自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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すいません、とりあえず投稿です。
色々設定に拙いところがあります。
明後日辺りに修正します。

心が弱い人はブラバ推奨。
説明多め、苦手な人注意。



第14話 『兵は神速を貴ぶ』

 □□□

 

 

 

 

 

 『兵は神速を貴ぶ』

 

 

 「兵を用いるには、一刻も遅疑せず、迅速に行動することが大切」という意味らしい。

 三国志で慣用句として生まれたことわざだそうだ。

 更に噛み砕いて言うならば、

 

 「戦いは作戦の出来不出来より、スピーディーさが大切である」ということだ。

 

 初めてこのことわざを聞いてしまうと『兵に大切なのは足の速さだ』などと勘違いしてしまうことが多い。

 しかし、それもある意味間違っているとは言えないだろう。

 

 ――足の速い兵士は強い。

 

 <Infinite Dendrogram>の世界や、ゲームでは関係ないと言われてしまえばその通りだが、やはりゲームでも必須となるのは『AGI』である。

 

 

 

 では、最速の兵種とは何だろうか?

 

 現実で言うならば【槍士(ランサー)】だろうか?

 それも一つの正解だ。

 

 <Infinite Dendrogram>で言うならば、AGI特化ジョブである【斥候(スカウト)】だろうか?

 それも一つの正解だ。

 

 しかし、同時に一つの『ジョブ兵種』を最速に数えるのを忘れないで欲しい。

 それも一つの答えであり正解。

 人によってはそれぞれ異論や反論もあるかもしれない。

 戦争では目立ちはしない上、状況によっては何の役にも立たずに倒されてしまうことも数多い。

 だが……それも紛れもなく最速足りうる兵種であり、ジョブ。

 

 

 ――そのジョブとは……

 

 

 

 

 

 □【騎神】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 戦闘開始を告げる狼煙はすでに上がった。

 

 黄金色の夕空を染める太陽の赤より真紅の炎が。

 夜空に輝く恒星よりも青白く燃える冥府の炎が、劫火の波となってぶつかり合う。

 激しく燃える炎が【殺戮熾天 アズラーイール】とヴィーレの姿を隠し、一瞬の空白を生み出してた。

 そして……

 

 

 「力を貸して! アレウス、フェイ!!」

 

 『BURURURURUUUU!!』『KIEEEE!!』

 

 

 ――咆哮。

 私の声に二体の相棒が怒号を上げる。

 同時に強弓につがえていた三本の矢を、炎の向こう側に居るだろう【殺戮熾天 アズラーイール】へと向け、無造作に弾き放つ。 

 

 カンストした【幻獣騎兵】のSTRに加え、【【■■】の武の指輪】の『STR+100%』によって放たれる【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】の一射。

 唸りを上げ風を切る三本の矢は容易に炎の壁を突き抜け、

 

 

 『KA、KAKAKAKAKkkkkkA!!』

 

 

 大鎌一降り。

 アイラちゃんを護る死神によって切り飛ばされた。

 まさに一撃、本来ならば困難極まる技。

 歴戦のティアンでも難しい技を見せた死神は次の瞬間、その姿を霞ませて……

 

 

 『BURURURUUUU!!』

 

 

 ……大きく地面にめり込んでいた。

 

 その場に残っているのは、深々と地面に刻み込まれた馬の蹄跡。 

 馬にしては大きな、巨馬の鉄蹄。

 視界を封じていた炎の壁が消え失せる。

 そして、【アズラーイール】の向こう側に居たはずのヴィーレの姿は忽然と消えていた。

 

 

 「……本当に速い。これが師匠の、これが《一騎当神》なんだね」

 

 

 その声は【アズラーイール】の背後から聞こえてきた。

 その事実に息を飲んだのは他でもない、『アイラちゃん』であり、【アズラーイール】。

 あくまでも【司祭】系統に偏った知識だけしか持っていない、齢12歳しか生きていない彼女は知らなかったのだ。

 ――『超級職』を【騎神】という存在を。

 彼女は自分ではない、【アズラーイール】の感じている戦慄を共感しながら背後へと振り返った。

 

 

 「……ヴィーレお姉ちゃん?」

 

 

 ――その速さによる摩擦だろうか?

