逢魔の時に……   作:月白弥音

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11.5 葛藤

11.5

 「ただいま」

 「おかえり、望虹。浮かない顔ね、何かあったの?」

 家に帰った望虹の表情に、なずなは不安を覚える。

 「うん、ちょっとね……」

 「お母さんでよかったら相談に乗るけど……」

 「今はいいかな。自分でももう少し考えてみたいし」

 「……そう、わかった。いつでも相談していいからね」

 なずなの表情を見て望虹ははっとする。

 自分がしてしまった、初めての明確な拒絶。

 他人を、それも自分が大切に思っているなずなを拒絶し、傷つけてしまった。

 気づいてしまった他人の痛み。

 それを与えたのが他でもない自分であるということにその場にいられなくなる。

 「ごめんね、ありがとう」

 それだけ言うと望虹は自分の部屋に駆け上がった。

 「本当にごめんなさい、お母さん」

 部屋に入った望虹はドアに寄りかかってなずなに謝っていた。

 普段から自分のことを気遣ってくれる優しいなずなを拒絶してしまったことは望虹の心に大きな黒雲をもたらしていた。

 お母さんに心配かけちゃった……、ベッドに倒れこんだ望虹は自己嫌悪に苛まれる。

 しかし、そうまでしてでもこの答えは自分だけで見つけたかった。

 望虹は横になりながら、春佳に言われたことを思い出す。

 

 『頼む、それをわしに譲ってくれないだろうか。奴らを、この町を守ってくれた4体の英雄を解放してやりたいのじゃ』

 

 そう言って頭を下げた春佳の言葉に嘘はなさそうだった。

 

 確かにこれは私たちが見つけたものだけど、私たちのものかって聞かれるとそうじゃないんだよね……

 私たちがたまたま見つけちゃっただけで、だれかが掘って隠してたんだからその人のもの……? あ、もう死んじゃってるからその人の子孫さんのものなのかな?

 遺産……みたいなものになるならやっぱり返したほうがいいのかも……

 

 考え込んでいくとだんだん自分でも理解できない思考の渦にとらわれていく。

 最初は学校の七不思議から始まった今回の調査。

 その中でたまたま見つけてしまったものは彼女たちをより大きな不思議へと誘った。

 これだけ不思議な噂が多い街である、今までだって1つのことを調べているうちに全く違うものと繋がったこともある。

 しかし。

 今回のそれは今までのものとは違う、本当に危険な場所。

 入ったら最後、二度と出てくることができないという帰らずの森。

 自分1人なら迷わず飛び込んでいっただろう。

 いろはが隣にいれば迷うことなく突っ込んでいっただろう。

 だが、もういろははここにいない。

 

 『お姉ちゃん、寂しいよ……私、1人じゃ何もできないよ……』

 

 いろはがいなくなってからのこと。

 何もできなくて、部屋に閉じこもっていた時のこと。

 

 『望虹』

 

 どんな時でも望虹を助けて、一緒にいてくれた友達の声。

 望虹が行くって言いさえすれば当然のようについて行くと言うだろう。

 もしそれで友達も二度と帰れなくなったら。

 

 『何処かに行くのはいいけど必ず帰ってきてよ』

 

 いろはがいなくなってから口癖になったなずなの言葉とその不安そうな表情。

 その約束を破ってしまったら。

 

 哲夜くんたちから、お母さんからたくさんの気持ちをもらった。

 辛くて寂しくて、何にもできなかった私にもう一度頑張ろうって思わせてくれたみんなに、おんなじ思い、して欲しくないよ……

 「どーしよ……」

 虚空に呟いても答えなんて誰も返してくれなかった。

 七不思議のことはわかった。

 四つの珠のことだってわかった。

 

 これ以上迷惑かけるくらいならもうやめちゃったほうがいいのかな。

 なんの取り柄もない自分は誰かに迷惑をかけてはいけない。

 みんなと違って何も出来ない自分は……

 お姉ちゃんみたいにうまく出来ない自分は……

 

 一度思考にはまってしまえばあとはただ暗い思考に落ちて行くだけ。

 今の彼女には暗い場所からすくい上げてくれる光はなかった。

 思考の沼に落ちかけながら彼女は意識も手放していった。

 目を閉じた瞬間、一筋の光が頬を伝いベッドに落ちた。

 

 

 

