依代町——北側が山に、南側が海に面しているこの町は若年人口が20パーセントを超える少子化とはまるで無縁のような街。さらに言えば自然が多いため第一次産業も盛んである。
そんな現代の日本らしからぬ特徴を持つ依代町は、もちろん自然にできた街ではない。
昔の依代町の姿を取り戻そうとする、この町一の大企業、朱羽コーポレーションが主導した再開発によって作られた計画都市である。
古き良き依代町の姿を復元し、未来の子供達の人格形成に貢献する……という目的で再開発されたこの町。
自然の多さと子育て支援策の充実により子供を持つ親、将来を考えるカップルから支持を集め、移住が進んだことで若年人口、および生産年齢人口は増加。さらに昔を懐かしんだ地域の高齢者が第一次産業を活発化させた。
結果としておおむねその目的を果たせたといっていいだろう。
そして、この町の特徴はもう1つある。
それは様々な都市伝説や伝承が飛び交っているということ。
学校の七不思議から始まり、巨大生物や妖怪話までとても幅広く存在している。
これだけ聞けば、そんなにたいしたことではないと思うかもしれない。
むしろ自分の住む町の方が多いという人もいるかもしれない。
だが、日本全国の都市伝説の出所がこの町であるといっても過言ではない……と言ったらどうだろう。
誰もが知っている妖怪、河童や鬼、天狗などはもちろん、ゾンビやツチノコの目撃情報もこの町が最初なのだ。
この街から感じる雰囲気が少し変わってきたのではないだろうか。
ただの計画都市から何やら不思議な街へと……
ではそろそろ始めるとしよう。
この町に住む1人の少女とその友人たちが紡ぎだす奇妙な物語を。
様々な怪奇な噂が溢れる町、依代町。
溢れる、と言ってもこの町全域に一様に広がっているわけではない。
この町の中でも特に集中している場所が存在している。
それが今まさに二人組に侵入されようとしている、ここ、私立晨明(しんめい)中学校だ。
現在時刻は午後9時。
生徒はもちろん、教職員すらもいなくなったその敷地内に大小2つの人影の侵入を許した。
夜空は深い黒に染まり、唯一の光である月明かりも今日はなかった。
二人は手慣れたようにウェストポーチからライトを取り出し、足元を照らした。
「なあ、もう今更な気もするが、こんなことやって本当に大丈夫なのか? 見つかったら警察行き、もしそうじゃなくても学校に通報されたらしばらく学校に行けなくなるぞ」
大きい影は小さい方に小声で尋ねる。
「大丈夫大丈夫。今日は外だし、これでラスト。『晨明中七不思議』の最後の1個なんだから」
「いや、何が大丈夫なんだよ……」
全く安心できない大丈夫に大きい影は頭を抱えた。
――晨明中学七不思議――
一、踊る人体模型
真夜中、保健室にある人体模型が独りでに踊り出す。その舞を見た者は皆、行方不明になる。
二、幻の旧校舎
晨明中は依代町の再開発に伴い現在の校舎が建設された。旧校舎を取り壊して現在の校舎を建設したはずだが、ある場所からは旧校舎が見える時間がある。
三、鏡の中の住人
四時四四分に自分の姿を鏡に映すと鏡の中の住人に見つかり、引き込まれる。
四、分裂するベートーヴェン像
音楽室のベートーヴェン像に運命のリズムで『分裂~分裂~』というと翌日、本当に分裂している。
五、変化する教室
早朝、とある空き教室で決められた行動をすると教室が変化して異世界に吸い込まれる。
六、存在するはずのない蔵書
図書館では全ての蔵書を管理されているはずだが、一冊だけ蔵書リストに載っておらず、寄贈者も不明な蔵書が存在している。それを見つけた者には呪いの祝福が待っている。
七、二宮金次郎の視線
夜に二宮金次郎像と視線を合わせると異世界に連れていかれる。
晨明中に入学し、2人が最初に目をつけたのがこの晨明中七不思議だった。
友達と協力し、七不思議の真相について次々と調べていく。
そして残った最後の1つが二宮金次郎の視線。
しかし、これを調べるために問題が発生した。
時間の指定である。
四月の頭、しかも入学したての生徒たちが夜まで学校にいる日なんてあるはずもなく……
ならばどうするか。
『学校の塀、乗り越えちゃえばいいよ!』
小さい影の提案はとても単純だった。
それに猛反対したのは大きい方である。
『どれもこれも嘘ばっかりだっただろ。そんなものに危険を冒してまでいく必要があるのか』
『全部嘘ならそれでいいじゃん。私は真実が知りたいの。これは嘘じゃないかもしれないって思ったらそれだけでドキドキするの』
目を輝かせて話す様子を見たらもう誰も止めることはできない。
そのまっすぐさに最終的には折れ、一緒に行くことを条件に今夜の不法侵入が決行されたのだった。
「それにこんな時間に私たち以外の人なんていないって。そんなに心配なら私一人で行くからもう帰ってもいいよ?」
「あのなぁ、お前がしん……」
言い淀んだ大きい影を小さい影が見上げる。
「ん? どうしたの?」
「なんでもねえよ。お前が何かやらかしそうで危なっかしいからついてきてやってんだからそういうわけにはいかない」
視線を合わせたくないのか、大きい影は意味もなく空を見上げた。
「もう、私のイメージどんな感じなのよ……」
「子供、ばか、猪突猛進、後先考えない」
「えー! ひどい!」
