逢魔の時に……   作:月白弥音

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5 捜索

 「ただいま〜」

 「望虹、お帰りなさい」

 極々普通の一軒家に帰った望虹は自分の母親--神端なずな--に声を掛ける。

 「また部活?」

 「うん、また面白いのが見つかったんだ」

 「そう、どこか行くんなら一言言ってから出て行って、必ず帰ってきてよ。よほど危険なことじゃない限りダメって禁止はしないけど、私には望虹しか居ないんだから」

 そう言いながら淡々と夕飯の支度をしていくなずなを望虹は見つめる。

 それから、彼女は部屋の片隅にある写真に視線を移した。

 懐かしい家族写真。

 そこには望虹と両親のほかにもう一人、彼女によく似た女の子が笑顔でピースサインしていた。

 その隣にあるのは彼女一人がドレスを着て照れ臭そうに笑っている写真。

 近くにある中世ヨーロッパをモチーフにしたテーマパークで撮ったものだ。

 望虹は淡いオレンジに照らされた写真から目を逸らす。

 その目には薄く涙が浮かんでいた。

 

 

 

 その写真に写っているのは、一歳年上の姉、いろはである。

 いろはは望虹と同じく、いや、それ以上に好奇心旺盛だった。

 今の望虹がやっている探検や、謎解きはいろはから学んだ部分も大きい。

 好奇心旺盛な二人は噂を耳にする度に様々な場所に向かった。

 海や、森、公園、廃墟……

 面白そうなことがあれば、何処へでも行く彼女たちに大人は頭を抱えたが、彼女たちは聞く耳を持たなかった。

 危険なことも多少はあったが、彼女たちは懲りることなく自分の好奇心を満たしていく。

 小学生の足では行けるところは限られていたが、できる限り自分の足で真相を突き止めようとしていた。

 そして、そんな日がずっと続き、いつかもっと遠くまで行けるようになったらもっとたくさんの物を一緒に見たい、そう願った。

 しかし。

 その日が来ることは永遠にない。

 その未来を奪う出来事は望虹の目の前で起こった。

 その瞬間だけ、望虹の中に強く鮮明に残った。

 

 

 

 「……こ……みこ、望虹!」

 「っ! お、お母さん、びっくりしたぁ……」

 「さっきからずっと呼んでいたわよ。ぼうっとしていた大丈夫?」

 「う、うん、平気……」

 写真を見る度に思い出す悲しい記憶。

 今でこそこの程度だが、その直後は今よりもよりひどく、外に出られないほどだった。

 たくさんの友達に助けられ、望虹の悲しみは少しずつ癒えていく。

 長い時間をかけ、彼女の心は立ち直りかけていた。

 精神的に安定し、普通の生活が送れるようになった時、彼女は髪を切った。

 姉のショートポニーを真似をしていた、ななめポニーからショートカットに髪型を変える。

 それが彼女にとっての離別の方法であり、乗り越える覚悟の証。

 今ではトレードマークとなった白梅のヘアピンは、いろはからの最後の誕生日プレゼントであり、自分と一緒にいてほしいという思いを込めてその時からずっとつけている。

 「……そう、ならいいんだけど……何かあったらちゃんとお母さんに言ってね」

 「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」

 なずなも彼女の様子の変化に気がついてはいたが、心の問題に自分が介入していいのか迷い、何もできずにいた。

 だからこそ、彼女は心配しながらもいつも通りの生活を望虹にプレゼントする。

 いつも通りを毎日続けることで、彼女の居場所を作り出した。

 愛しているからこそ、何もしないということがどれだけ辛く大変なことなのか、それは彼女にしかわからないことだろう。

 

 「さあ、ご飯にしましょ! 今日は望虹の大好きなハンバーグよ〜!」

 「本当に! 嬉しいな!」

 なずなはそういって席に座る。望虹もテーブルに付き

 「いただきます! 美味しそう!」

 と笑顔で夕飯を食べ始めた。

 

 

 

 

 「ごちそうさまでした! 美味しかったよ!」

 「それなら良かったわ。お皿、流しに持って行ってくれる?」

 「はーい」

 食べ終わった食器を台所へ運び、水につける。

 水音を聞きながら望虹はふと思う。

 「そういえば、今日お父さんは?」

 「また遅くなるみたいよ。下手すると泊りかもって。お仕事忙しいみたい」

 「そっか……」

 望虹の父はプログラマーである。

 仕事で上の立場になったせいで最近はますます会えなくなっているが、彼女にとって自慢の父である。

 彼のせいで、望虹はいくつか困ったこともあるのだが……

 それを抜きにしても、やっぱり大好きなお父さんなのだった。

 「ほら、いつまでもお水を出しっぱなしにしないの。あとはお母さんが洗っておくから、あなたは勉強してきなさい」

 「あ、ごめんなさい。じゃあ、よろしくね、お母さん」

 蛇口を閉めて、望虹は二階にある自室に向かう。

 

 

 

