Fate/Heretical Comet   作:小糠雨

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※ご注意

★本作は『Fate/Grand Order-Epic of Remnant- 禁忌降臨庭園セイレム 異端なるセイレム』ならびに同作に登場するアビゲイル・ウィリアムズに関する多大なるネタバレを含みます。

★本作は『Fate/EXTRA』の多大なるネタバレをも含みます。

★本作は岸波白野の物語ではありません。

★本作に登場するアビゲイル・ウィリアムズは、実在のマサチューセッツ州セイレムに実在したアビゲイル・ウィリアムズとは半分くらいしか関係ありません。

★本作に登場するアビゲイル・ウィリアムズは、作者の独自解釈(よ く ぼ う)二次設定(よ く ぼ う)願望(よくぼう)性癖(よくぼう)を多分に含みます。

★本作はうっかり続きましたが、高確率でエタります。ご了承ください。

★本作にはオリジナルサーヴァントが登場します。

★本作には捏造宝具が登場します。

★本話はダン・ブラックモアならびにロビンフッドがお好きな方が不快感を覚えることが御座います。症状が出た場合は(ただ)ちに服用を中止し、ブラウザバックしてください。

★いあ! いあ! んぐああ んんがい・がい! いあ! いあ! んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん! いあ! いあ! い・はあ い・にやあ い・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!


二回戦【The Old Knight's Right】

 

 ――((くつがえ)された宝石)のような目覚め。

 

 ――門の向こうより(なん)(ぴと)か囁く。

 

 ――それはキミの生誕の日。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――二回戦が始まった。清々しい朝だ。

 

「……あ。おはよう、ケイ」

 

 (まぶた)を開くと、隣に()すアビーと目が合った。先に起きていたらしい。

 

「おはよう、アビー。起こしてくれればよかったのに」

 

「今日はじっくり寝顔を見たい気分だったの。

 それに、ケイは昨日頑張ったんだもの。ゆっくり眠って疲れを取らないと」

 

「頑張ったのはアビーの方だろう? 俺の代わりに傷ついて、俺の代わりに敵を(たお)してくれたじゃないか」

 

「ふふ、褒めてくださってもいいのよ?」

 

「よーしおいでー」

 

 寝転んだままアビーを腕の中へ収め、頭を撫でる。額にキスを落とし、さらに唇に――。

 ――と、そこで。端末がけたたましく着信音を叫びだした。

 二人してビクリと肩を震わせ、数秒硬直したのち、億劫だが端末を取り出して確認する。

 

 ――二階掲示板にて、次の対戦相手を発表する。確認されたし。

 

 この野郎、空気読みやがれよ。今ちょっとイイ雰囲気だったろうが。

 言峰の笑顔が目に浮かぶようだ。いや、このメッセージを送っているのがあのクソ神父なのかどうかは知らないが。

 

「……………………行くか」

 

「……………………そうね」

 

 確認しなければ始まらないのも事実。仕方ない、行くとしよう。

 今日からまた猶予期間(モラトリアム)だ。暗号鍵(トリガー)の取得が成らなければ俺たちに未来は無い。

 休息は必要だが、怠惰が許される状況ではないのだ。

 

 

 

 

 

 掲示板前には既に何人かのマスターが居た。

 皆対戦相手を見て一喜一憂している。

 なお、いかなる仕組みが働いているのか、この掲示板は見る者によって内容が変わる。自分の対戦相手の名前しか表示されない。

 さて、それで俺たちはっと。

 

 ――マスター:ダン・ブラックモア

 ――決戦場:二の月想海

 

 聞き覚えがある名だ。予選で用務員の役割(ロール)を与えられていた老人だったような。

 

「夜ノ森彗、というのは君で合っているかな?」

 

 隣にやって来た老紳士が俺に声をかけてきた。

 ああ、そうだそうだ。この顔にはやはり憶えがある。

 綺麗に撫でつけられた白髪、豊かな口髭。そして老人とは思えないほど鍛えられていることが見て取れる、背筋のピンと伸びた身体。

 間違いなくあの用務員だ。いや、用務員という風貌では決してないが。それでも役割(ロール)的には用務員だ、うん。

 

「そう言うあなたはダン・ブラックモアですね?」

 

 俺の言葉に反応して、周囲が無音になった。

 なんだ? 何か変なこと言ったか?

 

「いかにも。

 しかし――若いな、君は。実戦の経験も、あって数回程度といったところか」

 

「いやなに、現代社会が生んだもやしっ子でしてね。まだ親元から巣立ったばかりのペーペーですよ」

 

「ほう? しかしその割には(わし)に臆する様子が無い。それにその眼――君には迷いも、人を死に至らしめた葛藤も無いようだ」

 

「まあね。俺は絶対に願いを叶えるって決めてるんで」

 

 くどいようだが、俺にとってはアビーと一緒に居られることこそが重要なのだ。

 俺は自分の腕は理解しているつもりだ。ゆえにこそ、些事に惑わされては聖杯を()るなぞ夢のまた夢。

 ましてや〝敵〟を屠るのに、迷いも葛藤も抱きようがない。この聖杯戦争に於いて、〝敵〟とはそれ則ち聖杯への道を阻む者――アビーとの幸せを阻む者だ。むしろ嬉々として排除してやる。

 

「なるほど、純粋に願いだけを見据えるか。だがそれでいて、どこか濁っている。

 君は、なんというか――(いびつ)だな」

 

「自覚はありますよ。悪いね、俺みたいなのが相手で」

 

「いや。とても()り甲斐がある。

 良い勝負をできると期待しているよ」

 

 そして、ダン・ブラックモアは去っていった。

 同時、彼のプレッシャーから解放されてか、周囲のマスターたちが一斉にざわつきだす。

 

「あれがダン・ブラックモア……」「あんな大物まで参加してたなんて……」「ただでさえレオやら遠坂やら居てヤバいってのに」「つーかあの対戦相手、例のエクストラクラス連れてる奴じゃね?」「ああ、間桐と戦ったっていう……」「間桐も腕は一流だったんだ。それに勝ったってことはあいつ、もしかしてかなりできるのか?」「どうだか。エクストラクラスのサーヴァントってやつが強力だっただけじゃねぇーの?」「だとしても流石にダン・ブラックモアが相手じゃ無理だろ、気の毒に……」

 

 何だ何だ、仲いいなお前ら。敵同士だろ、いいのかそれで。

 ……いや、俺も他人のことは言えないが。

 特別親しくしているつもりもないが、遠坂とはそれなりに友好的に接していると思う。とはいえ、遠坂との対戦が組まれたとしたら、互いに容赦なく殺しにいくが。

 まあ要するに。いざというときに鈍らないのであれば、仲良くするのも悪いことではない。有益なことも多かろうというものだ。

 ――と、いうわけで。

 

「教えて遠坂ちゃん☆」

 

 屋上に遠坂が居たので尋ねてみることにした。だって俺、あの爺さんのこと知らないし。

 

「キモっ」

 

 失敬な。ダークでシリアスなセイントカップウォーをライトなスマイルでライド切るためのウィットに富んだ気ユーズだというのに。

 まあ確かに? 二〇歳の男が声を弾ませ、しなを作ってウィンクするとか狂気の沙汰なのは認めるけども?

 じゃあ仕方ない。とっておきを出そう。

 

「フォーリナー」

 

 指パッチンに応えて実体化したアビーは、顔を赤くしてもじもじしている。

 

「うう……ほ、ほんとにやるの……?」

 

「もちろん。これも聖杯戦争に勝つためだ」

 

 そう、仕方ないことなんだ。情報を得ることは自身の生存に直結する。決して、決して俺が見たいからやらせるわけじゃないんだ。決して!

 だから俺があからさまに遠坂の隣に移動して真っ正面からアビーを見ているのも決して(やま)しいことなど欠片も無いのだ。決して、決して!!

 そしてアビーは緩慢な動作で、袖に隠れた両手を口元へ持っていき、上目遣いで遠坂を見て――おい遠坂ちょっとそこ代われ――小さく首を(かし)げて、ウィンクいっぱつ、

 

「お、お……~~~~!

 ――教えて遠坂ちゃん☆」

 

 ――天使だった。

 

 ――我が人生に一片の悔い無し。

 

「ねえ、あなた今最高にキモいっていう自覚ある?」

 

「うるせえ、何とでも言え。ああカメラが、カメラさえあれば……!

 遠坂お前持ってねえの?」

 

「あるわけないでしょそんな無駄な荷物」

 

「ハァー……つっかえねえ……」

 

 ダメだこの女……役割を理解していない……。

 

「喧嘩売ってんの? 教えてあげないわよ」

 

「ちょっとマスター! ここまでして拒否されたら私、いたたまれなさでどうにかなってしまうわ!」

 

「はい」

 

 真面目にやります。

 

「……はあ。そんな(うわ)ついてちゃ負けるわよ。ダン・ブラックモアはね、名のある軍人なんだから」

 

「軍人? 今のご時世、正規の戦争屋が個人で有名だなんて珍しいな」

 

 現代の戦争は個人の武勇の価値が極端に低い。

 そもそも、何百キロも離れた位置からお互いに飛行機やらミサイルやら飛ばしてぶち込むのが主流の今、兵士とはすなわちそれらの機器の専門家(ぶ ひ ん)的な側面が強い場合がほとんどだ。

 そして所謂(いわゆる)〝イメージ通りの軍人〟たる歩兵においてもそれはあまり変わらない。規格化された装備を、規格化されたマニュアル通りに、規格化された部隊の中で扱う。人間も装備もいくらでも数が揃えられ、しかも代替可能であることこそが(よう)(てい)のはずだ。

 そんな時代に、個人が名声を得るとは。それだけで彼が凄まじい兵士であることが(うかが)える。

 

「彼は狙撃手でね。()(ふく)前進で一キロ移動して敵指揮官を射貫くとか、ターゲットが現れるまで何日も身を潜めているとか、そういうのが日常茶飯事っていう人間なのよ。しかも公式には任務を失敗したことが無いって話よ」

 

「そりゃすごい」

 

 そういうことができるのなら名が売れるのも納得できる。

 

「ま、一回戦のあいつが赤ん坊に見えるくらい、今回の相手は強敵ってことよ。ご愁傷様、と言っておくわ」

 

 赤ん坊とまでは言わないがマジで子供だったけどな、あいつ。

 しかし、ふむ。たしかに今回の相手は先とは勝手が違うだろう。あれほど容易に情報が手に入ったりはするまい。

 

「あなたのフォーリナーの宝具がどれほど強力かは知らないけれど、今言ったように彼は狙撃兵。決戦前に仕留めるくらいやってのけるでしょう。せいぜい気をつけるのね」

 

「ご忠告(いた)み入るよ。情報ありがとう」

 

 ひらひらと手を振って屋上を辞し、階段を下りながら考える。

 相手は狙撃兵。無策でアリーナへ行ってはアッサリとやられる可能性がある。

 どこか落ち着いて考えられる場所は無いだろうか。やはりマイルームか?

 

『マスターマスター。中庭なんてどうかしら』

 

 ああ、そういやあったなそんなん。噴水やら花壇やらあってなかなか落ち着いた場所だった気がする。あそこなら良い考えも浮かぶかも知れない。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 アビーの提案にノって中庭へとやってきた俺は、なんとも言えないモノに遭遇した。

 

「…………」

 

 死人のような()()で、ものすごく悲愴な空気を纏い、虚ろな瞳で花を見つめる少女。制服からしておそらくはマスター。アバターの外見は、毛先が緩くウェーブした焦げ茶色のロングヘアーで、アビーより少しばかり背が高く、年の頃は遠坂と同じくらい――だいたい一〇代後半あたりか。

 アビーには及ばないまでも顔立ちは整っている。愛想さえ良ければ予選の遠坂のように学園一だのなんだのと持て囃されそうではあるが、悲しいかな今は表情がそれを台無しどころか卓袱台(ちゃぶだい)返ししている。あれでは奇跡的な善戦を演じたとしてもクラスで三番目止まりだろう。

 それにしても、何だあいつ。何がどうしたら聖杯戦争中にあんな自殺寸前みたいな状態になるんだか。

 

『……マスター、ごめんなさい。私ちょっと行ってくる』

 

「え?」

 

 止める間もあらばこそ、アビーは実体化して彼女のもとへ走って行った。

 

「…………」

 

 どうしよう。アビーを一人で他のマスターのところへ行かせるなんて心配どころの話ではないが、あんな状態の人間と関わりたくもない。正直言って令呪を使ってでも止めたい。

 だが……ある意味好都合ではあるかも知れない。

 彼女は自分が〝アビゲイル・ウィリアムズの再現〟であるというどうにも的外れなことについて、しかし真剣に悩んでいるようだった。聖杯戦争というタスクを(こな)しながらでさえ考えてしまうというのなら、追加で今回のことに思考を割けば、少なくともその間は考えずに済むかも知れない。

 ていうかまあ、よく考えたら、彼女のしたいことを止めるなんて選択肢を俺がとれるはずがなかった。

 しかしやはり一人で行かせるのはまずい。俺もついていくとしよう。

 

