「あ、みこっち、こっちこっち!」
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」
「ううん、大丈夫だよ。それより、みんな揃ったの?」
「う、うん……やっぱりみんな聞きたいみたいで……迷惑、かな?」
「ううん、そんな気がしていたから元々この人数でも大丈夫かどうか聞いてあるよ」
「さすが柚乃さん……」
「じゃあ行こっか」
学校を出た彼女たちはすぐ近くにある晨明神社の入口に向かう。
「あの、これは……」
「ん? 階段だよ? けいちゃん、階段見たことない?」
「いえ、見たことはありますけど……」
「これ、どんだけ続いているの……?」
「えっと、確か五千段くらいだっけ?」
「正確な数字は覚えていないけど、確かそのくらいだったと思うよ」
「昔はここ登るのに苦労したよな。望虹は途中で疲れて……」
そこで、哲夜ははっとしたように口をつぐむ。
「どうしたの?」
「そうだね、私、疲れちゃってよくお姉ちゃんにおんぶしてもらったっけ」
哲夜が言えなかった部分を望虹はあっさりと話した。
四人の中に微妙な雰囲気が広がる。
「みんなどうしたの? 早く行こ?」
「あ、いえ、その……」
「う、うん、そうだね。きっと待っていてくれているだろうし」
柚乃の言葉を聞き、楽しそうに階段を登っていく望虹。
「望虹……」
「案外、私たちが気にしてるほど望虹は気にしてないのかもね」
「……本当にそうかもしれませんね」
駆け上がっていく彼女を二人は心配そうに見ていた。
「ほら、みんなはやくはやくー!」
「うん、今行くよー! みこっち、あんまり最初から飛ばすと上まで行くのに疲れちゃうよ?」
「今なら平気だもん! だから大丈夫!」
「あとでへばっても置いて行くからな?」
「そういう哲夜君だって置いて行くからね?」
どんどん先に行く望虹を追って、四人も無限に続いているように思える階段を登り始めた。
「ふはぁ……疲れたぁ……」
「だから言っただろ」
「でもちゃんとみんなと一緒にこれたもん!」
「確かに前よりは体力ついたよね」
「そうでしょ?」
どや顔で柚乃に胸を張る望虹。
張るほどの胸もないのに、と言わないのはお約束である。
「うんうん、すごいすごい」
柚乃はまるで子供をあやすかのように望虹の頭をなでる。
「なんだか尻尾と耳が見える……気がする」
「望虹ちゃん、まるで子犬みたいですね」
気持ち良さそうに目を細める望虹の姿はまさに犬のようだった。
「さて」
「あっ……」
「ん? どうしたの、みこっち」
「う、ううん、なんでもない! それより、早く行こ! どんなことが聞けるのか楽しみだよ!」
「そうだね」
鳥居の前で一礼し、五人は鳥居をくぐる。
「おお、やっときたか。待っておったぞ」
「お待たせしてすみません、晴佳(せいか)さん」
「いやいや、この階段の上だ、遅くなるのも仕方がないことじゃ。柚乃以外は皆初対面じゃな。わしの名は御門(みかど)晴佳。御門家三四代目当主で晨明神社の神主をやっておる」
晴佳の自己紹介にあわせ、望虹たちも自己紹介をする。
「それで、柚乃からは聞きたいことがあるとしか言われていないのだが、何を聞きたいんじゃ?」
「帰らずの森について聞きたいんです。土門さんはあの噂に出てくる唯一帰ってきた人の子孫なんですよね?」
「あの噂? なんのことだ」
「帰らずの森からなんとか帰ってきた人が帰らずの森に魔物がいると伝えたという話ですが……記憶にありませんか?」
「……ふむ、なるほど。あの話はそのように伝わっているのか」
「何か、ご存知なのですね。そのお話、聞かせていただくことは可能でしょうか」
螢華は晴佳がボソッと呟いた言葉を聞き逃さなかった。
「……話すことはなにもない。帰ってくれ」
「そんな! 僕たちになんの理由も話さないでそういう風にするんですか!」
