「でねでね! 哲夜くんのおかげで見つかったのがこの箱……みたいなやつ! なんだよ!」
晨明中学校の部室棟、その一室から興奮気味な女の子の声が漏れていた。
『地域文化部』と掲げられているその部屋の扉を開けると小学生のような女の子が大きな身振りをしながらもう一人に話しているのがわかった。
この学校の制服を身に纏っている彼女はもちろん誰かのお下がりを着て、勝手に校内に入りこんできたわけではない。
「すみません、遅くなりました、望虹さん」
入ってきた女の子に名前を呼ばれ、毛先が跳ねているショートヘアを揺らして振り向いた彼女の名前は神端 望虹(かんばた みこ)。
「あっ! 螢華ちゃん!」
入ってきた女の子、赤羽 螢華(あかはね けいか)を見て、望虹はぱぁっと笑顔を咲かせた。
「どんな話をしていたんですか?」
「これの話を話してたの!」
薄汚い小さな箱を持ち上げて見せる。
「これは……?」
「えっとねぇ……」
「ねえ、僕がいること忘れてない?」
女子2人で盛り上がっているところで後ろからもう1人が声をかけた。
「あはは、ごめんごめん。3人で女子会しよ、奈津稀ちゃん!」
笑顔でそう誘われた鈴谷 奈津稀(すずたに なつき)は呆れたようにため息をついた。
「だからね、望虹。僕は男だよ?」
「うんうん、知ってる知ってる! 奈津稀ちゃんみたいな人のこと、男の娘っていうんだよね!」
「僕は純粋に男子だ―!」
彼の必死の反応は女子のそれにしか見えなかった。
ギリギリ結べそうな長さの柔らかいくせっ毛に、少したれた目。
男子にしては細い体に少し高めの可愛い声。
そんな彼の特徴も相まって、本当に女子にしか見えない。
奈津稀本人はそれを自分の中性的な名前のせいだと考え、嫌っていたが……
「うん、やっぱり可愛い!」
「かわいくないからー!!」
いちいち可愛い反応をしてしまうのは本当に名前のせいなのか、それとも元々の性格か。
どちらにせよ、いい反応をする彼は望虹から時々こうしてからかわれているのだった。
「あの、それでその箱はなんなのでしょうか?」
「ああ、そうだったそうだった! えっとね……」
奈津稀をいじることに夢中になっていた望虹は螢華に話すことを忘れていた。
ついさっき奈津稀に話したことと同じ内容をもう一度螢華にも説明する。
「あの、とりあえず夜の学校へ勝手に入ってしまうのはどうかな、とやっぱり思いますが……」
「まあ望虹がそういうことやるのはいつものことだしね。今更言っても仕方ないと思うよ、螢華」
「あー! 2人ともひどい! なんだかその言い方だと私がいつも悪いことしているみたいじゃん!」
「悪いことって自覚はあったんですね……」
螢華たちにとってはとても意外な事実が発覚した瞬間だった。
同時に悪いとは思いつつも自分の知りたいという欲求にまっすぐなのは彼女らしいとも思った。
「でも、だからだったんですね」
「うん、なんとなく予想はしていたけど、やっぱりって感じだよね」
「ふぇ? 一体なんの話?」
納得がいったかのように話す2人。
その様子を見てなんのことかさっぱりわからない望虹は疑問を口にしていた。
「あの、先ほどの帰りの会で昨晩学校内に不審者が侵入した可能性があるため、しばらくは不審者と不審物に気をつけるようにと、先生からお話がありましたが……」
「え? そ、そうだったっけ……?」
「それに校内掲示板にも貼ってあったし、保護者に渡すプリントもさっき配られたはずだよ?」
「だ、だって私、そういうのあんまり見ないし……それにお母さんに見せるプリントなんて普通読む?」
「「読む(みます)けど」」
「え、えぇ……」
即答されと戸惑う望虹。
