自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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うまく書けん、すまそ


第一章:秘境の仙人編
第1話 相棒


 □【レジェンダリア<首都・アムニール>】 【■■】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 レジェンダリアの首都<アムニール>。

 天を覆いつくすほどの大きな世界樹の麓に出来たこの都市には沢山の人間範疇生物(ティアン)が住み暮している。

 リアルでも長寿と弓や魔法を扱う事で有名なエルフ。

 人と獣の混血であり、高い身体に能力を有していることで有名な獣人。

 人よりも大きく、力も体力も桁外れな巨人族。

 小さな体で、細かな精密な作業を得意とする小人族。

 その他にもレジェンダリアの国土である大樹林の各地では、様々な種類の部族が暮している。

 <Infinite Dendrogram>の中で最もファンタジー要素が強い国がここ、レジェンダリアであった。

 

 

 そんなレジェンダリアの首都<アムニール>、通称“霊都”。

 その中心近くの公園の大きな噴水に一人の少女が腰を掛け、項垂れていた。

 いや、一つ間違いがある。

 正確に言えば、一人の少女と黒く逞しい一頭(・・・・・・・)の馬(・・)が噴水の近くで項垂れていたのだ。

 

 

 「はぁ……どうしよう」

 

 『BURURURURU?』

 

 

 余りにもどうしようもない気持ちに思わず重いため息が出る。

 そんな私を心配するように一頭の黒馬……『アレウス』と名付けた相棒が鼻を鳴らした。アレウスは英雄アキレウスの名前を貰い、名付けた。

 私も返事を返すようにアレウスの鼻先を撫でる。

 

 

 「ありがとね、心配してくれて。でも大丈夫だよ」

 

 

 いや、大丈夫とはいうが現状はかなり切羽詰まっている。

 頷くアレウスをよそにメニューを開く。

 開いた先は自身のステータス欄。

 そこには現状のステータスを含め、私の状態や所持金、<エンブリオ>の状態を表示する場所も存在する。とは言っても私の<エンブリオ>はまだ孵化すらしていない第0形態なので何も書かれてはいない。

 そんなステータス欄に視線を走らせる。

 一番に目についたのは『ジョブ』の表示。そこにはログインし、レジェンダリアに足を踏み入れた時とは違い二つの文字で埋められていた。

 

 

 それは、【騎兵】。

 <Infinite Dendrogram>における『下級職』と呼ばれるジョブの一つらしい(・・・)

 騎獣や乗り物に乗って戦う事ができる一般的なジョブらしい(・・・)

 先ほどから『らしい』とばかり言うのは、私がまだ<Infinite Dendrogram>におけるジョブの事をあまりよく知らないからだ。

 知っているのは【騎兵】が下級職と呼ばれるジョブであり、騎獣に乗って戦う事が出来る事のみ。アレウスに乗って戦う為だけに就いたのだから、当たり前とも言えるのだが。

 

 

 そして私がステータス欄で視線を向けたもう一つの表示。

 私がため息を吐く原因でもある表示。

 

 

 それは、『所持金』

 本来ならそこには、5000リルという数字が並んでいるはずだ。しかし彼女の所持金の欄には5000という数字は見当たらない。

 いや、同じ数字なら一つはある。

 改めて直視した所持金の欄。そこにははっきりと小さく一つ(・・)の数字が掛かれている。

 

 『0リル』

 

 

 「はぁ……お金を使い切っちゃうなんて何やってんだろう、私は」

 

 

 <Infinite Dendrogram>を初めて約2時間。

 レジェンダリアに足を踏み入れ約1時間。

 私は一文無しになっていた。

 

 

 

 

 ◇◇◇~~一時間前~~

 <アムニール> ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 帽子屋さんとチュートリアルと超高度からの空中落下を体験した私は<アムニール>の中を歩いていた。

 他のプレイヤーはみんな揃って外へと出ていったが、私はいきなり戦闘などしたくなかったのである。

 『私は自由』

 その言葉が歩く足取りを軽くする。

 無意識に鼻歌を歌い、嬉しさのあまりテンポに合わせターンを決める。ターンに遅れてワンピースの裾が花のように広がった。それさえも楽しく、嬉しく感じてしまう。

 様々な種類の人々(ティアン)が通りを行きかう自然あふれるファンタジーな都市。

 そのすべてが目新しく輝いて見えてくる。

 

