自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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第10話 ダンジョン踏破ー③

 □<トラーキアの試練・第六階層> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 何かの燃えるような音がする。

 あの時、師匠と出会った時のような近くで何かが燃えては弾ける焚火の音だ。

 かなり近くで燃えているのか体が暖かい。

 前と少し違うのは、鮮明に聞こえる水の流れる音とモンスターの鳴き声がやけに大きく聞こえる事だろう。

 思考がはっきりしていくごとに頭がズキズキと音を立てる。

 そんな痛みに覚醒を催促されるように私はゆっくりと目を開けた。

 

 

 「……これ、何があったんだろ?」

 

 

 真っ先に目に映ったのは燃え苦しんでいる亀のようなモンスターと真紅の炎。

 そして私を中心にして半径一メテルほどの木や草花が燃え尽き、モンスターであっただろうドロップアイテムが転がっていた。

 その数は恐ろしいほどの量。

 ざっと見える範囲で数えただけでも50近く転がっている。モンスターを倒してもドロップアイテムを確実に落とすわけでは無いので、この数だと80匹以上のモンスターが死んでいるのではないだろうか。

 

 そしてもう一つ、亀のようなモンスターが燃えていると言ったが少し訂正がある。

 正確には私の体ごと(・・・・・)モンスターが燃えている。

 下半身を包むようにして燃える蒼い炎、しかしその炎からは全く熱を感じない。

 むしろどこか気持ちよくさえ感じる炎だ。

 しかしこんな蒼い炎は見たことがない。

 私の知っている限りこんなことが出来るのは……いや、一匹いた。

 

 

 「もしかしているの? フェイ」

 

 

 咽が乾いているのか思うように声が出ない、出たのも小さくか細く弱弱しい声だ。

 しかし、そんな私の目の前へと丸い何かが転がってくる。

 

 それは真紅と蒼い炎の紋様をもった卵。

 私の<エンブリオ>、【炎怪廻鳥 フェニックス】だ。

 フェイは嬉しそうな様子でクルクルと回ったり飛び跳ねたり(どうやって飛び跳ねているかは分からないが)している。

 

 そんなフェイを見て、安心しながら体を起こそうと左手をつき……

 

 

 「痛っ!」

 

 

 左手を地面に突いた瞬間、体に激痛が駆けぬけた。

 そのあまりの痛さに顔を歪める。

 そして今度は左手をつかないように体を起こし、痛みの原因である左手に目を向ける。

 目に映ったのは紫色に腫れあがった手首、腕や手も切り傷や内出血からか血が流れ真っ赤になっていた。

 いや、右腕だけではない。

 全身を確認するように見渡すとまるで事故に遭ったかのような重症になっていた。

 

 

 ジュシーネさんから貰った騎乗服は胸元から下へ大きく破れ、白く滑らかだった艶肌も切り傷と流れた血で真っ赤に濡れている。

 動きやすかったショートパンツから出ていた脚も、泥や血で元の脚が想像できない程汚れていた。

 これほどの重傷でよく生きていたなと自分で思ってしまうほどだ。

 

 

 「あはは……リアルなら絶対に驚かれて救急車を呼ばれてるよ。 きっと顔も傷だらけなんだろうなぁ」

 

 

 ここまで来ると逆に驚かなくなってくる。

 きっと、水に流された時や流れ落ちる水から放りだされた時に出来た傷なんだろう。

 私は自身の上に覆いかぶさるように伸びる大樹を見上げながらぼんやりと考える。この木がクッションとなって死なずに済んだのだろう。それでも生きていたのは奇跡としか言いようがないが。

 

 

 「あとは……そうだね、フェイが守ってくれてなかったら死んでた。ありがと、フェイ」

 

 

 ピョンピョンと目の前でアピールするように跳ねるフェイに微笑む。

 きっとフェイが守ってくれなければモンスターに襲われて死んでいただろう。

 どうやって守ってくれたのかは皆目見当もつかないが、後でいっぱい磨いてあげなければ。そんな事を思いながら無事な右手で優しく撫でる。

 

 

 「とりあえず治療しなきゃ、できれば顔も洗いたいし……」

 

 

 視界の端のHPは今にも尽きてしまいそうなほど微量だ。

 加えて、その下では【左手骨折】と【出血】の状態異常が点滅している。

 

 (……回復ポーション足りないかもぁ)

 

 矢は師匠から貰ったものや自分で買ったものを蓄えていたが、回復アイテムはそれほど備蓄はしていない。

 あの<UBM>に襲われる前に買ったものだけだ。

 あれから最大HPも伸びているので回復しきれないかもしれない。

 加えて出来ればアレウスの回復用にもある程度残しておきたいのが本音だ。

 

 

 アイテムボックスから取り出したHP回復ポーションを傷口へと振りかける。

 すると傷だらけだった体は淡い光を纏いながら、元のなめらかな肌に戻っていく。

 だが……

 

 

 「やっぱり左手の骨折は治らないみたい」

 

 

