自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
■<トラーキアの試練・第九階層> 【ハイ・スパイラル・ドラゴン】
『……おかしい』
彼……ダンジョンの最深部において、150年もの時を過ごす大蛇竜が真っ先に浮かべたのは疑問だった。
自身の鼻先から洩れる威嚇音が地中に響き、砂埃を巻き上げる。
50年ぶりの外敵。
100年ぶりの挑戦者である黒馬のモンスターに跨る赤毛の少女は、まさに彼の想像以上の強さ秘めていた。
地竜種である自身の強固な竜燐を砕き割るほどの馬力を持つ黒馬の騎獣。
その騎獣の力を最大限……いや、それ以上に引き出し《騎乗》する少女。
その一人と一体の戦闘は、彼から見ても凄まじいものだった。
超高速で伸縮し、鞭のように唸る体の上を駆けあがり踏み抜く。攻撃としてはそれだけの単純なものだったが、どうすればそんな狂人的な……超人的なことが出来ようか?
そんな事をしようとすれば振り払われ、奈落の底に落ちる。
もしくは自身の自慢の尖尾に貫かれて終わりだ。
しかし彼女たちはそれを平然とやってのける。
過去の
―—戦慄した……久しい戦いに血が湧きたった。
互いに身を削り合い、生命散らす戦い。
久しぶりの戦いは彼にとって楽しく、まるで夢のような時間のようにも感じていた。
自分と彼女、どちらが倒れても可笑しくない程の接戦だ。どちらが死んでもその存在を忘れることは無く、自身の中に記憶として残り続けるだろう。
だが……同時に彼は自分の勝利を疑わない。
何故なら彼はダンジョンボスだから。
この決闘場は自身の力を最も揮うことに適した場所だからだ。
そして彼が自信を持ち、信頼を寄せる『必殺の一撃』
彼は決闘場の遥か地中から最速の一撃で、地上にいるだろう彼女とその騎獣を刺し貫いたはずだった。
『なのに……何故だ?』
確かに感触はあった。
自身の尖尾は確かに
自身が持つ地竜種特有の《生体感知》も確かに彼女を捉えている。
だが……
『何故……足音が止んでいない!?』
彼の疑問、それは微かに聴こえてくる騎獣の足音。
『いや、それよりも今は!』
地上へと全力で伸ばした尖尾はすぐには戻せない。
加えて体は地中深く。尾の位置は固定されてしまっている。
つまり……
『グォォォォオオ!!』
地上に突き出た尖尾の付け根、その根元から尾先に向けて何かが竜燐を砕きながら駆けていく。
そんな存在は今ここに、敵である彼女しかいない。
だが……
『どうやって……垂直だぞ!?』
突き出された尖尾は地面から
だが、それを意にも返さず彼女は駆けあがる。伸びた尾の先、一際鋭い刃のような形の尖尾の付け根に生えた逆鱗を目指して。
『おぉぉぉぉおおおおおお! やらせるかぁぁぁぁぁ嗚呼!!』
悲鳴にも似た竜の咆哮が地中から地上まで響き渡ったのだった。
◇◇◇【騎兵】ヴィーレ・ラルテ
轟音が鳴り響く。
発生源は地中から伸びた【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の尾。
伸縮自在の尖尾はまるで鞭、高速で振るわれていたはずの尖尾の先は音速を超え、超音速で辺りを削り取りながら嵐のように荒れ狂う。
「ハハ、失敗しちゃったなぁ……」
私はそんな光景をアレウスに跨りながら傍観する。
「逆鱗を砕くとドラゴンは怒り狂う……ていうなら分かるんだけど」
結果は、逆鱗を砕くことも出来ずにこのざまである。
本来なら、【宝櫃】から出た使わない防具に火を付け囮にし、攻撃の直後に逆鱗を狙う予定だった。
地中から敵を感知するならおそらく、熱を用いた生体感知。
リアルで蛇が持つとされるピット器官のようなものを持っているのではないかと予想したのだ。その予想自体は当たっており、私は一時的にアレウスを《送還》して身を隠すことで避けられた。
フェイが自身の炎を操っているのを見て、敵の感知を切り抜けられるとふんだのだが……
(やっぱり甘すぎたよね……)
今にして思えば作戦とも呼べない思い付きだ。
まぁ……それでもうまくいったんだけど……