 「……ん……こちゃん……みこちゃん」

 「あれ、お姉ちゃん……? どうして……」

 「どうしてって、大丈夫? みこちゃんが一緒に行きたいって言ったんでしょ?」

 気づけば望虹はいろはとともに自然豊かな森の中にいた。

 「本当に大丈夫? 少し休もっか」

 「う、うん……」

 近場にある川のほとりに二人は腰掛けた。

 いろはと他愛のない話をする。

 今まで普通だった日常。

 だからこそ。

 これは夢だ、望虹は直感した。

 いろははもう亡くなっている。

 こうして自分と何処かに行ってくれることなんてもうないんだ。

 そう思ったら涙が溢れてきた。

 「お姉ちゃん、なんで私をおいてどっか行っちゃったの! これからもずっと一緒だよって約束したのに! 一緒にいろんなこと調べようって言ったのに!」

 想いが溢れ、止められなくなった。

 止められない想いは彼女の体を動かし、立ち上がっていろはを責める。

 「……ごめんね、みこちゃん。寂しい思いさせちゃったよね」

 「そうだよ! すっごく悲しかった! もう何もしたくないって思ってた!」

 「知ってるよ。私のせいでみこちゃんがふさぎこんじゃったことも……」

 「なんでお姉ちゃんが死んじゃったの? 他の誰かなら、いっそ……」

 ……私だったらよかったのに。

 声にならない言葉を胸に望虹はしゃがみこんでしまう。

 「望虹」

 「ん……?」

 いろはの鋭い声に赤い目をした望虹が顔を上げる。

 見上げた彼女の顔は今まで見たことがないくらい怖い顔をしていた。

 「お姉ちゃん……?」

 「私だったらよかったなんて言わないで」

 「でも、私は何も取り柄なんてないけどお姉ちゃんは頭もよかったし運動もできたし……私はお姉ちゃんみたいには何もできないよ……」

 「当たり前じゃない、私は私、みこちゃんはみこちゃんなんだから。同じことなんてできなくて当然よ」

 「でも私は何も……」

 「本当に?」

 「え……?」

 望虹が重たくなった頭を上げていろはを見る。

 「ふふ、みこちゃん、やっと私の顔見てくれた。ねえ、本当にそう思ってるの?」

 「うん……だってお姉ちゃんも知ってるでしょ。私が何もできないこと……」

 「知らないよ。だって私はみこちゃんのこと何もできない子だなんて思ったことないもん」

 「なんで……?」

 「みこちゃんはみこちゃんでいいところが、すごいところがちゃんとあるから」

 「そんなところ、ないよ……」

 また望虹は俯く。

 私、お姉ちゃんが思っているほどすごい子じゃないよ……

 大きすぎる期待は大きな負担になる。

 頭だけじゃなく、体も、心も重くなっていくことを彼女は感じていた。

 「私は色々知ってるんだけどな。すごく友達思いなこと、何にでも一生懸命なこと、自分のことを信じられること、最後まで諦めないこと」

 「……!」

 はっとしたように顔を上げる。

 そういえば、望虹はあることを思い出す。

 「諦めちゃうの?」

 

 ……諦めたくない。

 

 「もう全部わかったの?」

 

 ……何もわかってない。

 

 「どうしたいの?」

 

 「私は……」

 

 まだこれを調べたい。

 全部わかるまで、とことん!

 帰らずの森にも行きたい!

 

 「でも、私のせいでみんなが……」

 「じゃあ一人で行く?」

 「……」

 望虹は考える。

 自分が知りたい、調べたいのは確かだ。

 でも一人でやりたいこと……?

 ううん、私は……

 「……哲夜君やみんなと一緒にやりたい! 最後までみんなで答えを見つけたい!」

 「きっとそう言うと思ってたよ」

 「でもどうしよう、お姉ちゃん……私……」

 「きっと大丈夫だよ」

 「でも……」

 「みこちゃん、君ならきっとこれからも友達と一緒にやれるよ。だから私と比べないで? あなたにはあなたにしかないものがちゃんとあるんだから」

 気づけばいろはの体が淡い光を放ち始めていた。

 「……お別れだね」

 「待って! まだ私お姉ちゃんに話したいこといっぱい……!」

 「私からの最後のお願い聞いてくれる?」

 「やだ、やだ、やだ! 最後なんて聞きたくないよ!」

 「みこちゃんにしかないものを探して」

 