 金属製の鉄蹄の疾走痕からは白い煙が立ち上っていた。

 

 ――それは果たして馬と呼んで良いのだろうか?

 改めて見ると大きい、三メテル超の巨体を黒鉄の馬鎧がその姿を隠し、僅かに見えた深紅の瞳が光を帯びる。

 

 ――片手に強弓を、片手に手綱を握る騎兵の少女。

 その真紅の髪とオレンジの瞳は夕陽を浴びて、暗闇の中でも見失わないほど輝いていた。

 

 

 ――五秒。

 ほんの僅かな時間。

 しかしヴィーレが【騎神】足らしめるには、【アズラーイール】がその警戒レベルを最大限まで引き上げるには十分すぎる――五秒だった。

 

 

 

 

 

 【騎神】の奥義である《一騎当神》。

 それは【騎神】の『《騎乗》する騎獣の全ステータスを十倍化する』と言う固有スキル。

 【騎神】を【神】たらしめるスキル。

 

 そしてヴィーレの騎獣であるアレウスはAGIとSTRに特化した【グランド・クリムズン・ウォーホース】だ。

 そのAGIは《幻獣強化》も相合わさり、『AGIは三万超』、『STRは二万弱』に達している。

 速度は超音速起動。

 アレウスの体当たりでさえまともに食らえば、無事に済むということはあり得ない。

 そして……

 

 

 「行くよ、アレウス!」

 

 『HIHIIIIIIIN!!』

 

 

 その姿が再び残像を残し掻き消えた。

 全てを蹂躙する剛脚。

 霞みに消えるその速度。

 聞こえるのは轟音のみ、誰もその姿をとらえることは出来ない。

 

 

 

 

 

 いや、一人だけ……一体だけいた。

 

 その速度故に視認することは叶わず、まるで消え失せたかのように見えるヴィーレ。

 そんな空を舞うフェイと【アズラーイール】しかいない空間に突如、地中から巻き上げるように青白い火柱が連続して上がる。

 炎の槍、と例える方が正しいだろう。

 【アズラーイール】――アイラちゃんを守るように隙間なく燃え上がった炎の槍。

 それは誘導だ。

 そう、捉えきれないならば制限すればいい。

 

 ……何もなかった空間に火花が散った。

 続いて二度、三度。金属がぶつかり合う甲高い金属音が辺りに響いた。

 見えない超音速起動の攻防。

 それを成したのは――ヴィーレの攻撃を防いだのはソレを除いて他はいない。

 

 

 「やっぱり<UBM>である以上は一筋縄ではいかないって事かな?」

 

 

 距離を取るようにして再び足を止めるアレウス。

 私は思わず眉を顰めアイラちゃんを――その視線を塞ぐように現れた死神に視線を向けた。

 

 

 『KAKAKAKAKKKKKK』

 

 

 嗤うように骨だけの歯を打ち鳴らす死神。

 死神は距離を取ったヴィーレに対し、アイラちゃんを守るように少女の元へと戻っていく。

 その様子はアイラちゃんを守る騎士のようだ。

 

 (青白い炎を操ってアイラちゃんを護るモンスターだと思ってたけど……)

 

 ……強い。

 

 恐らくSTRはそれほどでもない。

 だけど、アレウスの動きについて来ている様子を見れば、AGIは一万に届かない程度と言ったところだろう。

 ドラゴン系統に匹敵するステータスに青白い炎を操る能力。

 それだけ見ても『伝説級<UBM>』と同等と言っても過言ではない。

 

 あぁ、だがそれも当たり前である。

 ヴィーレは知らない。

 その死神が元、<UBM>であることを。

 太古……最古と言ってもいいほど永い時を生きたモンスター、【燃怨喰霊 ズー・ルー】だったことを。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「ッフ!! ほんとに、強い!」

 

 

 ――疾走。

 縦横無尽にアレウスを駆りながら、もう何本目か分からない矢を放つ。

 放たれた貫通に特化した一射。

 しかしそれも……そしてそれまで放たれた矢も含め、一本たりともアイラちゃんには届かない。

 全て途中で切られ、弾かれ、炎の槍に燃やされる。

 

 (……この死神を先に倒せればいいんだけ……どっ!)