 

 

 

 

「こんにちは!」

 

 彗を置いて少女のもとへ駆け寄ったアビゲイルは、初対面の相手にはたいていの場合そうしているように、元気よく挨拶した。

 

「…………え」

 

 少女は顔を上げ、アビゲイルを見る。

 途端、目を見開き、震えだし、ややあって言葉を絞り出した。

 

「あ、あ……、…………あな、た、も、マスター、なの?」

 

 見るからに尋常の様子ではない。目の前のアビゲイルの存在が信じられないような、あるいは存在を否定したいかのような、激しい感情がその瞳に爛々としている。

 

「いいえ、マスター。この童女はサーヴァントです」

 

 そんな、ある種幽鬼(ゆうき)の如き様相の少女の傍らに現れたのは、白い少女だった。

 

「ア…………キャス、ター……」

 

 真っ白な髪は腰までストンと落ち、白い和服を身に纏い、緑の帯を締めている。

 アビゲイルとそう変わらない体格にも関わらず、その雰囲気は決して童女のそれではない。見た目の年齢も、高くても十代中頃と思えるが、雰囲気は老練ですらある。

 

「気をしっかり持ってくださいマスター。目の前の()()は、見た目は子供でも中身は違います。先の敵とは何もかも違う」

 

 キャスターであるらしいそのサーヴァントは警戒を隠しもしない。

 

何用(なによう)か、異国の童女。次第によってはこの場で事を構えるか」

 

「……? 恐い顔ねお姉さん。私、別に戦いに来たわけではないわ? ペナルティなんてごめんですもの」

 

「では何を。()(たび)の対戦相手でもない私たちに接触しても、得することなど無いでしょう」

 

「何って言われても……だってその人、とてもつらそうなのだもの。放っておけないじゃない」

 

「…………は?」

 

 その応えは予想していなかった。そう言わんばかりの呆け顔を、キャスターは晒した。

 

「…………あなた、サーヴァント……ですよね?」

 

「ええ。こう見えてけっこうお婆ちゃんよ、私」

 

 つまり、キャスターが自らの主に忠言したように、見た目通りの童女というわけではない。

 だというのに、振る舞いは全く童女のそれ。彼女が困惑するのも無理からぬことではあった。

 

「……ええと。本当に、特に目的は無い、と?」

 

「全然。少しお話しようと思っただけよ?」

 

 小首を(かし)げるアビゲイルを見て、キャスターは考え込む。

 嘘を()いている様子は無い。しかし、マスターを伴わずサーヴァントだけで現れたことが警戒心を繋ぎ止める。

 彼女に裏が無いのだとしてもマスターはどうかわからない。少なくともこの目でその人物を見るまでは。

 と、そこへ――

 

「フォーリナー」

 

 彼女のマスターが。夜ノ森彗が現れた。

 

「あ、マスター」

 

「一人で行くなよ危ないから。別に止めやしないんだからさ」

 

「あう、ごめんなさい……」

 

 見るからに普通の青年だ。凡庸を絵に描いたかのような。

 しかし、童女へ向ける優しい眼差しからは奇妙な色が見て取れる。盲信、偏愛、劣情、あるいは狂気。男性があの年頃の娘に向けるにはおよそ不似合いな感情がごった煮になったような。

 キャスターとしては非常に判断に困る人物だった。

 (あるじ)一人のときならばいざ知らず、自身がついている今、主に危害を加えられるような強者には見えない。ならば、特に警戒する必要は無いのかも知れない。

 ただ、主は今、精神的に不安定だ。

 あの男の目を見る限り、人格に問題がありそうではある。そんな人間を、果たして今、主と関わらせて良いものか。

 それに、だ。どうにも認識がブレる。

 あの男は人畜無害なようにも、悪逆非道の輩のようにも、人の(ことわり)を冒涜する狂人のようにも思えてしまう。そしてそれらの印象は目まぐるしく入れ替わっていくのだ。

 智略に長け、数多の敵を手玉に取ってきたキャスター。その彼女をして、どうにも対応を決めかねる男。

 そいつはひとしきり童女の頭を撫でた後、キャスターの主に目を向けて、ひどくつまらなそうに言った。

 

「……で? あんたはなんでそんな今にも自害しそうなツラしてるわけ?」

 

「…………え、あ」

 

 問われた少女は最初自分に言われているとは思わなかったようで、少し遅れて応えた。

 

「……一回戦の、対戦相手。小さな、子供、だった。子供だったの。わた、私、あんな小さな子を、こ、ころ、ろ、した……殺、した! 自分が死ぬのが嫌だから! 記憶も願いも無いくせに死ぬのだけは嫌だったから! 生きたかったから!! あの子たちを殺したの!!!!」

 

 絶叫。

 目を見開き、頭を抱え、髪を振り乱して、少女は激情を吐き出す。

 問われたとはいえ、見ず知らずの男に易々と打ち明けたのは、懺悔の如く誰かに聞いて欲しかったからか。

 ――それを。

 

「あほくさ」

 

 夜ノ森彗は一言で切って捨てた。

 

「――は」

 

 少女の動きが一瞬止まる。

 

「……あほ、くさい?」

 

「だってそうじゃん? 子供だろうと何だろうと、()れなきゃ死ぬのが聖杯戦争だ。

 そしてあんたは生きたい。じゃあもう殺すしかない。うじうじ悩むなんてあほくさいにも程がある」

 

「そんな、だって、あの子はわかってなかった! これが聖杯戦争だって、殺し合いだって、知らなかった! 明日したいことだって、来週したいことだってあったのに! 未来があったのに!」

 

「じゃああんたが死ねばよかったじゃん?」

 

 心の底から面倒くさそうに、彗は言う。

 アビゲイルがそれを視線で咎めたが、彼は頭を撫でて誤魔化した。

 

「わかってなかった! そりゃたしかにかわいそうではあるがな。そもそも最後の一人になれなきゃみんな死んじまうんだ。

 俺も、あんたも、その子供とやらも。ここに居る時点で九割九分二厘死んでんの。だから戦う。だから最後の一人を目指す。

 未来があった? その未来とやらのために死んでやることを、あんたは()しとしなかったんだろ? だから戦って、勝って、生きた。何の問題がある?」

 

「でも、私には、あの子を殺すほどの願いが無い!」

 

「何言ってんだあんた。あるだろ、願い。《生きたい》んだろ?」

 

「そんなことで――!」

 

「そんなこと? 違うね、全然違う。それは誇って掲げるべき願いだ。

 例え対戦相手の願いが《世界征服》だとしても、《一攫千金》だとしても、《恒久的世界平和》だとしても、《不治の病の治癒》だとしても。他でもないあんただけは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と胸を張る――そうすべきものだ」

 

 両腕を大袈裟にひろげて、彼は言う。

 

「生きたいのだと誇れ。死にたくないのだと胸を張れ。殺しに来る者は容赦なく殺せ。

 子供を殺したと嘆くなら、殺した意味があったのだと証明しろ」

 

「そ、んな……。私に、これ以上殺せって言うの……? キャスターに、殺せって命令しろって!?」

 

「出来ないなら死ぬだけだ。あんたの願いは叶わない。あんたが殺した子供は無駄死にだったな。

 ここじゃあ、死にたくないけど殺したくない、なんてのは通らない」

 

「…………」

 

 俯き、唇を噛んで、拳を握って、少女は黙り込む。

 

「……行こう、フォーリナー。時間の無駄だ」

 

「あ、うん――」

 

「待ちなさい」

 

 立ち去ろうとした彗を呼び止めたのは、キャスター。

 

「名は、何と」

 

「夜ノ森彗だ。そちらのマスターさんは?」

 

「岸波白野」

 

「オーケイ、じゃあ機会があったらまた会おうぜ、()()()()とキャスター殿」

 

 ひらひらと手を振って彗は校舎へ戻っていく。アビゲイルもまた、霊体化して後を追った。

 その背を、白野は呆然と見送る。キャスターは、彼らが完全に見えなくなってようやく息をついた。

 

「…………殺した、意味。

 ねえ、……キャスター」

 

「はい」

 

「……私たちが、負けたら、あの子たちは」

 

「………………奴の、言う通りかと」

 

「……そう、なの」

 

 俯き、唇を噛み締める。

 胸の中は、未だ晴れない。

 

『もう、マスター。ああいうのは私どうかと思うわ』

 

「そうか? キミの目的は達せたんじゃないかと思うけど」

 

『五分五分じゃないかしら。あんな荒療治するつもりじゃなかったのに……本当にどうかと思うわ』

 

「わぁーかったわかった。じゃあアレだ、はくのんが潰れちまってたら何でも言うこと聞くからさ」

 

『本当に? それなら、まあ……』

 

 瞬間、彗の背筋を悪寒が走り抜ける。

 はやまったか? と思いつつ、しかし元々アビーの言うことなら余程のことでない限り何でも聞く気でいるのだから同じ事かと気を取り直した。

 もしアビゲイルが霊体化していなければ、一二歳とは思えぬ程に妖しく淫靡な()()になった彼女を見られただろう。

 

 

 

 

 

 さて、中庭で対策を考えるという当初の目的は達成されず、無難にマイルームでアビーと頭を突き合わせたのだが。結局のところ、現状俺や彼女に出来る範囲で狙撃や奇襲、(トラップ)の類いに対応する手段はあまり無い――という結論に至った。

 しかし無いからアリーナには行きませんとはいかない。

 そこで半ば博打的ではあるが暗号鍵を探索すべくアリーナへ向かった俺たちはしかし、いつか慎二にそうしたように、曲がり角で息を潜めることとなった。

 入り口付近から話し声がする。この声は先程聞いたばかりだ。早速何か情報が得られるかも知れない。

 

「二回戦の相手を確認した。まだ若いマスターだが、抱く覚悟は相当のものと心得よ。一回戦を勝ち残った相手だ、油断はするな」

 

 そっと覗いてみると、ダンと向かい合う緑色の男が一人。あれは……彼のサーヴァントか。

 

「へーへー分かってますって。どんな相手だろうとシンプルに殺しますよ」

 

 茶髪に緑の外套。受け答えが随分軽いが、あれであの老人とやっていけるのだろうか。どう考えても気が合わなそうだ。

 

「まあたしかに? あちらさんも一人殺しちゃってるワケですし? 精神的に一回戦の連中より幾分マシなのはわかりますがね。それでも若造だってんなら、付け入る隙は多そうなもんですが」

 

(ゆる)むな。この戦いは連携が肝だ。私の指示に従え。一回戦の様な独断は二度と無きよう」

 

「あーはいはいわぁーかった分かりましたよ。ったく、口うるさい爺さんだこと」

 

 やはりというか、あの二人はあまり仲がよろしくないらしい。

 あれが弱点となるかどうか、というところか。ときどき居る〝仲が悪いからこそ上手く噛み合う〟タイプでなければいいが。

 

「……あれ、は」

 

 ボソリとこぼしたアビーを振り返ると、彼女は知らぬ間に実体化し、信じられないという表情で緑のサーヴァントを見ていた。

 

「フォーリナー? どうかしたかい?」

 

「え……。あ、ごめんなさいマスター……。その、あの……」

 

 顔色が悪い。あのサーヴァントがどうしたというのだろう。

 アビーは狼狽(うろた)えた様子のまま再び霊体化した。そして俺にしか聞こえなくなった声で話し始める。

 

『……あのとき、話したと思うの。恩人と親友にもう一度巡り会うために、旅をしてるって』

 

「ああ、覚えてるよ」

 

 俺がアビーの言葉を忘れるわけがない。一言一句全て覚えている。

 

『その恩人の一人が、あの人。生前の私は、別の世界でサーヴァントとして召喚された彼に会ったことがあるわ』

 

 ……マジで?

