※ご注意
★本作は『Fate/Grand Order-Epic of Remnant- 禁忌降臨庭園セイレム 異端なるセイレム』ならびに同作に登場するアビゲイル・ウィリアムズに関する多大なるネタバレを含みます。
★本作は『Fate/EXTRA』の多大なるネタバレをも含みます。
★本作は岸波白野の物語ではありません。
★本作に登場するアビゲイル・ウィリアムズは、実在のマサチューセッツ州セイレムに実在したアビゲイル・ウィリアムズとは半分くらいしか関係ありません。
★本作に登場するアビゲイル・ウィリアムズは、作者の
★いあ! いあ! んぐああ んんがい・がい! いあ! いあ! んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん! いあ! いあ! い・はあ い・にやあ い・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす! よぐ・そとおす! いあ! いあ! よぐ・そとおす! おさだごわあ!
――安定のための搾取。
――平穏のための決断。
――その行為は至尊ではあるが、
――栄達することも、またできない。
――深淵でこそ、得るものもあるだろう。
★
突然だが、タイムパラドックスというものを知っているだろうか。
例えば俺が、両親が一二歳の頃へと時間旅行をしたとする。そこで仲の良い幼馴染みである二人をハイエースし、お袋をちょっと全年齢では言えないようなことをしてから飢えた野犬の群れに放り込んだり、親父の手脚を縛って身体に
当然、二人は一二歳で生涯を終える。一三歳のときに西欧財閥の支配域に渡ることはなく、スクールで夫婦だなんだと友人たちにからかわれることもなく、ハイスクール卒業間近に親父が我慢できなくなってお袋を押し倒すも逆に搾り取られるなんてこともなく、大学進学と同時に爛れた同棲生活を始めることもなく、猿のようにヤりまくって俺を身籠もり在学中にデキ婚することもない。
すると当然、俺は生まれない。しかしそうなると過去に渡って両親を殺す者が居なくなり、すると俺は生まれてしまう。となると俺は両親を殺しに行き、結果俺は生まれず――とまあ、そういう矛盾が発生するわけだ。これがいわゆるタイムパラドックスである。
時間旅行なんてものは、西欧財閥があらゆる技術開発を禁じていることもあり、二〇三〇年現在においても実現していない。旧時代の
であるから、タイムパラドックスなんてものは思考実験の域を出ない。少なくとも、尋常の手段においては。
俺が急にこんなことを言いだしたのは、別に唐突に思考実験の楽しさに目覚めたとかではない。過去変えてぇーなぁーとか思っているわけでもない。理由はアビーにある。
この聖杯戦争にて呼び出しましたるサーヴァント、《
先程俺は、「尋常の手段においては」タイムパラドックスは思考実験に過ぎないと言った。
では、尋常でなければ?
アビーの宿す力は、あらゆる並行世界を含む〝この世界〟の、外側のものだ。この世界の術式で以てサーヴァントとして現界している以上エネルギーとしてこの世界の魔力を消費しはするが、
そんなものが〝尋常〟か?
