自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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第36話 死世の住人

 □【義賊王】シアンディール

 

 

 

 

 

 ――地獄……とは、案外生温いモノらしい。

 

 

 

 

 夜空には、眩く光る星の煌めきと仄かに照らす月光。

 遥か向こう……視線の先には限りない砂漠の大地と地平線。

 それが彼にとっての当たり前だった。

 死にたいほどの衝動に駆られた快晴の日だろうと、幸せな出来事があった粉雪の日だろうと変わらずにあった【義賊王】の世界である。

 しかし今、その世界は失われていた。

 

 

 ――空も地平線も見えず、その蒼い瞳が映すのはただの際限なき暗闇。

 

 ――足を動かせば、水溜りに立っているような水音と泥が纏わりつくような嫌な感触が残る。

 

 ――音は聞こえ無い……が、噎せ返すような色濃い血と死の臭い(・・・・・・)が鼻を突く。

 

 

 男は……【義賊王】シアンディールは、そんな不気味な空間に一人立っていた。

 何処か、身体の奥底から底冷えするような。

 長く留まれば、気が狂ってしまいそうな、そんな空間。

 シアンディールはそんな空間に驚いたように目を見開いて数度瞬き、そして…………笑った。

 

 

 「……俺は――死んでしまったのか」

 

 

 小さく呟かれた声。

 その言葉を裏付けするように、シアンディールは【ペイルライダー】に切り落とされたはずの右腕を目の前まで持ち上げる。

 そして、

 

 

 「――フッ」

 

 

 自虐的な笑いを漏らし、ダラリと、右腕を力無く垂らした。

 気が付けば装備していた武器や、左腕に巻き付いていた【技纏伸縮 ユルング】も消えている。

 ……恐らく死んでしまったからだろう。

 商談で各地を回っている最中に、『特典武具』は持ち主の死と共に消えてしまうと聞いたことがある。

 「【気絶】して夢を見ている」、なんて展開も期待は出来ないようだ。

 しかし……何故だろうか?

 

 

 「思っていたより悲しくないな……俺は自分で考えていた以上に自分の命がどうでも良かったらしい。心配なのはアイツ(ヴィーレ)が無事【ペイルライダー】を討伐出来たかぐらい、か……」

 

 

 元より捨てるつもりだった命だ。

 自分が死亡したことには大して悲しみや後悔は感じない。

 ……むしろ逆。

 本来ならば野垂れ死んで、石を投げられて死んでも可笑しくないような非道も犯してきたのだ。

 そんな自分の人生を。

 価値の無い命を、最後の最後で守りたいモノの為に使い切る。人の役に立って死ねるのならば、それは彼にとって悪くない……幸せな死に方だと思えた。

 同時に心の隅で思う。

 

 (俺のような咎人にはもったいないな)

 

 そして……。

 

 

 「案外、地獄と言うのも大したものでは無いらしい」

 

 

 シアンディールはゆっくりとその『地獄(暗闇の空間)』の中を歩み始めた。

 

 一歩、足を進めれば、怨霊が歩みを止めようと泥の中から足を掴む。

 二歩、腕を振れば、漂っていた死の臭いがより一層色濃くなる。

 三歩、息を吐けば、地獄の冷気が身体の芯から熱を奪い去っていくように冷えていく。

 

 しかし……それでも【義賊王】シアンディールは歩みを止めること無い。

 ――此処が地獄?

 ふざけるな、と、鼻で笑ってやった。

 地獄など、この何十年もの間ずっと味わってきた。

 此処より過酷な戦場(地下墳墓)で、つい先ほどまで死闘を繰り返してきた。

 この身など、義妹(ローズマリー)を見殺しにしてしまった自責の念の劫火で何度も焼き尽くしている。

 

 

 「……なんて、ことは無いさ。この程度」

 

 

 行先は暗闇。

 何かを探し求めるようにひたすら真っすぐに歩き続けた。

 

 

 

 

 

 数百歩、進み続けて足の感覚を失った。

 

 

 

 

 

 数千歩、進み続けて意識が朦朧とし始めた。

 

 

 

 

 

 数万歩、進み続けて身体は冷え切り、熱を失った。

 

 

 

 

 

 そして――どれだけの時間が経過しただろうか?

