自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
□<グリム森林> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ
師匠との約束の日、<UBM>へ挑む早朝の<グリム森林>。
朝焼けの光はまだ届かず、森は闇に包まれていた。
この世界の時間では、まだ五時過ぎと言ったところだ。
<アムニール>の都でさえ人は少なく、森でもモンスターの咆哮一つ聞こえてこない。
しかしそんな静寂を破壊するように大きな足音を立てながら、アレウスが地面を揺らし森の中を駆け抜ける。
本来なら駆けるのも躊躇するような生い茂った森林なのだが……大魔樹林で修行を積んだアレウスとヴィーレにとっては平道を散歩するようなもの。
それ故か、AGI特化型上級職の<マスター>が涙目になるような速度で走ることが出来ていた。
アレウスに騎乗するヴィーレも、その事に戸惑う様子は欠片も無い。
「それにしても、《暗視》スキルの付いたアイテムが手に入ってよかったね。《暗視》が無かったら【魔樹妖花 アドーニア】にもリベンジできないところだったよ」
『BURUUU!』
こんな朝日も昇らない早朝に<UBM>である【魔樹妖花 アドーニア】の討伐に乗り出したのか、それには大きな理由がある。
それは<マスター>の存在。
掲示板でも名が上がり、約三週間という長い期間<マスター>から生き延びている<UBM>。
その存在はレジェンダリア所属の<マスター>なら誰でも知っており、毎日日が昇ると同時に討伐に乗り出した<マスター>が現れるらしい。
加えて【魔樹妖花 アドーニア】には全ギルド共通で賞金300万リルが掛けられている。
多額な賞金に加えて、特別な装備である『特典武具』が手に入るのだ。
<マスター>から見れば、カモがねぎを背負ってきたようなものだった。
すべてファフザーさんや変た……レズから聞いた話だが、師匠の推測通り【魔樹妖花 アドーニア】の<マスター>による取り合いが起きているらしい。
なんでも、パーティーで挑んだ<マスター>が勝ち目が無いと分かると【魔樹妖花 アドーニア】を守るように、自主的に他の<マスター>を襲う。これが無限ループのようにずっと起こっているのだそうだ。
その為、ヴィーレは<マスター>が少ないだろう早朝を狙って【魔樹妖花 アドーニア】の討伐に乗り出していた。
「前回のリベンジだ……今度こそ絶対に勝とう、アレウス」
『HIHIiiiiiiN!』
「ふふ、やる気十分だね!」
ヴィーレは初めてあの<UBM>に出会った場所。
【魔樹妖花 アドーニア】が居る、<グリム森林・奥地>を見つめながらアレウスの毛並みを撫でる。
「アレウスもかっこよくなったし……私の装備もレズが作ってくれた。
これで勝てないなら、それは私たちの実力不足だ」
ヴィーレは手綱を握りながら、改めてアレウスと自身の装備を見下ろす。
目に映るのは、大きく逞しい体と攻撃を和らげる漆黒の黒毛。
しかし、その姿は以前とは違う。
——黒銀色の金属で作られた人馬種族用の全身馬鎧。
——紅色に統一された新品の鞍と手綱。
【ハイ・スパイラル・ドラゴン】などとの戦闘でアレウスの装備の必要性を感じ、すべてを買い揃えたのだ。
幸いなことに、レジェンダリアには人馬種族も多く、馬鎧を探すのには苦労しなかった。
……代わりに【宝櫃】から出た【エメンテリウム】などの換金アイテムは全てとけてしまったが。
そしてヴィーレの装備も初期装備のワンピースではなくなっている。
——スラリと伸びた太腿で揺らめく丈の短かい、体にフィットした白のワンピース。
——腰から下へと伸び、動きの邪魔にならないように腕や腰、胸元をしっかりとベルトで固定された、風に揺られてドレスのように揺らめく紅のマント。
——脚を守るように膝まである黒のロングブーツ。
その服装はどこか女の子らしさを残しながら、騎士のような印象を受ける装備だ。
所々に金属やドロップアイテムの鱗が使われているもののそのほとんどが布から作られ、軽く、そして動きやすくなっている。
もちろん防御力もトップクラス。
まさにヴィーレにとって理想的な装備と言えた。
「……弓筒やアイテムボックスの掛けるところがあるのが、やっぱりプロなのかな?」
片手で紅のマントの下を触るとフックを掛けるような輪に触れる。
これにアクセサリーなどを付けたりするのだろう。
五つ存在する輪も今は
洋服としても、そして戦闘服としても申し分ない作りと配慮だ。
(セクハラされたけど……また、お礼は言わなきゃ)
そんな考えに耽りながらアレウスを駆ける。
そして……
『HIHIIIiiiiN!!』
アレウスの大きな嘶きに我に返った。
視線の先には森が開け、戦いやすいような場所がみえる。
「うん、情報通り」
開けた場所の中央には歪な大樹がそびえ立っている。
以前よりもはるかに大きく、幹が太くなっているが間違い様は無い。
あれが……
「……【魔樹妖花 アドーニア】」
闇の中に一体の<UBM>がうごめいていたのだった。
◇
『戦いに合図はいらない』
そう言うかのように【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘は唐突に火蓋を切った。