 

「……戦えないかい?」

 

『………………わからない。

 けれど、私が戦わないとケイが死んでしまうわ。それはダメよ……私はもう死んでいるけれど、ケイは違うもの。

 ――そうよ、殺す、殺さなきゃ、ケイのために、ころ、殺す、あの人を殺、す、だから、でも、だって……!』

 

「…………」

 

 これは良くない。かなり不安定になっている。

 

「……今日はアリーナに入るのはやめよう。マイルームに戻って、暖かいミルクを飲んで、ゆっくり眠ろうか」

 

 たしか購買に牛乳があったはずだ。マイルームの設備は普通に教室のそれであるため調理場は無いが、いくら俺が凡百の魔術師(ウィザード)とはいえ牛乳をホットミルクに改竄するくらいなら簡単に出来る。

 

『ごめんなさい……ごめんなさいマスター……何だってするって言ったのに、いけない子だわ、私、いけない子だわ……!』

 

「大丈夫だから。ほら、今は帰ろう。何も考えなくて良いから」

 

 それにしてもあの緑の人。存在そのものが精神攻撃になるとはさすがに本人も予想外だろうな。何か対策が必要だ。

 俺であれば恩人だろうが友人だろうが、なんなら両親が対戦相手だったって、問答無用で殺しにかかれる。その自信はあるし、覚悟だってできているつもりだ。

 だがアビーは違う。それを彼女にまで求めるのは違う。

 しかし、だからといって、戦わないというのは絶対に無理だ。

 俺だけが志半ばで潰えるならば良い。けれど聖杯戦争では、マスターとサーヴァントは命運を共にする。俺が不戦敗となれば、アビーもまた俺と共に消滅する。

 サーヴァントは記録の模倣とはいえ、魂レベルで再現されたそれはもはや一個の生命だ。俺にとっては〝この〟アビーこそがアビゲイル・ウィリアムズ。俺が死んだせいでアビゲイル・ウィリアムズが死ぬなんてことはあってはならない。

 最悪、どうにかして俺だけの力でダンを倒す必要が出てくるか。

 サーヴァントの護りを交い潜ってマスターだけを狙えればどうにかなるだろうか。難易度がとんでもないが、やらなければアビーが死んでしまう。

 厄介なことになったな……。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――翌日。

 アビーは完全とは言えないまでも、昨日よりは持ち直した。彼女自身の提案で、昨日断念したアリーナ探索を実行すべく倉庫へ向かう。

 

「無理はするなよ?」

 

『……大丈夫。行きましょう、マスター。暗号鍵を取らないと』

 

 やはり声が少し震えている。マイルームでもそうだったが、今も顔が青いのだろう。昨夜なんて帰ってから感情が飽和したのか泣きじゃくっていたし、そう簡単には割り切れまい。

 それでも、彼女が行くと言うのだからそうする。ここで反対するのは逆効果だろうし、第二暗号鍵(セカンダリトリガー)も取得しなければならないことを考えると実際あまり猶予は無いのだ。

 ゆっくりと、しかし着実に。アリーナの入口を目指していく。

 ――その途中で、レオとダンの会話が聞こえてきた。

 

「はじめまして、サー・ダン・ブラックモア。高名なる騎士にお目にかかれて光栄です」

 

 レオの傍らには当然のようにガウェインが控えている。相変わらずのイケメンコンビっぷりだ。空気がキラキラして見えるぜ。

 

「こちらこそ。ハーウェイの次期当主殿にこのような場所でお会いするとは」

 

「そう驚くことではないでしょう。僕は我々の物を回収するために来た。至極自然なことです。

 いまだ戦場を知らぬ若輩者ですが、一族で協議したところ適任者は僕でしたので。あなたを前にしては恥ずかしい話ですが」

 

 恥など欠片も感じていないくせによく言う。そこに白々しさを覚えさせないあたりは流石だと思うが。

 

「ふむ、聖杯はあなたの物であると?」

 

「ええ。あれは我々が管理すべき物です。所有権が空席なら尚のこと、誰かの手に渡るのは危険すぎる」

 

 人の手に余る奇跡、聖杯。

 それを人が手にしたとき、世は否応なしに乱れる。その意図が無くとも壊されてしまう。ゆえに、それは人ではなく、より上位の存在が管理すべきだ――例えば王のような。

 それがレオの、ひいては西欧財閥の考えというわけだ。

 

「聖杯戦争という手続きは面倒ではありますが。これを経ねば所有権を得られないとあれば仕方ありません。今はまだ、我々よりも月の方が上位なのですからね」

 

「――ふむ。西欧財閥(ハーウェイ)は本気ということですな」

 

 ダンは瞑目し、得心がいったという風に頷いた。

 

「これはいよいよ聖杯も真実味を帯びてきた。正直なところ、儂は半信半疑でしたが……いや年甲斐もなく楽しくなってきた。まさかこの歳になって聖杯探索に関われるとは」

 

「あなたの国にとって聖杯は特別なのでしたね。

 そしてそれこそが、聖杯が真実だという証明でしょう。少なくとも女王陛下にとっては」

 

「陛下は最初から確信しておったと?」

 

 ダンの疑問に、レオは大きく頷いた。

 

「サー・ダン。軍属でありながら、女王陛下より騎士勲章を賜ったほどの戦士。

 聖杯探索という、誉れ高き騎士の道行きをあなたに任せる程に、陛下は本気だということです」

 

「何を仰るのだ、若き王よ。儂は見ての通りの老兵です。生還の保証のない戦いと知り、老い先短い儂に声がかかっただけの話でしょう」

 

「陛下の懐刀であるあなたが? 風聞ですが、陛下は現在の同盟体制に一言あると聞きました」

 

「さて、女王の意向は分かりかねますな。

 騎士だなんだと持て囃されても、所詮は(いち)軍人。儂は(めい)に従うのみです」

 

「――あぁ、なるほど。これは失礼しました。では僕はこれで。御武運を」

 

 言葉による殴り合いは終わったようだ。

 まったく、上流階級ってやつはコレだから。もっとわかりやすく喧嘩すればいいものを。

 

「……おや。お久しぶりです、ヨノモリさん」

 

 レオはこちらへ、ダンは反対方向へとそれぞれわかれたので、当然俺はレオとかち合うことになる。俺の存在を認めた王サマは足を止め、にこやかに挨拶をかましてきた。

 

「おう」

 

 気安い友人にそうするように、片手を挙げて応えると、彼はいやに満足そうな顔になった。そんな挨拶をされることなどないのだろう。

 

「一回戦突破、おめでとうございます。聞きましたよ、次の相手はサー・ダン・ブラックモアだとか。

 彼は強敵ですよ、と言いたいところですが――どうなんでしょうね。

 黒騎士は槍を手放しているようだ。いえ、槍で剣を(こしら)えたのでしょうか?

 槍術は超一流であっても、剣術もそうとは限らない。ともすれば、あなたの方が何枚も上手(うわて)かも知れませんね」

 

 言いたいことだけ言って、レオは去ってしまった。

 あちらは教室がある方向だ。マイルームにでも帰るのだろう。彼のことだから、既に暗号鍵は手に入れているに違いない。

 

「……行こう、フォーリナー」

 

『……ええ』

 

 ま、レオはレオ、俺は俺だ。アビーの調子も良くないし、自分たちのペースを崩さずやっていこう。

 

 

 

 

 

 アリーナに入った途端、嫌な空気を感じた。これは……。

 

「……見られてる、わ」

 

「そうだな、どこからかはわからないけど」

 

 殺気すら乗った視線が全身に刺さる。凡人の俺にすらわかる程の濃密なそれは、質量を持っているかのようだ。

 

「……気をつけて、マスター。彼の真名はロビンフッド――罠や奇襲のスペシャリスト、とても優秀な狩人よ。こんなにわかりやすいっていうことは……」

 

「なるほど、意図的なものってことか」

 

 ていうかあのサーヴァント、ロビンフッドだったのか。なるほど、緑の衣装は確かに森に潜むにうってつけだ。少なくとも外見はロビンフッドという英雄のイメージ通りだな。クラスはアサシンか、あるいはアーチャーか。

 そうなると、どこに罠が仕掛けてあるかわかったもんじゃない。例の視線のこともあるし正直あまり進みたくない。しかし暗号鍵を探さないわけにはいかない。

 精神をガリガリ削ってくる状況ではあるが、進むしかないだろう。

 敵襲を警戒しながら奥を目指す。途中、Mob(エネミー)との戦闘が何度かあったが、特に仕掛けてくることは無かった。

 何事も起こらず、しかし敵の影は常に見える状態。これほどストレスを感じる状況もそうそう無い。

 だから、と言うと言い訳になってしまうが。

 

「よし、暗号鍵ゲットだ」

 

 アイテムフォルダから暗号鍵を取り出した瞬間。俺たちは確かに、気を抜いてしまった。開けるときに何も無かったからといって、開けた後に何も無いとは限らないのに。

 

「……っ! マスター!」

 

「え?」

 

 ――足下から、矢が飛び出して。俺の腹部に突き立った。

 

「ぐっ……! (トラップ)、か……!」

 

 油断した。まったく以て油断した。

 人間は目的を達成した瞬間が最も気が抜ける。精神的に重圧を感じる状況ならば尚のこと。いくらあの殺気が意図的なものだとわかっていても、こればかりはどうしようもない。

 だからこそ俺はこうして矢を受けているし、敵はこのアイテムフォルダの下に罠を仕込んだのだ。

 

「ケイ! ケイ!!」

 

 予選のときのように、倒れ込みそうになった俺の身体をアビーが支えた。そのまま揺すられるが、毒でも塗ってあったのか、だんだんと身体が動かせなくなっていく。

 吐き気がする。最悪の気分だ。呼吸の仕方を忘れたように息苦しい。世界がぐるぐると廻っている。

 何かの音がする。俺としたことが、もはやアビーの声さえまともに聞き取れない。

 死ぬ――それを否応なく理解する。毒には詳しくないが、敵の目的を考えれば致死性のものであろうことは疑いない。

 ダメだ、それは。俺が死んでは、アビーまで死んでしまう。そんなことは認められない。

 校舎へ戻る。俺が生き延びるには、それしかない。

 

「校しゃ、ぃ、もど……う。……ぁ、そこ、ら……ひとまず、死……は、しな……」

 

 ああ、でも。

 アビーの腕の中で死ねるなら、それは望外の幸せだ――。

 

 

 

 

 

 気付かなかった。

 気が抜けたのは認めよう。自分は罠の類いには詳しくないと言い訳もできる。

 それでも。せめてこの場を離れるまでは警戒しておくべきだったと、アビゲイルは酷く後悔し、強く動揺し、深く絶望し、

 

 ――激しく憎悪した。

 

「アーチャー!!!!」

 

 激情に任せて叫ぶ。彼がどこに潜んでいようと聞こえるように。

 

「ほーう、俺のクラスを見抜いたか。アサシンあたりと間違えてくれりゃ、ありがたかったんだが」

 

 いまだ()は姿を見せない。

 それでも、わかる。奴はどこか、いつでもこちらを攻撃できる位置に潜んでいる。姿を消して矢を(つが)え、こちらを狙っている。

 

「今なら魔力も満足に回せねーだろ。これで詰みだ。いやー、楽な仕事で助かるねホント」

 

 言葉の終わりに矢が飛来する。

 敵の姿は見えずとも、放たれた矢にまで隠蔽効果は及ばないらしい。虚空より(あらわ)れたそれを、アビゲイルは彗を抱えたまま、手にした大鍵で弾き飛ばす。

 戦闘行為を感知したか、アリーナにけたたましいサイレンが響きだした。

 さらに追撃の矢が、別の方向から飛んでくる。今度は門を開き、飛び込んだ矢をそのまま返したが、手応えは無かった。撃った瞬間には移動しているのだろう。

 

「ありゃ。ガキに見えてもサーヴァントってか。いや大したもんだ。

 でも、そいつ()っといていいんですかい? そのうち呼吸もできなくなるぜ」

 

「――! ケイ! しっかり、ケイ!」

 

 既に彼女の声は聞こえていないのだろう。常ならばある種過剰なまでに何かしらの反応を示す彼が、今はピクリともしない。目は虚ろで、息がしづらいのか喉がヒューヒューと鳴っている。

 そうして声をかけている間にも、アーチャーは矢を放ってくる。毒だけに頼らず、確実に仕留めるつもりだ。

 

「校しゃ、ぃ、もど……う」

 

 矢を弾いて(しの)ぐアビゲイルの耳に、腕の中から、か細い声が届いた。

 

「ケイ?」

 

「……ぁ、そこ、ら……ひとまず、死……は、しな……」

 

 ――校舎に戻ろう。あそこならひとまず死にはしない。

 

 そうだった。動揺からか思い至っていなかったが、校舎はマスターにとっては絶対的に生存が保障された場所だ。毒を受けた場合や、怪我でリソースが流出し続けている場合であっても、校舎に入れば進行は止まる。そうすれば治療も出来る。

 だが。今、その場で矢を防ぐだけでもいっぱいいっぱいなのだ。動けない彗を抱えて、アリーナ最奥のここから入口まで辿り着くのは至難だった。

 実のところ、手は無いことはない。だが、それには彗から魔力を吸い上げる必要がある。今の彼からそれをして、無事に済むかは賭けになる。

 加えて。この手を実行した結果、彗の身体は無事だったとしても、精神(こころ)がダメージを受ける可能性が高い。下手をすれば二度と戻ってこられない程に。

 

「なかなかしぶといなアンタら。もう諦めろよ。楽になれって」

 

「……………………」

 

 アーチャーの言葉を無視して、彗の顔を見る。

 ただそれだけで、迷いは吹き飛んだ。だって、このままでは彼はどのみち死ぬのだ。それも確実に。

 ならば。危険は承知で、やるしかない。

 

「ごめんなさいマスター。でも、もしダメだったら、私もすぐに行くから。向こうでずっと一緒よ。だから赦して、くださいな」

 

 地面に鍵を刺し、捻る。

 アビゲイルたちの周囲に触手が顕れ、二人を囲む壁となる。

 

「な、んじゃこりゃ。防壁――いや、目隠しか」

 

 だが――と、アーチャーは冷静に分析する。

 今更目隠しなどして何になる? あの壁の中に籠もったところで、結局は毒で死に至る。根本的な解決にはまるでならず、つまりただあの触手が消えるまで見届けていればいい。それで自分は――あの騎士は三回戦へ上がれる。

