ゼロのモンスターメーカー   作:ローレンシウ

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第七話 カード使い=決闘者?

 

 みんなの前でカード使いの力を初披露してみせたユマは、当然のようにルイズらからの質問攻めにあった。

 

「ち、ちょっと、ユマ! あなた今、そのお菓子をどこから出したのよ?」

「さっきの、カードの中から」

「ま、魔法……!? やっぱりユマちゃんは……いえ、ミス・ユマは、メイジだったの……ですか?」

「違う、カード使い。……でも、魔法の仲間なのかも。あんまりよくはわからないの。とにかく、魔法使いじゃないわ。呼び方を変えるのも、やめて」

「魔法って! メイジじゃないなら、なんであなたが……」

「前にも別の世界に召喚されたことがあったって、話したでしょ? そのときに、使えるようになったの」

 

 ユマとしては特に友だちに対して隠す気もなかったので、淡々と答えていく。

 矢継ぎ早に質問を投げかけるルイズやシエスタに対して、キュルケやタバサはなんとか既存の知識で説明をつけようとして頭をひねっていた。

 

「先住魔法、……じゃ、ないわよね。エルフや吸血鬼がカードを使うなんて、聞いてないし」

「先住魔法? 知らないわ」

「えーと、精霊の力を借りる魔法らしいわ」

「そう。カードの中には、精霊の力を借りるのもあったわ。カードの精霊もいるし。でも、全部じゃないと思うけど」

 

 まるっきり聞いたこともないような話に、キュルケはどうやらお手上げだと早々に諦めて、肩を竦める。

 タバサの方は、ユマの顔をじっと見つめたまま、その豊かな知識を総動員して考え続けていた。

 

 カードの精霊などというものは初耳だが、精霊はさまざまなものに宿るらしい。

 湖や、山や、沼や、洞窟や……、時には古い建物のような人工物にだって、精霊は宿るという。

 古いカードになら精霊が宿っているということも、もしかしたらあるのかもしれない。

 

 しかし、ユマの話からすれば、あのカードは別に古いものではなくさっき作ったものらしい。

 また、別に精霊の力を借りるとは限らなくて。

 シエスタにもらったばかりのお菓子をカードにした、だとか……。

 

「…………」

 

 タバサはそこまで考えて、自分の知識の範囲内では到底説明はつけられないと認めざるを得なくなり、ほんの少し顔をしかめた。

 

 ユマは嘘をつくような子には見えないが、それでも本当のことなのか疑わしく思えた。

 タバサには、多くの本を読んできた自分は世の中の大抵のことは多かれ少なかれ知っているはずだ、という自負があったから。

 

「……手品とか、マジックアイテムを使ったのとは、違う?」

 

 手先の早業の類でカードをどこかに隠して、代わりに菓子の包みを取り出した。

 もしくは、あのカードが何か特殊な魔法の品である。

 自分でもちょっと無理矢理な判断だとは思うが、それで一応は説明がつかないこともない……だろう。

 

「手品じゃないわ。マジックアイテムというのかはわからないけど。さっきも言ったとおり、シエスタからもらったお菓子をカードにしたの」

「今ここでできるのなら、やって見せてほしい」

 

 他の面々も、それに同意する。

 

「そうね。ユマちゃんを疑うわけじゃないけど、聞いたこともないから。見られるものなら、見せてもらえないかしら?」

「自分の使い魔が何をできるかくらい、知っておきたいわ。なによ、早く教えなさいよ!」

「ごめんなさい。こっちの世界でもできるか、自信がなかったから」

 

 ユマはそう言ってルイズに軽く頭を下げると、さてどうしようかと、小さく首を傾げた。

 

 一旦カードにしてそこから取り出した品物は、カード使いの力を注ぐのを止めると消滅し、しばらく休養をとって力を回復するとまたカードになってデッキに戻る。

 つまり、消費しようと壊れようと、カードから呼び出すたびに何度でも使えるというわけだ。

 その代わり、いちいち力を使ってカードから取り出す必要が生じるし、一度カード化したものは二度とカードでない普通の品物には戻せない。

 少なくとも、ユマは戻し方を知らなかった。

 