 シアンディールは気が付けば身体を横に、血の水溜りへと倒れ伏していた。

 

 

 「……」

 

 

 足も腕も。

 指一本さえ、既に自分の意志では動かせない。

 自然では有り得ない程に冷たい血の水溜りは、際限なくシアンディールの身体の熱を奪い去っていく。

 それはまるで夜の砂漠の寒さだ。

 瞼を閉じた死者の命を静かに刈り取っていく……本当の意味での『死』。

 今のシアンディールの状態を魂だけの精神(アストラル)体だとすれば、この地獄で意識を失う事は魂の消失を意味する事に他ならないだろう。

 

 (――だ、――――い)

 

 しかし、それは自然の摂理。

 装備も『特典武具』も失った、生きる目的も無い。

 【義賊王】は寒さにゆっくりと瞼を閉じていく。

 シアンディールの魂は、完全にこの世から消え去ろうと陽炎のように揺らめき…………そして。

 

 

 

 

 

 ――世界が割れた(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 稲妻の如く暗闇の天地を裂いた閃光。

 轟音と共に、『黒い霞(・・・)』が晴れていくように地獄が崩れ去っていく。

 何処までも広がる血の水溜まりは次の瞬間、蒸発して消え、辺りを夜空のような眩い光が照らし出した。

 ……それだけではない。

 身体の芯まで冷え切り、今にも消滅してしまいそうだったシアンディールの魂を仄かな温かさが包み込んだ。

 シアンディールの閉じそうだった瞼はゆっくりと開き、意識が鮮明になっていく。

 

  

 「……何が――」

 

 

 シアンディールはそんな突然の変化に戸惑うように身体を起こし、顔を上げ――――そして見た。

 

 

 天から地獄へと突き立てられたら巨大な『炎の十字剣(・・・・・)』を。

 その突き立てられたら炎の十字剣の麓で、自分へ向け花の咲いたような微笑みを浮かべる少女(ローズマリー)の姿を。

 

 

 ――『……お兄ちゃん』

 

 「――――――リー」

 

 

 少女だけではない。

 その背後にはかつてシアンディールと貧民街で苦楽を共にした仲間たちが揃って手を振っていた。 

 ……有り得ない。

 ローズマリーもかつての仲間も死んでしまったのだから。

 故に、それはもう二度と見ることは叶わない、遥か昔の朧気な記憶の光景。

 

 そして――【義賊王】が追い求め続けた光景でもあった。

 

 

 「――ーズマリー、皆……」

 

 

 発した声は擦れ、その蒼瞳は涙に濡れる。

 【義賊王】はかつて全てを失った惨劇の日から一度も涙を流したことは無い。シアンディール自身、涙が涸れ果ててしまったのだろう――と、考えるのを止めてしまったほどだ。

 そんな涸れ果てたはずの涙が、大粒の雫となって地面を濡らす。

 ……が、そんな事さえ今のシアンディールにとってはどうでもいい。

 

 頬を流れる涙を拭うこともせず。

 吐き出した息を吸い込むことも忘れて。

 ただ、最後の力を振り絞るようによろよろ、と、ローズマリーの元まで駆け寄り――。

 

 ――――そして、力の限り抱きしめた。

 

 

 「ローズマリー……」

 『うん、ここにいるよ……シアンお兄ちゃん……』

 

 

 人間の少女とハーフエルフの【義賊王】。

 変わったのは、ほんの少しだけ差の出来た身長と肩書だけ。

 それ以外は、あの惨劇までの日常と何も変わらない――兄妹の姿。

 仲間たちに見守られる中、二人は互いの肩に顔を埋め涙を流した。

 

 

 「――ごめん。ごめん、俺のせいでお前を……皆を殺してしまった……」

 『……ううん、違うよ。

  私達は知ってるから、シアンお兄ちゃんが皆のために必死に働いていた姿を。だからシアンお兄ちゃんのせいじゃない』

 「だけどッ! ――俺はッ、皆を救えなかった……」

 『……うん。そして私達を救えずに自分を責めた。苦しみながら貧民街の皆を救う為に休むことなく働き続けていたよね』

 

