自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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今回は糞長い……いつもの1.5倍ぐらい?


第10話 戦いの火蓋は落とされた

 □碓氷八雲

 

 

 

 

 

 夕焼けに赤く染まった夕空に、燃えるような太陽が揺らめく。

 耳障りなほど煩いツクツクボウシの鳴き声。

 <Infinite Dendrogram>が発売されてから、まだ一か月も経たない真夏の日差しが容赦なく辺りを爛々と照らしていた。

 

 

 「……ん」

 

 

 大きな――豪邸とも言える大きな洋風の部屋。

 だだっ広い部屋にポツンと置かれたベットの上で一人の少女が声を漏らす。

 鈍い音を立て、振動する携帯。

 時間を告げる――あの日から三日。いや、現実での一日の経過を知らせるアラームを彼女は無造作に片手で止めた。

 

 うつ伏せに顔を埋めた枕。

 涙で湿ってしまったであろう枕から顔を上げ、顔の前に垂れ下がった一房の髪を後ろへと流す。

 

 

 「……こんなに一日が早く感じたのは初めてかも」

 

 

 黒い瞳に長い黒髪――<Infinite Dendrogram>における『ヴィーレ・ラルテ』と瓜二つの顔の少女は少し憂鬱そうにそう呟いた。

 ヴィーレが燃えるような、元気溌溂な女の子と言えば、彼女は真逆の女の子だ。

 日本人らしい容姿に少し吊り上がった目元。

 その身には誰も寄せ付けないような絶対零度のオーラを身に纏っている。

 仮に<Infinite Dendrogram>内でのヴィーレの知り合いが、現実の彼女を見ても同一人物だとは思わないだろう。

 しかしそれでも、彼女が『碓氷八雲』であり『ヴィーレ・ラルテ』であることは変わることのない一つの真実だ。

 そんな彼女はゆっくりとベッドから立ち上がり、姿鏡の前に立つ。

 

 

 「髪の毛ボサボサだ。こんな姿、人に見られたら心配かけちゃうな」

 

 

 手入れを怠ったボサボサの髪を撫でながら微笑する。

 ……だが、泣いて真っ赤に腫れていた目元は完全に元に戻っているようだ。

 昨日の時点で涙は全て出てしまったのだろう。

 夕焼けが差し込む部屋の中、彼女は自身の目を見ながら問いかける。

 

 (私は向こうでどんな顔をして、何をすればいいのだろうか)

 

 

 「……」

 

 

 答えは出ない。

 【殺戮熾天 アズラーイール】の正体がアイラちゃんだった。

 その悲しみは抜けきらないし、きっと再び相対しても泣いてしまうかもしれない。

 

 (アイラちゃんの事は忘れて、別の国へ出かけるのも悪くないかな?)

 

 自分自身に提案する考え、それを首を振って拒絶する。

 

 

 「それは駄目。逃げてしまえばきっとヴィーレはヴィーレでなくなってしまうから」

 

 

 どんな顔をして、何をすればいいのかは分からない。

 ……だが、やらねば為らぬことは決まっていた。

 

 

 「私がアイラちゃんを……【殺戮熾天 アズラーイール】を止める」

 

 

 勢いよく頬を叩き、気合を入れる。

 

 (それに……約束しちゃったしね)

 

 じんじんと痛む頬が決意を固いものとする。

 しかし今のままでは【殺戮熾天 アズラーイール】に勝ち目はないだろう。

 今より強い……新たな力が必要だ。

 そしてその為には時間が要る。こうしている時間さえも勿体ない。

 彼女はヘルメット型の装置を頭に被り、再びベットへと寝転ぶとスイッチを入れる。

 そして暗転する意識と共にもう一つの世界へとログインしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇<ブルターニュ> 【幻獣騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 「よお、随分と遅かったじゃねぇか。待ちくたびれちまったぜ」

 

 「……ねぇか」

 

 

 瞼を開くと同時に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 数日ぶりの<ブルターニュ>の街並み、そのセーブポイントである大きな噴水の近くに無骨な大男と少女が椅子に腰かけていた。

 男は私を見てニヤリと笑い、少女は無表情に右手を小さく上げる。

 

 

 「……ごめん、でも戻ってきたから」

 

 「ハッ、お前がデンドロを辞めるんじゃねぇかなんて心配してねぇっつーの。そんなんで辞める玉でも無いだろ」

 

 

 「ガッハッハッハッハ」と大声を上げて笑うホオズキ。

 ……この男は私を何だと思っているのだろうか?