 正々堂々なんてクソ食らえだ。

 例えそれが老兵の信頼を裏切るのだとしても。こんなロクデナシを一時(ひととき)でも信頼してくれたあの騎士が勝ち上がれるのなら、それで良い。

 

 一方、触手の壁の中で、アビゲイルはさらに鍵を捻る。足下が揺らぎ、虹色の泡を伴って銀の門へと変化する。

 

神様(おとうさま)……どうか……!」

 

 二人の身体が沈んでいく。

 アビゲイルの、門を開く力。これを他者に使う場合、避けては通れない欠点があった。

 実のところ、サーヴァントとして現界した彼女は、オリジナルと違って門をそれほど自由には開けない。

 彼女がその身に宿す〝()〟の力は限定的で、(ひら)けるのは〝領域外〟に繋がる門だけだ。その〝領域外〟があらゆる時間・空間に接しているからこそ、彼女は過去や未来、平行世界に至るまで、好きな場所に門を開ける。

 翻って。この門を使って移動するには、一度〝領域外〟へ行く必要があるのだ。

 この宇宙とは相容れないそこへ踏み入れたとき、生命は自らの常識との差異に苛まれる。それは意識を失っていても関係ない。〝そこに在る〟というただそれだけで、精神も肉体も歪む。

 だから、これはまさに最後の手段と言えた。

 これに彗が耐えられたなら、彼の心身は領域外の生命に近づく。今後は門を使う移動も問題なく可能だろう。

 しかし耐えられなかったなら。彼は正気を失い、《夜ノ森彗》という人格は消し飛ぶに違いなかった。

 

「…………お?」

 

 警報が止まった。アーチャーの視線の先で、触手が門へと戻っていく。

 露わになった肉壁の向こうには、何も無かった。

 

「死んだか? ……いや」

 

 もし死んだのなら、あの触手は門へ戻らず、あの二人と共に消滅するはずだ。そして警報が止まった理由は時間切れではない。時間切れならばやはり触手は消滅するはずなのだ。

 ならば。

 

「ヤロウ、校舎に戻りやがったか。いったいどうやって……いや、ンなこたあどうだっていい。生きのこったんなら、次の手を考えないとな」

 

 ひとまず、校舎に帰還する。あの老騎士は既にアーチャーが居ないことに気付いているだろう。独断専行して失敗した今、どんな叱責を受けるかわかったものではないのが憂鬱だが。

 

「まったく、余計なことしてくれたもんだ……」

 

 姿を消したまま、アーチャーもまたこの場を去る。長居は無用だ。

 あとには何も残らず、アリーナは静寂を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 彗がアーチャーの矢を受けてから、ニ晩が経過した。

 彼はまだ目を覚まさない。保健室のベッドで眠り続けている。

 桜の治療により徐々に回復してはいる。毒の種類も彼女が特定した。

 彼が目を覚まさないのは門を(くぐ)った影響の方が強い。

 アビゲイルはベッドの傍らに座り、彼の顔を眺め、思考に没頭する。

 アーチャーの顔が頭から離れない。

 生前の――今もどこかの世界を旅しているであろう、オリジナルのアビゲイルにとって、それは恩人であり、頼れるお兄さんであり、愉快な劇団員だった。

 ()()()()()()()()()

 ルール違反でないことは理解している。戦略として有効であることも。なんなら自分だって、対戦相手のサーヴァントが強力で勝てないとなれば敵マスターを狙うだろう。

 

 ――そんな理屈で抑えられるほど軽いならば、そもそも私は彼の召喚に応じていない。

 

 これはトーナメント形式とはいえ戦争だ。

 だから、謝れとも気に病めとも思わない。なんて有効な手を打ってくるのだと賞賛もしよう。

 だがそれはそれとして。マスターを直接攻撃し、毒で苦しめたことを、赦すかどうかは別の話で。

 

「失礼する」

 

 突然の来客が、思考を中断させた。

 現れたのは、敵。ダン・ブラックモア。そして、実体化したアーチャー。

 

「……まだ目を覚まさないのだな」

 

「…………」

 

 アビゲイルは老兵に(いち)(べつ)くれて、しかし特に反応を示さずに視線を彗へと戻した。

 

「イチイの矢の元になった宝具を破却した。これが消滅した時点で毒は消え去るだろう。身勝手な言い分だが、これを謝罪とさせてほしい」

 

 言って、ダンは深く頭を下げた。

 

 ――()()()()()()()()()()()()

 なんだそれは。何故謝罪などする。それではまるで、ケイの――!

 

 一分経っても二分経ってもアビゲイルが反応しないでいると、彼は頭を上げ、今度はアーチャーへ顔を向けた。

 

「……そして失望したぞアーチャー。許可無く仕掛けたばかりか、毒まで用いるとは。

 この戦場は公正なルールが敷かれている。それを破ることは、人としての誇りを貶めることだ。

 儂は言ったな。貴君にも誇りを持って戦ってもらう、と」

 

「……ええ覚えてますよ。だがね、オレだって言ったはずだ。誇りで勝てるほど俺ャ強くねえってな。畜生は騎士にゃなれねえんですよ」

 

 強靱な意志を込められた老兵の双眸を、緑の弓兵は真っ向からは受けず、おどけた様子で反論する。

 嘆息したダンは手袋を取り、令呪を晒した。

 

「アーチャー。ダン・ブラックモアが令呪を以て命ずる」

 

 それはマスターに三度のみ与えられた強権の使用。

 

「決戦場以外での、宝具の使用を永久に禁ずる」

 

 弓を模した三画の紋様。その一画が、強い光を放ち消滅した。

 

「は、…………はあっ!? 旦那、正気かよ!? 負けられない戦いだっつってたじゃねえか!」

 

「無論だ。儂は自身に、何より祖国に懸けて負けられぬし、当然の様に勝つ。その覚悟で月へ参った」

 

 令呪が消費された以上、命令は受理されている。今後この戦争が終わるまで、アーチャーは決戦場でしか宝具による攻撃ができない。

 

「だがアーチャーよ。貴君にまでそれを強制するつもりはない。儂の戦いとお前の戦いは別物だ。

 何をしても勝て、とは言わぬ。儂にとって負けられぬ戦いでも、貴君にとってはそうではない。だからこそ、畜生に堕ちる必要は――」

 

「――ねえ。その茶番劇、まだ終わらないのかしら?」

 

 今まで無関心を貫いていたアビゲイルが、ダンの言葉を遮った。

 少女姿の英霊から飛び出した辛辣な言葉に驚いて、ダンは彼女へ視線を向ける。

 

「まったく、人の病室まで来て何をするのかと思ったら、酷くくだらない三文芝居!

 ねえアーチャー、あなたどうしてしまったの? 昔はあんなに素晴らしい劇を見せてくださったのに、今ではこんなに零落(おちぶ)れて……なんて、言っても意味は無いのよね。どうせあなたは知らないのだもの――ねえ、ロビンフッドさん?」

 

 二人の表情が如実に強張(こわば)る。

 

「……何の話かね?」

 

「とぼけたって意味は無いのよ、おじい様。だって私は知っているのだもの。生前にはそれはそれはお世話になりました」

 

 驚いてアーチャーを振り返るダン。それを受けたアーチャーはしかし、首をぶんぶんと横に振る。

 知らない。本当に知らないのだ。緑の弓兵は生前、こんな少女に会ったことなど無い。晩年の彼女に会ったのだとしても、目の前の少女と共通する人物の心当たりも無い。

 だが事実として。彼女は彼の真名を言い当てた。

 

「私ね、初日にあなたの姿を見て、とてもとてもショックだったの。生前の恩人と殺し合わなきゃいけないなんて、なんて残酷なのかしら――って。

 でもね、私わかってしまったわ。いいえ、わかっていたつもりだったけれど、きっと覚悟が出来ていなかったのね。

 私たちはサーヴァント。あの日の私たちと、今の私たちは同じだけれど別人。あなたとあの人は違う。

 だからロビンさん――いいえロビンフッド。死んでくださらない? そうすれば私、きっとあなたを赦せるわ。

 死は明日への希望なり(La mort est l'espoir)って、あなたもあの人も(おっしゃ)っていたもの。苦痛(Pain)の中で、死んでくださる?」

 

 それは。ある意味において、あの優しい処刑人を愚弄するが如き言葉。

 死によって贖罪は果たされる。死することで罪人の全ては精算され、ゆえに苦痛は必要ない。あの処刑人は、禁忌の園で確かにそれを体現して見せた。

 そう、確かに。死は赦しだ。

 だが。例え苦痛無き死によって、世界中の人間が赦したとしても。

 何よりも《私》が、()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

〝赦し〟とはすなわち、〝納得〟なのだ。

 謝ったのなら。金銭を支払ったのなら。刑務所に入ったのなら。電流に灼かれたのなら。首を吊ったのなら。銃殺されたのなら。

 ()()()()()()()()()()()という納得。それこそが〝赦し〟であり。

 シャルル=アンリ・サンソンが死にそれを見出したように。セイレムの魔女が〝苦痛を得る〟ことを妥当としたように。アビゲイル・ウィリアムズが死を赦しとして旅立ったように。

 セイレムの魔女アビゲイル・ウィリアムズの影法師は目の前の主従に対して、苦痛の末の死をこそ妥当と判じたのだ。

 

「面白い顔ねおじい様。私たちの目の前でロビンフッドを糾弾して、令呪まで使って宝具を封じて――そうすれば赦される(妥 当 だ)とでも思ったの?

 なんて浅ましい。騎士が聞いて呆れるわ。

 帰ってくださる? そもそもどうあっても私たちは敵同士。赦すと赦すまいとに関わらず。なら、今の茶番劇も無駄だとは思わなくて?」

 

 呆気にとられる老騎士に出口を示し、魔女の影法師は(わら)う。

 

「次に会うのは決戦場かしら? それともアリーナ? もしかしたらそこの駒鳥さんは、今度は校内で仕掛けるつもりがおありかしら?

 ともあれ、出て行ってくださいな。ここは病室なの。陳腐な劇をしたいなら、相応しい芝居小屋があるでしょう?」

 

 そして彼女はストンと無表情になり、再び彗の顔を見つめ始める。この場にダンとアーチャーは居ないとばかりに、彼女は視線どころか身体をピクリとさえ動かさない。

 

「……失礼する」

 

 もはや自分たちを認識すらしないであろうと悟ったか。入ってきたときと同じ言葉を残して、ダンは保健室を退出した。アーチャーは扉の前で一度振り返り、しかし何をすることもなく霊体化して消えた。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――会えて嬉しいわラヴィニア。ラヴィニア・ウェイトリー。私の親友。帚星の年の子供。相変わらず綺麗ね、星の妖精のよう。

 

 ――それはそうよ。私とあなたは初対面だもの。けれど私はあなたを知っているわ。ずいぶん大きくなって……子供も居るのね? まあ、なんて可愛らしいのかしら。

 

 ――XXじゃった。仕方Xいわよね、ラヴィニアは白いXら。でも安心してラヴィニア、あX子達は私がX倒を見るわ。

 

 ――そんX、なXてこと。なんXバカなXXX! 私にXえば取ってXXあげXのに、自分でXび込XXなXて!

 

 ――待XXXい! Xって! あX大学XX人が来XX! XXなこXをしXはXつかXてXXXわ! 餌Xら私X持XXXXXら! もXあなたXX残っXXXのよ!!

 

 

 

 

 

 ――ああ。全て終わってしまったわ。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――身体を襲っていた苦痛を感じない。

 目を開けると、カーテンで切り取られた白い天井が映った。ここは、たぶん保健室だ。聖杯戦争初日にも同じ天井を見た憶えがある。

 

「――あ、……マスター?」

 

 麗しい声が()()を撫でる。顔を横へ向けると、愛らしい(かんばせ)がこちらを覗き込んでいる。

 俺がこうして再び目を開けられたということは。どうやら、無事に保健室に辿り着き、治療を受けられたらしい。

 

「……フォーリナー」

 

「ええ、おはようマスター。起きられる? おなかは空いていないかしら?」

 

「ああ……」

 

 身体を起こす。どれくらい眠っていたか知らないが、地上のように身体が(なま)って動かしづらいということはない。

 空腹感は……何か食べたいとは思うが、この身は霊子で構成されたアバターだ。生身と違って、飢餓感というレベルの空腹は感じない。

 

「大丈夫」

 

「そう、よかった」

 

 ただ――何かが以前とは違う気がする。

 違和感、というよりは、そう――達成感、幸福感、あるいは全能感。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この感じの所以(ゆえん)に一切の心当たりが無い、と言えば嘘になる。

 あの状況で、アリーナから帰還する方法は限られる。

 サーヴァントはストレージを持たず、マスターのストレージからアイテムを出すこともできない。だからリターンクリスタルは使えない。

 担いで入口まで戻るのも現実的ではない。あの緑のサーヴァントは全力で妨害するだろう。直接攻撃こそしばらくすればSE.RA.PHが止めるが、トラップの設置に制限は無い。

 ならば――〝門〟を使うしかない。

 アビーの能力(ちから)については大凡(おおよそ)本人から聞いている。あの門がどこに繋がり、そして徒人(ただびと)がくぐればどうなるのかも。

 つまるところ、俺は致命的に歪み、(しか)してそれに耐えきったのだ。

 魂は周囲の影響を受けやすく、容易に変質するが、《変化から自分を護る殻》である肉体がそれを防いでいる。魔術師(ウィザード)は電子の海に魂だけで(もぐ)るが、そこでも肉体の役割は変わらない。

 では、《殻》ではどうにもならない程の影響を受けて変質してしまったら?

