自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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第24・5話 男と『夢』(読まなくてもおけ)

 □<???・とある病室> 【狂戦士】???

 

 

 

 

 

 「――何処だここは?」

 

 

 ――男は夢を見ていた。

 

 

 先ほどまでの【嵐竜王】との戦場の光景はどこにもない。

 胸高鳴る戦闘も。

 息が詰まるような緊張感も。

 その空間ではまるで夢のように――何処かぼんやりとした他人事のように感じられた。

 男はそんな不思議な空間に驚きながらも何かを探すように自身の周囲を見渡してみる。

 

 

 「ここは……俺の部屋(病室)、か……」

 

 

 ――病室らしく綺麗に磨かれた窓、そこから見渡せる……あまりにも見飽きた景色。

 

 ――生活感を滲ませる山積みにされた本と、腕に繋がれた点滴のチューブ。

 

 ――前方にはあの時と同じ……誰かが消し忘れたテレビが音声を垂れ流していた。

 

 

 男は長年過ごした、ここ数週間ぶりの光景に戸惑いながら頬を掻いた。

 ――『デスペナルティ』

 それが最後に見た【嵐竜王】の一撃とこの現状から導き出した答え。

 意外と終わりは呆気ないもんだ。

 彼の戦いはここで終わり。

 次にログインした時にはきっと全てが終わっているだろう、それがどんな結果だったとしても。

 

 

 「……糞っ。 俺はやっぱりこの程度……あいつらと共に戦うことも出来なかったのか……」

 

 

 握り込む拳。

 少し伸びた長い爪が深々と食い込み、枯れ枝のように細い腕をベッドの上に叩きつける。

 『ボフッ』と小さな音を立て、その跡を残すベッド。

 その腕の病弱さがより一層に彼の怒りを大きくさせた。

 

 ――『弱さ』

 

 それは強さを求め<Infinite Dendrogram>を始めた男にとって一番許しがたいものだった。

 そんな男は自身の弱さに対する怒りに、情けなさに歯を食いしばり顔を伏せた。

 再び男は怒りに任せ、拳を振り上げて……

 

 

 

 

 

 「……まだ間に合うよ」

 

 

 突如、隣から掛けられた声に動きを止めた。

 それはベッドに腰かけるように顔をそむける少女。

 

 

 「……どういうことだ? いや、なんでお前がここに居る――シュリ」

 

 

 男……ホオズキの隣に腰変えていたのは他でもない、彼の相棒であり<エンブリオ>のシュリだった。

 驚きに目を見開くホオズキ。

 シュリはそんな彼に目もくれず、何でもないようにぶっきらぼうに呟いた。

 

 

 「……ホオズキ、まだ死んでない。……ギリギリだけど生きてる」

 

 「だけどここは現実だぜ? ここもデンドロの世界だっていうのか?」

 

 「……うん、正確にはホオズキの深層の……夢の世界」

 

 

 そう言いながらシュリはゆっくりとテレビに向けて指を指す。

 ホオズキはその指さす方に釣られるように視線をテレビへと向け――先ほどまでノイズが走っていたような画面を見た。

 何も映ってなかったテレビ画面。

 それはとある光景を映し出している。

 

 

 ――真っ赤に染まった瓦礫の山と下半身を失った自分の身体。

 

 

 「これは、俺か」

 

 

 千切れた左腕に生々しい断面が見え隠れする腰。

 むしろ何故デスペナルティになっていないのか不思議なほどの重体を負った自身の姿が映し出されていた。

 

 

 「……よく生きてんな」

 

 「……私と【山岳隻腕 タロース・コア】のおかげ。……ほめてもいいよ」

 

 

 恐らく【到達鬼姫 シュテンドウジ】の再生能力。

 そして【山岳隻甲 タロース・コア】の《山岳装甲》で傷を塞ぎ、《鮮血循環》でHPを維持しているのだろう。

 そのおかげで【出血】を塞ぎ、刻々と回復を継続している……が。

 

 

 「シュリ……」

 

 「……到達率―300%。……これ以上は再生できなかった」

 

 

 その体は再生することなく、ただ今の現状を維持しているだけだった。

 《戦鬼到達》である限界値である300%。

 <エンブリオ>である『ステータス補正』が全ステータス+300%になってはいるが、これ以上再生することは叶わない。

 【嵐竜王】の戦闘での鎌鼬で再生をし続け、限界まで上がってしまったのだ。

 即ち、失った下半身は再生することは無く、戦闘不能であるという事実を示していた。

 

 

 「あぁ、そうか……で、どうすればこの夢とやらは覚めんだ? このままデスペナルティになるまで大人しくしてろってわけでもねぇだろ」

 

 