 普通ならそこは「信じてた」と言うところだろう。事が終わったら、またゆっくりと教えてあげる必要がありそうだ。

 

 

 「それにしてもログインするの早いね。私の方がデスペナルティになるのが早かったと思ったんだけど」

 

 

 椅子から立ち上がるホオズキとシュリちゃんを見ながら呟く。

 すると彼は何でもないように疑問に答える。

 

 

 「だって俺たちデスペナルティに成ってないからな」

 

 「……え? でも心臓を刺されたはずじゃ――」

 

 

 シュリちゃんはともかく、ホオズキはあの大鎌で心臓を刺されていたはずだ。

 下手をすれば【即死】判定。

 かろうじて生き延びても【出血】ですぐにデスペナルティになるはずなのだが……

 

 

 「そういう<エンブリオ>何だよ、俺のヤツはな。だから三日間お前が来るのを待ってたんだぜ?」

 

 「……しぶとい、それがホオズキ」

 

 

 少しお茶を濁すように話すホオズキにシュリちゃんが肩を竦める。

 ……そういえばホオズキの<エンブリオ>を直に見たことが無い。

 今までは、使いどころが限られる<エンブリオ>だからかと思っていたが……

 

 (もしかして今までもずっと使っていたのかな? 致命傷を無効か出来て、人から見えない<エンブリオ>……Type:テリトリーなのかも)

 

 ホオズキの言葉を聞き、そんなことを考える。

 しかし、今はそれどころではない。

 

 

 「それじゃあ、【アズラーイール】――アイラちゃんはどうなってるの!? 私はてっきりホオズキとシュリちゃんが戦ってるんだと思ってたんだけど……」

 

 

 少し焦りだす思考。

 たくさんの(ティアン)が死んでしまったが、これ以上アイラちゃんに人を殺させたくない。

 デスペナルティになる直前、アイラちゃんは私を見て泣いていた。

 まるで「人を殺したくなんて無い」とでも言うように、「誰か私を止めて」とでも言うように。

 アイラちゃんが【殺戮熾天 アズラーイール】であることは変わらない。

 それでも、これ以上殺したくないと泣いていたのだ。

 一番、ショックを受けているのは彼女自身。これ以上被害を出さないためにも、アイラちゃん自身の為にも【殺戮熾天 アズラーイール】を止めなくてはならない。

 

 

 「少し落ち着けよ。【アズラーイール】に関してはもう少し大丈夫なはずだ」

 

 

 焦りだした私にホオズキが落ち着くように言葉をかける。

 

 

 「お前がデスペナルティになった後、村に戻ってきた二人組の<マスター>に【アズラーイール】の足止めを頼んでおいた。

  足元を見られたが……まぁ、【契約書】で結んだ約束だから問題ないだぜ?」

 

 「二人組の<マスター>? でもあれから三日経ってるんだよ?」

 

 

 強力な<UBM>を相手に三日間戦い続けるなど不可能だ。

 有限なMPやSP、そして【空腹】や現実での【尿意】など。それに加え、擦り減った精神や集中力は回復しない。

 何人ものパーティーならともかく、二人の<マスター>だけで足止めできるとは思えない。

 そんな不安な気持ちが顔に出ていたのか、シュリちゃんが私に微笑んだ。

 

 

 「……大丈夫、あの二人なら問題ないよ」

 

 「あぁ、俺も少し様子を見ていたが……あの二人はなんていうか俺たちと真逆のタイプの<エンブリオ>だ。

  火力重視の個人戦闘型じゃねぇ、持久力重視の広域制圧型ってやつか?

  まぁ、とにかくあいつ等なら少なくとも、まだ後一日は大丈夫だぜ」

 

 「……そう? なんだ」

 

 

 持久力重視の『広域制圧型』。

 どんな<エンブリオ>かは全く予想がつかないが、二人が大丈夫と言うなら問題ないのだろう。

 

 

 「むしろ【アズラーイール】よりも、此方の方がピンチなぐらいだ」

 

 

 納得した私に向け、ホオズキが困ったように「ガッハッハッハッハ!!」と笑う。

 ……何の事だろう?