『KIIiii————————————ッ!!』
「行くよ、アレウス! 《獅子勇心》!!」
声にもならない高周波の叫び声。
【マンゴドラ】特有の『死の絶叫』だ。
耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られながらアレウスを走らせる。
同時に先ほどまでいた場所や、森の開けていた場所を埋め尽くすように木々が生え伸び、ヴィーレを捕まえようとする。
ヴィーレはそれを見て確信する。
「師匠の言ってた通りだ……この<UBM>、成長している!」
以前の戦闘とはまるで比べ物にはならない。
前回はしてこなかった『死の絶叫』で【死呪宣告】の状態異常が掛かって、長時間の戦闘は不可能。
加えて、木々や植物が伸びる速度や範囲が桁外れだ。
——状態異常で敵を弱らせて時間勝ち、もしくはその木々や植物で敵を絞め殺す。
これこそが【魔樹妖花 アドーニア】の戦闘スタイル。
そんな【魔樹妖花 アドーニア】にヴィーレは大きく息を吐く。
そして……
「うん、情報通りだね」
ゆっくり、小さく微笑んだ。
「【ハイド・グラビティー・グラトニーフォレスト】に比べたらなんともないや」
縦横無尽に木々や植物を蹴散らしながら走るアレウス。
ヴィーレはその背の上で《瞬間装備》を使い……
それは【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】。
ヴィーレは蒼銀色に輝く指輪を付けた手で、ゆっくり、ゆっくりと弦を引き……
「フッ!」
【魔樹妖花 アドーニア】の本体の向け、一射する。
同時に放たれた矢を防ごうと、軌道上を閉じるように木々が壁を作った。
【魔樹妖花 アドーニア】も知能が無いわけでは無い。
今までの<マスター>の中にも、弓型の<エンブリオ>やドリル型の<エンブリオ>で攻撃している者もいたのだ。
その威力と殺傷能力は身に染みて理解している。
だからこそ、今回のヴィーレの放った矢も防御しに回ったのだ。
だが……
『KIiiiii!?』
放たれた矢は進路上の木々を貫通し、【魔樹妖花 アドーニア】本体を討ち貫いた。
しかしそれは必然であって偶然ではない。
【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の元となった大蛇竜は、貫通攻撃に優れた純竜であり、この強弓にも《貫通強化》Lv.5が付いているのだから。
威力に優れた強弓であり、貫通能力特化の弓。
木々で出来た薄い防御など、無いに等しい。
「……あとは
そして……ヴィーレは
【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】で同時に放てる矢は四本。正確に狙い撃つのなら二本が限界だった。
しかしそれでも十分過ぎる。
【魔樹妖花 アドーニア】の本体のどこかにある核さえ砕けば、ヴィーレの勝ちなのだから。
【魔樹妖花 アドーニア】もそれを許さないとヴィーレの騎乗するアレウスを狙う。
しかし……伸びる木々や植物は触れることすら叶わない。
《幻獣強化》の現在のレベルは七。
強化値にして全ステータス+70%程、
STRとAGI特化のアレウスのAGIはゆうに5000を超え、AGI型の純竜級モンスターと並びうる。
それに対して【魔樹妖花 アドーニア】はそこまでAGIが高いわけでもない。
結果、木々はアレウスに触れることすら出来ず、先回りで伸ばした木々は砕かれ、避けられてしまっていた。
『KIiiii———————————!!』
互いに一進一退の攻防…………とは全く言えない一方的な蹂躙。
アレウスの脚撃によって木の装甲は砕かれ、体に矢を増やしていく。
【魔樹妖花 アドーニア】の核を砕くのも時間の問題。
そう思われた時だった。
「食らえ!! 《クリムゾン・スフィア》ァァァァァァア!!」
「えっ? ……ッツ、アレウス!」
森に響き渡る声と同時に、【紅蓮術師】の奥義である《クリムゾン・スフィア》が
とっさに反応できたのは運が良いと言えるだろう。
レズが作った装備のおかげでダメージ自体も少なく、アレウスも直撃を避け、ダメージはほとんどない。
「おいおい! ご自慢の魔法じゃ無かったのかよ! ちゃんと殺せって、マカロン大王!」
「可笑しいな~、ちゃんと狙ったはずなんだけど……避けられたのか?」
「アッハッハッハ、恥ずかしい奴!」
《クリムゾン・スフィア》の後を追うように森の中から五人の人影が現れる。
魔術師のようなローブを被った男。
頭から耳を生やし、弓を持つ女。
見ていて痛々しいような恰好をし、大剣を担ぐ男。
恰好は様々だが、一点だけ共通していることがある。
それは左手の紋章。
「……一番嫌だったことが起きちゃったね、アレウス」
『BURUUU!』
それは噂でも聞いた話。
彼らは『特典武具』や賞金を手に入れようと他の<マスター>の邪魔をする――――――<マスター>のパーティーだ。
「……一応、何で攻撃してきたのか聞いても良いですか?」
眉を顰め、警戒した声で……マカロン大王というらしい<マスター>に聞く。
しかし、その質問に返って来たのは嫌らしい嘲笑だった。
「なんでって聞かれてもね~、この<UBM>は僕らのもんだから~」
「そうそう! HP減らしておいてくれてありがとなってな!