  答えは、「肉体が魂に合わせて変質する」、あるいは「肉体とのリンクが切れる」、だ。

 少し事情は異なるが、起源覚醒者などが良い例だろう。仮に〝食べる〟という起源を持つ者が覚醒した場合、人間一人程度なら余裕で(たい)らげられるようになる。その際、胃の容量が有り得ないくらい増えたり、顎や歯も骨を噛み砕く強靱なものに変容したりする。

 そうしたことが、魔術師(ウィザード)にも起こり得る。

 そして、肉体を変化させてもなお対処出来ないほどに、その魂が変質した場合。繋がり(リンク)が切れ、魂は肉体に戻れなくなる。

 魔術師にとって、肉体とは《殻》であり《ホーム》。電脳空間へ魂を送り込む俺たちは、肉体を失っても死にはしない。ただ家に帰れなくなるだけの話だ。ただ、肉体による護りを失う以上、その魂はより変質しやすくなってしまうが。

 まあ、要するに。あの門をくぐって生還した以上、魂の方は変質に耐えて〝この世界の生命とは相容れない領域〟に適応している。そして、そんなものはもはや〝こちら側〟の生命の魂とは言えるはずもなく、肉体がそれに耐えられる道理もまた無く。

 俺は、人間やめて《領域外の霊子生命(ア ウ タ ー ・ ゴ ー ス ト )》とでも言うべきものに変異してしまった――と、たぶんそんなところだろう。いや、まあ元が人間である以上、俺自身の認識はいまだに人間ではあるが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今はまだ、入口に立ったにすぎない。まだ人間の域を逸脱できてはいない。

 だが、この道は後戻りができないどころか、一度踏んだ床は崩れ落ちる。先に進むしかない。

 いずれは俺の認識さえも人ではなくなる。そのときこのアバターが人型を保っているのか、異形と化すのかはわからないが、些細なことだ。

 ああ、ああ。一端に過ぎずとも、俺は今、間違いなく。アビゲイルと同じ世界を見ている。アビーと同じ世界に生きている!

 

「くく……ふふふ……はハ――はっハはははハハハハハ!」

 

 素晴らしきかな人生! アーメン、ハレルヤ、ヨーグルトソース!

 

「マスター? ……大変、やっぱり頭がやられちゃったのかしら」

 

 失敬な。いや、突然笑いだしたらそりゃ気持ち悪いとは思うが。

 それにしても、いったいどういうことだろう。あれだけ不安定だったアビーが今はずいぶん落ち着いている。

 

「ああ、ごめんごめん。

 ところでフォーリナー、あの緑のサーヴァントのことだけど」

 

「ロビンフッドがどうかした?」

 

 そうそう、ロビンフッドだ。あんなことになったせいか頭から真名が吹っ飛んでいた。

 

「どうやって殺したらいいと思う?」

 

「そうね……彼は宝具で透明になれるから、宝具を使えない決戦前に殺すか、決戦場で正面から対峙するのならどうにかして居場所を特定しなきゃいけないわ。

 それについては少し考えがあるから、私に任せてくださいな」

 

「わかった、任せる」

 

「ありがとう。しっかり、念入りに、容赦なく殺すから。安心してねマスター」

 

 ……ふむ。やっぱり何かが違う。奴と戦うにあたっての躊躇や戸惑いが綺麗に吹っ飛んでいる。

 まあ、いいか。吹っ切れたのならそれでよし、そうでなくても戦えるのなら何の問題も無い。むしろ好都合。

 

「ねえマスター、私決めたわ」

 

「ん? 何をだい?」

 

「私は影、偽者よ。けれどあなたは私を本物だと保証してくださるわ。あなたと私の間に限れば、私は正真正銘の本人なの」

 

「その通りだね」

 

「だからねマスター。私、敵は殺し尽くすことにしたの。もう誰が相手だって関係無い。

 だってもしあなたが死んでしまったら、私を保証してくれる人は居ないのだもの。私が消えるまでの数瞬であっても、私は偽者として消えてしまうもの。

 そして私が死んでしまったら、マスターは〝本物〟の私のせいで死ぬことになってしまうわ。そんなのダメよ。〝私〟があなたを殺すなんて、そんなことあってはいけないわ。

 だから殺すの。みんなみんな、容赦なく殺すのよ。そうしないと私たちは〝無意味に〟死んでしまうから」

 

「フォーリナー……」

 

 そんな……そんなことって……!

 なんてこった! 俺、こんなにも彼女に想われていたなんて!

 いやあ本当に素晴らしいな今日は! 人生最高の日かも知れない!

 

「フォーリナー。俺さ、キミを召喚した時点で願いが叶っちゃったって言ったじゃん。で、キミとずっと一緒に居るのが願いだって遠坂には答えた」

 

「そうね、確かに聞きました」

 

「でさ、俺、良いこと思いついた。願いを叶えた、その後のことだ」

 

「あら、どんな?」

 

「せっかくだからこのムーンセルをさ――」

 

 ――俺とキミの楽園に造り替えよう。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――第二暗号鍵(セカンダリトリガー)を生成。第二層にて取得されたし。

 

 目覚めた日は念のため静養し、その翌日。暗号鍵取得のため、俺たちはアリーナへと足を向けた。

 

「そういえばフォーリナー、俺ってどれくらい寝てた?」

 

「え? それを今聞くの?

 いえまあ、言ってなかった私もどうかしていたとは思うけれど。マスターは二晩寝ていたわ」

 

「うわマジか。じゃあ今日五日目か」

 

 ずいぶん長い。それだけ毒が強力だったのか、あるいは領域外へ行った精神的負担が大きかったのか。

 ……まあ、確実に後者だろうな。人間やめるレベルの負担なわけだし。

 

 さて、いよいよアリーナの第二層だ。

 アビーの話によると俺が寝ている間にダンが来て、宝具を自ら封じたらしい。正直意味が分からないが、令呪を使ってまで決戦場以外での宝具の使用を禁じたとかで、少なくともアリーナではあの毒を受けることも姿を消して狙撃されることも無い。

 いやほんとに、マジで意味が分からないが。ダンに利益がなさ過ぎる。敵に塩を送るどころの話じゃない。

 

「……あら。マスター、黒騎士様がいらっしゃるわ。どうなさるの?」

 

「宝具が使えないってんなら好都合。仕掛ける……と言いたいとこだけど、無理に戦うこともない。相手の情報は持ってるし。

 とはいえ向こうは仕掛けてくるだろうけどね」

 

「どうして? あちらの戦力はガタ落ちよ?」

 

「そうしなければならないからだよ。

 今、向こうに俺たちの情報はほぼ無い。真名はもちろん、その手掛かりや、あとはこっちの戦い方とかもね。それはダンが積極的に接触してはこなかったからだ。多分もともとこのタイミングで仕掛けるつもりだったんだろう」

 

 暗号鍵を両方取得した段階で仕掛け、万一甚大な損害が出たとしても決戦に備えて一日休息なり準備なりにあてられる。そういう絵を描いていたのだろう。

 一戦でも交えれば、真名には至らずとも戦いのクセくらいは見抜ける――そういう自信があるに違いない。

 

「仕掛けることで受けるかもしれない被害と、情報の無さ。それを考えると今仕掛けるしかない。情報無しで決戦に(のぞ)むよりは、しばらくすればSE.RA.PHが強制終了させるアリーナで仕掛けておく方がリスクも低い。

 決戦場での宝具開帳は縛ってないあたり真っ向勝負で使う分には認めてるみたいだし、猶予期間(モラトリアム)中の戦闘でも保険くらいには考えてたかも知れないけど……そもそも正面から戦うことにこだわる人だ。宝具を禁じたくらいで仕掛けるのを躊躇ったりはしないだろうな」

 

「なるほど……あなたって見かけによらずいろいろ考えてるのね」

 

「失礼な。俺ほど叡智(あふ)れる顔つきのイケメン、そうは居ないぜ? 惚れてもええんじゃよ?」

 

「叡智……溢れる……? イケメン……?」

 

「傷つくわー。そんなガチ不思議そうな()()されると傷つくわー」

 

「うふふ、冗談よ。叡智が溢れるかはともかく、とっても素敵なお顔よ。もう惚れてるもの、すごく魅力的だわ」

 

「それ、惚れてなかったら魅力の無い顔だってことでは」

 

 なんて会話を繰り広げながらも、足は動かしている。敵性プログラム(エ ネ ミ ー)を屠りつつ、暗号鍵を探して奥へ奥へ。

 そうして、最深部。奥にアイテムフォルダが見える、部屋のようにひらけた場所に。

 

「旦那、どうします? 目の前に出て来ましたけど」

 

 緑の狩人と、老齢の騎士。アーチャーとダン・ブラックモアが(たたず)んでいた。

 

「よう色男。どっちかってーと出て来たのはお前らだろうに、なに強がってんだ? 今なら見逃してやるぜ、ほら帰んな」

 

「よく言うぜ、俺の毒で何も出来ずに死にかけたくせによ」

 

「そりゃ仕方ない。だって俺は人間()()()からな」

 

 まあ、あのあと桜の治療を受けたのを考えると今でも毒は効くだろうけど。そのうち効かなくなったりするんだろうか。

 

「今日は隠れなくていいのかしらロビンフッド? それともそちらの騎士様に毒されたの? ()()()()()()()()()()()()、それで負けてちゃ笑い話にもならないのに」

 

「ッ……! それ以上はガキだからって容赦しねえぞ」

 

 アビーのそれはあからさまな煽りだったが、効果は抜群だったらしい。飄々としていたアーチャーの顔が見る間に紅潮していった。

 それにしてもイイ笑顔だなアビー!

 

「ふふ、ロビンフッド。おじい様と違ってあなたはわかっているはずだわ。だからこその独断専行でしょう? おじい様の夢想を――」

 

「言うなッ!!」

 

 アーチャーが矢を放つ。それを、低燃費モードを解除したアビーが大鍵で打ち払って、アリーナに警報が鳴り響く。

 

「あはははははッ! 必死ねロビンフッド! いいわ、ここで殺してあげる!! だってあなたは死ななきゃならないもの!!」

 

 アビーの哄笑。大鍵をふたつに別けて、片方で矢を捌いていく。同時に片方を空間に突き刺し、捻る。

 アーチャーの足元が虹色に泡立つ。彼がそこを飛び退くと、数本の触手が現れてそれを追った。

 

「っのヤロ……!」

 

 矢を撃ち込んでみるも、触手はそれを全く意に介していないように突き進んでいく。

 

「冷静になれアーチャー!! お前らしくもない!!」

 

 ダンの一喝。それは今まで声を荒らげることのなかった彼のイメージとはかけ離れた、轟音とさえ言える音量でアリーナの空気を震わせた。

 そしてそれは戦場の空気を変え、アーチャーの意識を正常に戻す。

 

「ッ! あいあいわかってますけどねぇ! そもそも正攻法だけで戦えってのが間違ってんだよ! 真正面からなんて慣れてねえんだ、冷静もクソもあるかっつーの!」

 

 アーチャーに到達した触手が蹴り飛ばされる。そうして出来た隙にさらに退がって、ついに触手がこれ以上のびない範囲へ到達する。

 アーチャーは矢を撃ってこない。アビーも追撃はしていない。小休止といったところだ。

 

「そうね、それには同意します。おじい様、彼が誰だか本当にわかっていらっしゃるの?」

 

「もちろんだとも。彼の技量は狙撃手であった儂が何よりよく知っている。それこそ背筋が寒くなる程にな。

 だからこそ信頼している。その弓は正面からでも全てを撃ち()けるとな」

 

 スッとアビーが目を細める。表情もあのイイ笑顔が急速に引っ込んで、能面のようになる。

 これは。怒っている……?