鋭い尖尾に決闘場が削り取られ、砕けた岩石が弾け飛ぶ。
まさに災害。
このままでは決闘場は砕けちり、すべてが崖の下に沈むのではないか? そう感じるほどの圧倒的な破壊。
このまま決闘場の奥へ走り抜けてしまってもいい、だけど……
「行こうか? アレウス」
『HIHIiiiiiiiN!』
あの蛇竜は、あのドラゴンは私が倒さなければならない。そういった予感がするのだ。
私は大きく嘶くアレウスに微笑んだ。
本当に最高の相棒だ。
あぁ、そうだ。私ならいける。
「私たちなら……超えていける!!」
暴虐の大蛇竜へ向け今、駆け出したのだった。
◇◇◇
何度目だろう。
この<Infinite Dendrogram>の世界で既に何度も体験した感覚。
疲れ切っている体は鉛のように重たく、瞼を開けるのも億劫に感じてしまう。
しかし一度目や二度目とは違う。
心が何か、達成感のような物に満ちている。
(あぁ、そっか。私やり遂げたんだ……)
記憶の最後は荒れ狂った尖尾を駆けのぼり、逆鱗を踏み砕いた光景。
その瞬間、光の塵となった【ハイ・スパイラル・ドラゴン】を見て、安心して……
「そうだ……勝ったんだ、私」
『BURURURURUU?』
耳元で鳴った訝し気な唸り声に瞼を開ける。
そこにいたのは上から覗き込むように心配するアレウス。
その体は砕かれ飛んだ岩石の散弾を食らい、あちこちで血が流れ出ている。私に分も余分に戦って傷ついたのだろう。
今回の戦いのMVPは間違いなくアレウスだ。
「ごめんね。あと……ありがと」
『BURUU』
頷くアレウスの頬を仰向けに寝転がりながら優しく撫でる。
その頬は砂や泥、血が混ざりあってベタベタだ。
毛並みもこの三日ブラシをしていないからか絡み合っている。
「……後で体洗わなきゃ。でも……少しだけゆっくりしてから行こう?」
私の提案のようなお願い。
その言葉にアレウスはゆっくり膝を折り、私に体を寄せるようにして目を閉じる。
やっぱりアレウスもかなり疲弊していたようだ。
師匠に出された制限時間もまだ一日残っている、少しゆっくりしても問題はないだろう。
きっとこの先にはジョブクリスタルがあるはずだ。
……と言うより、これ以上の戦闘は流石に無理である。
先ほどの【ハイ・スパイラル・ドラゴン】が中ボスだー、なんて言われたら流石に泣いてしまうかもしれない。
「だけど、長いようで短かったなぁ~」
この<トラーキアの試練>というダンジョンに落ちてから三日。
しかし実質的な冒険は一日も経っていない。半分以上は私が気を失っていた時間だ。
ずいぶん密度の高い一日だったように感じられる。
そして飛躍的に成長もした。
ステータス的にも、技術的にもだ。
【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】に手も足も出なかったのは悔しいが、純竜級の【ハイ・スパイラル・ドラゴン】にアレウスに《騎乗》するだけで勝てたのは大きな成果だろう。
師匠にもきっと自慢できる。
「あ、そうだ……【ハイ・スパイラル・ドラゴン】のドロップアイテム!」
感傷に浸っていた思考で自ら気が付く。
【ハイ・スパイラル・ドラゴン】は純竜、亜竜級モンスターから出た【宝櫃】は使える物も少なかったが純竜級モンスターの【宝櫃】ならきっといいものが出るに違いない。
私は重たい右手を動かし、『メニュー』から『アイテム欄』を開く。
そこには後々売却しようとため込んだモンスターの素材や、亜竜級モンスターの【宝櫃】から出たアイテムがズラリと名前が並んでいる。
そしてその中の一番上には先ほど倒した【ハイ・スパイラル・ドラゴン】のドロップアイテムである【純穿蛇竜の宝櫃】の名前がある。
私は迷うことなく【純穿蛇竜の宝櫃】を選択する。
「【純穿蛇竜の宝櫃】をオープンしますか? YESっ」
【【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を獲得しました】
【【身代わり竜燐】を会得しました】
【【エメンテリウム】を獲得しました】
……え?