 

 「えへへ、私は自由なんだ! 好きなところに行っても何を食べても怒られない!」

 

 

 自分で言った言葉に笑みがこぼれる。

 皆がやっていた『食べ歩き』というものをやってみよう。

 皆が美味しいと言っていた『ぱふぇ』という甘味も食べてみたい。

 私はたくさんのやってみたい事やできなかった事を考えながらファンタジー溢れる街に繰り出したのだった。

 

 そこからは夢のような時間だった。 

 待ちゆく人々(ティアン)には<マスター>としてとても珍しがられたがその食べ歩きは満足できるものだった。

 『ぱふぇ』と呼ばれる甘味は見つかりはしなかったが、<マスター>と呼ばれる私たちの認識や様々な役に立ちそうな情報も聞けたので街の散策(食べ歩き)としては大成功だ。

 聞いた情報によればモンスターと戦う為にはジョブクリスタルというものでジョブに就かなければならないらしい。しかし他の<マスター>達は無職のまま外に出て行って大丈夫だったのだろうか?

 疑問を抱きながら、聞いたジョブクリスタルの場所を目指す。

 

 

 「確かこの道を真っ直ぐ行けば着くって聞いたんだけど……絶対に道に迷ってる」

 

 

 聞いた話を思い出しながら入り込んだ道は、大通りから外れた薄暗い路地裏だった。

 いかにもチンピラなどが居そうな危険な雰囲気。

 それでも半信半疑で薄暗い路地裏へ進んでいく。

 

 

 「危険そうな場所には絶対行くなって言われてたけど……本当に怖い。やっぱり引き返して別の道を探そうかなぁ」

 

 

 一歩足を進めるごとに闇は深くなっていく。

 教科書の話なら『闇が私を手招いている様だった』と表現するのだろうか。

 震える足、バクバクと音を立てる鼓動。

 引き返そうと思い始めてからずいぶん歩いたように感じる。

 あと五歩、何も見えなかったら引き返そう。そう思った時だった。

 

 

 「あっ」

 

 

 見えてきたのは微かな光。

 小さな照明に照らされるように、これまた小さな看板が立っている。

 

 

 「『魔王商店 中央大陸支部』って見るからに怪しすぎるでしょ」

 

 

 しかし言葉とは裏腹に足は店へと進んでいく。

 なんだか冒険でもしているかのような気分だ。

 私はドキドキしながら古びた扉を開け、店へと入る。

 

 

 「いらっしゃい」

 

 

 店の奥のカウンターから店主らしき人が座っていた。

 古びたローブを被っていて男とも女とも判断が付かない。

 

 

 「えっと、ここって何の店なんですか?」

 

 「ここは従魔を専門に販売している店ですよ」

 

 「じゅうま? すいません、従魔が何かよく知らないんです」

 

 

 分からなかったのもしょうがないだろう。この店にはところ狭しと並んだ薄い宝石のような物しかないのだから。

 店主は訝し気に首を傾げながら私を見る。

 

 

 「……もしかしてお客様は<マスター>なのか? いや、それなら知らないのも頷ける」

 

 

 店主は左手に埋め込まれた<エンブリオ>を見ると、納得がいったと言うように頷く。

 

 

 「従魔とはテイムしたモンスターの事です。テイムしたモンスターは従魔という名の通り、人に従います。

  ここはテイムしたモンスターを売っているところなんですよ」

 

 「でもモンスターがいる様には見えないけど……」

 

 

 新たに出来た疑問に首を傾げる。

 モンスターを売買しているのなら動物園のような状態になるはずだ。

 

 

 「それは【ジュエル】に入れられているからです」

 

 

 店主は答えながら、店に並んだ薄い宝石を手に取る。

 

 

 「この【ジュエル】はいわゆるモンスター専用のアイテムボックスです。モンスターを外に出したくないときや、傷を負って死にそうなときは【ジュエル】に入れて持ち運びするんです」

 

 