 しかしホオズキはまだ力尽きてはいない。

 この『夢』が覚めたならまたあの戦場に戻ることが出来るはずだ。そして足が無くとも、這いつくばってでも【嵐竜王】に噛みついてやる。

 そんな決意を抱きながら、彼はシュリへと視線を向け……

 

 

 「――<マスター>が望むなら……ね」

 

 

 その言葉に動きを止めた。

 相棒から返された言葉――それはまるで自身に向けた『挑発』のようだった。

 いつもならホオズキと呼ぶその言葉も、今は初めて会った時のように<マスター>と言う呼び方に戻っていた。

 ……相変わらず視線は合わない。

 小さな静寂がその場に舞い降り、重苦しい雰囲気を作り出す。

 

 

 「……何が言いたい」

 

 

 返された言葉に何処か苛つきながら聞き返すホオズキ。

 <Infinite Dendrogram>を始め、【到達鬼姫 シュテンドウジ】と出会って初めての出来事だ。

 軽口を叩くことはあっても、これほど邪険な雰囲気になることは無かったのだ。

 ホオズキはどこか苛立ちと不信感が入り混じった気持ちで、シュリの姿を睨みつける。

 そして、

 

 

 「……」

 

 

 ホオズキに帰ってきたのは言葉ではない。

 何かを言いたげな人差し指だった。

 示すのは――再びテレビ。

 何が言いたいのかは未だに分からない、だがそれでも相棒に従うように手元に置かれたリモコンでテレビのチャンネルを切り替えた。

 

 

 「――ッ」

 

 

 ――強靭な爪を振るい激昂する【嵐竜王】

 

 ――そんな巨大な相手に一人で立ち回り、勇猛果敢に立ち向かうヴィーレの姿。

 

 

 切り替えたチャンネルが映し出したのは一人と一体の激しい戦闘。

 先ほどまでホオズキが立っていた瓦礫のフィールドの戦場だった。

 そして……相棒であるシュリの言いたいことを理解した。

 

 

 ――『目が覚めたとしても、その先に待つのはデスペナルティだぞ』……と。

 

 

 余りにもレベルが違い過ぎた。

 

 ――目にもとまらぬ攻防の数々。

 ――一瞬の躊躇いもなく繰り出される攻撃と頬が掠るほどにギリギリの回避。

 ――高いステータスだけではない、そこには技術と駆け引きが込められていた。

 

 

 「……行っても、足手まといになるだけ。……私はこのまま全てが終わるのを待つ、のがいいと思うよ」

 

 

 余りにも正論過ぎた。

 アレウスほどのステータスも持たず、ヴィーレほどの技術を持たないホオズキ。

 そんな人物が参戦したからと言ってどうなるというのだろう。

 よくてヴィーレの盾になってデスペナルティになるぐらいであろう。そして……彼女はきっとそんなホオズキを見捨てようとはしない。

 彼がこの空間を脱し、再び戦場に舞い戻ったとしても足手まといになることは考えるよりも明らかだった。

 

 

 「だが、俺は――「……<マスター>」――」

 

 

 口から出かけた言葉は、シュリちゃんの一言に閉ざされた。

 

 

 「……この空間は<マスター>の深層意識。……【気絶】したからここに居るんじゃない、<マスター>が自分自身を守るために自分の意志でこの空間に逃げ込んだの」

 

 

 余りにも屈辱的な一言だった。

 仮に言ったのがシュリでなければ即座に掴み掛っていただろうと断言できるほどに、ホオズキの心をえぐった言葉だった。

 

 ――『逃げる』

 

 この言葉をシュリが使ったのはおそらくわざと。

 そして、そんなシュリの言葉に対する反論は――出てこなかった。

 心の奥底では分かっていたのだ……おそらく自身があの【嵐竜王】に勝てることは無いだろう、と。

 彼は怒りに任せるように、自身の腕を強く、強く握りしめた。

 僅かに震える腕を抑えるように。

 この場で反論できない自身を呪い殺すように。

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 再び先ほどと変わらない静寂がその場を支配する。

 

 (……糞が! これじゃああの時と――デンドロを始める前の俺と何も変わっていねぇじゃねぇか!!)

 

 激しい戦闘音が。

 叫ぶヴィーレの声が。

 名も知らぬ、誰かの話し声が。

 全ての音が彼の耳には届かず、次第にその思考を一つの事を考えるのに費やしていた。

 

 

 「……俺は、この世界に来ても何も変われていなかったのか……?」

 

 

 隣に座るシュリは言葉を返さない。

 ただ、自分にとっての<Infinite Dendrogram>とは何か、それだけを思考する。

 

 

 ――自分を変えるためにこの世界に来た、だが変われないならばプレイする必要もないのではないか?

 

 ――自分に必要だったのは腕っぷしの力ではなく、心としての強さではなかったのではないだろうか?

 

 ――俺は……<Infinite Dendrogram>を続ける意味はあるのだろうか?