 まだ本格的に授業が始まっていないため、出された宿題は少ないが今日は『百羅祇亞』の読みを考えなければいけない。

 勉強が苦手な彼女だが、それを考えることはとても楽しい。

 望虹は入学祝いでもらってから一度も使ったことがない電子辞書を箱から出した。

 「えっと……これで電源つけて……あれ!? なんか辞書じゃない画面出てきた……」

 初めて使う機械に取扱説明書とにらめっこする望虹。

 初期設定などを悪戦苦闘の末に行い、ようやく使える状態にする。

 「ふぅ、やっとできたぁ……あとはこのキーボードで入力すればいいんだよね?」

 機械操作自体は苦手だが、持ち前の好奇心でいつの間にかこなしてしまう。

 苦手意識よりもやってみたいという好奇心が強い望虹ならではの苦手克服法だ。

 「まずは……一応こういう単語があるか確認だよね」

 全辞書検索機能を使い、『百羅祇亞』という単語を検索する。

 もちろん、検索結果は0件。

 それは予想通り。

 その程度でわかるものであれば、すでに誰かが気づいていたはずだ。

 そうじゃなきゃ面白くない。

 望虹は一人笑顔になる。

 「さてと、まずは何から調べようかなぁ……やっぱり最初は一つ一つの読み方を確認してみよっか」

 一人そう呟くと、入力してある文字を消して、入力し直す。

 百、羅、祇、亞……

 一文字ずつ検索してはノートにメモしていく。

 彼女の調査ノートは今まで自分が調べてきたものが蓄積されていた。

 過去に調べたもので今回のものに使えそうな情報がないかもう一度ノートを見返す。

 「うわぁ、懐かしい! これ、初めて螢華ちゃんと哲夜君と3人で行った時のやつだ〜! じゃあもうちょっとページをめくると……やっぱり、奈津稀君がきて今のメンバーで初めてやったやつ!

 色々あったなぁ……お姉ちゃん、この街は本当に興味が尽きなくて楽しいよ。お姉ちゃんも、私とおんなじように楽しんでくれてるかな? ひょっとして、お姉ちゃんはもうわかっちゃっているかもね、頭よかったもん」

 ノートを見返しつつ、姉との時間を思い出す。

 望虹は決していろはのことを忘れたわけではない。

 彼女がいないことを受け入れて前に向かって進もうとしているだけなのだ。

 「今も、お姉ちゃんが一緒だったらもっと楽しかったのにな……」

 思い出しては泣きそうになるのも無理はない。

 望虹泣きながらも前に進む。

 自分を支えてくれた友達や母親に報いるために。

 そしてきっといろはだって望虹と同じ。

 目の前の興味を突き詰めたい、きっといろはも同じことを望むのだろうと思うから。

 溢れ出た涙を袖で拭く。

 ティッシュを一枚とって鼻をかむ。

 そうしてあげた顔にはいつもの笑顔が浮かんでいた。

 ゴミ箱を狙って投げたティッシュは……

 「もう、ここは入ってよ〜!」

 残念ながら逸れていったが。

 「よし、続き続き!」

 

 

 

 

 

 「望虹〜、お風呂はいらないの〜」

 なずなの声で望虹はふと顔をあげる。

 望虹が辺りを見回すとなずながドアを開けていた。

 「時間見なさい? いつもならもうお風呂に入っている時間よ」

 そう言われ、望虹が時計を見ると既に11時を回っていた。

 「え、うそ! もうこんな時間なの!?」

 「望虹は昔から一回集中すると全然時間気にしないでのめり込んじゃうものね。今も何度も呼んでやっと反応してくれたし」

 「あ、そうだったんだ……ごめんなさい」

 「それが望虹のいいところだと思っているし、私もあんまり邪魔したくなかったんだけど、流石に時間が遅いから」

 「うん、ありがとう、お母さん。お風呂入ってきちゃうね」

 思っていた以上に集中していたことを知った望虹は、下に降りる。

 服を脱ぎ、白い肌を晒した望虹は湯気が立つ湯船に体を沈める。

 お風呂に浸かっていてもやはり考えるのは百羅祇亞のこと。

 (羅はら、祇はぎ・き、亞はあで確定だよね。問題は百の読み方なんだけど……)

 わからないことは考えすぎるとただ詰まるだけ。

 思考をクリアにするために頭まで全て沈めて一気に立ち上がる。

 そして鏡が目に入る。

 白い肌とはいえ凹凸がほとんどない体。

 胸もなく、身長もなく……

 (お姉ちゃんだって最後に見たときには少し大きくなり始めていたし、身長だってすごく高いわけじゃなくても普通くらいだったのに……お母さんも普通くらいだと思うのになんで私だけ……)

 はぁ……大きなため息をついて望虹はきつく目を閉じて頭からシャワーを浴びた。

 

 

 ピンク色の生地に水玉模様が入ったパジャマ(フリル付き)に着替えた望虹は自室のベットにダイブ。

 (明日、みんな何か分かってるといいなぁ)

 そう思いつつゴロゴロしながら本を開く。

 集中していた疲れと時間的な問題か、睡魔が襲ってきて本の内容が全く頭に入ってこない。

 う〜、と頭を振りながら唸り声をあげた望虹だが、それで飛ぶような眠気ではない。

 諦めたように本にしおりを挟んで電気を消した。

 

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