 

 

 「ピンチって――何がピンチなの?」

 

 

 聞き返す私。

 その言葉にホオズキは笑う声を止め、驚いたようにシュリちゃんと顔を見合わせる。

 そして暫く思案するような顔をして、何かに納得したように話し出した。

 

 

 「昨日の事だし、【アズラーイール】の事もあったからしょうがねぇな……お前、ネットで掲示板の情報を確認して無いだろ?」

 

 

 確認するような言葉に私は無言で頷いた。

 

 

 「……あれ」

 

 

 そんな私の服の袖をシュリちゃんが引っ張り、<ブルターニュ>の外――『メメーレンの遺跡』があった方向へと指を指す。

 私はその言葉に従うようにシュリちゃんの指差す方向へと振り返り……ソレを見た。

 

 ――ソレは『超』が付くほどの巨大な山。

 ――ソレは無骨ながら人の姿をしていた。

 ――ソレは<マスター>が放つ攻撃の光を鬱陶しそうに無視し、ゆっくりと此方へ近づいて来ていた。

  

 そしてソレには名前があった。

 

 

 

 

 

 ――【炬心岳胎 タロース・コア】

 

 

 

 

 

 視界に浮かび上がったその名に目を見開き、絶句する。

 

 

 「昨日に突如、姿を現してな……なんでか知らねぇが周りの岩石を取り込みながら<ブルターニュ>を目指してんだよ。十中八九、どっかの<マスター>が馬鹿やらかしたんだろうがな」

 

 「……それだけじゃない」

 

 

 絶句したまま固める私を再び引っ張りながら、シュリちゃんが違う方向――カルディナとの国境へ指をさす。

 

 

 「……」

 

 

 そしてそれを見た私は何も言葉を発しなかった。

 

 ――空へと伸びた三本の竜巻。

 ――砂煙を巻き上げた砂嵐。

 ――すべてを切り裂きながら、木々を吹き飛ばすカマイタチ。

 

 そして……それにも名前がある。

 

 

 

 

 

 ――【嵐竜王 ドラグハリケーン】

 

 

 

 

 

 「<ブルターニュ>の北には【殺戮熾天 アズラーイール】。

  東には【嵐竜王 ドラグハリケーン】。

  南には【炬心岳胎 タロース・コア】。

  んでもって、<アムニール>と繋がる西は、<UBM>を討伐しようとする<マスター>と逃げ惑うティアンで通行止め。どうだ、やばくねぇか?」

 

 

 ……やばい、どころの話ではない気がする。

 どうしてこんなタイミングよく<UBM>が三体も来るんだろう、明らかに人為的な気がして仕方がない。

 

 

 「まぁ、あんまり時間はねぇってことだ。<マスター>が好き勝手やってるおかげで今は足が止まってるが、そのうち此方へ侵攻してくるぜ?」

 

 「……ピンチ」

 

 

 確かにピンチだ。

 三体の<UBM>が<ブルターニュ>でぶつかり合えば、被害は想像を絶するものになるだろう。

 しかし――だからこそ、私の為すべきことは変わらない。

 ニヤニヤと楽しそうに【炬心岳胎 タロース・コア】を眺めるホオズキに私は告げる。

 

 

 「私は――アイラちゃんを止めるよ。その為にも新しい力が要るから、二人には悪いけど少しここを離れる。

  二人はどうするの?」

 

 「あ~、どうするか……」

 

 「……ホオズキ」

 

 

 何かを伝えようとホオズキを見上げるシュリちゃん。

 ホオズキもそれで何かを思い出したかのように頷いた。

 

 

 「いや、俺にも用事があったみたいだ。ヴィーレとはここでしばらく別行動だな」

 

 「うん、何かあったらメッセージを飛ばしてね。アイラちゃんを止めたら<ブルターニュ>に戻ってくるから」

 

 

 そんな私に彼は大きな声を上げて笑う。

 

 

 「お前に頼むことなんてねぇよ。むしろ遅かったら俺達だけであの二体倒しちまうぜ」

 