 

 罪を告白するように体を震わすシアンディール。

 ローズマリーはそんな姿に。

 触れ合った身体から伝わる震えに、涙を流し笑いながらな抱き締めた腕をシアンディールの頭へと伸ばし……一瞬だけ動きを止め、優しく癖のある茶髪を撫でた。

 

 

 『――夢だったの。こうやって自分の脚で立って、シアンお兄ちゃんの髪を撫でるのが』 

 「……」

 

 

 懐かしむように。

 嬉しそうに、ローズマリーは何度も何度も癖のある髪をとかす。

 そして……、

 

 

 『――だから私は満足だよ?』

 「……ローズマリー」

 『私も、ここに居る皆も誰一人シアンお兄ちゃんの事を恨んでないんだから』

 

 

 言葉と共にローズマリーが背後へと振り返り、つられるようにシアンディールも顔を上げる。

 すると、視線の先に映ったのは私怨を帯びた顔ではない。

 情愛と親愛に満ち溢れた、仲間たちの優しい笑顔だった。

 

 

 「――~~ッ!!」

 

  

 その笑顔にシアンディールは言葉にならない声を漏らす。

 子供のように涙で濡れた顔をクシャリ、と、歪めた。

 あまりの激しく大きな感情に嗚咽を堪えることも出来ずに、仮初めの地獄に大きな泣き声を響かせた。

 シアンディールが久しく見せた――【義賊王】に就く前の本心。

 そんな【義賊王】をローズマリー達は何も言わずに、ただ静かに見守っていたのだった。

 

 ――仲間を見殺しにした“氷冷都市”<グランドル>を憎み、己自身を何十年もの間、責め続けた【義賊王】シアンディール。

 

 シアンディール自身にも。

 そして今現在、貧民街で生活する仲間の誰も解くことが出来なかった見えない呪いの(・・・・・・・)()

 その呪いの鎖を壊したのは、【義賊王】を慕う仲間の説得ではない。

 

 呪いの鎖を壊したモノ……それは『かつてのシアンディールの仲間(家族)の笑顔』。

 そして、

 

 

 『――私達はシアンお兄ちゃんを恨んでなんかいない……皆今もあの頃と変わらない――仲間(家族)だよ』

 

 

 だった一人の義妹(ローズマリー)からの、たった一言の言葉だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 『――だから……此処でお別れ』

 

 

 悲劇の先に辿り着いた――シアンディールとローズマリーとの感動の再開。 

 炎の十字剣が突き立つ白い世界の静寂に、響いては消えていく嗚咽の声。

 

 ……「この瞬間が永遠に続けば良いのに」、と。

 

 シアンディールがそう思ってしまえほどの幸せな時間に終わりを告げたのは他でもない……ローズマリーだった。

 

   

 「何で……」

 

 

 その言葉を嫌がるようにシアンディールは首を振った。 

 大切なモノが自身の手から零れ落ちていく。

 それは……何事にも代えがたい程に悲しい出来事だ。

 シアンディールが他の誰よりも知っている。身をもって体験している悲劇である。

 故に……もう二度と離れ離れにはなりたくないと、ローズマリーを抱きしめる腕に力を込めた。

 

 

 『――』

 

 

 そんな義兄の姿にローズマリーも悲しそうな。

 名残惜しそうに眉を垂らし、慰めるような微笑みを浮かべた。

 小さな手がシアンディールを放す。

 白い子供の手はそのまま涙に濡れた頬に触れ――――直ぐに引っ込める。

 そしてシアンディールの胸を押し離した。

 力の込められていたシアンディールの腕は、非力なはずのローズマリーの一押しに従うように不思議と離されてしまった。

 

 

 『私達はシアンお兄ちゃんが造ってくれた石碑に憑りついていた怨念体。だけど今、あの人(ヴィーレ)に手を貸しちゃったから……私達にはもうこの世に留まることは出来ないの。

  ――未練も今、叶っちゃったから』

 

 

 《怨念燃炎》は怨念を炎に変えるスキル。

 『怨念』というエネルギーを失い、未練が断ち切られた魂が浄化され消えていく――それはこの世の理だ。

 