「そうだ、何も聞かずに帰れ」
「晴佳さん、私たちは何か失礼なことを……?」
「いや、柚乃達はなにも問題ではない。その件に関してわしから話すことはない、だだそれだけのことだ」
「そんな……」
声をかけた柚乃までが拒絶され、言葉を失う。
何か新しいことがわかるかもとワクワクした気持ちはすでに無くなっていた。
「わかりました」
「望虹!? 諦めるの?」
「お話はすごく聞きたいよ。でも無理やり聞き出すのは違うもん。周りの人にあんまり迷惑かけずに、みんなで楽しく。それが一番だから」
「みこ、とか言ったか。すまないな」
「いえ、でも諦めませんから。あ、そうだ、1つだけ質問してもいいですか?」
望虹は背負っているリュックを下ろし、中から小箱を取り出す。
「これ、なにかわかりますか?」
「これは……! 嬢ちゃん、これはどこから手に入れた」
晴佳の顔色が変わった。
「え? えっと学校の七不思議を調べていたら見つけたんです。二宮金次郎像の視線っていうやつなんですけど……」
「なるほどな……これはもう調べたのか」
「ええ、まあ軽くですが。何か問題でしたか?」
急に態度が変わった晴佳に哲夜は警戒心を丸出しにしていた。
「もう、哲夜君」
「しかたあるまい、こうも急に態度が変わってはそう警戒したくなる気持ちがわからんでもない。しかし、そうか、そこまで知られていては教えないのは逆に危険か……」
晴佳は目をつぶり、小声で何かを呟きながら逡巡する。
そして。
「余計に嗅ぎ回られる方が面倒くさいし、勝手な行動されるとたまったもんじゃない」
「それじゃあ……!」
「仕方ないから話してやろう。こっちに入ってくるんじゃ」
晴佳はそういうと奥にある本殿の中に入っていった。
「……どうする? 罠か?」
「考えすぎだと思うよ?」
「僕もちょっと怪しいとは思うけど大丈夫じゃないかな」
「私も同感です」
「晴佳さん、普段はとっても優しい人だから信じていいと思う」
「うん、じゃあ行こう!」
軽い相談を済ませて、望虹達もすぐに後を追った。
「さて、何から話そうか……」
そう言いながら晴佳はまた目を閉じる。
どうやらそれが彼の癖らしい。
「そうじゃな、まず君達が話していた噂とやらから話そうか」
「さっきは知らないって言っていたのに……」
「いや、その話は本当に知らなかったのじゃ」
「じゃあ何を……」
「その話の元の話。どんな都市伝説にも元になる話があるというのは本当らしい。例に漏れずその話も、若い子達がいうところの、モトネタがあるというわけじゃ」
「どうしてそれを御門さんがご存知なのですか?」
「それはこの話とこの神社、そして我ら御門家が深い関わりがあるからじゃ」
「教えてください、そのお話」
「ああ。
千年ほど前か、この街に突然大きな災が連続して起こった。死病の流行、大火、それから地震。これは良くないと立ち上がったものこそ、御門家初代当主じゃった。彼女は……」
「え、彼女?」
誰もが気になるところを柚乃が聞き返した。
「そうじゃ、初代当主は女性だったと言われておる。じゃあ話を続けるぞ。
彼女は自分の持てる力全てを使い、四体の守護獣を生み出した。白き神獣、赤き神鳥、青き真龍、黒き神亀……」
「その四体とはまさか……!」
「お気付きの通り中国の四神じゃろうな。細かい記録は残っていないがわしもそう考えておる。
そして、その四体を災が入ってくる場に設置し、この街を守ったというわけじゃな」
「すごいですね! あれ、でもそれとあの都市伝説となんの関わりが?」
「そう焦るでない。まだこの話には続きがあるのじゃ。
この街を守った初代当主じゃが、問題が起こった。四体の守護獣を帰らせるほどの力が残っていなかったのじゃ。彼女は四体と交渉し、この街で永遠に生きることを了承してもらった。しかし、それを権力として行使しようと考える輩がおったのじゃ」