 

「ロビンフッド。マスターを殺そうとしたあなたを、私は決して許さないわ」

 

「あ? 何を――」

 

 アーチャーの言葉を遮って、アビーはダンへと言葉を投げる。

 

「けれどだからこそ、おじい様。あなたがとても愚かで、滑稽で、哀れに見えるの。

 そして何より――度し難い!」

 

 ――額の鍵穴に収束する極光。

 彼女が叫び終わるその瞬間、それは弾けた。人一人軽く呑み込んでしまうような太さの魔力の砲撃――すなわち、ビーム。

 それはアーチャーではなく――ダンへ向かって飛んでいく。

 

「旦那ァ!」

 

 着弾の直前、アーチャーが彼を抱えて転がった。極光の奔流は目標を失い、アリーナの壁にぶつかり無意味に散る。

 そこで強制終了が発動した。双方の武装が消滅していく。

 

「無事か、旦那」

 

「もちろんだとも」

 

「そりゃよかった。慣れねえことしてたせいか反応が遅れちまってな、正直ちょっとヒヤッとしたぜ」

 

「泣き言は禁止だ、アーチャー。儂のサーヴァントである以上、一人の騎士として振る舞ってもらいたい」

 

「げっ……ホント旦那は暑苦しいんだから。いい加減誰もが自分を誇れるわけじゃねえって理解してくれねえかな。

 あはは、つーか意味わかんねえ! オレから奇襲を取ったら何が残るんだっての! ハンサム? この甘いハンサム顔だけっすよ! 効果があるのは町娘だけだっつーの! 向こうのサーヴァント惚れさせろってか!?」

 

 ア゙ァ゙!? そんなことになってみろ、俺ァお前を許さねえぞアーチャー。

 

「ないわー」

 

 アビーから絶対零度の視線と声がアーチャーに飛ぶ。そういうのも素敵だ、ゾクゾクするね!

 が、しかし。しかしだ。

 

「お前ふざけんなよ色男。俺だってそんな視線も声も向けられたことねえんだぞ羨ましいぞお前コラ。ぶっ殺すぞ!」

 

「急になんだよ! Mかお前! だいたい俺ャこんなガキ嫌だっつーの!」

 

「ンだとテメー! フォーリナーのどこが不満だってんだ言ってみろゴルァ!」

 

「めんどくせー! こいつめんどくせー!」

 

 アビーからあんなご褒美もらっといてめんどくせーとはなんだコノヤロウ。

 あと言っとくが俺は変態でもなけりゃMでもないぞ。ただアビーの全てを俺に向けられたいだけだ。変態では! ないのだ!

 

「アーチャー。戯れはそこまでにしろ。そして泣き言は禁止だと言ったばかりだ」

 

「へーへー。まったく、手足もがれてるようなもんだぜ。人間には適材適所ってもんがあるんだ、しかも今戦った感じじゃ、あちらさんとは相性が悪い。

 ああだがわかってる、それでも必死こいてやれってんだろ? 手足が無けりゃ歯を使え、目玉で射るのが一流の弓使い、ってか? いやあロックだねえ! やるしかねえからやるけどなチクショウ!」

 

「その意気だ。次の戦いの準備は始まっている。意識を戦場から離すな」

 

 そして二人は転移して消えた。

 邪魔者は居なくなったことだ。俺たちも暗号鍵を回収して、今日のところは帰るとしよう。

 

「ごめんなさいマスター。殺し損ねちゃった」

 

「いいさ。でもフォーリナー、なんか怒ってたみたいだけど。どうかした?」

 

「それは……」

 

 言いづらそうに顔を伏せてもじもじしている。かわいい。

 しばらくして意を決したか、彼女はキッと顔を上げて続きを紡ぐ。

 

「私にとって《ロビンフッド》は特別だわ。今更殺せないとかそういうのではなくて、()()ロビンフッドは絶対に惨たらしく殺すけれど、なんというか……《ロビンフッド》という英霊自体には敬意を持っているの。

 だから、マスターを罠にかけたことや殺そうとしたことそれ自体は、憎いし赦せないけれど否定はしないわ。評価してさえいるの。それが彼の持ち味なのだもの」

 

 けれど――と、彼女は繋ぐ。

 

「あの老騎士はそうじゃない。自分が何であるかを忘れて、幻想に(すが)って、それを《ロビンフッド》に押し付けて。マスターは寝ていたから知らないでしょうけど、《ロビンフッド》を侮辱して。挙げ句、《ロビンフッド》の献身を叱責して。

 そんな彼を、私は赦せないわ。あまつさえ、宝具の封印? 毒の破却? 何よそれ、バカにするにも限度があると思うの。ロビンフッドだけじゃなく、私たちも貶める行為だわ」

 

 これまた随分とご立腹らしい。これほど怒りを露わにするのは初めて見る。

 

「だから私は彼が嫌いよ。騎士たらんとするあまり、周りの全てを蔑ろにする彼が。自覚は無いみたいだけど。

 さ、それはそれとして、はやく暗号鍵を回収しましょう。今日はもう眠りたいの」

 

 ……なんかまためんどくさい方向に(こじ)らせてらっしゃる?

 まあ気にすまい。どうせあの主従とは今回限りだ。俺たちが生きのこるにしろ死ぬにしろ。

 

 アイテムフォルダを開いて、暗号鍵を手にする。前回のこともあって罠を警戒していたが、特に何事も無く回収することができた。

 そうとなればもはや長居は必要ない。リターンクリスタルで――と思ったが、やめる。

 アビーの〝門〟。あれに慣れるために、彼女に頼んで移動させてもらった。

 今回は特に気を失うとかそういうことはなかった。どころか、特に不調や変化もない。

 喜びのあまりマイルームに着いてすぐにアビーを抱き上げ、くるくると踊ってしまった。怒られたのですぐに降ろしたが。

 アリーナで言っていた通り、彼女はすぐに眠ってしまった。その寝顔を見ながら、考える。

 決戦への切符は手にした。敵の情報は十分(じゅうぶん)すぎるほどある。決戦場では敵の宝具が解禁されてしまうが、アビーには対応策があるという。

 なれば、俺に出来るのはアバターをより良く造り替えて魔力効率を上げることと、決戦でのサポートを万全とすることだ。

 アバターの方はリソースが必要なので、明日もアリーナに潜る必要があるだろう。人間やめたところで魔術師としての腕が上がるわけではない。俺は凡百の魔術師でしかない以上、出来ることは最大限やっておくべきだ。

 そうと決まれば今日はもう寝てしまおう。

 アビーの隣に寝転んで、目を閉じる。すると彼女はするりと腕に絡んできた。幸せな感触に腕が包まれる。

 眠りに落ちる間際、レオの言葉が蘇った。

 

 ――黒騎士は槍を手放しているようだ。いえ、槍で剣を(こしら)えたのでしょうか?

 

 彼にはあの時点で、今日アビーが言っていたようなことがわかっていたのだろう。

 慢心するわけではない。けれど、俺には確信があった。

 きっと、あの老兵は俺には――どころか、慎二にすら届かない。一回戦を勝ち抜けたのが奇跡だったのだ、と。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 ――七日目。

 

「ようこそ決戦の地へ。身支度は整えたか?

 扉はひとつ。再びこの校舎へ戻るのも一組。覚悟を決めたのなら闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

 

 今回もまた、エレベーター前には言峰が立っている。彼は管理AIなのだから、おそらく今後も毎回そうなるのだろう。正直気が滅入るが、諦めるしかなさそうだ。

 

「ああ、開けてくれ」

 

「いいだろう、異界の嬰児(みどりご)よ。決戦の扉は今開かれん。

 ささやかながら幸運を祈ろう。再び――この校舎に戻れることを」

 

 またしてもこちらの事情は彼に筒抜けのようだ。このあたりももう諦めるしかないのだろう。そうなると俺が排除されない理由がわからないが、そもムーンセルの判断を俺に推し量れるはずもなし。ほっといてくれるんだからそれでいいか。

 暗号鍵を扉にセットする。

 扉が開き、俺とアビーは暗闇の中へと歩を進める。

 扉が閉まると、一回戦同様に暗いまま床が下がり始めた。しばらくして、パッと視界が明るくなる。

 半透明の壁を隔てて、ダンとアーチャーがそこに居る。

 

「…………」

 

 慎二と違ってダンは何も語らない。ただ静かにこちらを見据えている。

 だが今回はアビーの方が相手に用がある。ならばマスターとして、俺が戦端をひらくべきだろう。

 

「ダン・ブラックモア。よくもまあ俺たちをバカにしてくれたもんだ。俺は別に構わないが、うちの子はお冠でね。(なだ)めるのに苦労しましたよ」

 

 実際は別に宥めたりしていないが。まあ、嘘も方便というやつだ。

 

「……さて。バカにする、とは何のことやら。儂は君たちとの公正な戦いを望み、真摯に向き合ってきたつもりだが」

 

「公正――公正ですって?」

 

 怖ろしい程に平坦な声音。それを発したアビーは全く表情の無い顔を、アーチャーには目もくれずダンにだけ向けている。

 

「それはつまり――私たちなんてアーチャーに全力を出させるまでもないほど格下だということかしら?」

 

「そうではない。この戦いは軍務ではなく、儂としては初の個人的(プライベート)な戦いだ。だからこそ儂は軍人ではなく騎士として、人道に(もと)る戦いはしな――」

 

「それがバカにしているというのよ、おじい様」

 

 今度は心底からの屈辱と怒りを滲ませて、絞り出すように。

 

「だいたい、あなたは狙撃手だそうじゃない。誇り誇りと言うけれど、あなたの誇りはどこにあるの? 何に()るの? 狙撃手としての誇りは無いの?〝騎士様〟の誇りとやらは、狙撃手の――狩人の誇りよりもそんなに上等なの?」

 

 狙撃手として騎士となったのなら、狙撃手であることを誇るべきだ。騎士道精神を掲げたいならば、()()()()()()()()()()()()。彼の掲げる騎士道には、その拠り所となるべきものが何も無い。

 何より。たとえ《ロビンフッド》自身が自らを誇れないのだとしても。仮に騎士として堂々と戦うことに憧憬を抱いていたとしても。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それをあんな風に――と、彼女は憤る。《ロビンフッド》への敬意故に。

 

「ああ、ああ――私、あなたが大嫌いよ。

 何より、彼がマスターを害したことを叱責して宝具を禁じるだなんて。騎士だのなんだの、正々堂々だの、真正面からだのとうるさいくせに、私たちを侮辱しているの? そういうのはフェアプレーとは言わないわ。見(くだ)していると言うの。自分の持てる力を最大限に使って戦うのが本当の〝正々堂々〟ではないかしら?」

 

 そも、ロビンフッドの所業を畜生と断じるのなら。それは狙撃手であるダン自身をも畜生と貶めているも同然であり。

 ロビンフッドの言う通り、()()()()()()()()()()()

 

「赦せないわ。赦しがたいわ。おじい様のような畜生(ひとでなし)に、()の狩人が仕えているだなんて。ケイが受けた毒を――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。赦さないわ、赦してはいけないわ。

 あなたはあの日、保健室で、私たちにこう言ったのよ。『それは本来受けなくてよかったものだ(そ の 苦 し み は 無 価 値 だ)』って。本当に――反吐が出るわ」

 

 彼女は憎悪する。俺が受けた毒を無価値と断じること――それは、()いては俺の戦いを無価値と嘲笑する行いだと。そんな(もの)を受けるような者は敵ですらないと蔑視したのだと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、お前は傲慢にも言い放ったのだ――と。

 

「ああ滑稽なドン・キホーテ。騎士の幻想に囚われた哀れな(おきな)。他者を貶めなければ誇れない騎士道なんて、本当に騎士道なのかしら?」

 

「貶めてなど――」

 

「あなたがどう思っているかは関係ないわ。意識してであれそうでなかれ、私がそう感じたことに変わりはないもの。謝罪も言い訳も求めていません。そのとき私がそう感じた、それが全て」

 

 だから殺す。お前の都合や思惑など関係ない、私が不快だから潰す。私の都合にお前が合わせろ(私 の 意 に 沿 え 。 死 に 絶 え ろ 。)

 今の俺にはよくわかる。それがどれ程〝向こう側〟らしい発言かが。

 

「ああ、決戦場ではマスターに攻撃できないのが恨めしいわ。

 まあ、彼を殺すのに集中できるからいいけれど。おじい様もそれで死ぬんだし」

 

「おっと、今度はオレですかい? だけどなガキんちょ、そうまでマスターをボロクソに言われちゃ流石のオレも黙ってねえぞ?」

 

「そうでしょうね。あなたはおじい様が大好きだものね」

 

「なわけあるか! こんなお堅いマスター、やりづらいったらありゃしねえっつーの!」

 

「やりづらいのと好き嫌いはイコールではないでしょう?」

 

 ガコン、とエレベーターが揺れた。どうやら決戦場に着いたようだ。

 

「……()つぞ、アーチャー。戦場に(かえ)る時が来たようだ」

 

「あいあい、せいぜい頑張りますよっと」

 

「気分が良さそうだね、フォーリナー?」

 

「ええ、楽しみだわマスター。あの狩人を嬲れるなんて、背徳感でおかしくなってしまいそうよ」

 

 

 

 

 

 決戦場は一回戦とは微妙に細部(ディテール)が異なっているが、構造(システム)自体は酷く似通っていた。海底風の場所で、円形の大きな広場になっている。

 

「なんやらごちゃごちゃ言われはしたが……旦那、気はしっかりもってくれよ」

 

「無論。小揺るぎもせぬよ。決めるぞ、アーチャー」

 

「おうよ! あの生意気なガキんちょを泣かせて泣かせて、ごめんなさいと言わせてやる!」

 

 それにしてもこの決戦場の仕様、面白いよな。背中合わせでエレベーターを降りたのに決戦場では距離おいて向かい合ってるって。いや、ムーンセルにとって距離どころか時間もたいした問題じゃないのはわかってるんだが。

 

「ふふ、どうしましょうマスター。私を泣かせるんだって」

 

 お前こないだといい今日といいほんといい加減にしろよコラ。

 

「そりゃ俺の役目だぶっ殺すぞ緑茶」

 

「お前ほんと何なの!? つーか緑茶ってなんだ緑茶って!」

 

「緑色のアーチャーを略して緑茶」

 

「オーケーわかった、喧嘩売ってんだな?」

 

 緑茶のこめかみがひくついている。へいへい怒ってんのか色男ォー?