 紫色に腫れていた左腕も、ずいぶんましになったものの【左手骨折】の状態異常は消えないままだ。

 試しに動かそうとするも痛みが激しくまともに動かない。

 痛覚を完全に消せば多少は動かせるかもしれないが……余りしたくはない。

 

 

 「後はアレウスだね。 《喚起》——アレウス」

 

 

 右手の甲についたの【ジュエル】から溢れた粒子が馬を象り、アレウスが現れる。

 

 

 『BuRurururu』

 

 「うん、私は大丈夫だよ。 私こそあの時はごめん」

 

 

 心配そうに鼻先を擦り寄せてくるアレウス。

 私はその優しさに甘えるようにその毛並みに顔を埋めた。

 しかし【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】からの一撃を受けた足の付け根は少し赤黒く傷ついている。

 その傷跡は私の擦り傷よりも痛々しい。

 自分のせいでアレウスが傷ついたと思うと涙が滲んできた。

 

 

 「ごめんね、アレウス……ほんとうにごめんなさい」

 

 

 思わず声に嗚咽が混じる。

 騎兵より疲れが溜まっているだろう騎獣より、先に集中を切らすなど騎兵として失格だ。師匠に合わせる顔も無い。

 噛みしめた小さな唇。乾いた口内に鉄の味が広がった。

 残っていた回復ポーションを全て使いきる形で、ようやく痛ましかった傷も元通りになる。 

 その事に安心したように私は木の根元に蹲る。

 

 

 「ごめん、ごめんね? だけど……もう少しこのままいさせて」

 

 

 分からない。

 ただ胸の奥から溢れ出るような言葉にならない感情が止まらない。

 怖く、切なく、冷たく、痛い。

 止まることの無い感情が心から溢れ出し、頬を伝って地面を濡らした。

 

 

 

 彼女は、ヴィーレは知らなかった。

 これまですべてを一人で背負い、一人でこなしてきた彼女。

 失敗しても心が沈んでも自分を責め、次へと繋げようと努力して乗り越えてきた。

 

 だが、そんなヴィーレにもこの世界で大切なものがたくさんできた。

 騎兵ギルドの皆や師匠、そして相棒であるアレウス。

 そして今日この日初めて知ったのだ。

 

 

 自身のせいで他人が傷つくことの恐怖を。

 

 心を許した仲間が傷つく悲しみを。

 

 

 そして彼女は分からない、知らない、止められない。心に湧き出るその感情を。

 

 (……止めてしまおうか)

 

 逃げるのが嫌い、負けるのが嫌い。

 そんな彼女が思わずそう思ってしまうほどの苦しみ。きっとリアルに戻り、今まで通り生きていけば心が傷つくことは無い。この溢れ出る感情も止まるだろう。

 そんな事を思い始めた時だった。

 

 

 

 

 『BURuuuuu!!』

 

 

 聞こえてきた大きな嘶きと、地面を揺らした足踏みに顔を上げる。

 同時に上げた顔の近くにあったアレウスと至近距離で見つめ合う。

 赤く、燃えるような色の目。

 だがその見つめ合いもすぐに終わることとなる。

 

 

 「え? ……キャッ!」

 

 

 突如、私の首元の服を咥え持ち上げるような形でアレウスが走り出す。

 そして……

 

 

 私は宙を飛んだ。

 

 

 綺麗な放物線を描きながら頭から小さな湖に落下し、大きな水しぶきを上げる。

 冷たい水が体にこびり付いた泥や汚れを洗い流していく。

 痛みで鈍くなっていた左手に冷水が当たり、激痛が再び全身を駆け抜けた。

 

 

 「いっ、いったぁーー! 何するの、アレウス!」

 

 

 思わず顔を顰めながら放り投げた張本馬であるアレウスを睨みつけた。

 また、そんな私に怒るようにアレウスも大きく嘶く。

 しかしそれはいつもとは少し違う。何かを懇願するかのような、悲しみの籠った嘶きだった。

 そんなアレウスを見て、全身の熱が洗い流されるように冷えていく。

 

 

 「……ごめん、私が冷静じゃなかったみたい」

 

 

 先ほどまでの私はどうにかしていた。

 

 (苦しい思いをしているのはアレウスも同じだ……)

 

 そうだ、私とアレウスは相棒だ。

 苦しい事も、楽しい事も全て一緒に背負い共有する。互いに互いを支え合うパートナー。

 この気持ちも、そして私が苦しんでいた痛みさえも。

 私はブクブクと口元まで湖に体を沈め、上目遣いでアレウスを見る。

 

 

 「……アレウスって私の相棒だよね?」

 

 

 その言葉に、それを確かめようとする私に怒るように嘶く。

 そんなアレウスに私は思わず微笑んだ。

 気が付いたら先ほどまで溢れて止まらなかった暗い感情は止まり、頬を伝っていた涙は湖に流れて消えていた。

 

 (ああ、本当に私は馬鹿だ。こんなことまで分からなくなっていたなんて)

 

 私は笑いながら両手で強く頬を叩く。

 

 