授業中でも気になることがあればそれに夢中になってしまう望虹は、基本的に教師の話を聞いていない。
「今回は事前に監視カメラの位置を確認できたからいいですけど、それでも見つかってしまってこの対応ですよ。1回でも見つかってしまえば大変なんですからあんまり無理しないでください」
「別に昨日も無理してたわけじゃ……」
「なら危ないことはしないでください」
「そんなに危ないことも……」
「いいですか?」
「き、気をつけま〜す……多分」
「……望虹さん?」
「はい……螢華ちゃん怖い」
「何か言いましたか?」
「……なんでもないです」
普段怒らない人が怒っている時の笑顔はどうしてこんなに怖いのだろう。
2人のやり取りを横で眺めていた奈津稀はそれが自分で向けられたものではないとはいえ、軽い恐怖を感じていた。
「悪い、遅くなった……って、なんだ望虹はまた螢華からお説教中か」
「あ、哲夜くん!」
後ろからの北原 哲夜(きたはら てつや)の声に望虹はしょんぼり顔から一転し笑顔になる。
彼は望虹がこの街に引っ越してきて最初に友達になった幼馴染だ。
これまで数多くの興味を彼とともに望虹は調べてきた。
好奇心旺盛で考えるより行動するのが先な望虹と、常に冷静沈着で静かに1人で探求するタイプの哲夜。
性格は正反対な2人だが、それゆえか2人は10年経った今でも出会った頃と変わらず仲が良かった。
「て、哲夜さん、私も決して文句を言いたいわけではなくてですね……」
「わかってるよ、望虹のことが大切だからなんだろ。ありがとな」
「い、いえ、友達として当然だと思っていますから……」
螢華はそういうと、はにかみながら望虹を見た。
「でも昨日、哲夜くんも一緒……」
不服そうに望虹が小さく呟いた。
「俺はお前の監視役だからいいんだよ」
「私、今更そういうのいらないもん!」
「はぁ、お前はそうやっていつも……」
段々とヒートアップしていく2人の口論に、残された螢華と奈津稀は顔を見合わせた。
2人は頻繁に小さなことで言い合いをしていた。
大体がただの意地の張り合いで、気が済むまで放っておくというのが螢華たちの方針だった。
2人からはこれを痴話喧嘩、なんて呼ばれているがそれを望虹たちが知る由もない。
そして数分後。
「満足したかな?」
「したのではないでしょうか。それで、その箱は結局なんなのでしょうか」
静かになった2人を見て、ようやく本題を切り出した。
「あ、そうそう、そのことなんだけどね」
「昨日お前が持って帰って何かわかったのか?」
「ううん、まだほとんどなんにも……簡単に開けられるようなものじゃないみたいで……」
「簡単に開かないって寄木細工か何かか?」
「うーん、多分そういうのじゃないかなぁ……」
話を聞きながら哲夜は改めて箱を眺める。
木材と石材でできているその箱は確かに蓋らしいものはなかった。
「ねえ、寄木細工で小さな箱ってもしかして……」
ふと何かを思い出したように奈津稀が声をあげた。
「何か知っているのですか?」
「知ってるってわけじゃないけどもしかしてコトリバコかもって……」
「……確かに、ありえるかもしれない」
「ねえねえ2人で何話してるの? 何、コトリバコって」
男子2人の会話についていけない望虹は不満を口にする。
「昔、ある地域で作られたという呪いの小箱だ。その周りにいる女子供を1日のうちに呪い殺してしまうという都市伝説がある」
「そういえば私も聞いたことがあります。確か迫害が激しかった地域で作られていたと……しかし確かちゃんと管理していたはずでは?」
「数年前に管理していた蔵を整理した時に行方不明になったと言われているんだ。それに作られた数も曖昧で本当に伝わっているだけしか作られていないのかどうかも分からない」