後は俺らに任せて、安心して死んでくれ」
言い終わると同時に矢が飛んでくる。
……本当に嫌らしい。
同じ<マスター>だとすら思えないような行為だ。
何処からともなく黒い感情が湧き出ては発散することなく溜まっていく。
(こんな人たちに負けるなんて……絶対に嫌!)
無意識に手綱と強弓を強く握りしめた。
「……アレウス、五対一だけど行ける?」
私の声に返事はない。
しかし……獰猛な唸り声と足踏みが鳴る。
アレウスもやる気は十分らしい。
そして強弓に矢をつがえ、アレウスが走り出そうとした時だった。
『HU……HUHUHUHUHUHUHUUUUUU!』
森に響き渡るような女性の笑い声。
同時に《危険察知》が反応し、HPの下に大量の状態異常が表示された。
「タイミング悪すぎだよっ」
以前と同じ状態異常の附与だ。
アレウスは《獅子勇心》によってほとんどがレジスト出来ているが、ヴィーレには装備由来の耐性しかない。
レジスト出来なかった【毒】や【麻痺】、【衰弱】などによって体の動きが鈍り始める。
そんなヴィーレを追い打ちするかのように木々や植物が襲い掛かる。
そして……
「《サンダー・スラッシュ》!!」
攻撃を避けるアレウスを狙うように大きな大剣が振り下ろされた。
誰が放ったのかは見るまでもない。
しかし……
「……なんで、【魔樹妖花 アドーニア】に攻撃されてない?」
後から姿を現した五人の<マスター>。
その誰一人として【魔樹妖花 アドーニア】から狙われずにヴィーレだけを狙っていた。
「ハハッ! こいつもお前の方が邪魔ってよぉ!」
男が大剣を振り回しながら嗤い、獣人の女が矢を放つ。
五対一ではない……六対一。
多量の攻撃を前にアレウスの体は傷ついていく。
「フッ!」
牽制とばかりに四本まとめて矢を放つ……がそれも結界のような空間に入った瞬間失速していく。
おそらく五人のうち誰かの<エンブリオ>がテリトリーなのだ。
<エンブリオ>独自のスキル、範囲内の運動エネルギーを減算するかそれに等しい能力だろう。
そして……
「アレウス!」
突如、目の前に出現した結界にアレウスの速度がどんどんと落ちていく。
ただの剣士系統ジョブの<マスター>でも捉えきれるほどに……
「もらったぁぁぁぁあーーー!」
致命的な隙。
大剣を担ぐマスターは跳躍し、ヴィーレを狙おうと自身の<エンブリオ>である大剣を振り下ろし……
「……え?」
その頭を爆散させた。
上半身から上が千切れ飛び、<エンブリオ>の大剣もただの鉄塊へと変貌をとげている。
それを成したのは、一本の突撃槍。
瞬間移動のように目の前に現れた男は穏やかな口調で呟いた。
「多勢に無勢は見過ごせませんね。傍観するつもりでしたが……可愛い弟子の窮地に、思わず手がでてしまいました」
男……人馬種族の男は、その重そうな突撃槍を軽々振るいながら自嘲的に笑う。
その姿は良く見慣れた容姿。
だが、身に纏うその雰囲気は驚くほどに荒々しく攻撃的だ。
「……お前、<マスター>じゃねぇな? お前は誰だ!」
聞いていて笑いそうになるほどの悪役のセリフ。
残った四人の<マスター>が警戒しながら怒号を上げる。
「私は……しがない老人ですよ。時代に取り残されたみじめな亡霊。
名前なんて100年も前に捨ててしましました」
男はゆっくりとした口調で言葉を話す。
「ですが……今日は最後の幕引きです。ヴィーレさんにも『ゴスト』としか名乗っていなかったので丁度いい機会です、最後に名乗らせてもらいましょう」
見慣れた男、ヴィーレの師匠でもある彼は名乗りを上げる。
「我が名は、カロン・ライダー。
100年前の神話級<UMB>と相打ちになり、『特典武具』によって生かされた……元騎兵ギルドの長であり、ヴィーレさんの師。
“超人幻馬”、【騎神】カロン・ライダー。
死にぞこないの……騎兵です」
【スカーレット act.1】
【裁縫職人】レズによって作られた防具。
【潜変織蜘 アラクネー】によって織られた高性能な布で作られ、多くのスキルが織り込まれた高性能防具。
・装備補正
防御力+250
・装備スキル
《精神異常耐性》Lv.3
《自動修復》Lv.2
《火炎耐性》Lv.2
《
カンストした【裁縫職人】であり、リアル技術に優れたレズにつくられたもので装備としては超優秀。
スキルは素材にしたドロップアイテムが元になっており、いくつかが合わさった結果となっている。
ヴィーレ以外が着ると、《■■■■■》によって【即死】する。