 要するに、既にカード化済みの目の前のお菓子は、食べてしばらくすれば元のカードに戻りはするが、改めてカード化してみせるということはできないのだ。

 そうなると、他の何かをカードにするしかあるまい。

 見せるだけならさっき拾い集めたその辺のごみとかでもいいのだろうが、せっかくカードにするからには何か役立つものであってほしい。

 二度と呼び出すことがないようなものをカードに閉じ込めてしまうというのは、なんだかせっかく与えられた力を遊び半分に使っているようで気が進まない。

 そんな力の使い方をするのは、カードの精霊や、あの『カードの王さま』に対しても申し訳ない気がする。

 

「……これ。カードにするのに、もらってもいい?」

 

 結局、ユマは少し悩んだ後に、先程使ったモップを手にとってシエスタにそう尋ねた。

 自分はゆかみがきが得意だし、こういった柄の長い棒のようなものを武器として使ったこともある。

 これなら、何かの折にまた取り出して使うこともあるだろう。

 

「え? あ……、うん。そのくらいなら、たぶんいいと思うわ」

 

 シエスタがそう言うのを聞いて、キュルケとルイズも口を挟む。

 

「ああ、それなら見学料代わりに私が買い取ってあげるわ。大して高いものでもないでしょうし」

「ちょっと、お金を出すのは主人の私に決まってるでしょう!」

 

「二人とも、ありがとう……」

 

 ユマはちょっと微笑んでお礼を言うと、モップを手にとって精神を集中した。

 

 全員の注目が集まる中で、モップはほのかな輝きに包まれて姿を消す。

 そして、空中に突然浮かび上がるように、くるくると回転しながら一枚のカードが姿を現して、ユマの手に収まった。

 ユマはそれにちらりと目を通すと、先程のお菓子のカードと同じように、みんなにも見せた。

 

 

 

『モップ:装備品(サポート)

  清掃用具。トリステイン魔法学院の備品である。固定化の魔法が施されているので丈夫で痛みにくく、汚れや臭いも染み付きにくい。

  本来の用途のほか、いざというときには代用武器にもなる。

  メイジたちは掃除もチャンバラごっこもめったにしないので、普段はもっぱら使用人の手に握られている』

 

 

 

「この『固定化』っていうのは、なに?」

 

 食い入るようにカードを見つめるルイズに対して、ユマがそう質問した。

 

「土系統の魔法よ。かけると、自然に錆びたり腐ったりして痛むことを防げるの。自分よりも実力の低いメイジによるものなら、『錬金』なんかの呪文も防げるわ」

「ふうん……、便利なのね」

 

 感心したようにそういうユマに対して、キュルケが不思議そうに首を傾げた。

 

「あら? 作ったユマちゃんが知らないことが、どうしてこのカードに書いてあるの?」

「だって、なんて書くか決めたのは私じゃないもの。何かをカードにすると、最初から説明が書いてあるの。どうしてかは知らないけど」

 

 向こうの世界で手に入れたカードも、みんなそうだった。

 子供のユマがそれまでまったく聞いたこともなかったような情報が、たくさん書かれていたのである。

 

 それらの情報の中には向こうの世界のものもあったが、地球からのものもあった。

 

 たとえば、ホリーシールドという装備品のカードには、これはその昔勇者が神より授かったという魔法の盾だと書かれていた。

 それはおそらく、ウルフレンド世界における情報であろう。

 

 一方でハーピーというモンスターのカードには、ハーピーはギリシアの風の精霊で死者の魂の運び手だと書かれていた。

 地名から考えて、そちらは地球での情報であろう。

 

 子供とはいえ、ユマもそのあたりのことを少なからず不思議には思っていた。

 とはいえ、そんなことをいつまで考えていても始まらないので、向こうではそういうものだと割り切って受け入れていたのである。

 

「…………」

 

 そんなユマの顔を、タバサはじっと見つめていた。

 

 どう見ても、この少女は嘘をついてはいない。

 そして明らかに手品ではないし、既知のいかなるマジックアイテムでも説明がつきそうにない。

 

 ややあって、短く端的に尋ねる。

 

「あなたは、何者?」

 

 ユマから返ってきた返答も、同じように短かった。

 

「ユマ。カード使い」

「だから、そのカード使いっていうのは一体何なのよ!?」

 

 ルイズの問いかけに対しては、首を横に振る。

 

「私にも、よくわからないの。ただ、カードを使う力があって、あっちではみんなにそう呼ばれていたっていうだけ」

 