 なるほど、私も初期装備としてアイテムボックスは持っているがそのモンスターバージョンなのだろう。

 この所狭しと並んだ全ての【ジュエル】にテイムされたモンスターが入っているのだろう。そう考えると驚異的な多さである。

 

 

 「ところでお客様は従魔を知らない様子。どうしてここに来られたので?」

 

 「実はジョブクリスタルに向かっている途中に迷い込んできてしまったんです。だから従魔も何も知らなくて」

 

 「なるほど、そうでしたか。普通は迷ってもたどり着けないようになっているんですがね……」

 

 

 何か考え込んでいる店主をよそに店を見て回る。

 従魔というのは初めて知ったが、一緒にいると心強そうだ。

 そんな考えと共にショーケースのようなガラス張りの中に並んだ【ジュエル】を覗き見る。

 

 

 『【グランド・メイル・ドラゴン】-700万リル』

 

 

 「へぇっ?」

 

 

 駄目だ、思わず変な声が出た。

 700万リル、リアルにして7000万円だ。

 高い、高すぎる。私が今まで買った一番高いものでも100万円の家具。【グランド・メイル・ドラゴン】は私が買った家具の70倍もの値段だ。

 <Infinite Dendrogram>でもドラゴンというのは強いのかもしれないが、流石に桁外れだ。

 

 

 「その【グランド・メイル・ドラゴン】は地竜種の純竜だからですよ。亜竜級モンスターなら300万程度で売ってますよ」

 

 

 どうやらぼったくりでは無い様だ。

 亜竜級や純竜というのは何かは分からないが、『竜』というからには強いのだろう。

 しかし迷い込んでしまっただけとは言え、何か縁のようなものを感じるので出来れば何のモンスターでもいいので買って帰りたい。

 

 

 「あの、3000リルで買える従魔ってうってますか?」

 

 「3000リルですか……」

 

 

 店主は難しそうな雰囲気を出す。

 今に思えば300万リルの従魔を売っている店だ。もしかしたら見た目とは裏腹にかなりの高級店だったのかもしれない。リアルでもいい店は隠れるように建っていると聞いたことがある。

 

 (やっぱり売ってないかな……)

 

 諦めかけたその時だった。

 

 

 「……3000リルのモンスターなら一体だけいますよ」

 

 「本当ですか!?」

 

 

 嬉しさのあまり大声をだし、身を乗り出す。

 店主は私の前に一つの【ジュエル】を取り出し、置いた。

 薄暗く灰色の【ジュエル】、【グランド・メイル・ドラゴン】が入れられていたような綺麗な【ジュエル】とは大違いだ。

 だが……

 

 (なんでだろう? なんか引かれるような気がする)

 

 灰色の【ジュエル】を見てから目が離れない。

 なんというのだろう、これだ(・・・)というように本能が訴えているかのように感じた。

 

 

 「だけどこれはやめた方が良いですよ。こいつは【グランド・ウォーホース】という上級モンスターなんですが気性が荒くって。

  この前も調教しようとした【従魔師】が蹴りとばされて「買います!!」……聞いてますか?」

 

 

 店主が何か言っているが関係ない。

 

 

 「なんだかこう……ピンときた(・・・・・)ので。たぶん大丈夫ですよ」

 

 「……ピンときた、ですか? もしかしたら……いや、【従魔師】でもないのにそんな事は無いはずだが。……まさか天然ものか? そんなことが<マスター>でもありえるのか?」

 

 

 ブツブツと独り言を呟きだした店主に全財産(・・・)である3000リルを手渡す。

 予想外なところで相棒が出来てしまった。

 だがモンスターの仲間ほど頼もしい事は無い。俄然、<Infinite Dendrogram>が楽しくなってきた。

 我に返った店主に教えられながら、灰色の【ジュエル】を右手に装着する。

 

 

 「あの、ここで呼び出してみてもいいですか?」

 

 「……いいですよ。確かめるのにもちょうどいいですし……だけど暴れ出したらすぐに《送還(リ・コール)》と言ってください」

 

 

 私は頷きながら店の中央、ショーケースが並んでいない少し離れた場所に移動し右手を突き出す。

 一言いうだけ。モンスターと戦うわけでもない。

 だがその言葉を発することに鼓動が大きく高鳴った。

 