答えは否だ。異常ですらない。〝異質〟あるいは〝異端〟と言うのが
あらゆる時間・空間と接している場所に繋がる門を開く。それはつまり、好きな場所へ移動できるだけでなく、並行世界への移動や、さらには過去や未来への移動――時間旅行が出来るということに他ならない。
アビーの力を知り、人間やめた今、俺は思ったね。その力で地上とか、聖杯戦争やってない並行世界のSE.RA.PHとかに行けば、聖杯戦争を勝ち上がらずとも俺の目的は達せられるんじゃねえのってな。
まあ結論を言えば無理らしいのだが。
アビーの力だけで言えば可能だ。が、彼女は聖杯戦争のためにムーンセルが現界させたサーヴァント。当然のように制限が設けられている。具体的には、SE.RA.PHから出ることは原則出来ない。
彼女の力で移動するには一度〝領域外〟へ行かなければならないが、それだって領域外に居て良い時間が決まっていたり、領域外に居る間は必ずひとつはSE.RA.PHに繋がる門が開きっ放しでなければならなかったりと、細かいことがいくつかあるとかなんとか。
こうした制限を取り払いたければ聖杯を勝ち取るしかない。
ただ、〝時間〟を移動する制限は緩いらしく。一回戦を開始した時点へ門を繋げることとかもできるらしい。
そこで問題となってくるのがタイムパラドックスだ。
タイムパラドックスは回避されると仮定した場合、その要因は大きくふたつ考えられる。
ひとつは、並行世界が新たに生まれるというもの。先に挙げた例で言うと、俺が元居た世界とは別に俺が両親を殺した世界が誕生するということだ。未来を変えるのが目的だとしたら、事を成した後は元居た世界へ帰るのではなく誕生した並行世界へ行く必要がある。
もうひとつは、過去への介入は歴史に織り込み済みだった、というもの。またもや先の例で言うならば、俺が殺したのは容姿や境遇や年齢が良く似た別人だったとかそんなんで、両親は無事なので俺は生まれる、と。世界一売れたイギリスのファンタジー児童文学シリーズの三巻を読んだことがあれば、ヒポグリフが助かった一連の流れを思い出してもらえばわかりやすいか。自衛隊が戦国時代にタイムスリップするSF小説を読んだことがあれば、「ノッブ居ねえなって思ってたけど俺がノッブだわこれ」ってなったアレだ。こちらは当人の主観では未来が変わっているパターンもあるが、その実どうあっても変えられない。
さて、では実際時間旅行するとそのあたりどうなるのか?
今、俺はその言葉をひしひしと実感している。
俺の視線の先、二階の階段付近からこちらを見る男。彼の心理が俺には手に取るようにわかる。だってほんの少し前に経験したから。
――なんか、俺が居る。
――え、なに、どういう?
★
三回戦の対戦カードの決定が一日遅れるらしい。俺たちだけでなく、参加三二組全員がだ。
「ムーンセルもうんざりしていることだろう。感情など持たないので比喩ではあるがね」
と、イイ笑顔で懇切丁寧に解説してくれやがった言峰曰く。原因は俺たちだそうな。
アビーの力――領域外の力は、彼女が現界してSE.RA.PHに存在しているだけでもムーンセルに結構な負荷をかけているらしいのだ。
そこに一回戦での宝具使用でさらにドン! 二回戦で俺が人間やめたせいでもひとつドン! 二回戦での宝具使用でダメ押しのドン! 哀れムーンセルはエラーの炎に包まれた!
とまあ、そんなわけで、諸々の修正やアップデートに一日かかるらしい。
他の参加者には詳しい事情は伏せられているそうだが、俺たちにだけは。当事者の! 俺たちに! だけは! 教えてくれた。もちろん善意からではないだろう。愉悦に歪んだあの顔を見て誰が善意だと思えるのか。
そもそも何故現界させたとか、力にもっと制限かけて現界させるなり何なり手があったんじゃねぇーのとか、ムーンセルへのツッコミ所が無いわけではない。だが俺たちの排除ではなく自己修復と自己強化で対応してくれるのならそれはありがたい。
なので、この降って湧いた一日の休日に文句は無い。
だが――暇だ。
「遠坂お前何かねぇーの? こう、優雅芸とか」
「ねぇーわよ。つか何よ優雅芸って」
「はぁーつっかえ。俺はともかくフォーリナーを楽しませるくらいしろよなあ?」
「しばくぞ変態」
公平を期するためということで、アリーナと図書室は立ち入りが禁じられているのだ。
リソースを集めることも、情報を集めることもできない。出歩けば何かの拍子に自分たちの情報が他のマスターに漏れないとも限らない。
すると当然の帰結として、マスターの大半がマイルームに引き籠もっており。
マジでなぁーんにもやることが無くなってしまうのだ。
