自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
……先が長いなぁ
□【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ
決して眩しくはない、仄かな明かり。
小さな隙間が開いた窓から優しい朝焼けの陽光が射し込み、ヴィーレの顔を照らし起こす。
そして――
(……寒い)
村の建つ場所がレジェンダリアの山頂だからだろうか?
冬のような冷たい冷気が体を縮め、まだ寝たりない頭を無理やり覚醒へと向かわせる。
お陰で完全に目が覚めてしまった。
スッキリと軽い瞼を持ち上げる。
すると、真っ先に目に飛び込んできたのは真っ赤な……深紅の炎だった。
驚きに少さく息を飲むが、よくよく見れば見覚えのある炎だ。
(フェイ……一緒に寝てたんだ。いつ紋章から出てきたんだろ?)
そんな疑問と共に、顔に張り付いて寝息をたてるフェイを引き剥がし、布団に埋める。
……だけどずるいなぁ。どうせなら炎で気温を高めてくれても良かったのに。
ヴィーレは自分だけ炎を纏い、心地良さそうに寝ているフェイを恨めしそうに睨む。
一緒の部屋で寝ていたシュリちゃんは、いつの間にか私から奪い取ったであろう布団にくるまっており、未だに夢の中だ。
「……起きちゃったのは私だけかぁ~」
リアルで言うならば、まだ6時にもなっていないだろう時間を見て呟きを漏らす。
(だけど、まさか
自分でそんな事を想い、口角を微かに上げる。
普通の<マスター>なら、夜の間に『ログアウト』したりしてリアルの用事を済ませるのだろう。
時間に関係なく、《暗視》等を使ってレベル上げするようなガチ廃人程ではないが、こうして見ると自分もかなりはまってしまっているように思える。
(まぁ、今は夏休みだしね。後少しでログイン時間も減っちゃうし)
自身に言い聞かせるように言い訳を内心呟きながら、窓を閉めようと体を起こす。
そして……
「何か聞こえる?」
隙間の開いた窓から、微かに聴こえる歌声に耳を傾ける。
綺麗な声。
聞き覚えのある、透明感がある澄んだ声だ。
そんな声につられるように窓を閉め、寝着からレズさんが作ってくれた【スカーレット act.1】に着替え。
――『パタンッ』
こっそりと宿を出たのだった。
「うわぁ~、真っ白だ」
ヴィーレは外に出ると同時に感嘆の声を出す。
それもそのはず、彼女の眼前に広がっていたのは一メテル先も見えないほどの濃霧。
――レジェンダリア特有の可視化出来るほどの濃い自然魔力。
――山頂特有の低い気温と地下深くで暖められた蒸気によって発生した霧。
二つの要素が合わさり、前が見えないほどの霧のカーテンが出来上がっていた。
霧なのでヴィーレが持つ《暗視》スキルも意味がない。
恐る恐る、ゆっくりと歌声の聴こえる方に向かい歩いていく。
そして、そう長くない距離を進んだ時だった。
「……ヴィーレお姉ちゃん?」
歌声が止まる。
声を出したのは、大きな岩に腰かけて足を揺らす一人の少女――アイラちゃんだった。
彼女は何故か驚いたように目を見開き、そして笑顔で笑う。
……驚かせてしまったようだ。
「ごめんね? 綺麗な歌が聴こえてきたら気になって来ちゃった……」
「ううん! アイラもびっくりしちゃっただけだよ?」
体をずらすように場所を空けてくれるアイラちゃん。
ヴィーレもそんな彼女の横に腰かける。
「さっきの歌は、アイラちゃんが歌ってたの?」
「うん! 昔、お母さんが歌ってくれた子守唄なの。毎朝歌うと良いことがあるって。
だからね、アイラ、毎日欠かさず歌ってるんだぁ~」
「……アイラちゃんは偉いね。毎日歌えば私も歌が上手くなるかな?」
ほのぼのとした会話。
私が来たからだろうか? アイラちゃんは再び足をブラブラと揺らしながら、ゆっくりと歌いだした。
気持ちいい――思わず目を瞑ってしまうほどの歌声を聴きながら思考にふける。
(子守唄……よりは聖歌に近いかな?)
そのテンポは歌の中でも聖歌に近い。
現実でも数度しか聞いたことはないが、特別に綺麗な歌だったのでよく覚えていた。
(こうして考えるとアイラちゃんのお母さんは聖職者なのかな?)