 私からみこちゃんに送る最初で最後の探求テーマだよ。

 

 「待って、待ってよ!」

 

 

 

 

 「お姉ちゃん!」

 伸ばした手は空を切り、飛び込んでくるのは自分がまだ小学生だった頃いろはと一緒に決めた淡いピンクの壁紙。

 そこに描かれているもこもこ雲の仲間はずれを見つけられたらいいこと教えてあげる、そう言われてまだ見つけられてないことを望虹は思い出す。

 外はすっかり真っ暗で外から入ってくるわずかな月明かりだけが望虹の世界を照らしていた。

 いろはの手を掴めなかった自分の手を見つめる。

 

 ……私にしかないもの。そんなもの私にあるのかな。

 

 不安は尽きない。

 だからこそ、目の前のことをしっかり調べる。

 最後まで諦めないこと。

 それが私にしかないものじゃないだろうけど……

 「やってみるしかないよね……」

 しかし、みんなを突き放してしまった痛みは消えない。

 どうしてもじっとしていられなくなって望虹は部屋を後にする。

 「望虹……」

 「ごめん、お母さん、ちょっとお散歩行ってくる」

 「……そう、あまり遅くなりすぎないように帰ってくるのよ」

 心配そうななずなの声。

 きつく目をつぶって、行ってきます、と呟くと望虹はそっとドアを閉じた。

 外は弱々しい月の光と、頼りない街灯が暗い世界を照らしていた。

 行くあてもなく歩き回る。

 駅、学校、商店街……

 さっき見た夢の影響か、いろはとの思い出が深いところに足が向いていた。

 「あっ……」

 昼間も来た公園。

 初めて来た時、なぜかこのくらいの暗い時間だった。

 いろはと2人でなずなに内緒で出かけた時のこと。

 子供の足ではいける場所の限られていて。

 それでも好奇心旺盛な2人はいろんなところを歩いて、気がついたら辺りは真っ暗。

 やっとの思いでこの公園にたどり着いたものの、家の位置まではわからなくて。

 大声で泣き叫んでいたところを、なずなに発見されてなんとか家に帰ってこれた。

 それからこの公園は気に入って昼間に何度も遊びにきた。

 ただ、夜だけは絶対に近寄らなかったが。

 「あの時以来かも……」

 街灯も少なく、薄暗い公園に入りベンチに座った望虹の口から声が漏れた。

 なぜここに来たのかは自分でもわからない。

 ただ、本当の意味でいろはと一緒に様々な冒険に出た理由がここにあるからなのかもしれない。

 私だけにしかないもの、かぁ……

 私1人で何ができるかな……あんなこと言っちゃったらもう、一緒に行こうなんて……

 この公園に来ても家にいる時と考えてしまうのは同じこと。

 もう今回は、もしかしたら二度と一緒に行くなんて叶わないかもしれない。

 そんな不安に駆られながら、望虹は公園の中を歩き始める。

 滑り台を登って滑る。

 うんていにぶら下がってみる。

 ブランコを軽く揺らす。

 どの遊具もいつの間にか小さくなっていて、それだけ自分が成長していることも感じる。

 ジャングルジムに登った時、こちらに走ってくる人影を見つけた。

 商店街に近いとはいえ、すでにすべての店が閉店済み。

 人通りも少ないこの場所で不審者がいたら。

 とっさにジャングルジムから頭を隠して様子を伺う。

 すぐに逃げられるように準備をしつつ、人影の行方を追っているとなんと公園に入って来た。

 ジャングルジムから音を立てずに素早くおり、出口に向かってゆっくりを歩く。

 「望虹、こんな場所で何してるんだ」

 声をかけられた望虹はびっくりして尻餅をつく。

 「だ、誰……?」

 暗闇の中、声の主の正体を尋ねる。

 「誰って……お前ふざけるなよ?」

 「え……」

 明かりの下に姿を現したのは

 「哲夜くん……!」

 「こんなに暗い時間にここに人がいるなんて珍しいから気になって来てみたらお前、何してるんだよ」

 「いや哲夜くんこそ……」

 まだ混乱している望虹はうまく言葉を返すことができない。

 「俺は日課のランニングだ。ある程度体力は維持したいしな。で、お前はなんでこんなところにいるんだよ」

 「え、え〜っと……」

 目的なんて何もなく、返事に困っていると。

 「そういえばこんな時間だったな、あの時も」

 「え?」

 なんのこと? 大きな目で見つめながら首をかしげる。

 「望虹、なんかいろはさんと昔迷子になってここに来た時あっただろ? その時に四葉のクローバーのキーホルダーを落としたとか言って学校帰りに家に帰らずそのまま探してたことがあったんだよ。覚えてないか?」