あまりに暇を持て余して屋上に足を運んでみれば遠坂が居たので話し相手になってもらおうと思ったのだが、話題も特に無く。
「じゃあはくのんは? ほら、ハクノ1000%的な一発芸とか、ひたすら輝く岸波的な一発芸とか」
「しばくぞ変態。私の肌は安くない。あとはくのん言うな」
ていうか知ってんのかよ。記憶無いんじゃなかったのか。
「そっか……そうだよな、普段から穿いてないもんな。
「その口を閉じろ変態。穿いとるわ。めっちゃめちゃ
そんな感じで、柵に寄りかかってダラダラしていたところにフラッと現れた岸波を弄ってみるものの、すぐに飽き。
『暇だなぁ……』
三人揃って空を見上げてぼやくことになるのは時間の問題だったと言える。
「ムーンセルの修復とアップデート、なんて結構な
「ほんとにな……」
「今まで忙しかったぶん慣れないよね……」
そのまま無言の時間が数秒。
『暇だなぁ……』
再び異口同音に呟くのだった。これは酷い。
「なあ、そういや運動場とか弓道場とかプールとかって今でも行けんの?」
ふと目に付いたそれらを見て、なんとなく話題に出した。予選のときは「学校生活」のシミュレーションだったので行けたし利用できたのだが、今はどうなんだかよく知らない。
「また唐突ね……普通に行けるわよ。行っても特別何かあるわけでもないから誰も行かないけど」
「へえ。てっきりただの
聖杯戦争というタスクにおいては無駄もいいところのそれがきちんと存在しているとは、正直予想外だった。もしかしたら一度作ったものをわざわざ途中で消すよりも、聖杯戦争が終わってからこの校舎やアリーナごと消した方がコストが低いのかも知れない。
『マスター、私行ってみたいわ!』
「お、そうかい? んじゃ行ってみっか」
アビーが行きたいのなら是非も無い。どうせ暇だし、散歩も兼ねて行くとしようか。
「あら、フォーリナーが何か言った?」
「応、運動場とか行ってみたいってよ。つーわけで行くわ」
「はいはい行ってらっしゃい」
シッシッと鬱陶しそうに手を振る遠坂。その横でははくのんが胡散臭げな眼差しをこちらに向けている。
「正直今でも納得いかない。あんないい子のマスターがこんな気狂いの変態だなんて」
「言ってろ」
いい子なのは全面的に同意するが、こいつはダンとの決戦でのアビーを見ても同じ事が言えるのだろうか。
アビー至上主義の俺とて、自分の感性があまり一般的でないのは理解している。俺にとってはあのテンションの彼女も魅力的すぎるいい子に違いないが、おそらくかなり常識的な感性だろうはくのんにとってアレは割と邪悪なんじゃなかろうか。
「あ、そうだ夜ノ森くん。あなた、例の噂知ってる?」
今まさに階段を降りんとした矢先、遠坂がそんな言葉を投げてきた。
「例の噂? ……ああ、放課後のなんとかいうやつか?」
なんつったっけ、殺人鬼?
次の三回戦に残っているマスターは三二人。一回戦には一二八人居たわけだから、実に九六人が既に死んでいる。そのうちの何人か、下手すれば何十人かが、一人のマスターに暗殺されている――とか、なんかそんな噂だったような。
「そ。それなんだけど、どうも単なる与太話ってわけじゃないみたいよ」
「ふーん。まあ、レオが居る時点で予想はしてたよ。予選でそれらしい奴を見たしな」
「なら良いわ。今日なんてホイホイ出歩いてちゃ絶好のカモよ、せいぜい気をつけなさいな」
「そっちもな。決戦の場でもなく、対戦相手ですらない奴に暗殺されるとかお互い死んでも御免だろ」
「違いないわね」
そして今度こそ階段を降りていく。
この校舎の階段は踊り場が各階のロビーを兼ねている。三階のそこに生徒会NPCの柳洞一成が居るのを横目に見ながら通り過ぎ、二階へ。
二階ロビーに脚を踏み入れた直後、それは起こった。
「――っ!?」
――突然、背筋が総毛立った。
奇妙な悪寒を覚えて身構え、周囲を見回す。
そして、それは、居た。
廊下の奥。マイルームに繋がる扉の前に――
(なんか、俺が居る。え、なに、どういう?)
さすがの俺も困惑不可避。なんだあれは、何がどうなって――。
「――っ!?」
そちらに気を取られている間に、事態はマズい方へ動いてしまった。圧倒的な力に引っ張られるように後方へ跳ね飛ばされる。
そして、すわ背後の壁にぶつかるかと感じた瞬間、景色が変わった。そのまま床に、否、この感触からして地面に放り出される。
立ち上がり、頭を振って気を取り直す。
既視感のある場所だ。海底のような、円形の広場。
それに思い至った瞬間、脳内に警鐘がけたたましく鳴り響く。
だって決戦場だ。誰がどうやって俺をここに連れてきたのかは知らないが、決戦場であるならばつまり、ここには敵が居るはずだ。
まずい。まずい!