 ユマはそれから、お菓子をみんなに勧めながら、自分がカード使いになった経緯について簡単に話していった。

 

 ある日、公園で不思議なカードのセットを見つけたこと。

 そのときにカードの精霊の声が聞こえてきて、手助けをして欲しいと頼まれたこと。

 それを受け入れて、気がつくと別の世界に召喚されていて、同じように召喚されたほかのカード使いたちと一緒にクエストをこなしていったこと。

 最後にウルフレンドを危機に陥れていた元凶を倒して、ついに元の世界に戻ることが出来たこと……。

 

 本当にざっとした流れを話しただけで、詳しいことは何も話さなかった。

 向こうの世界で勇者か英雄扱いをされていたことや、しかしカード使いを厭う人も多かったこと、異世界からきたということで恐れや疑いの目で見られたことも多かったこと。

 それに個々のクエストの内容や、冒険の中で起こった出会い、別れ……。

 そういったことには、一切触れていない。

 別に隠しているわけではなく、とても今この場で全部を話していられるような時間はないし、説明に必要ないから、というだけのことだ。

 

 話を聞き終えた面々は、困惑したように顔を見合わせる。

 

「……その。今の話は、本当なの?」

 

 ルイズが、遠慮がちにそう尋ねた。

 

 普通ならとても信じられるような話ではなく、夢見がちな子供の空想かと微笑ましく思うだけのところだろう。

 先程目の前で実際に見たカードの力は確かにそう簡単には片付けることのできないものだったし、自分の使い魔の言うことを疑うというのもはばかられる。

 だが、そうであってもなお、ユマのような子供がそんな冒険をしてきたなどという話はそうそう信じられるようなものではなかった。

 

 ユマのほうでもそのことは理解しているようで、気にした様子もなくこくりと頷く。

 

「疑うのは当然だと思う。でも、嘘は言っていないわ」

 

 それから、手に入れたばかりのモップのカードを懐にしまって、さくさくとお菓子を食べ始めた。

 

「別に、信じなくてもいいの。ただ、カードを使えるのがルイズの役に立つかもと思っただけ」

「信じる」

 

 自分もお菓子を口に運びながら、いち早くそう声を上げたのはタバサだった。

 

 まだ小さな子供であっても苛酷な環境の下では優れた狩人にもなれるのだということを、彼女は身をもって知っている。

 ただの騙りには真似のできない、どこか自分に似たそんな気配を、ユマから感じ取ったのかもしれなかった。

 

「わ、私だって信じるわよ、当たり前じゃないの! ちょっと確認しただけなんだから!」

 

 負けず嫌いなルイズも、少しあわてたような、むっとしたような調子でそう言った。

 シエスタやキュルケも、それに同調する。

 

「私も、もちろん信じるわ。ちょっと驚いたけど、ユマちゃんがすごい人なのは最初からわかっていたから」

「そうねえ、まだ狐につままれたような気分だけど。よく考えてみれば、ルイズに召喚されたのなら納得かしら」

「……それ、どういう意味よ」

 

 ルイズが敏感に反応して、ぴくりと眉を動かした。

 

「どういうもなにも、そのままの意味じゃないの。あなたは規格外なメイジだから、規格外な使い魔が来ても不思議はないってことよ」

「私も、そう思う」

 

 横合いから、タバサが口を挟んだ。

 

「呪文が成功しないにしても、ただの『錬金』でこれだけの魔力が出ているのだから、あなたには尋常でない魔力があるはず」

「そうそう、そういうことよ。メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言うじゃない。才能はあるってことが証明されたんでしょ、よかったじゃないの」

 

 予想外の言葉に、賞賛されるのに不慣れなルイズは戸惑った。

 

「そ、そう……? ありがと……」

 

 結局、反応に困ってもじもじと視線を泳がせた後、小声でぽつりとそう礼を言った。

 

 それから、照れ隠しにバターサンドを口に運ぶと、大好物のクックベリーの味が口の中に広がる。

 それは乾果だったが、今日は心なしか普段よりもおいしいと思った。

 

 

 

 その後、シエスタと別れて、ユマはルイズらとともに授業を受けに向かった。

 