【司祭】や【侍祭】等の回復系統の西洋ジョブに就いている可能性は高い。
子守唄。兼、娘であるアイラちゃんの無事を祈った聖歌なのだろう。
【司祭】はアルター王国の固有ジョブなので詳しくは知らないが、聖歌があっても可笑しくはない。
「……どうだった!? ヴィーレお姉ちゃん?」
歌が終わると同時に、誉めてほしそうに笑顔で私を見るアイラちゃん。
……ほんとに可愛い。
私はそんな彼女の小さな頬を、両手でぐりぐりと撫でながら笑顔を返す。
「ほんとに信じられないくらい上手かった!」
「あははは、やめてよ~。ヴィーレお姉ちゃんは歌わないの?」
その言葉に体が強ばる。
私が出来ないこと、それは料理。
そして、もう一つこそが歌である。
「え~と……楽器なら弾けるだけどなぁ~」
少し裏返った声。
そんな私の様子にアイラちゃんはケラケラと笑う。
「じゃあ、また今度アイラがヴィーレお姉ちゃんに歌を教えてあげる! そしたら一緒に歌お?」
「う、うん。お手柔らかにお願いします……」
朝陽が見え始め、霧が晴れ始めた空に二人で笑う。
いつの間にかかなり時間が過ぎていたようだ。
シュリちゃんを起こしたら、アレウス達にごはんをあげてブラッシング。その後はどうなるかは分からないが<UBM>を探しながらレベル上げになるだろう。
……そろそろアイラちゃんと別れて宿に戻ろう。
そう考え、腰を上げた時だった。
「……ヴィーレお姉ちゃん」
それは先程とうって変わって怯えた声。
隣に座るアイラちゃんの声は震え、瞳は泣き出しそうに潤んでいた。
「今日はモンスターを倒しに……あの死神さんを倒しに行くの?」
「そう、だね。その死神に会うかは分からないけど、モンスターは倒しに行くよ?」
「……行かないで、皆みんな死んじゃった。ヴィーレお姉ちゃんも死んじゃうのは嫌」
もしかして私が死んでしまうと心配してくれているのだろうか?
私は不安そうなアイラちゃんに微笑みながら、安心させるように頭を撫でる。
「ありがと、でもごめんね? 私はアイラちゃんが……村人の皆が死んじゃうのは嫌だから。
それに私達、<マスター>は強いからね!
例え、どんなに強い<UBM>でも倒しちゃうよ!」
安心させるような空元気な声。
……でも効果はあった。
アイラちゃんは私の目を見ると微笑みながら涙を拭う。
「……うん、死神さんにも絶対勝ってね! アイラも歌の準備して待ってるから!!」
【クエスト【討伐――【殺戮熾天 アズラーイール】 難易度:八】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
固まる身体。
だが、決してそれを表には出したりしない。
……アイラちゃんが怯えてしまうから。
「任せて! でもアイラちゃんも昨晩みたいに、独りで外に出たら駄目だからね。
村の中でゆっくりしててよ?」
「大丈夫! もう
元気よく返事をするアイラちゃん。
私はそんな彼女に手を振り、宿への道を歩くのだった。
◇<ローゼン村> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ
<ローゼン村>――それはレジェンダリアの辺境地。ヴィーレ達が訪れていた村から、そう遠くない村である。
【樵夫】や【
天然温泉のような名物が有るわけでもない、特別なアイテムが作られるわけでもない。ただ、細々と木工品を“交易都市”<ブルターニュ>に卸し生活する。
まさに辺境。
村人である二百人程のティアンが
「……なぁ、ほんとに此処であってんのか? 村は村だが、これは……」
<UBM>である、【殺戮熾天 アズラーイール】。
その足取りを求めてやって来ていた私達。
そんな私達の先頭を歩いていたホオズキが眉をしかめ、声を絞り出す。
「間違ってないと想う。村でも場所は聞いたし、マップにも<ローゼン村>は載ってるから」
私は『メニュー』を開き、確認しながら肯定の返事を返す。
……でも、ホオズキの言いたいことも分かる。
これはまるで、
「……神隠し」
私の思っていた事をシュリちゃんが呟いた。
そう、『神隠し』だ。
<ローゼン村>には戦闘を行ったような痕跡は見当たらず、明日からでもここに住めそうな程建物は残り、村人であるティアンだけが消えていた。
『この瞬間、家から村人が出てきても可笑しくない』、それほど完璧な状態で村が残っている。
「糞っ、ほんとに村人全員が虐殺されたとは思えねぇな」
愚痴混じりに吐き捨てられた言葉。
だが、村人全員――一人残らず首を切られ殺されたのは真実だ。
私は外に放置された、造りかけの木の椅子を撫でる。
すると僅かに手についた埃。
それは何故か、<DIN>のニュースに真実味を持たせてきた。
「はぁー。まぁ、終わっちまった事をグチグチ言っても何にもなんねぇけどよ……」
ため息を吐きながら、チラリとシュリちゃんを一瞥する。
「何でシュリはいきなりイメチェンなんかしてんだ?」
視線の先にいるシュリちゃん。
しかしその姿は何時もとは少し違う。
――いつも通りのブカブカな服。
――そして、後頭部で団子に纏めた蒼髪にハッキリと見える目元。
今日の朝、部屋に戻った後にシュリちゃんに頼まれて結んだのだ。
服は今の一着しか無いが、普通の服を着れば美少女である。
……うん、可愛い。
やはり私の目に狂いは無かったようだ。
「ふーん……あの服は着ないのか?」
「……動きにくい」
「だろうな。まぁいいや、行こうぜ?」
しかし、ホオズキは特に反応を返す事もなく歩きだした。
まるで、どうでもいいとでも言うように。
……この男はシュリちゃんの勇気をわかっていないのだろうか?