どうも俺だけが転移させられたようで、アビーの気配はどこにも無い。
人間やめたとかイキッてみても、まだまだ化け物としてはひよっ子の俺にあるのは
サーヴァントどころか
詰んでいる。詰んでいる詰んでいる詰んでいる――!
「脆弱にも程がある。魔術師とはいえ、ここまで非力では木偶にも劣ろう」
不意に、声。
いつの間にそこに居たのか。突如現れたのか、あるいはテンパった俺が気づいていなかっただけか。いずれかはわからないが、正面、少し離れた位置に男が一人。
彼が見下ろす先には、これまた今になって気づいたが、幾人かの人間が倒れ臥している。おそらく聖杯戦争に参加するマスターだったモノだ。
「鵜を
言って、ようやくこちらへ視線を向けた男は、言うなれば〝死〟そのものだった。
燃えるような衣装に身を包んだ鋭い目つきの偉丈夫が、先のロビンフッドのそれなど比較にもならない程の濃密な殺気を投げてくる。
ダメだ。これは、ダメだ。
勝てるわけがない。俺だけでは、決して。
だが――だが、ダメだ。
それでも死ぬわけにはいかない。少なくとも、一瞬であってもアビーより先に死んではいけない。彼女を〝偽者〟として死なせるなど、《夜ノ森彗》の人生にそれだけはあってはならない――!
「……ほう?」
精一杯の抵抗として男の目を睨み返していると、彼はピクリと眉を動かした。
「なるほど、少しは気骨がある者がおる。
だが気勢だけでは何も出来ぬぞ。小僧、果たして踏みとど――」
――浮遊感。
思わず目の前の〝死〟から目を逸らし、足元を見る。ぽっかりと開いた銀の穴。それが何であるかを認識したときには、俺はその向こうの真っ黒な空間にすっかり落ちきってしまっていた。
そして落下する先にもう一つの穴を認めたときには、心から安堵していた。
そして、落下するままにその穴をくぐる。床へ投げ出されたが、安堵のあまり痛みもあまり気にならない。
立ち上がって周囲を確認すると、マイルームの扉の前だった。階段の方へ目を向けると、三階から
そして俺の頭上の門からアビーが現れ、門が閉じる。同時に、
そしてあちらの俺が吹っ飛ばされ、消える。あちらのアビーが実体化し、こちらを見て何かを納得した後、門を開いてその向こうに消えた。
さらにそのすぐ後に、今度は岸波が三階から降りてきた。そして身震いした後、俺と同じように吹っ飛んで消えた。
しかししばらくした後、彼女は元居た場所に再び現れた。
俺はアビーに目を向ける。すると彼女はにっこりと笑ってこちらを見上げてきた。なるほど、キミの
「その実力でどうやって逃げ延びた?」
俺たちでも、岸波やキャスターでもない第三者の声がして、俺は意識を階段の方へ戻す。
黒服の男だ。俺たちに背を向ける形で岸波に言葉を投げている。
「ただの雑魚かと思ったが。爪を隠した腕利きだったか?