 何人か手伝ってくれたこともあって片付けは比較的早く終わったが、それでも中止になった一時間めの授業の残り時間だけでは済まなかったようだ。

 午前中の最後から二つ目の授業の、その途中から参加することになった。

 つまり、キュルケやタバサは授業をひとつふたつ休んでまで、ルイズの手伝いをしてくれたということだ。

 

 そのことを考えて、ユマは胸が温まるような思いがした。

 

 おせっかいかもしれないけれど、後からなにかお礼をするように、ルイズに勧めてみようか。

 この世界の貴族同士の付き合い方も、ルイズくらいの年齢の女の子同士の付き合い方も、どういうものかは知らないので、もしかしたら的外れかもしれないけれど。

 今度の休日……この世界にも、たぶん日曜日にあたる日くらいはあるだろう……にでも、どこかへ一緒に食事を食べに行くとか、どうだろう。

 できたら、シエスタも誘って。

 そうすればきっと、みんなもっと仲良くなれるだろうし……。

 

 そんな風にうきうきとこれからの日々に思いを馳せながら、ユマは見るもの聞くもの初めてで新鮮な授業を、心から楽しみながら聴講していた……。

 

 

 午前中の授業はそれ以上何事もなく終わり、昼休みの時間になった。

 

 ルイズらは朝と同じように食堂へ向かい、ユマは厨房の片隅でシエスタが用意してくれた食事をとる。

 基本的には使用人が食べるのと同じまかないの食事だということだが、特別にデザートのケーキや果物までついている豪華なものだった。

 ボリュームもあって、今日はたまたま午前中に掃除をしていたからぜんぶ入ったが、普段はちょっと多すぎるかもしれない。

 

 残すのはもったいないし、次からは量を抑え目にしてほしいとお願いして、ユマは食器を片付けた。

 それから、約束どおりお手伝いをすると使用人たちに申し出る。

 年配のメイドが、にっこりと笑って頷いた。

 

「ありがとう、そうね。それじゃあ、シエスタの手伝いをして、デザートを配ってきてちょうだい」

「はい、わかりました」

 

 ユマはこくりと頷くと、デザートのケーキが並んだ銀のトレイをもって、シエスタと一緒にとことこと食堂へ向かった……。

 

 

 

 食堂では、大方の貴族たちが既に食事をとるのを止めて、デザートが来るのを待ちながら雑談をしていた。

 と、いっても、食卓に料理はまだまだたくさん残っている。

 

 ユマはおいしそうなのにもったいないなと思ったが、シエスタによると、この世界の貴族の食事というのはそういうものらしい。

 満腹してなおあまりあるだけの食べ物を食卓に並べるのが裕福な貴族の作法で、あまったものは使用人や領地内の貧民などに下げ渡すのが通例なのだとか。

 それに使い魔の食事にもなるそうだから、たぶんそう無駄になっているということもないのだろう。

 

(あまってるなら、一人分くらいもらってカードにしておいたら、いざというときに役に立つかも)

 

 まあ、非常事態なんてここではそうそう起こりそうもないし、使うかもわからないカードをそう無闇に増やさなくてもいいのだろうが……。

 

 ユマはそんなことをぼんやりと考えながら、デザートを運んでいた。

 彼女の持ったトレイからシエスタがはさみでケーキをつまみあげ、ひとつずつ生徒たちの皿にのせていく。

 

 ルイズと同じ二年生のテーブルには、ちょっと目立つ男子生徒がいた。

 

 金色の巻き髪をした割とハンサムな少年で、見た感じでは年はルイズよりも少し上くらいだろうか。

 ただ、フリルのついたシャツを着ていたり、そのシャツのポケットに薔薇を挿していたりと、なんだかキザな感じがする。

 もしかするとこの世界ではおしゃれなのかもしれないが、少なくともちょっと見た感じでは、他に彼みたいな格好をしている生徒はいない。

 

 とりあえずユマは、貴族らしい美しさや格好良さでいうなら、ヘリオス王子の方がはるかに上だと思った。

 

 とはいえ、さっき教室でシュヴルーズ先生が倒れたときに、医務室へ助けを呼びに行ってくれたのが彼だったこともちゃんと覚えていた。

 見た目はなんだか悪趣味な感じだけど、大勢の友だちに取り巻かれているし、きっと気のいい人ではあるのだろう。

 