 「……楽勝」

 

 

 シュリちゃんが袖に隠れた手でブイサインを作る。

 本当に――本当に頼もしい二人だ。

 

 (この二人と知り合えて、パーティーを組んでよかったなぁ)

 

 心の底からそう思う。

 だが、今からは暫しの別れ。

 私はホオズキとシュリちゃんに向け、右手を突き出す。

 

 

 「また後で。無事に会おうね」

 

 

 その言葉に彼はニヤリと口角を吊り上げた。

 

 

 「……ほんと、お前が男だったら女子からモテモテだぜ?」

 

 「……惚れた」

 

 

 軽口と共に突き合わされた拳。

 そして私はホオズキとシュリちゃんから別れ、あるものを目指して走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 【前任【騎神】に勝利せよ】

 【成功すれば、次代の【騎神】の座を与える】

 【失敗すれば、次に試練を受けられるのは一か月後である】

 

 

 無機質なアナウンスが頭に響き、周囲の風景が一変する。

 一か月たっても変わらないあの風景、真っ白な空に地平線まで続く草原だ。

 そして……

 

 

 「おや? お久しぶりですね、ヴィーレさん。既に死んでしまった私に時間の流れと言う感覚はありませんが……あれからもう一か月ですか。

  それに……貴女も随分変わったようだ。何か、覚悟を決めたような『戦士』の貌をしている」

 

 

 一か月たっても変わらない、懐かしい声が私の耳に木霊する。

 私の師匠であり、前任【騎神】であるカロン・ライダー。彼はあの時と変わらぬ穏やかな表情で私に微笑んだ。

 たった一か月。

 それなのに懐かしさが込み上げてくる。

 時間が無限にあるならば、再び師匠と話したい。

 修行をしたい。

 そして騎乗の技術を見てもらいたい。

 だが、今の私には時間がない。

 だから……最低限の事だけを伝えよう。

 

 

 「この一か月、色んな事があったんです。新しい騎獣であるアロンとの出会いや、<マスター>のホオズキやシュリちゃんとの出会い。

  そしてアイラちゃんとの出会い」

 

 

 師匠は何を言っているかは分からないだろう。

 それでもニコニコと無言で私の話を聞いてくれる。

 

 

 「でも……悲しいこともあって、私の力不足で大切な友達を助けることが出来なかったんです。

  私の力不足……そして、彼女を助けるためにも私はもっと強くなりたい、力が欲しい」

 

 

 今に思えば慢心していたのかもしれない。

 『伝説級』<UBM>、【魔樹妖花 アドーニア】との戦闘から冒険(危険)を避け、安全な戦いに身を置いていたからだ。

 その結果がこれだ。

 大切な友達を救えず、泣いているのを見ていることしかできなかった。

 

 私はアレウスを《喚起》し、左手の紋章からフェイを呼び出し弓を構える。

 

 

 「だから……今日は勝ちます。私の全力で師匠を倒して、私が【騎神】を――ッ!!」

 

 

 その瞬間だった。

 地面を粉砕する轟音と共に、師匠の姿が幻影を残して掻き消える。

 

 とっさの判断だった。

 フェイが《紅炎の炎舞》で炎の壁を作り出し、アレウスが全力で地面を蹴り宙へと跳ぶ。

 私も反射的に二本の矢を前方へ向け放つ。

 そして……

 

 

 「えっ!?」

 

 

 宙を跳ぶ私の右腕を大きな衝撃が襲った。

 跳んでいたアレウスが急な衝撃に嘶きながらも、衝撃を逃がすように着地する。

 同時に私のベルトに付けられていた【身代わり竜鱗】――かつて潜ったダンジョン、<トラーキアの試練>で戦った【ハイ・スパイラル・ドラゴン】からドロップしたアイテムが小さな音を立て砕け散った。

 

 

 「考えなしに宙に跳ぶなとあれほど注意したはずですよ? 跳ぶならアレウスではなく、空中でも移動可能なフェイに《騎乗》しなさい」

 

 

 小さな音を立て地面に着地する師匠。

 その右手には大きな突撃槍が握られ、左手には私が放ったはず(・・・・・・・)の二本の矢が握(・・・・・・・)りこまれていた(・・・・・・・)