何にせよ、あの魔拳から生き延びたのだ」
男の纏う気配が変わる。無差別に発散されていた殺気が、怜悧な刃物のように研ぎ澄まされて岸波ただ一人へと向けられる。
「ここで始末するに越したことは――」
「葛木先生、質問があるのですが」
「――っ!?」
奴の言葉を遮ってやると、飛び跳ねるようにして身体ごとこちらを振り返った。
「……貴様。どうやってそこに」
「やだなあ葛木先生、ここはマイルーム前ですよ?」
予選で葛木と名乗っていたこの男。予選中は記憶が無かったこともあって何の違和感も持たなかったが、今となってはこいつが教師など似合わないにも程がある。
「それとも――俺がここに居るのがおかしい理由でも? なあ、ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ?」
この男は
こいつがここに居る理由はレオしかないだろう。
いかにレオが優秀で、そのサーヴァントがハイスペックであっても、物事に絶対は無い。だがハーウェイにとって聖杯を手中とし、場合によっては処分することは現状では最重要課題。だから彼の勝率を少しでも底上げするために何らかの手を打つだろうとは思っていた。
それがユリウスだ。レオを確実に熾天の玉座へ至らせるための、言わば捨て駒。レオが聖杯を手にするのだから、こいつはここに来た時点で必ず死ぬ。つまりこいつは、雇い主から死んで良い奴だと思われているのだ。
「……思い出したぞ。貴様、夜ノ森彗だな。こんなところで何をしている」
「当然、願いを叶えに来た」
「大人しくしていれば捨て置いたものを。まさか自分から死地に飛び込んで来るとはな」
俺のような平凡な魔術師をこの男が知っている理由。それは俺の生い立ちにある。
先述の通り、俺の両親はガキの頃に西欧財閥のお膝元へと移住した。ひい爺さんの代までは
外側からは管理社会管理社会と言われるように、実際徹底した管理が敷かれている。が、その実ある程度より上の階級になるとそれほどガチガチではなくなる。それは西欧財閥が〝財閥〟であることからもわかる通りだ。それに両親は共に
そうして生まれた俺は、当然ながら西欧財閥の治める地で育つこととなる。
特に不自由無く育った俺は、一〇歳のときにアビーと出会う。そしてそれからどうにかして彼女と再会しようと、それだけを考えて生きてきた。
だが西欧財閥の管理の内側に居てはそれは叶わない。
これらがある限り、アビーと会う方法を西欧財閥に目をつけられず探すなど、内側からでは不可能に近い。奴らは検閲を受けない通信行為を超法規的な処罰の対象としているため、下手すれば殺される。
それに、〝外〟の方が霊子ハッカーのレベルが高い。
何しろ西欧財閥は、人類の生存にこれ以上の技術は不要であるとして技術開発を禁じている。技術革新など起こらない。その結果西欧財閥の技術は三〇年もの間停滞している。
その点、〝外〟は違う。
世界の富の六割が西欧財閥の下に集まる現代、その管理下でない国や地域はおよそ全てが荒廃している。無政府状態の地域が多く、略奪や暴行といった犯罪行為は日常茶飯事。数万人を超える人間が一斉に死亡するような大規模なテロや事件も、頻繁ではないまでも珍しくもない。
だがそのかわり、西欧財閥の目が届ききってもいない。内側に居ては調べることさえできないような情報もあれば、違法に研究され独自に発展した技術や文化だってある。
当然、霊子ハッカーだってそうだ。西欧財閥の目を交い潜り、欲望に任せて研鑽を積んでいる。
俺は、それらが欲しかった。
だから――ハイスクールを出てすぐに脱走した。
《西欧財閥》に
そもそも
それはレオだって、目の前のユリウスだって例外ではない。いや、レオは特別だから
西欧財閥の支配地域に居る魔術師はその全てが利害の一致による〝外部協力〟という形を取っている。そのうえ
そういう事情があったから、俺のような平々凡々として何ら秀でたところのない
そうして外に出られた俺は二年かけて世界中を渡り歩き、最終的に日本に渡り、聖杯戦争の存在を知って今に至る。
だが西欧財閥は間抜けではない。
魔術師が脱走したとなれば当然警戒する。対テロ部隊等には俺の情報がすぐさま回されただろう。
そして俺もまた、阿呆ではないつもりだ。
当然、調べる。外の世界で起きる暴動やテロを鎮圧しているのはどういう部隊なのか。どこがそういう事件の頻発する地域で、どこに近づいてはいけないのか。西欧財閥から半ば捨て置かれている日本に渡ったのはそのあたりが理由だったりする。
そしてユリウスが率いる部隊を知った。彼は現場にもよく出て来ているようだったから人相はすぐに知れた。
今の彼の口ぶりからして積極的には探されていなかったようだが……警戒してしすぎるということもない。
「敵を
「阿呆かこのドチビ。こんな女に興味ねぇーよ。気色悪いこと言ってんじゃねえぞチビ。やーいチービチービ。お前のかーちゃんエルシニア・ペスティスぅー」
「貴様……!」
ユリウスの殺気が膨れ上がる。
だが
「なんだチビ、やんのかチビ。ここでかチビ。チビは脳みそまでチビかチビ。チビペナルティをチビ喰らっちまうぞチビ。任務に支障が出るんじゃねぇーのかチビ。チビチビチービ」
「――ッ!」
「ハッハッハァー! なんだチビお前その顔! にーらめっこしーましょってか? いやーそいつは俺の負けだわ! あんまり面白い顔なもんで笑いを堪えられねえよ! さすがハーウェイのお犬様、芸に関しちゃ一級品だなァ! ハァーッハッハッハ!」
気色悪いこと言われた仕返しだ、煽りまくって脳みそ沸騰させてやるぜぇー! ヒャァッハァー!!