 

 「……なら、俺も一緒に行く。もうお前と……みんなと離れ離れになるのは嫌なんだ」

 

 

 縋りつくようなシアンディールの言葉に、ローズマリーは黙って首を横に振る。

 

 

 『シアンお兄ちゃんは死んじゃったけど死んでない(・・・・・)んだよ。

  殺されると同時にこの世界(【ペイルライダー】)に吸収されたから……だから、もう一つだけ選択肢があるの。それは――――』

 

 

 それは、ローズマリー達と共に消えていく以外の第二の選択肢。

 【冥神騎 ペイルライダー】がアンデットであり、討伐者がヴィーレだったからこそ生まれた可能性。

 シアンディールはその選択肢についてローズマリーから説明され……逡巡した。

 第二の選択肢がシアンディールにとって取りたくない選択だったわけではない。

 むしろ逆……その選択は彼にとっても悪くはないものだった。

 だが……、

 

 

 「……その選択はきっと……また長い別れになる」

 『……うん、4年。もしかしたら10年ぐらいのお別れになるかも』

 

 

 それは再びローズマリー達との長い別れを。

 果てしない、過酷な旅を意味した。

 

 

 「……」

 『私達は故郷を救ってくれたあの人に、こうして再会させてくれたお礼をしたいの。シアンお兄ちゃんもそれは同じ気持ちでしょ?』

 「――あぁ、俺もアイツには借りがある」

 

 

 シアンディールはローズマリーの言葉に静かに頷く。

 だが、それでもシアンディールはどこか躊躇する素振りを見せた。  

 別れと言う言葉が決断を鈍らせるのだ。

 何十年と言う時間、この瞬間を求め、願い続けた彼にとって幸せを自ら手放すようなもの。

 ……数秒の沈黙。

 シアンディールは顔を俯かせ、蒼瞳に影が差し――。

 

 

 「……!」

 

 

 背中を押すように。

 決断の一歩を手助けするように、シアンディールの胸をローズマリーの力の入っていないパンチが触れた。

 

 

 『……大丈夫。私達は何十年も叶うはずの無いこの瞬間を待ち続けたんだもん。あと数年延びても――それはほんのちょっとのお別れだよ。

  それに……なんだかあの人にはいつかシアンお兄ちゃんの力が必要になるときが来る、そんな気がするの』

 「――ローズマリー……」

 『私達は先に逝っちゃうけど、だけどずっと見てるから。シアンお兄ちゃんを見守ってるから』

 

 

 ローズマリーは。

 かつての仲間達はそう言って笑った。

 そのまま笑顔を見て、シアンディールは驚いたように目を見開き……やっぱり笑った。

 

 

 「……強くなったな、ローズマリー。俺の方が長い時間生きてきたはずなのになんだかおいていかれた気持ちだ」

 『……』

 「――決めたよ。

  俺ももう少しだけこの偽善の正義を貫いてみることにする。アイツの正義の、信念の行く先を見守ることにしようと思う。

 

  だから…………もう少しだけ待っていてくれるか?」

 

 

 ――返事は戻ってこなかった。

 

 魂だけであるローズマリー達にとってこの世に留まることができる時間が来てしまったのだろう。

 蒼い瞳に映ったのは笑顔で光の塵へとなっていく愛おしい者達の姿。

 ローズマリー達の声はもう、シアンディールに届くことは無かった。

 だが、聞こえた気がした。

 

 ――『待っている』、と。

 

 故に、シアンディールのその心に。決意には一切の濁りは無い。

 

 

 「……長旅になりそうだ」

 

 

 たった一言。

 誰に届くわけでもない言葉を紡ぎ、【義賊王】は歩き出す。

 その背中に今までとは違う、誇りに宿した後ろ姿。

 足取りは軽く。

 その眼差しは尊く。

 真っ直ぐに寄り道することなく進み続ける。

 

 そして――その姿は『炎の十字剣』の中へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 




死んでしまった【義賊王】シアンディールのその後、でした~。



残り、エピローグを2話分。
【ボム・モンガー】の小話、一話で第四章は完結です。

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