 

「マスター、私を泣かせたいの?」

 

「泣き顔もかわいくて好きだからね。この二回戦の初日のキミはとてもキュートだった。

 けどそれがあいつのせいで流した涙だと思うと喜びも半減だ。出来れば手ずから泣かせたい」

 

「まあ嬉しい。じゃあどうやって泣かせてくれるのか楽しみにしているわ。存分に楽しんでくださいな。

 だからマスター、()()を殺すのは私に譲ってくださる?」

 

「もちろん。キミがそうしたいなら」

 

 そうだった、あの主従を殺したいって彼女は前から言ってたんだった。落ち着くんだ俺、KOOLになれ。

 

「もうホントやだこいつら……」

 

 少し泣きの入ったアーチャーのぼやき。

 あまり決戦前の空気ではないが、これはアビーの意向でもある。

 決して騎士としての騎士らしい戦いなどさせてやらない、という。

 

「さあおじい様、ロビンフッド。お待ち兼ねの()(さつ)の時間よ。

 罠にかけて毒を盛り、マスターを苦しめる。《ロビンフッド》を貶め、マスターの戦いを踏み(にじ)り、私たちを見下す。そんなことを副王の巫女が、セイレムの魔女が――このアビゲイル・ウィリアムズが赦すものですか。

 誇りある騎士の戦いなどさせはしないわ。あなたたちは人として震えながらですらない、苦痛(Pain)の中で(わら)のように死ぬの! いあ! いあ!」

 

「アビゲイル・ウィリアムズ……セイレムの狂気の幕を落とした者、か。

 どうにも真名がわからなかったのだが、まさか()の少女が英霊となっていようとは」

 

 やはり真名の秘匿においてアビーのアドバンテージは絶大なようだ。史実だけならば英霊となるには格が足りないのだからさもありなん。

 彼女が宿す力にしたって、手掛かりはアメリカの作家が書いた小説くらいしかない。あれをアビゲイル・ウィリアムズと結びつけるなんてのは無茶が過ぎるし、そもあの老人は小説など読まないだろう。

 

「おいガキんちょ。俺ャ別に貶められたなんざ思っちゃいねえし、お前に怒ってくれと頼んだ覚えもねえぞ」

 

「あら、何を聞いていたのロビンフッド。もう一度言うけれど、あなたがどう思うとか関係ないわ。()()()()()()()()()()()()

 第一、おじい様のことがなくてもあなたは殺すし、あなたが死ねばおじい様も死ぬもの。あなたを殺すのが確定している以上、あなたの生死におじい様は関係ないし、おじい様の生死にあなたは関係ないでしょう?」

 

「くっそ、会話が通じねえ! 狂ってんのかテメエ、ああ!?」

 

「狂う? 何を言っているのロビンフッド。そんなもの――」

 

 アビーの姿が変わる。銀髪で、額の鍵穴から〝眼〟がこちらを覗き、露出の多い――宝具を使ったときに見せた、全力の姿。

 今回の戦いは彼女にほぼ任せることになっている。俺も詳しい作戦は知らない。だが見る限りにおいては、どうも最初からクライマックスらしい。俺も以前よりは魔力効率が上がっているが、下手を打てばすぐに枯渇してしまう。アイテムの用意をしておこう。

 彼女の足元が黒く歪み、そこから太い触手が現れ、うねったそれに彼女は腰掛けた。

 

「――狂っているに決まっているわ!

 だってあなたを殺すって考えるだけでこんなにも()()しい! あなたの殺し方を思索するだけでこんなにも()()しい! あなたの断末魔を想像するだけでこんなにも興奮する!

 ああどうしましょう、濡れてしまうわ! あんなに尊敬し感謝した恩人と同じ人物を手に掛けるなんて、背徳感で絶頂してしまいそう!」

 

 頬を紅潮させ、(わい)()を震わせ、汗さえ散らしながら、彼女は両腕を拡げて(よろこ)びを露わにする。

 

「ああロビンさん、サンソンさん。私はいけない子だわ。ロビンフッドを殺すのを夢見てゾクゾクしてしまうの。(からだ)火照(ほて)ってしまうの! 官能に身を(よじ)ってしまうの!!

 ……だけど仕方ないの。仕方ないのよ?

 だってあなたは知らないもの。あなたは〝ロビンさん〟じゃないもの。あ な た(ロビンフッド)じゃ私をわたし(アビゲイル)にはできないのだもの。

 私はケイの隣でしかわたし(アビゲイル)になれないの。彼だけが私をわたし(アビゲイル)にしてくださるの。

 だから、ねえ、死んで? 死んでくださいなロビンフッド。あなたが死なないとケイが死んじゃうの。私が死んでしまうの。だから死んで。でないと殺すわ。殺さなきゃ。殺していいのよね。殺すべきよね。

 殴って殺すわ。潰して殺すわ。締め上げて殺すわ。引き千切って殺すわ。投げて殺すわ穴だらけにして殺すわ蟲に喰わせて殺すわ。()()()いで殺すわ杭を打って殺すわ指先から刻んで殺すわ血を抜いて殺すわ肉を()いて殺すわ骨を砕いて殺すわ(ねじ)って殺すわ首を斬って殺すわ脳を(すす)って殺すわ(ぞう)()()んで殺すわ――苦痛を(P a i n)苦痛を(P a i n)苦痛を(P a i n)苦痛を(P a i n)苦痛を(P a i n)苦痛を(P a i n)! ねえロビンフッド、死んでくださいなロビンフッド……ロビンフッド!!」

 

 ――Sword, or Death(死にたくなければ剣を執れ).

 

 戦いの火蓋を切ったのはアーチャーの方だった。彼は戦闘の解禁と同時に地を蹴り、距離を――()()()

 狙撃手であり狩人である彼にしてみれば、中~遠距離が主戦場であることは間違いない。それでも接近したのは、おそらく先日のアリーナでの激突の際にアビーとの相性を理解したからだ。

 彼女の能力は飛び道具との相性が(すこぶ)る良い。

 サーヴァントとして現界した彼女の動体視力は生前と較べてかなり強化されており、元がただの少女であるにも関わらず超人の域に達する。それを以てすれば、矢や弾丸の軌道上に〝門〟を置いたり、触手や大鍵で打ち払ったり等は造作も無い。そして彼女は触手を文字通りどこからでも出現させられるし、なんなら一回戦でやったように敵の撃った矢を死角から返すことだって出来る。

 つまり、姿が見えている状態のアーチャーには単純な射撃だけでは有効打が無く、逆にアビーはいくらでも攻撃の手段があることになる。

 そして、なにより。

 

()けアーチャー。あれが本当にアビゲイル・ウィリアムズならば、格闘は素人のはず」

 

「あいよ! まあ俺も達人ってわけじゃねえが、村娘よりゃ心得もあらぁなっと!」

 

 アビー自身が先程明かした真名が、敵の行動を決定づけたと言えるだろう。

 だが彼女は聡い女性だ。相手がそう来ることはわかっている。

 故に。彼女は開始早々地面に大鍵を突き刺し、捻っている。そして同時に、()()()()()()()()()

 

「Ygnaiih...ygnaiih thflthkh'ngha...

 息 子(妖精の子)よ、門を開け。我等が父を呼び醒ませ。我、その神髄を請けし()()と成らん。

 帚星の子よ、星の妖精よ、我が親愛を鍵と成さん――」

 

 アビーの足元――否、地面一面に数多(あまた)の門が開く。そこから触手が這い出てくるのと同時、宝具が解放される。

 

「――我が親愛なる妖精の御子(ウェイトリー・ザ・ダンウィッチ・ホラー)

 

 アビーの姿が、消えた。

 透明人間にでもなったかのように。否、事実なったのだろう。彼女の姿はスゥッと消えてしまった。

 一瞬おいて、ロビンフッドの蹴りが空を切る。アビーが座っていた触手には、小さな足跡の形にタール状のものが付着している。どうやらあそこを蹴って離脱したらしい。

 

「ふふふ、どうかしら? 消えられるのはあなただけじゃないの」

 

「――そこ!」

 

 アビーの声が聞こえた場所へ、アーチャーが矢を放つ。それは何に当たることも無く決戦場の彼方へ消えていく。

 

「ざぁんねん。ふふ、ふふふ……!」

 

 今度の声はかつてのアーチャーのそれと同じく、出所がわからなかった。

 触手がアーチャーに殺到する。

 彼にそれを防ぐ(すべ)は、おそらく無い。あるいはまだ見ぬ宝具で触手を薙ぎ払うことが可能かも知れないが、彼は幾度も「正面から戦うのは苦手だ」と言っていた。それだけの火力を直接的に出せる宝具は無いと見て良いだろう。

 故に必然、彼は回避する。

 身軽な動きで触手を躱し、()(くぐ)りながら、彼は、

 

「チッ……旦那! 使うぞ、いいな!」

 

 ダンの返事を待たず、アーチャーは緑の外套で身体を覆った。

 

「…………」

 

 ダンは沈黙を保ったまま。特に制止はせず、それを肯定と取ったかアーチャーも動きを止めることはない。

 

無貌(むぼう)の王、参る……!」

 

 ――そして、アーチャーの姿も消え去った。

 決戦場に残るは二人のマスターと、アビーが開いた門、そしてそこから這い出す触手。主役たるサーヴァントの姿はどこにも無い。

 アーチャーのあの宝具は俺が罠にかかったときのアレだろう。あのとき、俺たちには彼の視線と声がどこからのものか全くわからなかった。今回もまた、少なくとも俺にはわからない。

 アビーは考えがあると言っていたが――

 

「ユーゴ、お願いね」

 

 触手が這い出ている門、そのうちのひとつから、小さな影が飛び出した。あれは……なんか顔が黒い渦巻きになってるが、たぶん熊のぬいぐるみか。

 浮遊するぬいぐるみ。それは生きているかのように動き、両腕を拡げ――無数の蝶を召喚した。

 ぬいぐるみが腕を振るう。それに従うように黒い蝶が動く。やがてそれらは決戦場をほぼ埋め尽くし、

 

「――みぃーつけたぁ」

 

 背筋がゾクゾクするような、声。

 視線を巡らせれば、ある場所に蝶の塊ができている。丁度人間一人分のそれは、おそらく。

 

「じゃあ、まずは蟲に喰わせて殺すわね」

 

「ッ! がッ……ァ゙あ゙あ゙あア゙ああ゙!!」

 

 アーチャーに群がっている蝶が一斉に動きだす。

 アビーの宣告通りアーチャーを喰っているのだろう。蝶の口は「喰う」というには違和感のある形をしているはずだが、まあ、あれが真っ当な蝶とはとても思えない。(かじ)るなりなんなりしているのだろう。

 アーチャーは身悶え、激しく腕やマントを振り乱しているが、その程度では焼け石に水のようだ。

 

「――add_regen(8)(自 動 回 復)

 

 ダンがコードキャストを発動した。蝶の群の隙間から緑色の光が漏れる。

 あの術式は知っている。俺も良く使う自動回復。

 だが、全身を食われるアーチャーにそれを使うのは苦痛を長引かせるだけではないだろうか。

 

「火力を上げるぞ、gain_str(16)(筋 力 強 化)

 

 続けて筋力強化。何をする気かと思ったが、答えはすぐに出た。

 

「っなクソォォォオオオァ!!」

 

 バサァッ! と豪快な音をあげて、アーチャーのマントが(ひるがえ)される。俺にまで届く程の風が起こり、蝶が吹き飛ばされる。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

 黒い塊の中から現れたアーチャーはボロボロだった。全身傷だらけ、服は破け、血で真っ赤に染まっている。肩で息をする彼は蝶の再来を警戒してかあちこちに視線を飛ばしているが、対して蝶はといえばそこら中を自由に飛び回るだけで襲いかかる様子はない。

 

「まあロビンフッドったら、素直に死んでくださらないなんて……そんなに私を愉しませたいの?

