自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
後で少し改変するかも
□<トラーキアの試練・第五階層> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ
何度目だろう、今日この一日で思考が停止したのは。
まるで時間が止まってしまったかのような感覚。
ただ体の中を駆け抜けるかのような鼓動の音がやけに鮮明に聞こえてくる。
何時だっただろうか? 亜竜級モンスターとの戦闘、実践訓練後に師匠に口を酸っぱくして言われたことがある。
あの時はまだ戦闘の経験も少なく、余り意味を理解できなかった言葉。
『戦場で思考を止めてはいけません。
ここでは考えることを止めた者から死んでいきますから』
油断しきって空っぽな頭。
そんな中、無意識のうちにその言葉を思い出していた。だが、今ならこの意味がよくわかる。痛感する。
あの言葉は今、この瞬間のような状況の事を示していたのだ。
時間にしてほんの僅か、一秒程度の空白の時間。
感覚を戦闘状態に切り替えるのに必要な時間だ。
しかし、その一秒がヴィーレの生死を分けることとなった。
「……ッツ! アレウス!」
まるで時間が逆流するかのように動き出した感覚。
それまで顔に浮かべていた気の抜けた表情は無く、そこには一人の戦士としての顔を浮かべていた。
モンスターの名前を確認するとほぼ同時にアレウスに騎乗しようと振り返る。
しかしそれは叶わない。
ヴィーレよりもほんの僅かに速く、動き出した者がいたからだ。
(……なにこれ!?)
真っ先に変化が生じたのはヴィーレの体。
外からでは何の変化も見られなかったが、彼女を苦しめるそれはしっかり変化をしていた。
「体が、重い? 何で……」
変化が生じたのは彼女の周囲、重力だ。
疲れによって重く感じていると勘違いしていた鈍い体。
そんな体に掛かっていた重さは突如として普段の二倍程度ほど重くなっていた。
アレウスへと駆け寄ろうと踏み出した片足は鉛を付けたかのように重く、動き自体が遅くなる。
これこそ【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の持つ能力の一つ。
自身の本体を中心に、重力を変化させる能力。
自身から離れるほど能力は薄くなり、大した効果も表れ無くなる。変化させることが出来る重力も最高で二倍程度のそれほど強力ではない能力だ。
しかし【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の本体、池の傍にいたヴィーレにはその最大重力である二倍の重力が掛かっている。
しかし、それでも鈍くなった体を引きずるようにしてアレウスへと駆け寄る。
【騎兵】であるヴィーレの本領を発揮するには騎乗する事が絶対条件。
逃げるにしろ、戦うにしろ騎乗しない事には叶わない。
「お願いアレウス! 頑張ってここを切り抜けるよ!」
『BURuuuuuU!!』
任せろとばかりに嘶くアレウス。
彼女が選択した行動は『第四階層への撤退』。
最も現実的であろう行動をとろうと、来た道を振り返り……
「……えっ?」
その光景に目を見開いた。
ヴィーレが驚いたのも無理はない。
第四階層と第五階層を繋ぐ坂道、そこまでの道のりが生え立つ森林によって消え失せていたのだから。
休憩に適していた森林。
その姿は辺りには姿形も無く、木々で出来た城壁のみが堂々と出来ていた。
まさしく猫一匹、いや鼠一匹通れないような大城壁。
そんな城壁が池を中心として囲むように円形に生え並んでいた。
いや、それだけではない。
続いて彼女が気が付いたのは階層を照らしていた明かり。
『階層全体が刻々と暗くなっていっている』
壁や地面、はたまた天井に生え伸び、辺りを照らしていた光を灯す草花。
階層の中心まで照らしていた光、それが何かによって遮断されている。
その答えはすぐに見つかった。
ヴィーレは天井を見上げ……
「嘘でしょ?」
ただ一言、信じられないかと言うように言葉を洩らした。
眼に映ったのは一つの光景。
恐ろしいスピードで木々が成長を続け、現在進行形で天井を覆うように伸びていく様子だった。
それは半球状のドーム、
その様子に動き出していたアレウスは足を止め、ヴィーレはただその様子を見つめるのだった。
◇◇◇
【女戦士】をカンストさせたヒュリア族が挑む儀式、自然型ダンジョンである<トラーキアの試練>。
そんな<トラーキアの試練>には挑戦者を死へと導く三つの要因がある。
一つは、ダンジョンの入り口までの空中落下。
意外かもしれないが、挑戦者のごく少数はここで死ぬ。
底の見えない恐怖に負けた心の弱い者、彼女たちは空中で助かろうと体を我武者羅に動かすのだ。
その結果が待つものは、想像するのも躊躇われるような『墜落死』。
体を動かした結果、地底湖から離れてしまい浅瀬に落ちてしまうのだ。
そして二つ目、それこそが第五階層の【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。
擬態能力によって《危険察知》にも反応しない死の罠。
中心部の池に近寄った瞬間に動き出す重力場と逃げ場のない木々の城塞。そして弱った
【女戦士】をカンストさせたヒュリア族がここで半分死ぬほどの恐ろしさ。
今まで抜け出せた者は誰一人いない、初見殺しの討伐不可能モンスターだった。
◇◇◇
硬く閉ざされた森林の城塞。
外からの光は一切届かず、内部の僅かな草花が放つ光が唯一の光源だ。
そんな城塞の中から聞こえてくるのは馬の嘶きと、風を駆ける風切り音。
暗闇の舞台の上。
幕は下りることなく、真紅の少女と闇に紛れる黒馬が自在に伸びる木々と躍っていた。
暗い視界、互いに位置を探りながらでの戦闘。
ヴィーレは《危険察知》と城壁内に響く音、修行で鍛えた勘で。
【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】は地面を駆ける振動で。
見えない者同士で踊る
「フッ!!」
掛け声と共に何本もの矢が迫り来る木に突き刺さり、アレウスがその馬力をもって踏み砕く。
対して【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の攻撃は一撃も当たらない。
二倍の重力の中、騎乗しながら【
伸ばした木は砕かれては避けられ、時にはその上を駆けて利用される。
鍛え抜かれた技術をフルに発揮しするヴィーレに対し、手も足も出せないでいた。
だか、それは少し違う。
彼女にこの舞闘を終わらせる権力は無いのだから。
一方的な強さを見せるヴィーレはむしろ逆。長引く戦闘に焦っていた。
相手は樹木型モンスター、体力はあるがほぼ無限と言っても良い。
対してヴィーレは連続でモンスターとの戦闘を繰り返してきた【騎兵】。二倍の重力という厳しい条件の中、いつアレウスが倒れても可笑しくない。
アレウスの力でも突破不可能な木の城壁。
広大な第五階層の中で何処に在るかも解らない【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の核。
最悪、木の城壁内に無いことすらあり得るのだ。
(どうしたら、どうすれば逃げ切れるの!?)