「おいばか、大声出すな」
慌てた大きい影に口を塞がれ、ふがふが暴れる小さい影。
「もう、急に口塞がないでよぉ……びっくりしたじゃん!」
「あ、ああ、悪い……」
解放された瞬間、すぐに文句を言う小さい影。
怒っていながらもその様子はどこか楽しそうだった。
「ほら、どうしたの、先行っちゃうよ?」
「はいはい」
いつの間にか先に行っていた小さい影を追った。
「ねえ、あれ、だよね。『二宮金次郎像の視線』の主役、二宮金次郎さんの像!」
念のため事前にチェックしていた警備設備を避けながら2人は中庭にある二宮金次郎像にたどり着く。
木々が生い茂って迷路のようになっている中庭だが、二宮金次郎像の周りだけ開けていた。
「ああ、確かこの時間に二宮金次郎像と目を合わせると違う世界に連れて行かれるって話だったよな」
小さい影は頷き、二宮金次郎像に近づいていく。
「うーん……昼間と変わったところは特にないかな……? ねえ、写真撮ってたよね?」
「ああ、ほらよ」
デジカメで撮った写真を表示させながら、小さい方に渡す。
様々な角度から撮影したが、どれと比べても何も変化はなさそうだった。
「うーん、やっぱり何もないねぇ……」
「そうだな。確かにこの二宮金次郎像自体は他のものと比べるといくつか違うところがある。背負っている薪の数が少ないし、視線も本を読んでいるにしては下すぎる。個体差、と言ってしまえばそれだけなのかもしれないが……」
「うん、怪しいよね」
火のないところに煙は立たないとはよく言ったものだ。
何も怪しくないのであれば都市伝説など生まれることはないのである。
逆に都市伝説があるから怪しく見えてしまうことも否定できないのだが。
「とりあえず、視線合わせてみるか? どうせ異世界なんて存在しないだろうし」
「もう、すぐそういう夢のないことを……だからモテないんだよ!」
「別にモテたい訳じゃねえし! そもそも中学に入ったばっかでモテるも何もないだろ……いいからいくぞ」
「ふふ、はーい」
軽口を叩きながら、像の正面に回り込む2人。
そして同じところで立ち止まり、二宮金次郎と視線を合わせ……
「何やってるんだ?」
られていない人がいた。
小さい影が大きい影の横でぴょんぴょん跳ねていた。
「べ、別に! わっ、私の背、じゃっ! 視線がっ! 合わないっ! なんてことっ! ないんだからっ! ねっ!」
どう見ても10センチ以上身長差がある2人が、同じ場所で視線を合わせることができるはずなかった。
「無理なら諦めて下がれよ……」
「う〜……」
悔しそうに唸りながら、小さい方はゆっくりと後ろ歩きで下がり始めた。
「もうちょっと、もうちょっと……あっ……きゃっ!」
後ろ歩きをしていたせいで、ちょっとした出っ張りに気づかず、盛大に転んでしまった。
「あ、きれい……」
転んで仰向けになった小さい影の目に飛び込んできたのは満天の星空だった。
辺りの暗さと新月の夜が相まって、とても綺麗に星が見えている。
「おい、大丈夫か!」
びっくりした声に慌てて駆け寄ってきた大きい影に、とりあえず笑顔を見せ大丈夫だと伝えた。
「ちょっと痛い……でも見て見て! 星がすごくきれい!」
「はぁ、心配して損した。お前本当に呑気だよな……」
呆れたように声を漏らす。
それから自分も星を見上げた。
「さっきも思ったけど、やっぱり綺麗だよな。えっと……あれが北斗七星だから、あっちがアルクトゥルスで、あれがスピカだな」
「さすが!」
「別にこれくらい当然だろ。今の2つにデネボラを加えてできるのが春の大三角」
「あ、私もそれは知ってる! ねえねえ確か、スピカって私の星座の乙女座の星でしょ?」
「ああ、そっか。そういえばそうだな。星占いなんてあんまり信用してないから忘れてた」
「もう、本当に夢がないなぁ……」
大きい影はとことん現実的なようだった。
「ねえ、他には私が知ってそうなのないの?」
「あとはあの鎌みたいに星が並んでいるところがわかるか? あれが獅子の大鎌、獅子座の頭の部分のところだ」
「勇者ヘラクレスの試練に出てくる化け獅子だよね!」
「あいつにすっかり影響受けてるな。結構詳しくなったじゃないか」
「いや、まだまだだけどね……」
2人はこの場にいない友達のことを思い出す。
「それよりほら」
「ん?」
手を差し出されてキョトンとする小さい方。
「いつまでそこに寝転がっているつもりだ?」
「あ、うん、ありがと」
手を引いてもらって起き上がる。
「あーあ、服が汚れちゃった……もう、こんなところに石なんてあったの?」
「たぶんこれじゃないか?」
指さされたところをじっと見つめると、そこには小さくピラミッドのように出っ張っている石があった。
「もう、これのせいで転んだの? もうちょっと視線合わせられそうだったのに……」
「……なあ、もう少しで視線合わせられそうだったんだよな?」
「そうだけど……なに、私がこれよりもっと下がらないといけないこと、そんなに笑いたいの?」
「そうじゃない。この石、掘り起こしてみないか?」
「えっ!」
突然の提案に小さい方はとても驚いた。
こういう突拍子も無いようなことを言うのはいつも自分の方だったからだ。
一瞬固まったが、すぐに笑顔になり頷いた。
「うん、掘ってみよ! きっと何か出てくるよ!」