「ねえ、昨日、私がこれ家に持ち帰ってるんだけど……」
「そういえば……」
議論に熱が入ろうかというところで望虹が横槍を入れる。
自分が死んでいないのなら平気ではないかと。
「お前、本当に何ともないんだろうな」
「こんな時に嘘つくと思う? 流石に空気読むよ」
「ならいいが……」
「哲夜くん、もしかして心配してくれてるの?」
「ばっ、ばか、そんなわけないだろ。ただ……」
「ただ?」
「ただ……ただ……あーもう、なんでもねえよ!」
そっぽ向いた顔が少し赤くなっていた。
「照れてるね、哲夜」
「照れてますね」
「うるさい!」
奈津稀と螢華にも弄られ、必死な哲夜に望虹は
「哲夜くん、心配してくれてありがとね」
笑顔でとどめを刺しにいったのだった。
「それで、結局何かわかったの?」
「ううん、全然……でもここ見て。何か書いてあると思うんだけど……」
望虹が指差した箱の底面には確かに何か彫られているような跡があった。
「漢字、のように見えますね……」
「漢文かな? それなら僕の得意分野だよ」
小さい頃から古典文学が好きだった奈津稀は古典の教師である父親に教えてもらいながら大量に原文を読み漁っていた。
その結果、古典漢文をすぐに読み解けるほどになったらしい。
「さすがにその薄さじゃ文字の判別がむずかしいだろう」
「うん、読めなきゃ解読もできないよ……」
「なら、判別できるようにしよう」
「哲夜くん、何する気?」
紙と墨を取り出した哲夜はにやりと笑った。
「拓本だ」
「拓本って?」
「簡単にいうと版画、のようなものですね。表面が汚れてしまっていたり、薄れてしまっていたりする際に使われる手法です」
「さすが螢華、よく知ってるな。とりあえず、水を持ってきてくれ。賭けにはなってしまうが直接墨を塗ってしまうわけにもいかない。紙で型をとってそれに墨を塗る」
「あ、じゃあ僕いってくるよ」
哲夜から霧吹きを渡された奈津稀が部室を飛び出していく。
相変わらずすごいなぁ、望虹の口から言葉が漏れた。
「何がだよ、俺にはこれしかないだけだ」
「そうかもしれないけどさあ……」
「なあ……」
「お待たせ! 持ってきたよ!」
哲夜が何かを言おうとした時、勢いよく部室のドアが開かれ、奈津稀が帰ってきた。
「あれ? なんか僕悪いことしちゃった?」
「ううん、何にも! 哲夜くん、早く拓本やってよ!」
「あ、ああ……」
先ほどまでの暗い雰囲気を一切感じさせない様子の望虹に戸惑いながら哲夜は作業を始めた。
「ねえ、これってどれくらい時間かかるの?」
「少し乾くまで待たないとだがそんなに時間はかからないはずだぞ」
「そうなんだ、なら安心!」
そう言った望虹の視線の先にある小さな時計が4時30分を示していた。
完全下校時間まで残り2時間。
「よし、これで貼り付けはうまくいっただろう。あとは乾くのを待って墨を叩けば浮き出てくるはずだ」
「さすが哲夜、手際もいいね」
「昔……」
ためらうように言葉を切る。
少し俯いたその目はどこか寂しそうだった。
「前にやり方を教えてもらったことがあってな。それで知っているだけだ」
「お詳しい方がいらしゃったのですね、一度お会いしてみたいです」
「……まあ機会があればな」
話が盛り上がる中、1人首をかしげる望虹。
「ねえ、哲夜くん、その人って……」
「さて、もういいだろ。読みにくいところはパソコンで補正して見やすくするからちょっと待ってろ」
望虹の話を遮って、哲夜は作業を進める。
パソコンにできた拓本を取り込み、解析を始めた。
「哲夜、どうかしたの? なんか機嫌悪い?」
「そんなことはない。いつも通りだ」