 

 地面から巻き上がる青白い炎の槍を交わしながら心の中で愚痴を漏らす。

 【殺戮熾天 アズラーイール】の片割れでもある死神、その強さは特性を含め厄介としか言えないようなものだった。

 アレウスの剛脚で吹き飛ばそうとすれば、その体を実体のない――零体へと変える。

 フェイの《紅炎の炎舞》で燃やそうとしても青白い炎で相殺される。

 まさに攻防一体。

 怨念の炎で攻撃を放ちながら、自身はアイラちゃんの守護へと専念する。

 その強さは経過した時間……絶対時間にして(・・・・・・)五分(・・)経っていることから分かるだろう。

 

 

 「……ッツ、アレウス、耐えて!」

 

 『BU、BURUUUU』

 

 

 絶対時間にして五分。

 体感時間にして三十分にも感じる数百もの攻防を繰り返し、既に精神的にも肉体的にも限界が近いづいていた。

 

 そもそも本来、【騎兵】系統ジョブにとって長期戦は得意ではない。

 【騎兵】系統ジョブは短期決戦型。

 今のアレウスでも十分が限界だ。

 しかし……

 

 

 「KA、KAKAKAKAKKKK!!」

 

 

 死霊に体力は存在しない。

 それは既に三日間戦い続けている【アズラーイール】からも分かっている事実だ。

 

 

 「……ヴィーレおねぇちゃん、頑張って……」

 

 

 その様子を泣き出しそうに見つめるアイラちゃん。

 それは……奇妙な光景だ。

 自分を殺してと願うアイラちゃん。

 そんな彼女を殺そうとしている私を応援するなんて……。

 

 

 「大丈夫、絶対に私が……終わらせるから」

 

 

 私はそんなアイラちゃんを安心させるように微笑んだ。

 ……ガクガクと痙攣(・・・・・・・)する腕を隠しな(・・・・・・・)がら(・・)

 

 

 

 

 

 ――限界が近い。

 

 しかしそれは当たり前である。

 ここに来るまでに……【殺戮熾天 アズラーイール】と戦う前に『【騎神】の転職クエスト』で師匠と限界を超えて戦ったのだから。

 

 

 アレウスの速度は落ちては無いものの鼻息は荒い。

 フェイのMPとSPももうすぐ底をつくだろう。

 そして何より限界だったのは他でもない、ヴィーレである。

 

 

 弓を構える腕の痙攣は止まることなく、感覚は既に消え失せていた。

 腰のベルトに付けられた矢用のアイテムボックスへと手を伸ばすが……その手は汗に滲み、矢が滑る。

 そして何よりの原因はヴィーレ自身のジョブ。

 【騎神】の奥義である《一騎当神》だ。

 

 (……頭が痛い)

 

 アレウスのAGIは三万超。

 しかしヴィーレ自身のAGIは二千少し。

 その数値が現す事実は一つ。

 

 

 『三十倍の速度で過ぎ去る景色を見ながらの《騎乗》』

 

 

 それだけでも天才の域を超える技。

 加えて弓を射るなど神業としか言いようがないだろう。

 腕も体も既に限界を超えていた。

 そしてもう一つ、限界を迎えていたのもがある。

 それは……

 

 

 「あと十本だけ……か、きついなぁ」

 

 

 矢用のアイテムボックスへと伸ばされた手。

 その手に触れた感触はあまりにも心細いものだった。

 ――辛い、そして苦しい。

 泣き出しそう緩む涙腺、挫けそうなる気持ち。

 だけど……泣けない、倒れられない。

 

 (アイラちゃんは私より苦しんでる、私より泣いているんだ)

 

 ――だから、私は笑った。

 

 

 「アレウス、フェイ……次の一撃で決着をつけるよ」

 

 『『……』』

 

 

 返事はない。

 しかしその目はどこか決心に満ちていた。

 私はその様子に目を細め微笑み、震える手でアレウスの毛並みを優しく撫でた。

 「自分も」とすり寄ってくるフェイの翼を軽くかいてあげる。

 そして目の前に立つ【殺戮熾天 アズラーイール】へと――アイラちゃんへと顔を上げた。

 

 

 「アイラちゃん、私――「ううん、いいの」――」

 

 

 遮られた謝罪。

 彼女は私へと笑いながら言葉を続ける。

 

 

 「謝るのはアイラの方だから。それにごめんね? 約束守れなくって。本当にアイラ嬉しかったよ?