 ――戦慄。

 フェイの炎で少し焦げた体を軽く払い、師匠は笑う。

 

 

 「しかし、安心しました。ヴィーレさんが私の弟子で」

 

 

 思わず笑ってしまいそうになるほどの覇気に顔を引きつらせながら師匠を見る。

 

 

 「先日、私を見るなり頭を下げて【騎神】を譲ってくれと言ってきた者がいたものですから……思わず突き殺してしまいましてね」

 

 

 「体が若い影響ですかね?」と呟きながら笑う師匠。

 

 

 「本当にヴィーレさんが弟子でよかった……『譲ってくれ』と言い出さなくて。

  

  来なさい、我が弟子。【騎神】が欲しいなら、全力を超えて戦うことです。……私も全力で貴女に答えましょう」

 

 

 ……本当にスパルタな師匠だ。

 思わず顔が引きつってしまう。

 だが……こんなところで逃げ出してしまうようではアイラちゃんは救えないだろう。

 微笑む師匠に私も笑う。

 

 

 「……行きます、師匠!!」

 

 「ええ、来なさい。ヴィーレさん」

 

 

 言葉を皮切りに二つの足音が駆けだした。

 これより始まるのは戦いであり、一つの試練――【騎神】の『転職クエスト』である。

 

 ――クエスト、スタート。

 

 

 

 

 

 ◇<ブルターニュ> 【狂戦士】ホオズキ

 

 

 

 

 

 ヴィーレと別れてから数分。

 ホオズキは<ブルターニュ>の南方――ティアンたちが避難し、人気のなくなった街並みを歩いていた。

 その傍らではシュリちゃんがテケテケと暇そうにしながら歩く。

 散歩……でもなく、買い物をするわけでもない。

 ましてや<UBM>たる【炬心岳胎 タロース・コア】に挑むわけでもない。

 ただひたすらに、ひたすらに歩く。

 そして……

 

 

 「……おい! いつになったら出てくんだよ!? 用があるんならさっさと出てきやがれ!!」

 

 

 自分の背後、誰もいないだろう街並みにイライラしたように大声で叫んだ。

 もちろんその叫びに答える者はいない。

 もしくはホオズキの怒声に怯えてしまったかだが……この程度で怯える者はすでに<アムニール>へと非難しているだろう。

 怒声から数秒

 静寂のみが彼に返事を返した時だった。

 

 

 「ニャッハッハッハッハーー! 煩いニャ、お前からは馬鹿特有の音が聞こえるニャ」

 

 

 不思議な語尾をつけた軽快な笑い声が街並みに響いた。

 

 

 「ちっ! 出てくんならさっさとしろ。こっちも暇じゃねぇんだよ」

 

 「……暇、だけどね」

 

 

 二人は軽口を叩きながら、声のする方――大きな建物の屋上を見上げた。

 そこに居たのは一人の獣人。

 褐色の肌に露出の激しいファンタジー特有なビキニアーマーを着けた女性。

 彼女は嬉しそうに尻尾を揺らしながら、猫のように喉を鳴らす。

 

 

 「ニャハハ! 馬鹿だからみゃーの事にも気づいてないと思ったニャ」

 

 

 笑う女性。

 そんな彼女にホオズキは舌打ちをしながら頬を痙攣させる。

 

 

 「馬鹿はお前だ、この痛女が。そんな語尾しやがって……頭蒸発してんじゃねぇの」

 

 「……おまいう?」

 

 

 隣で首を傾げるシュリちゃんを無視し、ホオズキは続けて口を開く。

 

 

 「まぁいい。それより用があるならさっさと言え、何度も言うが俺達も暇じゃねぇんだ」

 

 

 その言葉に獣人の女性は笑いながら尻尾を地面へと打ち付ける。

 そして自身が立つ建物の屋上から躊躇いなく飛び降りた。

 

 レジェンダリア特有の大樹を利用した大きな建物。

 その高さは優に現実の十階建てマンションを超えている。普通に飛び降りれば<マスター>といえど、良くて【両足骨折】、悪くてデスペナルティだ。

 だが……女性は違う。

 