「それにしては望虹のこと、やけに冷たくしてない?」
「……気のせいだ。それより補正ができたから解読頼む」
「はいはーい、ちょっと待っててね」
哲夜から受け取った印刷物とペンを手に机に向かう奈津稀は笑顔だった。
「本当に奈津稀さんは楽しそうですね」
「そうだね〜私たちも頑張らなきゃ!」
「そうですね! 私たちはこちらの箱を調べましょう」
「うん、そうしよっ!」
小箱を囲む2人。
「……って、あれ? 哲夜くんは!?」
「俺は少し木材の破片をもらったからそれの解析。年代とか特殊なこととか何かわかるかもしれない」
哲夜も奈津稀と同じく、好きなものこそ、というタイプである。
自身の科学好きと父親の機械系の仕事に影響を受け、科学知識、簡易的な化学分析のスキルが中学生のそれを大きく上回っていた。
そして、それをさらに高めているのが電子機器の扱いのうまさである。
彼は自分の強みを生かし、データによる分析を得意としていた。
「では私たちは本体を」
「だね」
虫眼鏡やピンセットを使いながら2人は箱の隅々までチェックしていく。
「螢華ちゃん、上の方何かわかった—?」
「はい、少しですけど……」
「なになに、教えて!」
「はい、もちろんです。ですが……その前に、カッターのような薄くて、強度があるもの貸していただけますか?」
「いいけど……何に使うの?」
部室に置いてあったカッターを手渡された螢華は望虹に微笑み返す。
「見ていてください」
そういうと、螢華は小箱にカッターを突き立てた。
「螢華ちゃん!? いくらわからないからって小箱を壊そうとしちゃダメだよ!」
「そ、そんなことしません! それよりこれ、見てください」
螢華が指差した部分に小さな丸い穴ができていた。
「壊しちゃった!?」
「元々はずれるようにできていたんです! 望虹ちゃん、人聞きの悪いこと言わないでください!」
「ごめんごめん。あんまり螢華ちゃんがそういうことしないからついつい……でもこれ、外れてもどこかにはめられるようなところってあったっけ……?」
「側面にはめるようなところはなかったんですか?」
「う〜ん、私が見た限りではなかった気がする……横の方は面ごとに朱、緑、白、黒の4色に塗り分けられていたくらいで……」
「そうですか……じゃあただのフェイクか飾りでしょうか?」
「いや、そうとも限らないんじゃないかな?」
螢華の意見に反対したのは
「奈津稀さん」
漢文解読をしていた彼だった。
「お待たせ、螢華、望虹。底の漢文、解読終わったよ」
「待っていた! 遅い!」
「頑張っていたんだから文句言わないで!」
「それで、なんと書いてあったのですか?」
「えっとね……
『世界を統べし獣よ、正しき方に正しき心を示せ。さすれば箱は開かれ道を示さん』
だって。何かわかる?」
「それだと余計分からないよ……」
「世界を統べし獣? そんな動物は過去にいた恐竜や、現代の人間くらいなもんだぞ」
「あ、哲夜君。そっちの解析も終わったの?」
「ああ、まあとりあえずな」
計器の元から戻って来た哲夜は過去に地球上で繁栄した動物をあげる。
「わかったことはつくられたのは今からおよそ千年前、時代でいうと平安時代だな」
「それでそれで?」
「あとはわからん」
きっぱりと言う哲夜に盛大に3人がこけた。
「思わせぶりな言い方してそれだけ!?」
「わからないものはわからない。それにこの短時間だぞ、細かく調べるなんてできるものか」
「それは確かに……私たちが過度に期待しすぎでしたね。申し訳ありません、哲夜さん」
「いや、螢華のその言い方はなんかすごく傷つく……」
「私、何か気を悪くするようなことを言ってしまいました……?」