「おいギーシュ、お前、今は誰とつきあっているんだよ?」

「誰が恋人なんだ? 教えろって!」

 

 周りの友人たちが、ギーシュという名前らしいその少年を口々に冷やかしている。

 ギーシュはもったいぶった調子で、唇の前にすっと指を立てた。

 

「つきあう? 僕には、そのような特定の女性はいないのだよ。薔薇は、多くの人を楽しませるために咲くのだからね!」

 

 それを見たユマの感想は、子供らしい率直なものだった。

 

(バカみたい)

 

 どうやら、見た目どおりの気取り屋らしい。

 本当にもてているというよりは、そのナルシストな態度が周囲に面白がられているのかもしれない。

 彼を取り巻く友人たちの態度も、どちらかといえばからかっているような感じで、羨んでいるというようなふうではなかった。

 

 同じ軟派な男にしても、タムローンとは雲泥の差だと思った。

 子供の自分が言うのもなんだが、本当に不敵な無頼漢という感じのする彼と比べたら、ギーシュは格好つけているだけのお子様にしか見えない。

 まあ、タムローンはタムローンで、上着くらい着たらどうなのか、とは思うが……。

 

 そんなことを考えながら彼のことを見ていたら、上着のポケットからなにかが落ちたのに気付いた。

 

 ガラスでできた小瓶で、中に何か紫色をした液体が入っている。

 香水か、あるいは魔法の飲み薬とかだろうか?

 とりあえずユマは、トレイをシエスタに渡してその小瓶を拾い上げると、ギーシュに話しかけた。

 

「ごめんなさい。これ、落とし物よ」

 

 ギーシュはしかし、差し出された小瓶を困ったように見つめると、わざとらしくこほんと咳払いをした。

 

「レディ、それは僕のじゃないよ。きっと勘違いだろう」

「……? でも、あなたのポケットから落ちたわ」

 

 小首を傾げてそう言ったユマに、ギーシュはさらに何か反論しようとした。

 

 が、それよりも先に。

 その小瓶の出所に気付いた彼の友人たちが、わいわいと騒ぎ始めた。

 

「おっ? それはもしや、モンモランシーの香水じゃないか?」

「そうだ、その鮮やかな紫色は市販品じゃない! モンモランシーが、自分用に調合してるやつだ!」

「ってことは、お前がいま付き合ってる相手はモンモランシーなんだな!?」

 

 ギーシュはそれに対して、少し焦った様子で弁解しようとする。

 

「ち、違う! いいかい、彼女の名誉のために言っておくが……」

 

 ユマはその様子を見て、ああ、なるほど、と納得した。

 つまり、そのモンモランシーという女の子と付き合っているのを知られるのが恥ずかしいから、隠そうとしたわけか。

 

(悪いことしたかな)

 

 そう思ったのも、つかの間のこと。

 

 この騒ぎに聞き耳を立てていたのか、後ろのテーブルに座っていた一年生らしい茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。

 それは栗色の髪をしたかわいい感じの少女だったが、なぜか、今にも泣きそうな顔をしている。

 

「ギーシュさま……。やっぱり、ミス・モンモランシーと……」

「い、いや、誤解だケティ。いいかい、僕の心に住んでいるのは、君だけ……」

 

 そんな弁解には耳を貸さず、ケティと呼ばれた少女はぽろぽろと涙をこぼしながら、ギーシュの頬を思い切り引っ叩いた。

 

「いいえ、その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠ですわ! さようなら!」

 

 そう言い捨てると、ケティは食堂から飛び出していく。

 ギーシュが叩かれた頬をさすっていると、今度は二年生のテーブルから見事な巻き髪の少女が立ち上がって、かつかつと足音高くこちらへやってきた。

 

 ユマはそれが、シュヴルーズ先生の手当てをするときに先頭に立って場を仕切ってくれた人だと気が付いた。

 しかし、今はあの時の献身的な様子とはうって変わって、ひどくいかめしい顔つきをしている。

 その姿を目にすると、ギーシュはまだ何も言われないうちから慌てて弁解を始めた。

 

「モ、モンモランシー、誤解だ! 彼女とはただいっしょに、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで……」

 

 冷静な態度を装おうとはしていたが、冷や汗が一滴、額を伝っている。

 

