望虹達が帰らずの森のことを調べ始めて一週間。
五月に入り探索も二日後に迫ったこの日、望虹は学級委員として哲夜と共に代表委員会に出席していた。
「はぁ~早く終わんないかなぁ。調べる時間無くなっちゃう」
「そんなこと言うな、これも仕事の内なんだから。そもそも、大方帰らずの森のことは調べがついてるはずだろ?」
「そうなんだけど、あれしか情報がないのかな、って思ったりもするんだよ」
帰らずの森に魔物が住んでいるとされてから人が殆ど近寄らなくなったため新しい情報がないのはしかたないことなのかもしれないが、それにしても少なすぎる、望虹はそう考えていた。
「でも今日は図書館行く時間ないかぁ」
時計を見上げながら望虹はそう呟いた。
ーー数日前
「哲夜君、そっちどう?」
「いや、特になにも」
「うーん……」
望虹たち、地域文化部メンバーは図書館に来ていた。
現代語で書かれている書籍から帰らずの森の情報を集めていたが、あまり有益な情報は集まっていなかった。
「『人が全く入り込んでいないため生態系がとても豊かであることが考えられる』……って別に私はそんな情報はいらないんだけど……」
「そもそもそういう憶測で書いてあるのもどうかって話だよな。化学的な読み物に根拠のないものを書くなんて……」
少し苛立ちを含んだ声で哲夜が反応する。
「まあまあ……哲夜君がそういうことを許せないのは知っているけどね」
哲夜をなだめつつ、望虹は机に積み上がっている本を見る。
「はぁ、それにしても迷いの森ってキーワードだけでこんなにヒットするとはね……」
「こんなにあるなんて思わなかったよね……もっと少ないかと思った」
「それでも実際は全く関係なかったり、関係あっても俺たちに用がない情報だったりで無駄なものばかりなのもさらに問題なんだけどな」
「しかし、そのようなことを言っていても仕方ありません。手分けをしましょう。私たちはあちらにある古文書の方から調べてみますね。奈津稀さん、行きましょう」
少し離れた場所に席を移動し、大量の古文書と向かい合う。
「はぁ、こんなにたくさんの古文書があるなんて……ワクワクするなぁ」
「私も奈津稀さんから教えていただいてある程度は読めるようになりましたが、まだ奈津稀さんには遠く及ばないので……」
「いや、螢華ちゃんに追いつかれたら僕のやることなくなるから……」
「そんなことはないですよ? それに奈津稀さんにばかり負担をおかけする訳にもいかないです」
「別に負担なんてことはないんだけどなぁ……ただ僕ができることだし好きなことだからやっているだけで」
「それならいいのですけど……私も読みたいものがありますので今日もご指導よろしくお願いしますね、奈津稀さん」
「うん、任せて」
和気藹々と話しながら解読を始める二人。
「……ねえ哲夜君、最近何だかあの二人仲良しだよね」
望虹はそんな二人を不思議そうに眺めていた。
「ん? ああ、なんでも螢華が古い言葉で書かれている神話を読みたいらしくて奈津稀に色々教えてもらっているらしいぞ」
「へぇ、そうなんだ……ってなんで哲夜君がそんなに詳しいの?」
「単純に部室でその話をしていたからだ。ちなみにお前もいたぞ」
「えっ! 嘘! 私そんな話全然知らないよ!」
「そりゃ、お前が聞いていなかっただけだろ……」
「せっかく面白そうだったのに……」
「望虹は一つのことに夢中になると周りのことは何も気にしなくなるからな」
「あ、あはは……否定できないや……」
「だろ? それで、今日の望虹さんは集中できてないみたいだが」
「うん、だってさっきからおんなじようなことしか書いてないんだもん……つまんないよ―……」
「そんなこと言ってもな……」
「確かにこういうことやるのも好きなんだけど、あんまりにも欲しい情報がなさすぎるとね……」
頬を膨らませながら机に突っ伏しる望虹。
そろそろ望虹は2時間近く本を読み漁っていたが、ほぼ収穫はゼロだった。
「さすがは立ち入りが制限されていた場所ってところか。現代語で書かれている本、つまり明治時代より後に書かれている本ってことになるからむしろ知っている人の方が少ないのかもな」
「そうだね……これは奈津稀君、螢華ちゃん待ちかな……」
「とりあえず柚乃さんが言っていた都市伝説の方を調べてみようぜ。おそらくまだその方が欲しい情報が手に入るだろ」
「うん! そうだね! 頑張ってみよ!」
興味を持ったものにはどこまでもまっすぐに。
たとえ一旦気持ちが落ち込んだとしても、自分が納得いくまでやらない限り終わらない。
それが彼女の一番の持ち味である。
「えっと……うーん……こういう古語と混じっている本はよくわかんないよ……」
「このくらいは読めるようになれよ……奈津稀から何度も教えてもらっているんだから」
「そうなんだけど……なんかどうもうまく読めないんだよね……私だって気になるからなるべく一人で読めるようになりたいのに……」
「そればっかりは慣れもあるからな……中学では古文を読む授業もあるらしいからそれで読めるようになっていくんじゃないか?」
「そうだといいなぁ……でもそれよりも! 私は今はこれが重要なの! えっと……あれ? 哲夜君、これ見て」
わからないながらもなんとか読もうとしている望虹がある一点に目をとめた。
「ん? どうした?」
「ここ。帰らずの森じゃなくて迷いの森って書いてある」
ほんの少しの些細な違いだが、こういうものを調べている時には大きな手がかりになることも多い。
小さい頃から何かを調べることに慣れ親しんでいるからか、望虹はちょっとした手がかりにも敏感になっていた。