「いや、俺が素直な意味に取れなかっただけだから気にしないでくれ……」
「そうだよ、哲夜君は昔から素直じゃないんだから……」
「お前はやりたいことに素直すぎるんだよ」
「私が自制出来ない子供みたいじゃん!」
「実際間違ってないだろう?」
「望虹ちゃん!」
望虹と哲夜の痴話喧嘩に割りこむ螢華の声。
「哲夜さんとの喧嘩はあとにしてこれ見て下さい!」
「あれ、横の面にくぼみができている……私が見たときはなかったのに」
「いったん上のパーツ全部外してみたら横にくぼみができたんだ」
「なるほど。重さを利用して蓋のパーツを外したら窪みが現れるしかけになっていたのか」
「なんだかよくわかんないけど奈津稀ちゃんナイス!」
「えへへ〜それほどでも」
珍しく望虹に素直に褒められた奈津稀はちゃん付けされていることに気付かず、照れた。
「つまり、ここの4つの窪みに上にくっついていた4つのパーツを正しくつければいいってことだね!」
「その正しく、が問題なんだけどな……」
「まず、正しき心、がなんなのかわからなければどうしようもないですし……」
「パーツに何か彫られてないの?」
「僕もそう思って哲夜に拓本頼んでいる。望虹、一足遅かったね」
「むぅ……」
勝ち誇る奈津稀に望虹は悔しそうに頬を膨らませる。
「……世界を統べし獣、4面、その色分け……もしかして四神でしょうか?」
不意に螢華が何かに気がついたように呟いた。
「奈津稀さん、その箱上部にある板にそれぞれ何が書いてあるのかわかりましたか?」
「う、うん。えっと……それぞれ『喜怒哀楽』が1文字ずつ書かれているみたい。かなり崩してあるし、なんかの生物をかたどって無理矢理漢字にしているみたいで多分としか言えないけど……」
奈津稀の言葉を聞いた螢華は確信めいた笑みを浮かべた。
「螢華ちゃん、何か分かったんだね」
「うん、これは五行思想と言って昔の中国で作られた考え方を使ったものだと思います。特に有名なのは四神——五行思想では五獣ですが——ですね、平安京に遷都する際に考慮されたという話がのこっています」
「そう言えば小学校の時、そんな話聞いたな」
「五行思想成立したあと、陰陽説と統合されて陰陽五行説ができています。それには地球上の全てを創り上げる5行の成立が描かれています。おそらく『世界を統べし』というのは五行思想を、『獣』というのは中でも五獣のことを示しているのだと思われます」
螢華はこの町一の大企業、朱羽コーポレーションの社長の娘で、螢華の両親はほとんど外出を許さなかった。そのため、螢華は自室で本を読んでいることが多く、特に神話関係のものをよく読んだため神話関係はとても強いのだった。
「そして、五行思想の中には、この箱の色分けも、その板に書かれている感情もあります。つまり、それにあわせて板をはめ込めば……」
「……開くかもしれない、ということだな」
「はい、確証はありませんがおそらく」
「でも、そんなに有名なら螢華ちゃんがすぐ気づいちゃいそうだけど……」
「そ、それは……木の行の色は青が有名で、緑がそんなにメジャーじゃなかったので……」
「なるほどね。とりあえず望虹」
「うん、じゃあ、やってみよう」
「はい、では始めます。喜を緑の窪みに、怒を白の窪みに、哀を黒の窪みに、そして楽を朱の窪みに填めてください」
「はいはーい……って、本当にわかりにくいね、これに書いてある文字……奈津稀君がメモを書いておいてくれなかったらわからなかった……よ……これで、ラスト!」
最後の楽が赤い面の窪みに収まり、すべてが穴に入った瞬間、
——カチッ
小気味良い音が聞こえた。
「じゃあ、開けるよ」
望虹がそう宣言をして箱の上部に手をかけて箱を開いた。