 

 「それではいきますよ? 《喚起(コール)》——【グランド・ウォーホース】!!」

 

 

 【ジュエル】から光の粒子が集まり、目の前で形どっていく。

 だがその姿は予想以上に大きい。

 テレビで見た競馬のような馬の大きさを超え、3メートル近い高さまで広がっていく。

 そして眩しくない光が収まると同時にこの子は……彼は全貌を現わしていた。

 

 

 『BURURURURUUR!!』

 

 

 大きさはおそらく重種に分類されるような大きな軍馬。

 漆黒の毛並みが薄っすらと光を反射し、眼と毛並みに混じった赤毛が注意を引く。

 まさにモンスター。通常の馬とは一線を引く【グランド・ウォーホース】がそこにいた。

 

 【グランド・ウォーホース】は私をギラギラとした双眸で睨みつけながら唸り声をあげる。

 鼻息は強風のように店中を吹き荒らし、木製だった床に蹄の跡が残っている。

 その大きな体で、私の何倍もあるだろう体重を込められた前足で踏み潰されれば一撃で死んでしまうだろう。

 【グランド・ウォーホース】の荒い鼻息と張り詰めた緊張が漂う空間。

 一般人なら腰を抜かしてしまうだろう。次の瞬間には殺されているかもしれないのだから。

 

 だけど……私は何故か恐ろしくは無かった。

 

 (……うん、大丈夫)

 

 唸り声をあげる【グランド・ウォーホース】から目を離さず、ゆっくりと腕を鼻先へと伸ばしていく。

 そこに一般人がいたのなら、伸ばされた指が噛み千切られる瞬間を幻視しただろう。

 だが……細く白い指先は噛み千切られる事なくその鼻先へと触れた。

 それに従うように【グランド・ウォーホース】は鼻息を静め、頭を垂れる。

 

 

 「うん! 君の名前は『アレウス』。これからよろしくね」

 

 

 私の言葉に頷くようにアレウスは唸り声をあげる。

 どうやら私は主人として認められたのだろう。緊張が解け、足から力が抜け床に屈みこむ。

 初めてのモンスターとの対面は予想以上に疲労が溜まったようだ。

 アレウスは心配そうに頭を私へ擦り付ける。

 

 

 「……正直、駄目かと思いましたよ。従魔に契約も何もありませんが、認められてないといつか手痛いしっぺ返しをうけますからね」

 

 「あはは、でも大丈夫だったですよ?」

 

 「そうですね……そうだ、これも無償で差し上げますよ。いいものを見せて頂いたお返しです」

 

 

 店主はそう言いながら店の奥から大きな鞍とハミ付きの手綱を取り出してくる。

 盲点だった。お金を使い切ってしまった以上、このままではアレウスに乗ることができないところだった。

 

 

 「だけどいいんですか? これでも結構しそうですけど」

 

 「ええ、2000リルします」

 

 「えっ」

 

 

 言葉に詰まる。

 まさかそこまで高いとは思わなかった。

 そんな私に店主は笑いながら話す。

 

 

 「いいんですよ、従魔屋が使わない馬具を持っていても仕方ありません。それにこれはお客様への先行投資ですから。この店に初めて来た<マスター>への特典だとでも思ってください」

 

 

 その言葉を受け、ありがたく受け取ることにする。

 馬具の色は銀色、アレウスに着けてもよく似合うだろう。

 

 その後、私は店主に教えてもらったジョブクリスタルのある場所へ無事辿り着き、ジョブに就くことが出来た。

 今でも就くことが出来るジョブは数百ほどあったが、アレウスは馬だったのでイメージ的に【騎兵】に就いた。

 相棒であるアレウスも手に入れ、後はモンスターを倒してお金を稼ぐだけ。

 そして噴水前まで歩いていた時だった。

 ふいに気が付いてしまったのだ。

 

 レジェンダリアは世界樹の周りに出来た都市であり、都市の周囲は深い森になっていることに。

 私が馬の乗り方、戦い方を全くと言っていいほど知らないことに。

 

 

 「……どうしよう」

 

 

 私はお金もなく、どうしようもない現状に頭を抱え、噴水に腰かけるのだった。

 


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