機動戦士ガンダム0080 in Winter 作:kenji_kk
月の裏側の最大の都市グラナダは月の裏側のラグランジュ点にあるジオン公国との間に何の遮蔽物もなく、緒戦こそ都市近郊で海戦が行われたがジオンに無血制圧され、その後はジオン国外の最大の拠点として戦災に晒されることもなく、最終的には地球連邦政府とジオン公国との休戦協定の舞台となった。
戦後は地球圏の総人口の半減したにも関わらず復興事業で宇宙圏の軍事、工業、政治の中枢として活況に沸いていた。
地球のような大気を持たない月では都市は有害な宇宙線や飛来する天体が地表にまで到達し、街を守る為に地下へと広がる。
すり鉢状に掘られた巨大な穴に円盤状の人工重力施設が幾層も分かれる。
最上層部は宇宙港となっており弱重力ブロックの港湾施設には地球圏最大規模の乾ドックがある。
上層部からは地球の6分の1の重力しか持たない月面でも宇宙コロニーと同様に人工重力で地球上と同じ生活が出来る。
コロニーでは天井までが6000mあるのに対して月面都市は一つ上の層の天井から人工太陽灯が吊るされ、自転周期が約一ヶ月で月面では二週間置きに昼と夜を繰り返すが、都市内は月面中に張り巡らされた太陽光発電パネルと送電ケーブルで国際協定時間に合わせて照らしていた。
ここには議事堂や公園などの公共の施設が整備され、有名な商店や飲食店も立ち並び平日でも宇宙港や下位層との人の往来が多い。
中層は居住区となっており、殆どの住民は集合住宅で暮らしている。
最下層は上層で発生した廃棄物が重力に従って降りて、スクラップや土砂が集積した区画となっている。
宇宙港にも近い緑に覆われた大きな公園は市民の憩いの場であると同時に炭素を固定化させる目的もある。
公園の入り口にあるカフェのテラス席は休日もあり余暇を楽しむ大勢の人で埋まっていた。
イーゴリ・アントノフはジャンパーにデニムのラフな恰好で独りテラス席に座り、腕時計に目をやると同時に背広姿のカゲトラ・タケダが傍に立っていることに気付く。
何も言わずに立ち上がると二人は公園の遊歩道へと向かった。
広大な公園であり奥へと進むとすれ違う人もまばらになる。
数日前に地球で除隊となって以来のカゲトラ・タケダから連絡があった。自分の連絡先は予備役リストに登録されており、今のカゲトラは軍の名簿にアクセス出来る立場にあることが想像できた。
ゴミ山攻略後もウォーリー・ワシントン中尉とシベリアのヤクーツク近くの地名もない移動作戦指揮車両ビッグ・トレーに留められ、上官のアルベルト・ケンペン中佐が左遷されてワシントン中尉が代理指揮官となり数カ月間、2機の機動兵器だけで半径数百Kmの範囲のジオン残党の捜索を行ったが敵と遭遇することは一度もなかった。
やがて中隊は正式に解体されてワシントン中尉とは別々にフィリピン、インドネシアなど東南アジアの部隊を短い期間に転々とした。
何処でも地球の部隊は地球出身者が多く、宇宙出身者は敵国者扱いな上に最後まで地球の気候にも慣れずに除隊した。
名誉除隊となるには軍歴が短く地球居住権を得られず、故郷は戦争中にジオンの核ミサイルで消滅して、職を求めて月へと流れて来た。
ここグラナダと軍事拠点がある近隣の衛星都市アンマンは軍隊時代に取得した重機の免許を必要とする宇宙港の建設現場の需要が豊富にあり、大勢の除隊者が流れ着いて生活費を稼いでいた。
除隊した翌年に嘗てルウム・サイドと呼ばれていた暗礁宙域を拠点にしていたジオン残党によるデラーズ紛争が勃発した。
連邦軍が鹵獲したジオンの宇宙要塞ソロモンであった観艦式に参加した連邦軍艦艇の半数がデラーズ艦隊に沈められ多数の犠牲者を出した。
それでも連邦軍戦力はデラーズ艦隊を上回り殲滅に成功した。
その事後処理を担当したジャミトフ・ハイマン准将が軍を掌握し、地球居住者を中心としたジオンの残党狩り部隊を目的とした特務部隊ティターンズが組織された。
艦隊旗艦であったマゼラン級宇宙戦艦の後継機として建造されたバーミンガム級宇宙戦艦が機動兵器に沈められたことで、機動兵器の重要度はさらに高まった。
グラナダの宇宙港に隣接するアナハイム・エレクトロニクス社のドックではジオンから接収した技術とV作戦の実績から本格的な機動兵器運用能力を持つアレキサンドリア級宇宙巡洋艦が順次建造され、アレキサンドリア級1番艦はティターンズ艦隊の旗艦でもあった。