  アイラ、ヴィーレおねぇちゃんにあえて良かった」

 

 

 ――返事は返さなかった。

 これ以上言葉を返そうとすれば泣いてしまいそうだったから。

 私は無言で矢を一本、強弓に構える。

 

 

 「行こうアレウス、フェイ!」

 

 

 そして……その姿が掻き消えた。

 今までと同じ《一騎当神》を用いた疾走。

 しかし……

 

 

 『KA、KAKAKK!?』

 

 

 ……最速(・・)の疾走による直進(・・)

 一直線に【アズラーイール】へと駆け走る。

 まさに神速。

 疾走を妨げるように燃え上がる炎の槍をフェイが《紅炎の炎舞》で打ち消し合う。

 およそ五十メテルの距離を一瞬で駆け抜け、アイラちゃんとの距離が残り十メテルと言う時だった。

 

 

 『BURUUUUUUU!!』

 

 『KAKAKAKAKK!!』

 

 

 アレウスの馬鎧と死神の大鎌がぶつかり火花を上げる。

 火花が弾けぶつ(・・・・・・・)かり合っていた(・・・・・・・)

 そう、アレウスのSTRは二万弱。

 本来ならば火花を散らしぶつかり合うなんて有り得ない。

 その事に死神は戸惑ったように歯を打ち鳴らし、先ほどまでと同様に炎の槍でヴィーレを貫き焼こうとする。

 そして……ようやく気が付いた。

 

 

 目の前に漆黒の軍馬。

 その上に誰も乗っていな(・・・・・・・)()ということに。

 

 

 ――目の前でぶつかり合っている敵を炎で焼き、零体化してアイラの元へ戻る。

 死神はそう考え後ろを振り向き……真紅に燃える不死鳥を見た。

 同時に迫りくる真紅の炎を怨念の炎で打ち消し合う。

  

 零体化すれば不死鳥の攻撃を防ぐため、怨念の炎を不死鳥の攻撃にぶつけなければならない。

 しかしそれでは、目の前の軍馬を行かせてしまう。

 怨念の炎をこのまま軍馬に向けても自分は焼かれて死ぬだろう。

 

 死神はこの時になって理解した。

 自身が動けないことを、自身が詰んでいることを。

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 「……ッツ~~~!!」

 

 

 凄まじい衝撃と最後の一枚だった【身代わり竜鱗】が砕け散る感触と共に、地面をヴィーレが転がった。

 足が、腰が、腕が凄まじい音を立て、悲鳴を上げる。

 痛覚を僅かに残していたのが仇となった。

 しかし、それでも転がる力を利用するように起き上がり、走る。

 今にして思えばこの世界で初めての全力疾走かもしれない、現実でもしたことのない全力での走り。

 

 

 「ヴィーレお姉ちゃん!!」

 

 

 痛みを堪えるように下げていた顔を上げる。

 数メテル先、そこに居たのは十字架のナイフで首を切ろうと動き出していたアイラちゃんだった。

 首を掻っ切ってしまえば発動するのは【殺戮熾天 アズラーイール】の固有スキル。

 それが何なのかは未だにヴィーレには分からない、でも。

 

 (……間に合って!!)

 

 重たい足を。

 痙攣する腕を。

 激しい痛みを訴える腰を動かしながら、ひたすら走る。

 

 ――それこそ神に願うように。

 今度こそ、今度こそ間に合うようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……それは間に合った。

 アイラちゃんまでその手は届かない、だけど。

 

 

 『自身の半径五メテル以内』

 

 

 その条件は満たしていたから。

 【花冠咲結 アドーニア】の発動条件を満たしていた、だから。

 

 

 「ありがとう、ヴィーレ、お姉ち、ゃん……」

 

 

 アイラちゃんの握るナイフは首には届かず、その胸を一本の矢が貫いていた。

 矢は正確にアイラちゃんの心臓を――【殺戮熾天 アズラーイール】のコアを貫いている。

 私は手に握る矢を放し、アイラちゃんを抱きしめる。

 

 

 「ごめんね、ごめんね……」

 

 

 ただ、ただ抱きしめ続けた。

 祈るように、願うように。

 コアを貫く矢から血が滲み、真っ白なワンピースに赤い模様を作り出した。

 