 望虹はそう言われて思い出す。

 いろはは青、望虹はピンクでお揃いのキーホルダーを常に持ち歩いていたこと。

 一度だけ無くしてしまって探し回ったこと。

 でもそれをなぜ哲夜が知っているのだろう。

 「やっぱり覚えてない顔だな。まああの様子なら仕方ないかもしれないけど」

 

 

 『ねえ、どうして泣いてるの?』

 最近引っ越して来た元気な女の子が泣いていた。

 『おねえちゃんとのだいじなキーホルダー落としちゃったの……』

 『……そっか、ならいっしょにさがしてあげる!』

 『ううん、もういいの。暗くなっちゃったし、ちゃんとごめんなさいするから……』

 『だいじなんでしょ? ならあきらめちゃダメだよ』

 悲しそうな彼女をみて、彼は放っておくことができなかった。

 なんでそう思ったのかはわからない。

 ただ、彼女には笑ってて欲しいと思った。

 彼が探すうちにどんどん日は沈み、本当に真っ暗になる。

 『もういいよ、手伝ってくれてありがとう』

 『まだだよ』

 半ば意地のように探すのをやめない彼を見て自分も頑張らなきゃと思えた。

 一緒になって探し始めてさらにどれくらいの時間が経っただろう。

 彼らは2人いっしょにキラっと光る何かを見つけた。

 それを手にとって彼女に渡す。

 すると彼女は安心したようにまた泣き出した。

 『見つかってよかったね』

 彼はどうすればいいかわからず、とりあえず頭を撫でた。

 頰が涙で濡れたまま、彼女は満点の笑顔を作った。

 見惚れるような笑顔。

 彼は自分が欲しかったものはこれだったんだと確信した。

 

 

 「あれ、哲夜くんだったんだ……」

 記憶の中にわずかに残る出来事が今はっきりと思い出される。

 「なあ望虹、何悩んでるんだよ。お前らしくない」

 「え……だって、帰らずの森に行ったら本当に帰ってくれないかもしれないんだよ? そんなのみんなと一緒になんて言えないよ……」

 「他の奴らがどうかは知らない。でも俺はお前が行くなら行かないなんて選択肢はないんだよ」

 「な、なんで……?」

 「理由はいろいろあるけどな。いろはさんにも頼まれてるし、そもそもお前は危なっかしくて見てられない。それにお前に振り回されるなんて今更なんだよ」

 「そうかもしれないけど、今までとは違うんだよ?」

 「だからなんだよ。自分1人で危ないことしようって言う奴をほっとけって言うのか?」

 「でも哲夜くんがそこまでやる必要は……」

 「わかんないやつだな、そんなこと関係ないんだよ。行きたいから一緒に行く。当たり前だろ。ここまできたんだ、最後まで連れてかないと許さないぞ」

 「哲夜くん……」

 哲夜の不器用な優しさは今の望虹にはとても暖かくて心地よかった。

 わがままだらけの望虹に文句を言いながらもついてくる哲夜。

 喧嘩しながらもお互いをきちんと信頼しあっているからこその関係。

 「それに帰ってくるんだろ? お前のお母さんといろはさんの約束のために」

 いろはとの約束。

 自分が納得するまで絶対に諦めない。

 「そうだね。ありがとう、哲夜くん」

 あの時と同じ。でもあの時よりはどこか大人になった笑顔はやはり哲夜の心を掴む。

 「……当たり前だろ。決まったならさっさと帰れ。行くのは明後日だろ」

 「うん! またね、哲夜くん」

 家に向かって走り出す望虹。

 「まったく、本当に世話の焼ける……」

 小さく呟いた哲夜の言葉はまったく彼女の耳には届かなかった。

 走りながら夢のことを思い出す。

 私にしかないもの、いつか必ず見つけるからね。

 でも今はこっちが先。

 「だから見ててね、おねえちゃん」

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