「古びた紙と……もう1つ、こっちの箱はなに?」
箱を開けた望虹が最初に漏らした言葉はそれだった。
その言葉の通り箱の中には今にも破れそうな紙と何かが入ってそうな小さな箱があった。
「これもまた漢文みたいだな」
「みたいだね。じゃあ、僕はこっちの解読やっとくね」
「そのままで大丈夫か?」
「うん、これはそのままで読めそうだから大丈夫」
「わかった、じゃあ任せる」
箱の中から取り出した紙を慎重に広げていた哲夜が書かれていたことを見てからそう言って奈津稀に渡す。
「望虹ちゃん、その小さい箱の方には何が入っているのですか?」
「あ、うん、なんか丸い宝石みたいのが4つ入ってたよ」
「そうですか……やはり四神と何か関係があるのでしょうか」
「そうかも? この珠の色も箱の側面の色と同じだったし」
「そうですね……でも、依代町に四神にまつわる伝承なんてありましたっけ……?」
「私も聞いたことないかも……柚乃ちゃんに聞けばわかるかもしれないけど……」
「ああ、確かに柚乃さんなら知ってそうだが……」
「あはは……哲夜君、ちょっと柚乃ちゃんのこと苦手だもんね」
「あのテンションはどうもな……」
「あの、どんな方なんですか?」
「一言で言うなら人たらしだよ」
「人たらし、ですか?」
「わかりやすく言うと誰とでもすぐに仲良くなれるの。ただ、それがすっごく早いから哲夜君がつけたあだ名が、女たらしならぬ、人たらし、ってわけ。柚乃ちゃんもそれは知ってるし、むしろ喜んでる感じすらするけど……」
「なかなかすごい方なんですね……でも、どうしてその方が?」
「誰とでも仲良くなっちゃうから口伝の伝承とか都市伝説に詳しいの。昔はお姉ちゃんと3人でよくいろんなこと調べに行ったんだよ? たまに哲夜君も一緒だっとよね」
「……ああ、そうだな」
「あれ、そう言えばあの頃、哲夜君って……」
「奈津稀、解読できたか!」
望虹の話を遮るように哲夜は奈津稀に確認する。
彼の名を悲しそうに呼ぶ声は奈津稀の返答によってかき消された。
「え? う、うん、解読できたけど……1カ所だけ読めないところがあって……」
「じゃあそれ以外でいい、読んでくれ」
「うん。
『???にて人々を苦しめし王の獣よ、神に向て神化せよ。神化せし獣が眠るその地にて宙に輝く光を集めよ。その光以て自らの心と覚悟を解き放て。さすればその地の災い、永遠に消え自らその力も持つ』
そのまま読むとこんな感じかな」
何でもないように話しているがこれでまだ中学1年である。
好きなものこそ、とはいうが、凄いとしか言えないレベルだと言えるだろう。
「ちなみに、読めなかったところは?」
「数字の百に、修羅の羅に、京都の祇園の祇に、亜鉛の亜の旧字体の4文字の塊。多分、何かの固有名だと思うんだけど……」
「ひゃくらぎあ? よくわかんないね」
「実際に書いてみましたが、私もこのような単語は目にしたことがありません」
そう言った螢華の手元をみると『百羅祇亞』と紙に書いてあった。
それを見て望虹が何か言おうとしたとき
『そろそろ完全下校時間です。校内でまだ部活をやっている生徒は急いで下校しましょう』
終了時刻を告げる校内放送。
「はあ、もう時間か?」
「ほら、望虹はいつも一番支度が遅いんだから早くしろ」
残念そうに机に突っ伏した望虹を哲夜が気にかける。
「はぁい……」
「相変わらず哲夜は望虹のこと良く気にかけるね」
「ばっ、そうなんじゃない。ただあいつが遅いと俺達が早く帰れないからな」
「そのように必死に否定していることがそうだと仰っているようなものだと思われますが……」
「螢華もいい加減にしろよ?」
のそのそと支度をしている望虹を横目に奈津稀と螢華が哲夜をからかっていた。