 それはまるで『パルクール』を彷彿とさせる……猫のような身軽な動きだった。

 窓から窓へ。

 空中に伸びた木の枝を尻尾でつかみ、方向転換。

 三角跳びのように壁を蹴る。

 そして……

 

 

 「別におみゃーに用があった訳じゃ無いニャ。ただの気まぐれ、暇つぶしだニャ」

 

 

 ダメージを負うことなく着地した彼女はニヤリと嗤う。

 

 

 「はぁ? それなら――「ただ!」――あ?」

 

 「ただ、ついさっき考えが変わったニャー」

 

 

 ホオズキの言葉を途中で遮りながら猫は笑う。

 

 

 「みゃーの趣味は強いやつをボコボコにすることニャ! だから……みゃーの事を馬鹿にしたおみゃーはここで殺しておくニャー」

 

 「はっ! 寝言は寝て言え、俺達は暇じゃねぇっつってんだろうが。戦いたいなら<UBM>にでも突撃して死んで来い」

 

 

 話にならんとでも言うように彼女を無視して、シュリちゃんを連れて歩き出すホオズキ。

 あぁ、これが正しい反応だ。

 こんな頭の可笑しい猫女にかまっている余裕はないのだが……

 

 

 「何ニャ? 逃げるのかニャ?」

 

 

 子供でさえ笑って流すような挑発。

 誰もが無視するだろう子供じみた挑発が彼の足を止めた。

 彼が子供程度の精神を持っているから、止まったわけではない。

 

 ――『逃げる』

 

 彼にとって――ホオズキにとってタブーな言葉が彼の足を止めたのだ。

 再び猫女へと向き直るホオズキ、その額には怒り(・・)を象徴するかのように血管が浮かび上がっていた。

 

 

 「おい、糞女。その喧嘩買ったぞ」

 

 「……ホオズキ、怒りっぽい」

 

 

 隣でシュリちゃんがやれやれとため息を吐くが構わない。

 すでにホオズキには目の前の糞女をぶちのめす事しか頭に無いのだから。 

 そんな彼を見て猫女もケラケラ笑う。

 

 

 「ニャッハッハ! 弱い奴ほど良く吠える、弱い奴ほど喧嘩っ早いニャ」

 

 「ハッ! 戦うことが好きだなんて粋がる奴は口が軽いな!! たかが猫の分際で!!」

 

 

 ホオズキはこめかみを引きつらせ、猫女はゴロゴロと喉を鳴らす。

 

 

 「ニャッハッハッハッハっッハッハ!! みゃーは決めたニャ」

 

 「ガッハッハッハッハッハッハッハ!! 俺も決めたぜ」

 

 

 

 

 

 

 「「お前はここでぶっ潰す(ニャ)!!」」

 

 「……二人とも、喧嘩っ早い」

 

 

 やれやれと肩を竦めるシュリちゃん。

 しかしその口端は上へと上がり、妖艶に唇を舐めとった。

 

 誰もいない<ブルターニュ>の街並み。

 <マスター>は<UBM>へと向かい、ティアンは<アムニール>へと非難する中。

 互いに何か大切な物が、譲れないものの為に戦うわけではない。

 ただ『目の前の敵が気に入らない』だけ、それだけの唯の殺し合い。

 

 

 「俺の名はホオズキだ。覚える頭があるかは知らねぇが、三日間向こう(現実)で悔しがってろ」

 

 「ニャッハッハ!! もう忘れたニャ。負け犬の名前なんて覚える気はにゃいニャ!!

  おみゃーこそ覚えておくニャ! みゃーの名は――“ジャガーノート”、せいぜい悔しがるニャ!!」

 

 

 ……本当に子どものような言い合い。

 だが、ここから始まるのは本気の殺し合い。

 

 

 「……ぶっ殺す。手加減なしだ、行くぞ――【シュテンドウ(・・・・・・)()】!!」

 

 「……うん。行こう、ホオズキ(<マスター>)

 

 「いい音で鳴くニャ!! ――【バステト】!」

 

 

 互いに<エンブリオ>を呼び出した――『猫と鬼』の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 




ヴィーレ、そしてホオズキの第一バトル。

……ついでに【騎神】をかけた師匠とのバトルは描写しない予定です。
申し訳~
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