 ギーシュがタムローンだとすれば、こちらの少女はラクーナだろうか。

 いずれにせよ、あまり似ていないが。

 

「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」

「お願いだよ、『香水』のモンモランシー。そんな怒りで咲き誇る薔薇のような君の顔を歪ませないでくれよ、僕まで悲しくなるじゃないか!」

 

 そのうろたえぶりを見て、やっぱりタムローンとはぜんぜん違うなあ、と、ユマは思った。

 

 モンモランシーはそんなギーシュに言葉で応えようとはせず、代わりに無言でテーブルの上のワインの瓶をひっつかむと、中身をどぼどぼと彼の頭に注いだ。

 そして最後に、嘘つきと一言罵って、ケティと同じように去っていった。

 

「……ふう、やれやれ。あのレディたちは、薔薇の存在の意味というものを、まだよく理解してくれていないようだ」

 

 沈黙が流れる中、ギーシュは首を振りながら芝居がかった態度でそう言うと、取り出したハンカチで顔を拭った。

 それから、なにやら厳しげな顔を作って偉そうに脚を組むと、まだちょっとぽかんとしたような顔で事の成り行きを眺めていたユマのほうに向き直る。

 

「レディ。君が軽率に香水の瓶などを拾い上げたおかげで、二人の高貴な女性の名誉が傷ついてしまったじゃないか。どうしてくれるんだね?」

 

 ユマは、きょとんとして首を傾げる。

 意味がよくわからなかった。

 

「……そうなの?」

 

 ギーシュは、やれやれというように首を振る。

 

「君はまだ若いから、無理もないかもしれないが。いいかねレディ、僕は君が香水の瓶をテーブルに置いたとき、二人のためを思って知らないふりをしただろう? あのときに話を合わせるぐらいの機転が、君にあればよかったんだ」

 

 ユマは、ちょっと顔をしかめた。

 はっきりとはわからないが、さっきのを見た感じだと、この人が二股をかけていたのがそもそもの原因なのではないか?

 

 とはいえ、自分はまだ子供だから、男女の仲とかについてはよくわからないこともあるだろうし。

 もしかしたらいろいろと自分の知らない事情があったのかもしれないし、あるいはこの世界ではそういうものなのかもしれない。

 なんにせよ、目の前のギーシュというお兄さんが全面的に悪いと決めつけるのもよくないだろう。

 

「……そう。よくわからないけど、私のせいでケティさんとモンモランシーさんの名誉が傷ついたのね?」

「そうとも! そのことについて、君がどうしてくれるつもりなのか……」

 

 ギーシュが何やら高説を垂れようとしているが、ユマはそれに付き合う気はなかった。

 

「わかった。じゃあ、すぐに謝ってくるわ」

 

 頷いてそう言うと、きびすを返して駆け出し、先程食堂を飛び出していった少女たちを追いかける。

 

「……え?」

 

 あとには、きょとんとしたギーシュが取り残された。

 

 彼の言葉を信じるなら、傷ついたのはケティとモンモランシーの名誉だということだから、当然謝るべき相手はその二人だ。

 ユマは、子供らしい素直さでそう理解したのである。

 

 

 

 その、数分後。

 

 

 

「ギーシュさま! 言うに事欠いて、あなたじゃなくあの子が私たちの名誉を傷つけた、ですって!?」

「何の関係もない小さな子供なんかに責任転嫁してんじゃないわよ! この嘘つき、ろくでなしッ!!」

 

 ギーシュは烈火のごとく怒って引き返してきた二人の少女によって、先程のシュヴルーズよりももっとひどい重傷を負わされ、めでたくこの物語からリタイヤしたのだった……。

 





タムローン:
 風になびくような赤毛の青年で、赤系統の衣装を身にまとっており、上半身の露出度が高い(というか、上半身は裸でマントをつけているだけ)。
博打好きで常にサイコロを持ち歩いており、傭兵生活をしている無頼の戦士。
人気は高く、多くの作品に登場する。
ナンパの腕前も確かで、彼に思いを寄せている女戦士ラクーナからはひんしゅくを買っている。
ゲームデザイナーである鈴木銀一郎氏の小説「ドラゴンライダー」では、シャルメンという名のシャーズ(モンスターメーカー世界固有の種族で、猫のような耳と尻尾がある亜人種)の貴族の少女ともいい感じになっていた。
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