心の中で渦巻く問。
その答えは出ないまま、戦闘は過激さを増していく。
時間はヴィーレの味方をしない、しだいに被弾と焦りだけを積もらしていく。
わかることはそう遠くない限界の予感だけ。
そして……
「あっ……」
限界はアレウスでなくヴィーレに表れた。
それは僅かなミス、アイテムボックスから取り出した矢が手から滑り落ちた。
ヴィーレはあくまで普通の女子高生。
この世界ではステータスがものを言うが、その心や集中力まで強化されるわけではないのだ。
むしろヴィーレは厳しい修行、そしてリアルでの習い事のおかげで長く持った方だと言える。普通の【騎兵】、ただの騎獣では一分と持たなかっただろう。
そして落とした矢、放てなかった矢のつけは直ぐにきた。
『HIiii~~n!!』
「アレウス? キャッ!」
アレウスの体に振り払われた木が直撃したのだ。
その衝撃にアレウスは地面に倒れ、騎乗していたヴィーレは池近くへと投げ出される。
(やっぱり……私達では勝てない)
地面にうちつけ痛む体を起こしながら思い出すのは師匠の言葉。
『どんな敵にも相性差が存在する』
あれほど強く、超級職にまで至った師匠。そんな【騎神】である師匠が勝てない敵がいると言ったのだ。
確かにそうだ。
どんなものにも“絶対”等といったものはありはしないのだから。
そしてヴィーレにとっての天敵、勝てないモンスターこそが【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】。
個人戦闘型であるヴィーレは広域制圧型であるモンスターが苦手だった。
しかし頭では理解できても、認められない……認めたくない事もある。
「……やっぱり諦めたく無いよね」
ここまで来たのだ、このまま死を待つだけなど耐えられない。
目に写ったのは湖に沈む挑戦者達の骸。
そして……
「あれ? 水量が増えてない?」
木の城壁の外から流れ込んだ湖の水、かなりの量が流れ込んでいる。戦闘で経過した時間を考えれば池から溢れだしていても可笑しくない。
つまりこの木の城壁内には……
「もしかして、この水が流れる程度の抜け穴があるのかも……」
もちろん通り抜けられるかもわからない、もしかしたら幾つかの分流に別れているのかも知れない。
かなり低い確率の賭けだ。
だか、このままでは死を待つだけ。
それを理解した瞬間、ヴィーレの選択は決まっていた。
「……行こう! 《送還》――アレウス!」
アレウスが光の粒となり、右手の【ジュエル】へと吸い込まれていく。
そしてそれを追いかけるように伸びる木の枝。
枝はヴィーレの脚を捕られる距離まで伸び……
……宙をきった。
脱出不可能な死の罠。
今日この日、はるか昔より続く儀式において初めて一人目の脱出者が現れたのだった。
◇◇◇
(息が……苦しい……)
【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】の死の罠から抜け出したヴィーレ、しかし予想外の流れの速さに再び危機に陥っていた。
体が引き裂かれそうな程強い水流と水圧。
思っていたより長い時間の潜水に息が続かない。
(意識が……)
遠退いていく意識、流されながらぶつけた体が傷んでいるはずだが……感覚がない。
そして諦めかけた時だった。
「……プハァッ!!」
開けた明るい景色。
新鮮な空気が勢いよく肺に流れ込んでくる。
だが同時にその顔が一気に青ざめていく、赤い髪と相まってより青さが映えている。
その理由は放り出された場所。
彼女が放り出された先、それは……
<トラーキアの試練>、第六階層の森林のはるか上空だった。
「もしかして……これって死んじゃう?」
呟いた言葉は水音に掻き消される。
悲鳴を上げる間もなく体は落下を始め……
体を襲う激しい衝撃と、左手から聞こえる何かの折れる音を聞きながら意識を失ったのだった。
【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】
【地神】や【破壊王】とかなら殺れるんかな?