 ならそうね、次は――」

 

 いまだ決戦場のあちこちに開く門、うねる触手。そのうちのロビンフッドに近いものが彼を襲う。

 戦闘開始直後には軽快に避けていたそれ。しかし今は違う。

 サーヴァントの身体構造は人間と同じだ。内臓もあれば筋肉も骨もある。当然、怪我をすれば人間と同じ影響が出る。筋肉が切れれば動かないし、心臓や脳が潰れれば死ぬ。

 満身創痍のアーチャーが無傷のときと同じ動きを出来る道理が無いのだ。自動回復のコードキャストがかけられているとはいえ、全身を囓られている彼がすぐに全快するわけもない。

 当然の帰結として、彼はすぐに触手に捕らえられた。

 

「――投げて殺します」

 

 そしてすぐに、投げ飛ばされた。

 凄まじいスピードで飛んだアーチャーは、地面に激突すると土や石を巻き上げながらなおも進んでいく。その激しさたるや、地面が抉れて溝が出来るほどである。

 そのまま数十メートルも溝を掘って、広場の終端の岩に激突しようやく停止した。

 さすがに死んだか? と思ったが、よく見れば自動回復が機能している。まだ生きているようだ。しまった、フラグだったか。以前より使える魔力が増えたとはいえ、そろそろ厳しいので終わって欲しいのだが。

 いやほんと、マジきっつい。ただでさえ魔力消費が激しい全力モードなのに加えて初手宝具開帳、門の大量展開に蝶の群れだ。ゴリゴリ持ってかれる。コードキャストとか使ってられない。魔力もアイテムもめっちゃ減る。

 

「ああ、ああ、なんてことかしら! 零落れたなんて言ったのは訂正するわ、あなたは役者さんの(かがみ)よ! だって私をこんなにも愉しませてくださるのですもの!

 ――だから次は締め上げて殺して差し上げるわ」

 

 アーチャーに触手が絡まっていく。首から下を瞬く間に覆い尽くしたそれは、次には一気に収縮した。

 

「ぐっ、あ、ぁ゙……!」

 

 万力の如き、と言うのも生(ぬる)(りょ)(りょく)で締めつけられたアーチャーが苦悶を漏らす。先の筋力強化は切れているのか、はたまた強化してなお抜け出せないのか、拘束が解ける気配はない。

 が――アーチャーの口が、苦痛とは違う形に動いた。

 

「森の……恵、み、よ……圧政者へ、の、ど、くとな、れ……」

 

 彼を締めつける触手が膨れあがり、

 

「……祈りの(イ ー)……(バウ)!」

 

 そして爆発四散した。

 

「ガッハ! ゲホッ、ゥ゙ェ゙ッホァ゙!!」

 

 解放されたアーチャーは地に崩れ落ち、空気を求めて咳き込む。さすがに自動回復の効果は切れたらしく、すぐには立ち上がれないようだ。今の締め上げで骨のいくつかはイッているのかも知れない。

 しかし今のは……彼の宝具なのだろうが、あの火力はどういうことだろうか。てっきり毒と透明化が彼の宝具なんだと思っていたが。あんな火力が出せるなら正面から戦うのを嫌がる理由が無い気がする。

 何か条件があるのか? 例えば、そうだな……彼は毒を扱うサーヴァントだから……対象が毒を受けた状態でなければならない、とかか?

 そうだとすると、あの触手がいつ毒を受けたのかが気になるところだが。絡み付くときに何かされたと考えるのが妥当か。あれだけボロボロの状態でそんな余裕があったとは驚きだ。

 

「いいわ、いいわロビンフッド、最っ高よ!

 次はどうしようかしら……そうねぇ……」

 

 ともあれ、触手の替えはそれこそ無限にある。……俺の魔力がもてば。

 そして、アーチャーが立ち上がれないからといってアビーは容赦しない。

 彼女は姿を顕さない。例え弱っているとしても、この狩人にはどんな反撃をしてくるかわからない怖さがあるからだ。それは今の触手の爆散が証明している。

 

「……うん、そろそろ終わりにしましょう。全部することにするわ」

 

 しばらく考え込んでいた彼女が、慈愛すら感じさせる声音でそう言って。

 真横から触手が殴りつけた。

 飛んだ先にあった触手がのしかかって、(うつぶ)せに倒れ臥す彼の脚を潰した。

 別の触手が巻き付いて、潰れた脚を力任せに引き千切った。

 どこからか普通の大きさの鍵が大量に現れ、次々と胴に突き立って穴を開けた。

 腕に触手が巻き付いて彼を持ち上げ、重力に従ってあらゆる傷から血が抜けていった。

 周囲の触手が群がって、バキボキと骨が折れる鈍い音が奏でられた。

 熊のぬいぐるみが寄ってきて、どこからか取り出した杭を心臓に打ちつけた。

 

 ――そこで、触手もぬいぐるみも蝶も消え去って。俺とダンの間に赤い壁が(そび)え立った。

 

「……………………」

 

 ダン・ブラックモアは口を開かない。あるいは(ひら)けないのか。いつの間にか俺の隣に姿を現していたアビーを呆然と見つめている。

 

「あら、終わっちゃった。まだやってない殺し方があったのに。心臓を刺したくらいで死んでしまうなんて、意外と根性が無いのねロビンフッドったら」

 

 アビーは(しん)から残念だという風に口を尖らせる。そしてそれ以降は何も言わない。

 やがてアーチャーが消え去って、自分の身体も半分以上が分解されてから、ようやくダンは口を開いた。

 

「……こんなものは、戦いではない。騎士の、戦いでは……ない」

 

 それは。静かではあったが、慟哭だったのだと思う。

 そして俺もそう思う。アーチャーのあれは、およそ人間の死に方ではない。

 だがそんなものは今更だ。俺たちは――アビーは、最初に言ったはずだ。

 

「誇りある騎士の戦いなどさせはしないわ。あなたたちは人として震えながらですらない、苦痛(Pain)の中で藁のように死ぬの」

 

 同じ言葉を彼女は繰り返した。聞き分けのない子供に言い聞かせるように。

 

「そう、言ったはずよ。おじい様」

 

「儂、は……」

 

 何かを言いかけて、やめる。

 かわりに、

 

「……儂が間違っていたとは思わん。そして儂は君たちを軽蔑する。畜生にも劣る怪物だとな」

 

「お互い様だジジイ」

 

「そうね。私たちもあなたを心底軽蔑しているのですもの」

 

 決して分かり合えない。だって彼は人間で、俺たちは異端の化け物だ。異なる感性(ロジック)に基づく生き物だ。

 そも、正しいだの間違いだのいう話ではない。彼は彼の考える騎士として戦いたかった。彼女はそれが不快だった。それだけだ。

 例えそれがダンを弱くしたのだとしても、彼はそういう信念を持って戦いたかったのだから。

 例え誰から見て理不尽だとしても、彼女にとっては筋の通った怒りだったのだから。

 

「……せめて一度くらい、君に誇れる戦いを……したかったのだがな……アン……ヌ――」

 

 俺たちには何処の誰とも知れぬ女性の名を呟いて。

 後悔に(まみ)れた表情で、彼は消えていった。

 

「ああ――スッキリした」

 

 アビーの顔は夏空のように晴れやかだった。

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 決戦場から戻ると、目の前に()()()()が居た。

 

「おろ? なんだ、あんたまた殺したのか。てっきり殺されたもんとばかり思ってた」

 

「…………死ぬわけには、いかないもの」

 

 しっかりと俺の目を見てくる彼女の顔は決意に溢れていた。

 ……いや、俺にそんなもん向けられても困る。そういうのは隣のアビーに……いや、霊体化してるから無理か。

 

「あの子たちを殺した責任がある。生きたいという願いがある。一回戦を突破した私には、負けることは許されない」

 

 はあ。で?

 

「今だって殺したくない。二回戦で勝ったことを後悔もしてる。だけどそれを拒んじゃいけない。私は、最後の一人になる」

 

 ああ、そっすか。

 

「それだけ。……じゃあね。もし当たったら、私が勝つ」

 

 決然たる態度で踵を返し、彼女は去っていった。

 なんだかなあ。どういう心境の変化だか知らないが、随分と前向きになったもんだ。ああいうのが物語の主人公になるのかね。

 

『よかった。白野さん、立ち直ったのね。マスターが滅茶苦茶なこと言うからどうなるかと思ったわ』

 

「よかったか? めんどくさい敵が増えただけのような気がするんだけど」

 

『よかったの!』

 

「まあ、キミがそう言うんならそれでいいけど。仮に俺たちもあいつも勝ち上がるなら、どっかで俺たちと当たるぜ?」

 

『そのときは殺せばいいだけだわ。でも、それまでに明るく元気になっちゃいけないなんてことはないし、仲良くしちゃいけないなんてこともないと思うの』

 

 ああ、まあ、それもそうか。

 アビーがそれでいいなら俺に否やはない。

 だってそもそも俺、あいつにあんまり興味無いしな。この子が二回戦初日みたいにならないなら、あいつがどんな性格になろうが、俺たちとあいつの関係がどうなろうが、何でも良いか。

 

 

 

 

 

 マイルームに戻ってきた。今回も祝勝会と称して二人でささやかな御馳走を楽しみ、今は食後のまったりタイムだ。

 

「そういえばマスター、私を泣かせるという話はどうなったの?」

 

 とても蠱惑的な表情で、我が膝の上に()()すアビーがこちらを見上げてくる。ので、俺は彼女を膝から下ろし、真正直から真っ直ぐ眼を見て、

 

「実は、……とても残酷なことを報告しなきゃいけないんだ」

 

「なあに?」

 

 これを言うのはかなり心苦しい。だが事実は事実であり、どうせしばらくすれば彼女も気付くのだ。ならば俺が告げ、そしてアビーを泣かせ、彼女の泣き顔を堪能しようではないか。彼女も泣かせるのを楽しみにしてるって言ってたしな!

 

「……緑茶の毒で動けない時間があってわりと忙しかったからさ――パンケーキとマッシュポテトの材料、探せてない」

 

 しばらく彼女は、何を言われたかわからない、という顔をしていた。

 たっぷり五分。それだけの間そのまま固まって、それからじわりと涙を浮かべて、

 

「そ、そう。仕方ない、わよね。だってケイは苦しかったんだもの。意識、なかったん、だもの。仕方ない、仕方、……ないの」

 

 懸命に涙を堪え、しかし抑えきれずに溢してしまいながらも、決して俺を責めはしない。けれど悲しみという感情はどうしようもなく、一度溢れてしまえばもう止まらない。

 

「ロビンフッドの、バカァァァァアアアアア!!!!」

 

 結局、泣いた。泣きに泣いた。声をあげて泣いた。そして泣き疲れて、眠った。

 彼女が眠るまでの間、俺は彼女の泣き顔を正面からガン見していた。記録できる機材が無いので、〝俺が泣かせたアビーの顔〟を決して一生忘れないよう瞬きすら最小限にしてジッと見続けた。

 マジでカメラが欲しいが、無い袖は振れない。今度言峰にでも要望を出してみようか。

 

 




 
【我が親愛なる妖精の御子】
 ランク:A
  種別:対人宝具
 レンジ:0
最大捕捉:1人
 ウェイトリー・ザ・ダンウィッチ・ホラー。旅路の果て、邂逅を果たしたラヴィニア・ウェイトリーへの親愛の証。
 本来であればラヴィニアの宝具であり、彼女が生んだ双子のうち弟の方を召喚するが、アビゲイルでは直接召喚することができない。
 アビゲイルが使用する場合、自身の「()の力を宿す人間」という性質を双子と同じ「()と人間の混血」へと近付けることで擬似的に転身する。透明化とランクB相当の気配遮断を獲得するかわりに、足跡等身体が触れた場所にタール状の粘液が付着するようになる。また、イブン・グハジの粉でなくとも粉末状のものを振り掛けられると効果が解除される。特定の呪文を唱えられると物理的にダメージを受ける。
 多用すれば元に戻れなくなる。一度の現界で二~三度までに留めておくべきだろう。

【不可視なる悪魔の落とし子】
 ウェイトリー・ザ・ダンウィッチ・ホラー。ラヴィニア・ウェイトリーが使用する場合はこちらになる。





二回戦でやりたかったことリスト(正 直 す ま ん か っ た リ ス ト)
・西脇順三郎「天気」アレンジ。
・一回戦でいきなりどっかの銀髪幼女と当たってうっかり勝ったせいではくのん御乱心。
・捏造サーヴァントの出演。
ロビンフッド(アビーへの精神攻撃)
・俺は人間をやめるぞ、アビィィィィィイイイイイ!!
・殺し方列挙。
・アビーの彗への依存度が上がりました。
・滅茶苦茶言ってんだけど本人の中ではド正論。
・嬉々としてロビンフッドを殺しにかかるアビー。
・震えながらですらなく藁のように死ぬ(有言実行)。
・どうしてもウェイトリーの双子由来の捏造宝具を出したかった。
・実のところサブタイトルを【The Right Knight's Knight】とどっちにするかめちゃくちゃ悩んだ。が、本当の意味でネタをわかってくれる人がどれだけ居るかわからないし、本作では原作と違ってロビンフッドが騎士の騎士にならなかったし、意図したネタは本作にもFateにも全く関係ないネタだしで普通のサブタイトルに。
・KOOLは誤字じゃなくてわざとだよK1くん!
 
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