 

 

 頭の中でたくさんの疑問が浮かんでは弾け、消えていく。

 そして時間にして数分。

 体感にして数十秒が過ぎ去っていった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ニャッハッハッハッハ……馬鹿なやつだニャー、ホオズキ』

 

 

 テレビから聞こえてきたその声に顔を上げた。 

 その画面に映るのは自身の身体。

 だが……声だけはハッキリと聞こえてくる。

 

 

 『ミャーを倒した男がこんな程度だなんて、ミャーをがっかりさせるんじゃないニャー。それとも何かニャ? ただ戦うのが怖くてこんなところで寝ているのかニャー?』

 

 

 舐めきったような声と言葉。

 「――違う!!」そう言い返そうとするが、テレビに映る身体は動かず声すら出なかった。

 

 

 『ミャーは弱い奴は嫌いだニャ。あいつらは直ぐに自分に言い訳をする、すぐに自分を正当化しようとするニャ。逆に強い奴は良いニャ~、なにがあっても折れないものを持っているからニャ』

 

 

 お喋りな猫は喋り続ける。

 まるでホオズキに言い聞かせるように。

 【気絶】中のホオズキが自分の言葉を聞いていることを確信しているかのように。

 

 

 『ホオズキ、おみゃーはどっちかなニャー? 強い奴か……それともただの糞ゴミか……二つにひとつニャー』

 

 「……」

 

 

 言葉は相変わらず出てこなかった。

 ただ、呆然とその声へと耳を傾ける。

 そして……

 

 

 『ミャーも暇じゃないから最後に一言だけ言っておくニャ~。

 

 

  ……戦士なら戦って死ね、それすら出来ないなら自害しろ。

  仲間の為なんて思っているならそれはただの言い訳だ。そんな風に考えてるやつは糞以下だ、そしてそんな糞に負けたのが私だと思うと腹立たしくてしょうがないよ』

 

 

 最後――猫の語尾が消えた言葉を残して、その声は聞こえなくなっていた。

 いや、声だけじゃない。

 戦場を映し出していたテレビはブラックアウトし、物音一つ聞こえない病室が返ってくる。

 それはまるで――何か選択を待っ(・・・・・・・)ている(・・・)かのような雰囲気を醸し出す。

 ホオズキはそんな病室の中、ぼんやりと宙を見つめていた。

 そして唐突に、幼少の頃に見ていたアニメのセリフが頭に過る。

 

 

 「――『負けることが恥なのでは無い。戦わぬことが恥なのだ』……だったかな」

 

 

 既に記憶は古ぼけ、なんのアニメだったのかも覚えていない。

 だが……そのセリフだけはしかっり覚えている。

 そんな自分に彼は自嘲的な苦笑を漏らす。

 そして……

 

 

 「……シュリ、俺は決めたぜ」

 

 

 呟く言葉。

 返事も相槌も無い。

 しかし彼は止まらない。

 

 

 「迷っていることが馬鹿らしくなった……それにあんなこと言われて黙っていたら、それこそ俺は後悔するからな」

 

 

 ――『ブチッ』

 

 そんな音を立てながら腕に張り付いた点滴の針を引きちぎる。

 力強く地面を踏む足。

 夢の世界だったからだろうか?

 弱弱しかった病人の身体は、彼の決意と共に一瞬にして姿を変えた。

 そしてホオズキは獰猛に笑う。

 

 

 「このまま行っても負けるだけ? ……上等!! どんな壁や試練も殴り壊し突破する、それが俺だ、ホオズキだ」

 

 

 臆病者。

 愚者。

 または阿保か無謀者か。

 どちらにせよ、彼はこの程度では止まらない。

 この程度では止められない。

 

 

 「ここから出るぞ、んでもって【嵐竜王】を討つ」

 

 

 その為には何がいる?

 高いステータスが。

 満足に動ける身体が。

 新たな可能性ともいえるスキルが要る。

 だから……

 

 

 「行くぞ、シュテンドウジ。そしてお前が<エンブリオ>なら……俺に『可能性』を力を寄こせ!」

 

 

 吼える『鬼』。

 そしてそれに『鬼姫(彼女)』も答える。

 

 

 

 

 

 

 「……うん、マイ マスター」

 

 

 【到達鬼姫 シュテンドウジ】は妖艶な笑みで微笑んだ。

 そして……

 

 

 

 【同調者(マスター)生命危機感知】

 【同調者生存意思感知】

 【<エンブリオ>TYPE:メイデン【到達鬼姫 シュテンドウジ】の蓄積経験値――グリーン】

 【■■■実行可能】

 【■■■起動準備中】

 【停止する場合はあと20秒以内に停止操作を行ってください】

 【停止しますか? Y/N】

 

 

 

 視界を埋め尽くすほどの――見知らぬ赤いウィンドウが広がった。

 

 

 

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