俺の横で実体化したままユリウスを警戒しているアビーから心なしか呆れたような雰囲気が漂っている気配がしないでもない可能性も否定できないと言えなくもないが、気にしたら負けな気がする!
「……夜ノ森君、あなたってたまには真面目にやれないのかしら?」
さらに言葉を続けようとしたところに邪魔が入った。屋上から来たのだろう遠坂だ。
「失礼な奴だな。俺はいつだって真面目だぞ」
「なおさら悪いわ」
視線を一切ユリウスから外さないまま俺に呆れの感情を飛ばすという器用なことをする遠坂。
そして彼女の登場で煽りが途切れたせいで冷静になったか、ユリウスはひとつ深呼吸してから、
「……遠坂凛か」
「あら、私のことはご存知なのね。さすが世界に誇るハーウェイ財団の情報網。
それとも、ちょっと派手にやりすぎたかしら」
「貴様もこの女を援けに来たのか? 味方にでも引き入れるつもりか」
「まさか。そいつは私の仕事とは無関係よ。殺したいなら勝手にすれば?」
「――テロ屋め。その隙に後ろから刺されるのではたまらんな」
ユリウスは油断無く俺と遠坂を視界に入れたまま
奴は廊下の壁に辿り着くと、再び口を開いた。
「夜ノ森彗。どうやったかは知らんが、貴様の警戒度は跳ね上げておこう」
男の姿は壁に染み込むようにして消えていった。
しばらくして、空気が弛緩する。ユリウスの気配は完全に消えたようだ。ようやく警戒を解いたアビーが霊体化して消えていった。
「
遠坂が独り言のようにそう呟いてこちらに顔を向けた。
そこには先程と同じ、強烈な呆れがあった。
「にしても、あなた何やらかしてあいつに知られてたわけ? レジスタンス組織はいくつか知ってるけど、あなたの名前は聞いたこと無いわよ」
俺は別に西欧財閥の支配体制に反発しているわけじゃないからな。わざわざ喧嘩売る気もさらさら無い。
まあ方々飛び回ってる間に勧誘されたことはあるが、そんなお遊びに付き合っているほど暇じゃないからな。全部断ったさ。
「ああ、俺、フォーリナーに会いたいあまり脱走したんだよ。西欧財閥の支配地から」
「あなたホントにブレない……いや待って、時系列おかしくない?」
何言ってんだこいつ? おかしくないだろ。アビーに会ったのが俺の原点なんだから。
「そういえばあなた、フォーリナーと一緒に居るのが願いだとか言ってたような……けど、その子と会ったのはここが最初のはずでしょう? ここに来るに至った原動力たる願いは別にあるはず――」
「ああ、まあ、最初はフォーリナーと再会したかったけど、それは願うまでもなくこうして叶っちゃったからな」
「…………」
何やら黙り込んでしまった。
「どういうこと……? 現代の英霊だとでもいうの……? けど、もう人類に英霊になれる余地なんて……」
いや、よく聞いたらなんかブツブツ言ってるようだが、残念ながら声が小さすぎて俺には聞き取れない。
まあ良い、聞かせる気のないことなんだろうから俺が気にしたって仕方ない。
「よくわからんが、俺もう行くぞ。フォーリナーと散歩しに」
「え? あ、ええ」
一応義理として声を掛けてから、当初の目的通り普段行かない場所へブラブラ行こうとしたのだが、
「あ、待って!」
岸波に呼び止められた。今日はよく
「何?」
「そ、その。ありがとう夜ノ森。助けてくれて」
だから昨日のアレといい、なんでそれを俺に言うんだよ。
「礼ならフォーリナーに言ってやってくれ。俺は何も指示しちゃいない。全部この子がしたいからしたことだ」
「……それでも、ありがとう」
ホント何なんだ気色悪い。さっきまで散々毛嫌いしてたくせに。まあなんだかんだ俺もヒトだから、礼を言われること自体は悪い気はしないが。
「フォーリナーも、ありがとう」
「どういたしまして。白野さんはお友達だもの、助けるのは当然だわ。私、あなたとは仲良くしたいと思ってるのよ」