「本当だ……もしかして元々は迷いの森って呼ばれていたのがある時期から帰らずの森って呼ばれるようになったのか?」
「そうなのかも。螢華ちゃん、奈津稀君ちょっと」
「はい、どうかしましたか?」
「途中報告?」
「うん、そう。ちょっとこれ見て欲しいんだけど……」
「これって……螢華ちゃん」
「はい」
望虹が指差した場所を覗き込んだ二人は顔を見合わせる。
「私たちも先ほどから気になっていたんです。古いものにはほとんど帰らずの森ではなく、迷いの森と書かれていたので」
「やっぱり……ちなみに古いってどれくらい古いの?」
「えっとだいたい千年くらい前かな」
「かなり前だな」
「うん、でも迷いの森っていう名前はほとんど出てこなくてすぐに帰らずの森って名前に変わっている」
「じゃあ変わった時に何かあったってこと?』
何気なく望虹がつぶやく。
「そうですね、何か……あっ……」
そのつぶやきに螢華が反応した。
「ん? どうしたの。螢華ちゃん?」
「いえ、もしかして柚乃さんから聞いた話、元々はその名前の変化があった時期にできたものではないでしょうか」
「確かに、帰らずの森と呼び始めたというくだりがあったな」
「はい、ですのでその可能性はあるかと思います」
「なるほど……何か証拠があればいいけどちょっと難しいかな……」
「ですね、現状では憶測の域を出ないです。今まで読んだ中には証拠になりそうなものはありませんでいたし……」
「そっか……じゃあこれは一旦置いておいて。他に何かわかったことはある?」
わからないものはわからない。
そこにいつまでも時間をかけているわけにもいかないため、一度話題をかえる。
どこまでも執念深く知りたいことを追いかける望虹だが、一度引くことの重要性も理解していた。
「わかったこと、というよりは再確認って感じだけど、やっぱり帰らずの森から帰ってきた人物はあの話に出てきた一人だけみたい。でもやっぱり危険な場所、とか禁忌事項、とかになっているだけで詳しい話は書いてなかったよ」
「そうなんだ……私たちの方も全然だったよ。私たちが必要だなって思う情報は特になかった……」
「そっか……これ以上は無理なのかもね……」
奈津稀の言葉は的中し、このあとさらに二時間近く調べても特に成果は上がらず、四人は肩を落として図書館を後にした。
「はい、では以上で代表委員会を終了します。今日の議題を明日クラスにおろして下さい」
望虹が図書館での調査を思い出している間に代表委員会も終わり、ぞろぞろと部屋を後にしていく出席者達。
望虹達もその流れにのって部屋を後にする。
「とりあえず教室だな、この紙を置いてこないと」
「うん、そうだね。とりあえず13HRに行こうか」
「やっほー、みこっち、てっちゃん。代表委員会お疲れ様」
二人で自分の教室に向かおうとすると、後ろから声を掛けられる。
「あ、柚乃ちゃん! 柚乃ちゃんも学級委員だったんだね」
「うん、まあなんていうか成り行きでって感じかな。ほら、私は部活に入ってないから放課後暇だし」
「そういう面で考えれば柚乃さんほどの適任はいないですよね」
さらっと嫌味を吐く哲夜。
それでも柚乃は嫌な顔をせず、むしろ新しいおもちゃを見つけた子供のように笑顔だった。
「お、てっちゃん、私にいうようになったね。これはまた遊んであげないとダメかな?」
「それは遠慮させていただきたいですね……」
いじり倒そうとする柚乃の狙いを悟って、苦い顔を見せる哲夜。
そんな顔を見てさらに楽しそうな柚乃。
「ほら二人とも、あんまり喧嘩はだめだよ?」
望虹は二人のやりとりに不安になったのか仲裁に入ろうとする。
「みこっち、これは喧嘩じゃなくてただいじって遊んでいるだけだから大丈夫」
「そうなの?」
「そうだよ〜みこっちもやる?」
「望虹に余計なことを教えるな……」
やってみたい、という望虹の答えは哲夜によって遮られた。
そしてそのまま柚乃を睨む。
この天然にそんなこと教えてみろ、どうなるかわかったものではないぞ、と目で訴えていた。
「まあまあ、あんまりそういう顔しているとそういう顔で固まっちゃうよ?」
「固まらないですよ!」
「あはは。さて、てっちゃんをいじるのはこれくらいにして」
「本題があるならさっさと話してください……」
すごく疲れたようにぐったりとしている哲夜が力なく反論する。
「私もあれから色々周りの人にお話聞いてたんだけど、ちょっと面白いことが聞けたよ」
「面白いことって?」
なんのことかわからない望虹は首をコテンとかしげる。
「みこっちは陰陽山の麓にある晨明神社って覚えている?」
「うん、あの階段多くてちょっと古ぼけた感じがするところだよね。前にお姉ちゃんと三人で行った……」
「そうそう、懐かしいね」
「おい……」
望虹の触れてはいけない部分の話に哲夜が声を上げる。
「大丈夫だよ、哲夜君」
心配しないで、そういうかのように望虹は哲夜に微笑みかけた。
「それでね、あそこの住職さんがどうやらこの前話した噂の主人公の血筋らしいの。だから明日話を聞けるようにしたから一緒にきてくれる?」
「ほんとに! いいの!」
自分たちが図書館で調べてもわからなかったことがわかるかもしれない。そう思うと彼女のテンションは一気に跳ね上がる。
「ありがとう! さすが柚乃ちゃんだよー!」
「もう、突然そんなに飛びついてこないの。明日、授業終わったら昇降口で待っているね」
突然抱きついてきた望虹をかろうじて受け止めた柚乃は文句を言いつつも笑顔だった。
「うん、ありがとう!」