思わず流れるアナウンスに動きを止める。
何度も繰り返し頭の中でループするのは『
「や、やったぁーー!」
『BU、BURU!?』
……思わず声を上げてしまった。
隣で眠るアレウスを安心させるように目配せを送り、鬣を撫でる。
しかし……弓だ!
新しい防具か弓が欲しかったので、【ハイ・スパイラル・ドラゴン】の【宝櫃】は大当たりと言えるだろう。
思わずニヤけてしまうのもしょうがない。
私は弾む心を抑えるようにして【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の詳細を開く。
【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】
【ハイ・スパイラル・ドラゴン】のレアドロップ。
引くことも困難な貫通に特化した強弓。
・装備補正
攻撃力 +150
・装備スキル
《貫通強化》Lv.5
※装備制限:合計レベル50以上、STR:800以上
「……え?」
表示された強弓の詳細に先ほどとは別の意味で動きを止める。
攻撃力が+150、それ自体は以前使っていた弓より二倍以上強い。
装備スキルである《貫通強化》も放つ矢の威力が上がる使いやすく、強力なスキルだ。
しかし、私の目に留まったのはそこではない。
外そうにも外せない視線、その先は……
「……STR:800以上?」
その文字に思わず唾を飲みこむ。
同時に突き動かされるように自身のステータスを開く。
そこに並ぶのは【騎兵】をカンストさせ、<エンブリオ>のステータス補正込みの数値。
表示されたSTRは……
(……ギリギリ400に届くかどうか)
必要なSTRの約半分である。
その変えようのない数値に思わずアレウスの毛並みに顔を埋めるのだった。
◇
無慈悲な装備制限から立ち直るには、あれからずいぶん時間を要した。
アレウスに起き上がるよう催促され、ようやく先に向け歩き出したほどだ。
ついでに諦めきれず、【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】を装備してみたが……
(……ビクともしないなんて、強すぎる)
弦を引こうとしても一ミリメテルさえ動かなかった。もしかしたら装備制限をクリアしなければ武器として扱うことすら出来ないのかもしれない。
先ほどの事を思い出し、再び肩を落とす。
そんな私を励まそうと、隣で歩くアレウスが頬を擦り寄せる。
本当に可愛い相棒である。
しかし、それもすぐに終わることとなる。
それは第九階層から第十階層へと繋がる坂道を下った瞬間だった。
「……すごい」
思わず目を奪われた。
それほどに美し景色。
第一階層での景色以上の幻想的な光景がそこには広がっていた。
地底湖の水が最下層に流れ込み、作られた澄んだ湖。
辺り一面で光を灯す花が咲き誇り、地上よりも明るく照らされている。
そして何より目を引くのが……
「……黄金郷みたい。ううん、瑠璃色だから少し違うかな。
あえて言うなら……蒼銀郷?」
湖の中央に浮かぶように建つ、青い光を放つ金属で造られた大きな祭壇。
何の金属かは分からないがファンタジー特有の金属なのだろう。
その青の祭壇は淡い光を受け、その面影を水面へと反射させる。
湖すら祭壇の一部のように光が揺らぎ、神聖的ですらある。
まるで疲れた心が癒されるようだ。
「……いこう、アレウス」
ヴィーレは何かに導かれるかのようにその祭壇を目指して進む。
宙を舞う光が頬を掠め後ろへと流れる。
そのヴィーレの姿もまた綺麗だった。
傷だらけの白い肌が優しく照らされ、白いワンピースが僅かにたなびく。
青い光が包む景色の中で歩く彼女は一輪の薔薇のようである。
冷たく澄んだ水が足に触れる。
その冷たさすらこの光景の神秘的さを強調させているかのようだ。
そんなヴィーレの瞳の中に映り込んできたのは巨大なクリスタル。
それはこのダンジョンの終わりを……『儀式』の終わりを告げているかのようであった。
本当は三話でダンジョン終わるはずだったのに……