自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
女主人公を書くのは初めてなので、女性らしくなかったらすいません。
□2043年7月15日 碓氷八雲
「よぅぉこそぉ、<Infinite Dendrogram>へぇえ」
聞こえてきたのは変に間延びした不思議な声。
まるで人をからかっているかのようなイントネーションで綴られた言葉を聞きながら瞼を開ける。
——すごい。
瞼を持ち上げると同時に目に映り込んできた景色、それは何処かの庭園だった。
美しく……とまではいかないだろうが綺麗に整えられた庭。
地面に生える草、綺麗に整列して咲く花、風に揺れながら葉を落とす木々。そのすべてが
景色だけではない。頬を撫でる暖かい風には温度があり、微かな臭いも感じられた。
ゲームだとは思えないほどの精巧さ。
そのリアルさに
「……そぉろそろいぃですかぁ?」
庭園に目を奪われていた私は改めて声の主に意識をむける。
そこに居たのは一人の男。
頭と同じぐらい大きいカラフルなシルクハットを頭に被り、身にも同じくカラフルな紳士服を身に着けている。
その姿を見て思った事は一つ。
——まるで道化みたい。
物心が付き始めた始めたばかりのころに見たサーカスのピエロを思い出していた。
しかし不思議だ。
何故こんなところに私以外の人がいるのだろうか? ましてや何で道化がいるのだろう?
疑問が顔に表れていたのだろうか、道化が自身の名を不思議なイントネーションのまま話し出す。
「ああ、こぉれは失礼をば。ワァタクシはこの<Infinite Dendrogram>の管理エェアイの第キュゥ号、マッドハッターと申しぃまぁす」
管理エェアイ……あぁ、管理AIということか。
これほど高度な管理AIなど聞いたことも無ければ見たこともない、ましてそれが道化なんて。
それに『マッドハッター』という名前。
私も一度は読んだことがある、不思議の国のアリスに登場する帽子屋だったはずだ。
確かに見た目は名前とマッチしている、だけど何故そんな名前なのだろうか?
——えっと、私は
絶え間ない疑問が浮かぶ頭で名前を名乗る。
「あぁれ? 貴方様ぁはあまり驚かぁないのでぇすねぇ。他の皆さんはぁとぉてもよい反応をぉするのでぇすが?」
——ううん、十分驚いているよ? ……ただこういう風に厳しく育てられただけだから。
私の両親……碓氷家はかなりの資産家、いわゆるお金持ちだ。そして私はその碓氷家の娘、お嬢様である。
その為か家名を背負う為に幼少より厳しく育てられた。
勉強、茶道、五つを越えたあたりで数えるのを止めた楽器の習い事。おかげで周りの人よりも優れている自信はある。
なんと言ったって、子供の頃から誰とも遊ぶこともなく……部活もバイトも恋愛も一切することなく生きてきたのだから。
周囲の人たちが楽し気に遊ぶ姿を見た。
その後ろ姿を見ながら勉強に励んだ、家名の為に。
帰り際に数少ない友人からの『カラオケ』と呼ばれる歌で遊ぶ施設への誘いも断った。
楽し気に話す声を聞きながら、茶道の習い事へと足を運んだのだから。
そんな私だから。
碓氷家を継ぐにふさわしいように育てられた私だからそんな大層な反応は露わにしてはならないのだ。
「なぁるほどぉ、納得しましたぁ。ではぁ、チュートリアルを始めぇてもよろぉしいです?」
——うん、お願いします。
それから帽子屋は色々説明をしていく。
だけど私は今まで『ゲーム』といったものは一度たりともしたことが無い。この<Infinite Dendrogram>が初めてである。
その為ゲームに関係ある事から関係ない事までたくさん質問をしたが、帽子屋は嫌な顔一つせずに受け答えしてくれた。
その見た目としゃべり方からは予想外なほどの丁寧さだ。管理AIだからこそかもしれないが、その対応は何故か好ましく感じた。
そしてチュートリアルという名の初期設定が進み、キャラクターメイキングに差し掛かった時。
その変化は訪れた。
——キャラクターメイキング? 何も弄らなくてもそのままでいいよ。
「そぉれはお勧めしませぇん、あまりぃリアルとぉ同じにすぅると危険なこともぉあぁりますのでぇ」
帽子屋は困った顔をすることもなく淡々と告げる。
だけどそれは出来はしない、むしろ私が最もしてはいけない事だ。
髪を金髪に、瞳を青色に。
それは私が今まで我慢してきたもの。それを今ここでしてしまったら、私自身の今までの努力してきた人生を否定する事と同意である。
強固な意志を胸に帽子屋に向け首を振る。例えゲームとしては推奨させない事だとしても変えることはしないとでも言うように。
「ふぅむ? でぇは、貴方様ぁはこぉの<Infinite Dendrogram>にぃなぁぁにをしにきたのぉでぇ?」
——……それはどういう事?