「そんなことを知っている人間なんて数少ない。弟子の裏切りか」
「正解じゃ。それに気づいた彼女は四体を迷いの森に移動させた。あそこは天然の迷路で最深部に行くのはまず無理らしい。じゃが、それでも彼女の死後、その弟子は四体を操ろうと迷いの森に向かったのじゃが……弟子一人の力では到底かなうものではなく、四体を暴走させた上、自分は食われてしまった。異変に気づいた御門家二代目当主が駆けつけるが、彼の力ですら暴走してしまった四体を止めることはできなかった。瀕死の状態まで追い込まれた彼は迷いの森から出ることができないように結界を貼り、なんとか生きて帰ってきたのじゃった。そして、人々の間では御門の人間がこうなるなんて魔物がいるのではないか、という噂が広がり、あの森は立ち入り禁止だという共通見解が生まれたのおじゃ」
「そんなことが……」
「その弟子最低すぎだよ! せっかく当主さんが頑張っていたのに……」
「そうじゃな。そして、我らは結界の監視と維持を目的にここに晨明神社を作ったわけじゃ」
「そういうことだったのか……もしその弟子がコントロールに成功していたらどうしたんですか? 今の話を聞いていると何もできないように思えるんですが」
「初代当主も自分の子供が自分よりそういう能力においては劣っていることに気づいていた。同時に弟子が何か企んでいることも。だから対抗策を作っていたのじゃよ。『晨明の地、われいずるところに宝珠あり。再び牙を剥かんとす時その力を使わん』これが対抗策のありかとされる遺言じゃ。そしてすぐにピンときたのじゃ。望虹、お主が持っているものこそ初代が残した対抗策じゃと」
「これが……?」
「晨明の地、というのはまさに今の晨明中学が立っている場所なんじゃよ。そして、そこに初代当主の像も立っている。お主らが二宮金次郎だと思っているのは初代当主が秘術の勉強をしている像というわけじゃ」
「だから他の二宮金次郎像とわずかな違いがあったのか」
哲夜が最初から気にしていた違和感は間違いではなかった。
そもそも二宮金次郎ですらないのだから違いがあって当然なのである。
「頼む、それをわしに譲ってくれないだろうか。奴らを、この街を守ってくれた四体の英雄を解放してやりたいのじゃ」
頭を下げられて、望虹は助言を求めるかのように哲夜を見る。
「望虹、決めるのはお前だ」
「うん……すみません、少し考えさせてください」
「……一週間待とう。すまんな、我々の都合で振り回して」
本当に申し訳なさそうにする彼を前に、望虹は固まってしまう。
「いえ、お話聞かせていただきありがとうございました。お茶、美味しかったです」
行くぞ、望虹。
挨拶をした哲夜は望虹を引っ張り階段を降りていった。
「ねえ、哲夜君、どうしたの? ねえってば!」
「これ以上向こうの事情を知ったらお前じゃ自分の意思を曲げてでも返しそうだったからな」
「わ、私だってさすがにそんなことは……」
「ないって言えるか?」
「言えないかも……」
「まったく、本当にそう言うところは優しすぎるよな」
「そんなことはないと思うけど……」
「てっちゃん、本当にみこっちのことよく見ているよね」
「危なっかしくて見ていないと不安なだけだ。別に見たくて見ているわけじゃない」
「本当かなぁ……?」
「奈津稀、何か言いたいことがあるなら言ってもいいんだぞ?」
「いえいえ、別になにも?」
「それならいいんだ」
今の哲夜は笑顔がすごく怖かった。
笑っているのに笑っていない。
笑顔が実は威嚇のための表情だとは言われていたが、それが実感できた瞬間だった。
「とにかく、俺たちは望虹の判断に従う。見つけたのは望虹だしな」
「そうですね、それが一番だと思います」
「うん……わかった」
「じゃあ、帰ろっか」
奈津稀が帰ろうとしたとき、待って、という望虹の声が聞こえた。
「あともう一つ言っておきたいことがあるの」