 (だけど、これで終わったんだ)

 

 【殺戮熾天 アズラーイール】の殺戮も。

 アイラちゃんの望まぬ殺害も。

 先ほど泣かないと決めたばかりだ。

 だけど……私は力を失ったアイラちゃんの身体を抱きしめ、声を上げて泣いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………て」

 

 「……アイラ、ちゃん?」

 

 

 耳を澄ましても聞き取れないような小さな声。

 

 

 「……げて、逃げて!! ヴィーレお姉ちゃん!!」

 

 

 今度はハッキリと聞こえた、聞こえてしまった。

 そして……見てしまった。

 今までにないような悲しそうな顔で泣き、訴えるアイラちゃんの顔を。

 思考が止まる。

 

 ――【殺戮熾天 アズラーイール】のコアは破壊したはず、でもアイラちゃんは生きている。

 

 ――『逃げて!!』……何から?

 

 ――何で……何でアイラちゃんは泣いている?

 

 ああ、その答えは一つである。

 そして、その答えはアイラちゃんの口から放たれた。

 

 

 「……《アズラーイール》」

 

 

 同時に腰のベルトにぶら下がっていたもう一つのアイテムが音を立て、砕け散る。

 ――【試作品23:救命のブローチ】。

 それはメメーレンの遺跡で発見した救命アイテム。

 ダメージ量に対するHP判定を行わず一度だけ致命ダメージを無効化し、そして必ず砕ける試作品。

 その【試作品23:救命のブローチ】が砕けたということは一つの事実を指し示す。

 それはヴィーレが一度死んだということに他ならない。

 

 (……何で)

 

 しかしそれでもヴィーレの思考は復活しない。

 

 

 『BURURURURURUU!!』

 

 

 その様子を見かねたようにどこからともなくアレウスが駆け寄り、ヴィーレの首元を咥え、自身の背に乗せ全力でその場から離れるように走り出す。

 その背後ではフェイが何かからヴィーレを守るように必死に紅炎を放っている。

 そして、ヴィーレは呆然としながらもそれを見た。

 

 

 ――いくつもの状態異常が掛かり、コアを砕かれたアイラちゃん。

 そのコアが、血に滲んだ白いワンピースがまるで何も無かったかのように元通りになっている姿を。

 

 ――アイラちゃんを護るように戦っていた死神。

 以前とは比べ物にならないほど禍々しく変化したその姿とその頭蓋の奥で揺らめく二つ目のコア(・・・・・・)を。

 

 ――真っ赤な夕焼けが沈み、完全な夜の闇となった空。

 その空に浮かぶ満月を。

 

 

 

 

 

 ヴィーレは一つ、大きな勘違いをしていた。

 

 それはモンスター一体につき、コアは一つしか存在しないと思い込んでいたこと。

 ……【殺戮熾天 アズラーイール】のコアが一つだと勘違いしていたこと。

 

 

 ヴィーレは油断してしまっていた。

 

 【殺戮熾天 アズラーイール】の固有スキル、《アズラーイール》。

 それは【生贄】であり<UBM>であるアイラの『死』をきっかけに発動する神の天罰(・・・・)、自身を【生贄】とした半径十メテル以内の対象生物【即死】スキルであることを。

 そして、その元となった【誓約天 アイラ】に天使由来の『高速再生』があったことを。

 

 

 そして……時間が悪かった。 

 

 ――夜。

 それは悪魔や死霊が動き出す時間。

 日の下に出れない者たちが唯一地上に出てくることが出来る時間。

 そして……これは知る由もないが、【燃怨喰霊 ズー・ルー】が封印される前、討伐された【死霊王】の怨念をもとに新たな能力を獲得していたことに。

 

 その能力は《眷属生成》。

 炎によって荒野と化していた村。

 その村から……正確に言うならば地中から『眷属(ゾンビ)』たちが湧き出てくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理想とは必ずと言っていい程思い通りにはいかず、現実は想像以上に辛いものだ。

 それはこの<Infinite Dendrogram>でも変わらない。

 

 そして今、【殺戮熾天 アズラーイール】vs【騎神】ヴィーレ・ラルテの深い夜が始まりを告げようとしていた。

 

 




……ほんまに糞長すぎやわ。

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