突然、初めて自ら話し始めた帽子屋。
私はその質問の意味を理解しきれず首を傾げる。
「<Infinite Dendrogram>にはぁ無限のぉ可能性が存在しますぅです。
重ぃ持病をぉ持つ人ぉにぃは、自由に動けぇる体ぁと人生をぉ。
リィアルで忙し人ぉにぃは、心を落ちぃ着かぁせるよなぁ安らぎぃの場所ぉを。
未知ぃと刺激をぉ求める人ぉにぃは、誰ぇも見た事のぉない冒険をぉ。
<Infinite Dendrogram>を始める人のぉ数だけぇの、可能性が存在するのぉです」
何も言わない、ただその言葉に耳を傾ける。
「そぉして、貴方様ぁにもいくつもの可能性がぁ存在しぃます。
そぉれこそぉ今まで手にする事ぉが出来なかったぁモノを手にする事もぉ、否定してぇきた人生をぉ歩む事もぉ」
……僅かに鼓動が高鳴った。まるで心を読まれているような気がして。
「貴方ぁはスデェにそのぉ切符をぉ手にしてぇいるぅのです。
後はぁ一歩、踏み込むだぁけの事ぉ。
もし、貴方様ぁがぁその可能性をぉ歩もぉうとするならばぁ……」
変なイントネーション、変な恰好。
人ですらない一人の道化。
しかしその言葉は今までの誰よりも私の胸に響いてくる。
「<Infinite Dendrogram>はぁ、“私たち”はぁ貴方様ぁの来訪をぉ歓迎しまぁす」
大きな衝撃、それと同時に一つの感情が胸の奥から溢れ出してくる。
——フフ……
ああ、こんな気持ちは初めてだ。
——フフ、あはははは
帽子屋は見た目通り道化だったようだ。
なんたってこんなに嬉しく、楽しい気持ちにしてくれたのだから。
重く、押しつぶされそうだった私の心の重荷を魔法にも似た言葉で消し去ってくれたのだから。
「あはははははははッ」
私はこの日、人生で初めて大声で泣きながら笑った。
◇◇◇
「そぉろそろぉ再開しぃていただぁいてもぉよろぉしいです?」
「うん、ごめん。……でもさっきのセリフ、全然似合わないね」
顔色一つ変えず、無表情の帽子屋。
その隣でキャラクターメイキングの続きに取り掛かる。しかしその作業はたいして時間もかからずに終わる。
それは先ほどまでの碓氷八雲ではできなかった事。
私は自身の黒一色だった髪を少し黒が残った鮮やかな赤に、瞳を薄っすらとオレンジがける。
「完全なぁ赤にはぁしないのでぇ?」
「うん、私はまだ変わりたて。これから変わっていくからね」
「わぁかりましたぁ。でぇは次はプレイヤーネームゥです」
しかしここで一つ問題が発生した。
私は本当は本名である“碓氷八雲”で始めるつもりだったのである。もちろん本名はゲーム的にも推奨されないし、私的にも新たな名前で始めたい。
だが今まで自身の名前を変えようと思った事も、ゲームをしたこともない私である。気の利いた上手い名前が全く思いつかない。
そこからは長かった。何もいい名前が思いつかず、唯々時間だけが過ぎていく。
帽子屋も何も言わずに紅茶を飲んでいた。
そんな時だった。
「あれ? 鳥だ……<Infinite Dendrogram>の世界にも居たんだ」
澄み切った空を仰ぐと一匹の小鳥が空を飛んでいるのを見つけた。
別に何らおかしい事は無い。
ここまでリアルな<Infinite Dendrogram>だ、生き物がいても可笑しくない。
「小鳥……“自由への飛翔”。フランス語で確か、『
その言葉が出たのはたまたまだった……が、私のよく似合っているように感じられた。
そして気が付いたら手が動いていた。
プレイヤーネームの入力の欄に書かれた名前。
それは『ヴィーレ・ラルテ』
一番ゴロがよかっただけの組み合わせだったが、それは私の胸にストンと落ちた。
「終わりぃまぁしたかぁ?」
「うん、長くなってごめんね?」
「いえぇ、これぇも私共の仕事でぇすのでぇ。でぇは、チュートリアルはここでぇ終わりぃです」
「<エンブリオ>は? 説明はしてもらったけどまだ受け取っていない気がするけど」
「そぉれならすでに、貴方様ぁの左手にぃ移植してぇおきましたぁ」
帽子屋はそう言いながら私の左手を指さす。
そこになったのは雪の様に白くスラリとした左手の甲に埋め込まれた宝石のような<エンブリオ>。説明に聞いた第0形態の<エンブリオ>で間違いない。
どうやら私がプレイヤーネームを悩んでいる間に全て終わっていたようだ。
……後はゲームを始めるだけ。
「……ありがとう、帽子屋さん。私、<Infinite Dendrogram>を本当に心から楽しめるような気がする」
帽子屋へと今までのような作り笑いではなく、心からの笑顔笑う。
そんな私の言葉に帽子屋は拍手で答えた。
「えぇ、心からぁ楽しんでくだぁさいぃ。……貴方様ぁならぁたどり着けるぅかもぉしれぇませんです。
では、貴方様のぉ、自由なる日々に、祝福あれぇい!」
私はその不思議なイントネーションの激励と共に空へと放り出された。
落下先である所属国は様々な
今、私の、『ヴィーレ・ラルテ』としての新たな