだったが、恋の微熱が冷めてしまった以上はこれまでだ。

 

 彼女は恋多き女性、というよりは男に取り巻かれて、彼らを意のままに飼い慣らすのが好きなのだった。

 したがって特定の男への未練は薄く、彼らの誰かが彼女の機嫌を損ねるようなことをしたら、普通はその男との関係は終わりになった。

 

(……ま、いちいち声を掛けるのも面倒くさいわね)

 

 彼女は基本的に自己中心で、興味の失せた相手に対してはいたって冷淡だ。

 

 今夜部屋に来たら、そのときに断って追い払えばそれでいいだろう。

 どうでもいい男が未練たらしく抗議したりごねたりするのをなだめるなんて、うんざりするような仕事なのだから。

 

 

 

 いよいよ、授業が始まった。

 シュヴルーズが軽く杖を振ると、教卓の上に石ころがいくつか現れる。

 

「あらためまして、私の名はシュヴルーズ、二つ名は『赤土』です。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します」

 

 彼女はそう言って会釈すると、最初に魔法の四大系統は何かと、先程のマリコルヌを指名して質問した。

 

「は、はい、ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです」

「よろしい。それに失われた『虚無』を含めて、私たちの系統魔法が合わせて五つの系統から成っていることは、みなさんもご存知ですね?」

 

 生徒たちが頷く。

 

 誰も書き取りなどをしないことからすると、今の話は非常に基礎的な内容なのだろう。

 しかし、ユマにとってはもちろん初めて聞く話である。

 自分だって学生だからということを別にしても、この世界については知らないことだらけなので、何でも学んでおかなければならない。

 

(ノートと筆箱をもってくればよかったわ)

 

 鞄ごとルイズの部屋に置きっぱなしにしておいたことが悔やまれた。

 次からは持ってくるようにしようと決めて、とりあえず懐からいつも持ち歩いているメモ帳を取り出すと、挟んである三色ボールペンでさらさらと先程の先生の話を書き取る。

 隣に座ったルイズは、横目で不思議そうにその見慣れない筆記用具と、知らない文字とを眺めていた。

 

 そうしている間にも、シュヴルーズの話は続く。

 

「私は五つの系統の中でも、『土』こそがもっとも重要なポジションを占めていると考えています。なにも、私が土系統だから身びいきをしているというわけではありませんよ」

 

 彼女によれば、土系統の魔法は万物の組成を司るもので、この魔法がなければ重要な金属を作ったり加工したりすることは難しいとのことだった。

 それに、大きな石を切り出して建物を建てるのにも、農作物を収穫するのにも、重要な役割を果たしているのだという。

 

「……このように、土系統の魔法はみなさんの生活に重要な貢献をしており、なくてはならないものです。ゆえに、最重要だと考えるのです」

 

 ユマは、うんうんと頷きながらペンを走らせた。

 

 この世界ではどうやら魔法使いの数がかなり多くて、社会の中で果たしている役割もウルフレンドよりもずっと大きいみたいだった。

 ウルフレンドではそもそも魔法使いは珍しい存在だったから、魔法に頼った社会なんてものを作るのは難しいだろう。

 もしいれば頼りにされるが、いないからといって世の中が回らなくなるなんてことはまずないのだ。

 

「さて、『土』系統の魔法の基本はなんですか? ミス・ツェルプストー」

「ん? ああ……、『錬金』ですわね」

「そうです。一年の時にできるようになった人も多いでしょうが、基本は大切です。第一回の授業は、そのおさらいから入ります」

 

 シュヴルーズがそう言って杖を振り、ルーンを呟くと、教卓の上の石ころのひとつが光り出す。

 ややあって光が収まると、石はぴかぴかと輝く金属に変わっていた。

 

「……! ゴ、ゴールドですか!?」

 

 にわかに興味を惹かれたらしいキュルケが、目を見開いて身を乗り出した。

 

「いえ、これは真鍮です。ゴールドはスクウェア・クラスのメイジでなければ錬金できません。私は……、ただの、トライアングルですから」

 

 ユマは、スクウェアとかトライアングルというのは、魔法使いの格付けのことだろうかと思った。

 

 隣のルイズに小声で尋ねてみると、その通りだと教えてくれた。

 この世界の魔法は同じ系統をさらに加えるか別の系統を足すかすることでさらに強力になり、ランクはいくつの系統を足せるかを表すのだと。

 

「ドットが一つで、ラインが二つ。トライアングルは三つで、スクウェアが四つよ」

「ふうん……」

 

 あの先生は自分のランクを言う前に、もったいぶって咳払いをしていた。

 謙遜していたが、トライアングルというのはかなり高いレベルで、それに自信をもっているのだろう。

 

「じゃあ、真鍮っていうのは、なに?」

「金属の名前よ。黄銅ともいって、たしか錬金以外で作るには、亜鉛と銅を混ぜて……」

 

 ルイズは本来、静かに授業を受ける真面目な生徒なのだが。

 友だちがおらず普段はあまりおしゃべりをしないのもあって、いろいろ尋ねてくるユマに自分の知識を披露するのが楽しく、つい夢中になった。

 

 それを、シュヴルーズに見咎められた。

 

「ミス・ヴァリエール。召喚したばかりの使い魔がかわいいのはわかりますが、授業中によそを向いて私語をしてはいけませんよ」

「あ……、す、すみません」

 

 しょぼんとするルイズの横で、ユマが立ち上がってぺこりと頭を下げた。

 

「私がルイズに聞いたんです。先生、ごめんなさい」

「あら……、まあ。いえ、あなたやあなたの主人を叱ろうなんてつもりはないのですよ。ちょっと注意しただけですから」

 

 シュヴルーズは、少し目を丸くした後、微笑ましげに頷いた。

 

 生徒たちの反応は、さまざまだった。

 シュヴルーズと同じような反応をする生徒もいれば、相変わらず忍び笑いをしている生徒も、平民がでしゃばるなとでも言いたげな嫌な目で睨む生徒もいた。

 キュルケは微笑ましげに頬を緩めながら、横目で男子生徒らの反応を見て、次はあの子に粉をかけてみようか、あいつに声をかけるのは中止だ、などとチェックしていた。

 タバサは、気にせず本を眺めている。

 

 しかし、次のシュヴルーズの発言で、全員が一様に凍り付いた。

 

「では、名誉挽回の機会を。ミス・ヴァリエール、ここへきて、石ころを好きな金属に錬金してごらんなさい」

 




ルフィーア:
 小豆色の帽子とローブに身を包み、紫色の長髪を大きな三つ編みにした少女で、火の魔術師。
ディアーネと並ぶ高い人気を誇る主要キャラの一人である。
潜在能力は高いもののドジであるために優秀な姉に対してコンプレックスを持ち、基本的には優しく大人しい性格だが内に激情を秘めている。
動物と心を通わせ会話することができるが、ネズミは大の苦手で見るとパニックを起こす。
「モンスターメーカー・サガ」ではヴィシュナスと姉妹であるという設定が加えられ、ディアーネの旅に同行する仲間となった。

ヴィシュナス:
 ゆったりとした白いローブを身にまとい、桃色の髪を緩やかに束ね、常に目を閉じている大人しげな外見の魔術師。
ルフィーアに次ぐ人気のある魔術師で、優しく物静かな性格だがやはり内に秘める情熱は激しい。
「モンスターメーカー・サガ」以降、ルフィーアの姉で盲目の予言者であるという設定が加えられた。
ルフィーアはこの優秀な姉にコンプレックスを持っているという設定だが、実は初出のカードゲーム第一作目をはじめ、多くの作品でルフィーアの方が強さ的には上である。
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