 「っつ! 痛い!」

 

 『BU、BURuu?』

 

 

 声を上げる私にアレウスが心配そうな声を上げる。

 そんなアレウスを私は笑う。

 

 

 「うん! もう【騎兵】ヴィーレ・ラルテは大丈夫! 私も愛してるよ、相棒」

 

 『BURuuuuuU!?』

 

 

 何故か慌てふためくアレウス。

 そんなアレウスを傍目に、汚れが流れ落ち元の赤を取り戻した髪を軽く絞り立ち上がる。

 

 もう迷わない。

 もう立ち止まらない。

 

 私は肌を伝う水滴を振り払い歩き出す。

 そして……

 

 

 「……とりあえずご飯にしよっか?」

 

 

 呆然と私を見るアレウスとフェイに向け笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからアレウスと食事をとり、フェイを磨きながら気が付いたことがいくつかある。

 

 

 一つは、今は三日目(・・・)だということ。

 

 私が地面に墜落し、気を失ってから経過した時間は予想以上に長かったらしい。

 ステータスの確認の為に開いたメニューだったが、そこに映っていた日付には流石に目を見開いた。どうやらフェイは二日間休むことなく私を守り続けていたらしい。

 フェイには感謝の言葉と共にいつも以上に丁寧に殻を磨いてあげた。

 だが……あれから二日、つまり残された時間は一日と半分程度と言うことだ。

 これからの事を考えるとあまりにも短すぎる時間だ。

 

 

 そして二つ目は、【騎兵】のレベルが50になっていた事。

 

 この第六階層までのモンスターの討伐と、フェイが倒したモンスターの経験値でカンストしたようだ。

 <Infinite Dendrogram>を初め、約二週間目にしてようやく一つ目のジョブのカンスト。

 おそらく他の<マスター>から見ればかなり遅いペースなのだろうが、これで私も新しいジョブに就くことが出来る。

 師匠からダンジョンに挑む際に出された転職も、このままいけば十分に達成できる。

 

 

 そして三つ目、これがかなりの難問だった。

 

 それは武器である弓、およびジュシーネさんから貰った騎乗服のロスト。

 服はまだ縫い直せば使えるかもしれないが、今のままでは使えない。

 何より……今の状態では胸が半分ほどはみ出してしまっている。このままでは、恥ずかしすぎてまともに戦闘に集中できない。

 まだ私は半裸で戦闘出来るほど、乙女として終わってはいない。

 

 一理の望みを懸けて、アイテムボックスの肥やしとなっていた亜竜級モンスターのドロップアイテムである【宝櫃】を開けてみたが……

 

 

 「装備レベルが足りない……」

 

 

 運よく出たゴツイ全身鎧も、そのほとんどが装備レベルが100以上のものばかりだった。

 もともと亜竜級モンスターは上級職で倒せるレベルなのだから、装備できないのも当たり前といえば当たり前である。

 結局、苦肉の策で初期装備のワンピースを着ることに落ち着いた。

 

 

 「問題は弓だよね……」

 

 

 一番の問題である弓。

 今まではアレウスの補助のような形で使っていたので、弓がなくては戦力の大幅ダウンだ。

 【宝櫃】から出てくれるかもと少し考えたが、やはりそんな甘い事は無いらしい。

 

 

 「まぁ……左手も使えないし。結局はおんなじだけど」

 

 『BURURU』

 

 

 戦闘はほぼアレウス任せになることになるが……今のアレウスなら問題ない気がする。

 回復アイテムも使い切り不安は残るが、後は最下層を目指すだけ。

 きっとこの先には【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】より強いモンスターが待ち受けているのだろう。

 しかし、負ける気がしない。

 私たちは二人で一人、加えていざという時に頼りになるフェイもいる。

 これほど心強いことなど無いのだから。

 

 

 「よし、行こう! アレウス!」

 

 『HIHIiiiiiiiN!』

 

 

 一人と一頭は勢いよく地面を駆け始める。

 今、真のヴィーレとアレウスのダンジョン踏破が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇<トラーキアの試練・第九階層> 

 

 

 

 

 真っ暗な暗闇の洞窟。

 そこに一体のモンスターが50年という深い眠りについていた。

 

 だが……ソレは突然何かを感じ取ったかのように瞼を開く。

 開かれた瞼では縦に割れた真紅の瞳孔が怪しく光り、鱗に覆われた口先から出た長い舌がチョロチョロと空気を舐める。

 

 

 ——これは、強者の臭いだ。

 

 

 ソレは確信する。

 

 ここに、最下層に強者が……挑戦者が辿り着くことを。

 その強者が自分を倒しうるほどの力を持っていることを。

 

 だが、ここに辿り着くまでもう少し時間が掛かるだろう。

 その事を感じ取ったソレは再び静かに瞼を閉じた。

 先ほどと同じ暗闇の洞窟。

 その中からは何かを楽しみに待つような、何かを叩く音だけが聞こえてきたのだった。

 

 




書いていて少しチープ過ぎるかなと思ったり……
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