いや、分かっていてもこの反応は有り得ない。女の子の変化に何の反応も返さないのは男として終わっている。
「うん、燃やそう」
『
不思議である。
今日、この瞬間だけはフェイの言っている事がハッキリと分かる。
倒すべきは【殺戮熾天 アズラーイール】。
だが、倒されるべきはお前だ。ホオズキっ!
「やっちゃえ!! 《
ウズウズと炎を放ちたそうなフェイと私をシュリちゃんが止める。
私は、そんな彼女を見て……動きを止めた。
いつも通りの愛想の無い短い言葉。
しかし、
「……大丈夫、ホオズキも喜んでる」
シュリちゃんは嬉しそうに目尻を下げ、微笑んでいた。
(シュリちゃんがいいなら、私も文句ないけど……)
正直、よくわからない。
だけどきっと、家族特有のシンパシーみたいなものなのだろうか?
自分の中で生まれた疑問に、そう答えを出し。
「……行こ、ヴィーレ」
「うん、行こっか」
シュリちゃんに急かされるように、先を歩くホオズキの後ろ姿を追い始めたのだった。
◇
あれから数刻。
私達は<ローゼン村>を隅々まで探索して回っていた、のだが……
「何にもねぇな」
「……ねぇな」
元より、<UBM>の仕業か、もしくは<マスター>である愉快犯による犯行かすら分からなかった事件。
今でこそ『イベントクエスト』で、<UBM>の名前である【殺戮熾天 アズラーイール】という名前までわかっているが、それ以外は『悪魔系統、死霊系統のモンスター』であることしか分からない。
念のため、アレウスやアロンを《喚起》して一緒に探したが何一つ見つかりはしなかった。
隠し部屋すら見つけ出すアレウスの野生の勘。
それでも見つからないのだ。
この村には本当に手掛かりが無いのではないかと思えてくる。
「……モンスターすら一体もいないなんて。本当に異常事態だね」
この<ローゼン村>に来るまでに数体のモンスターは倒したが、ここに来てからは一度も出会っていない。
(私は【幻獣騎兵】がカンストしちゃったからいいけど……)
傍目でホオズキの様子を伺う。
すると案の定、どこかイライラしているように見えた。
ホオズキの目的は、強いモンスター。
それなのに此処まで来て、全然戦えていないことに憤りを覚えているのだろう。
私たちは最後の場所――村の端に建つ、小さな教会を目指しながら会話する。
「なぁ、そういえばヴィーレに聞きてえ事があるんだが?」
「え? 何?」
唐突に振られた話題に驚きながらも返事を返す。
ホオズキは私を一瞥すると、前を向きながら口を開く。
「お前は一度、<UBM>を倒してるんだよな?」
……きっと【魔樹妖花 アドーニア】の事だ。
「そうだけど?」
「どのくらい強かった?」
どのくらい……。
どう答えたらいいかは分からない。
だけど最も適切な答えを返すとしたら、こうだ。
「<UBM>に対する私の<エンブリオ>の相性がいい上で、超級職の師匠が居なきゃ負けてたくらい……かな?」
あの時は、乱入してきた<マスター>もいたから正確には分からない。
だけど、師匠がいなければ。
師匠が<UBM>の体力を削ってくれなければ、負けていたのは確実だろう。
すると、私の回答を聞いたホオズキは低く唸る。
「……どうしたの?」
「お前が倒した<UBM>の事は俺も少しは知ってんだ。“初心者狩場”が約一か月使えなくなったからな。
んでもって、今回の……あ~「……【殺戮熾天 アズラーイール】」――そう、そいつはここ数日でティアンを約二百人とレベルの高いモンスターを皆殺しにしているわけだろ?
そんな奴に勝てるのかって思ってな」
私は言葉を返せない。
『掲示板』の情報では、確認された<UBM>はほとんどが『伝説級』、もしくは『逸話級』だ。
そして私の倒した【魔樹妖花 アドーニア】は『伝説級』。
今回の<UBM>――【殺戮熾天 アズラーイール】は確実にそれより強いだろう。
だけど、
「……分かってても、戦わなきゃならない時もあるんだよ」
思い出すのはアイラちゃんとの約束。
決心するようにそう呟く。
「ハハ……ガッハッハッハッハ!! きっと、ヴィーレが男だったらモテモテだぜ?」
「……惚れた」
冗談のような軽口をたたくホオズキとシュリちゃん。
そして私達は……最後の建物である、協会の扉を開いたのだった。
評価コメ、感謝です~。普通に嬉しい。