同時に戦中にビンソン計画で建造された多くの現有のサラミス級巡洋艦の艦内武器庫を撤去して機動兵器ハンガーとカタパルトを増設する近代化工事も請け負ってドックを拡張する程に潤っていた。
アナハイム・エレクトロニクス社はグラナダの裏側、月面の地球側にあるグラナダと並ぶ巨大都市フォン・ブラウン市を拠点とするスプーンから軍艦まで製造する複合企業である。
フォン・ブラウン市は静かの海にあり、宇宙開発初期に採掘ロボットが掘り出した建築資材に必要な鉱物を月の衛星軌道上に打ち上げる電磁カタパルトが設置されたことに始まり、宇宙開発の規模拡大とともに月面最初の恒久都市となった。
アナハイム社の国家規模の死の商人とも揶揄される程の影響力を持ち、グラナダと同様に戦争中もジオンは手出ししなかった。
ジオンの脅威がなくなった今、艦艇を重力の井戸の底にある地球の核シェルター内の工廠に下ろす必要もなく弱重力の月面の方がコストが安くアナハイム社はその大部分を請け負った。
さらに戦争末期から研究が進められていた全天周囲モニターをアナハイム社は実用化に成功し、宇宙要塞ルナツーでティターンズ用の次期主力機動兵器ハイザックにも搭載された。
フォン・ブラウンの工場でも戦争中に製造された死角の多い機動兵器を全天周囲モニターに換装してジムツーに近代化改修が行われ、月面に潤沢な資金を落とした。
今、働いているアンマンのドックではアナハイム社の独自予算で建造された宇宙巡洋艦が乾ドックから進宙して最終艤装に進み、さらに2番艦の建造も始まっていた。
現場では多くの除隊者が従事しており、この艦がアレキサンドリア級とは別設計の高い機動兵器の運用能力を持つ巡洋艦であることは理解しており、反政府組織エゥーゴに引き渡されることは公然の秘密となっていた。
カゲトラは非名誉除隊となった後、地球居住権もなく宇宙へ送り返され、出身のハッテ・サイドも戦後再建が進められ住民の帰還も開始されたが一度も帰ることもなく、様々な地を転々とした。
フォン・ブラウンで仕事を斡旋して貰うと訪れた退役軍人会でエゥーゴのスカウトマンに出会い、彼の今の立場は軍属となって軍の名簿にもアクセス権を持つ。
エゥーゴはティターンズの勢力拡大を懸念したブレックス・フォーラ准将によって創設された連邦軍の一派閥だが、正規部隊ティターンズに対して反主流でしかないエゥーゴは逆に軟禁されて求心力を失っていたところをクワトロ・バジーナ大尉らによって解放されて有志を集めていた。
バジーナ大尉の戦歴を知る者は居なかったがエゥーゴ内で発言力を高め、ティターンズの権力増長を快く思っていない宇宙居住者の多くが賛同した。
フォーラ准将とアナハイム社との思惑があり就役直前のこの巡洋艦にフォーラ准将も乗艦することになり、進捗の確認のついでにイーゴリに連絡を取った。
昨年、ザーン・サイド、30バンチ・コロニーの全住民1500万人が死亡し、マスメディアは感染症による都市封鎖と報じたが、ティターンズの実行部隊の指揮官バスク・オム大佐がコロニーに毒ガスを注入して虐殺したとエゥーゴは考えていた。
戦争が終わっても地球圏は不穏な空気が続いていた。
地球居住権がない者の地球への降下には厳しい制限があるがフォーラ准将は連邦政府議会の議員資格をもち、その秘書となれば別だった。
エゥーゴに賛同して地球で活動している組織カラバとの連絡役をすることになっていた。
パイロットに限らなければ、やれることは沢山あった。
ティターンズに不満は持っていても、エゥーゴの活動に参加を躊躇っている者は大勢いた。
行く行くはダカールの連邦議会を掌握するのが目的で、出来ればゴミ山攻略作戦に参加した他の隊員とも接触を持ちたく、全員の消息を照会した。
ジュディ・ケンジントンは除隊して故郷のイングランドへ戻り、軍人年金を受け取っている。
ウォーリー・ワシントンは昨年、ティターンズで除隊していた。
連邦首都ダカールに居住していることまでは分かっていた。
ケンペン中佐も軍に残っていたが東南アジアの閑職を渡り歩いていた。
ティターンズの拠点の一つニューギニア基地と地理的には近かった。
イーゴリに名刺を渡してタクシーを止めて宇宙港へと向かった。
彼なら賛同してくれると確信して地球行きのシャトルに乗船した。
了
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