再度実体化したアビーが天使のような笑顔でそう言う。
だが――。
「でも――」
服装は変わらないまでも、瞳を朱に染め、額に鍵穴と眼を
「もしも直接戦うときが来たら、私はあなたに一切容赦しないわ。慈悲なんてかけない、めいっぱい残酷に殺すことでしょう。そのときあなたがどんな顔で、どんな声で
「――ッ!?」
岸波が息を呑む。よく見れば遠坂も絶句しているようだ。
だがそんなことは全く気にしないというように、アビーは元の可憐な姿と笑顔に戻って、
「けれどそれまではお友達でいましょうね。殺伐とした戦争にだって息抜きは必要だもの」
そう言い残して霊体化した。
「じゃあな」
そして今なら呼び止められまいと、俺は少し足早にその場を後にした。
「で、なんで――」
校庭を弓道場へ向かって歩きながらアビーに尋ねようとして、やめた。さっき岸波本人に言っていたのを思い出したからだ。
『なんで、何?』
「いや、いいや。にしても、門を使ってやりゃよかったのに」
『もう、マスター。わかっててそういうこと言うのは感心しないわ。あなたと違って白野さんは変態じゃないんだから、そんなもの使ったら死んでしまうじゃない。
そうしないと死ぬなら賭けてみても良いけれど、今回は様子見してる間に終わっちゃったし』
よもやアビーにまで変態呼ばわりされるとは。ありがとうございます!
「でも、だったらどうやったんだ?」
『普通に戦ったわ。ギリギリだったけれど、そうしたら相手が時間切れとか言って退いていったの。けっこう魔力を貰ったのだけど、気付かなかった?』
気付かなかった。仕方ないじゃないか、あんなのと対峙したせいでいっぱいいっぱいだったんだから。
にしても、時間切れ、か。反則して無理矢理マスターをアリーナに飛ばすせいだろうな。あまり長時間だとさすがにムーンセルが異常に気付くのだろう。
『ところでマスター。私、人を身長のことでからかうのはどうかと思うの』
「えっ」
『本人にはどうにもならないことでからかうのは卑怯よ』
…………ははーん?
「さてはフォーリナー……」
『な、何?』
「身長のこと気にしてるのかい?」
『――! そ、そんなことないわ! わ、わ、私だって、この身体は一二歳だからこんなだけど、もう少し成長したらシバの女王様みたいなナイスバディだったんですからね!』
霊体化していても、わかる。めちゃくちゃ慌てている。きっと顔は真っ赤だし、手は上下にブンブン振られているに違いない。
「で、本当は?」
『………………全然成長しなかったわ』
天 は 我 を 救 い
「シバの女王様とやらがどんなだか知らないけど、気にしないでいいのに。むしろ成長しない方が良い。そのままのキミでいてくれ」
『うぅ……ケイってときどき度し難い変態だわ……いいけれど……』
二度目の変態頂きましたー!
いやでも、アビーがナイスバディのお姉さんになるとか――悪くはない、か?
待て待て気を確かに持て。仮にそうなっても俺の愛は全く変わらないが、やはり記憶に強く焼き付いている今の姿の方が嬉しい。映画女優で言うとイ〇ベル・アジャーニよりもヘザー・〇ルークが良いのだ。
「そんなことより、あのドチビのせいで時間食ったからな。焦らずゆっくり急ごうぜ」
せっかくアビーとのんびりできる日が出来たのだ。焦りすぎても勿体ないが、あんちくしょうのせいで時間が減ったのは事実だしな。
『焦らず……ゆっくり……急ぐ……? それはゆっくりなの? 急ぐの?』
伝わらないかー。
この後めちゃくちゃ散歩した。
三回戦だと思った? 残念! 幕間でした!
時間も行き来できるアビーの能力をどうにか理解して活用しようと思ったけど、私ってほんとバカだから中途半端になりました。クラスのみんなには内緒だよ。
あと西欧財閥が上行くほどある程度緩いってのはうちの独自設定です。マテリアルによると上までガッチガチの管理社会だそうですよ奥さん。