自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
□“氷冷都市”<グランドル> 【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ
――此処に来るまでに沢山の幻想的な景色を見た。
例えば、<レジェンダリア>で<マスター>達を驚かし、笑わせ、そして出迎えてくる魔法の家具。
空を覆いつくさんとばかりにそびえ立つ大樹、
【樹霧浸食 アームンディム】との戦闘による傷跡によって分かたれ、忘れ去られたダンジョンの底で煌めく地底湖と蒼銀の遺跡。
どれもが衝撃的でこの世界でしかありえない。
【魔法カメラ】で撮らずとも鮮明に思い出せるほどに印象深く、私の記憶に焼き付いている景色ばかりだ。
しかし……今、この瞬間。
「――すごい」
その景色――今まで目にしてきた景色を上回るほどの
――旋風に舞い上がる砂塵。
――遠目に見えるオアシスに張った薄氷と辺りを白く染める霜。
――そして、大量のアイテムが出入れしている大きな岩の城門と
目に映る景色。
その全てが新しく、不思議。そして常軌を逸している光景だ。
既にここまで《騎乗》してきたアロンを《送還》。
慣れた手つきで
ザクザク――と今までとは違う、少し固まったような砂漠の砂。
『フーッ』と息を吐けば、一瞬で白く染まり宙へと霧散し消えていく。
<レジェンダリア>のような植物に溢れた景色とは全く違う。むしろ真反対の景色に胸のドキドキは鳴りやまず、じっと“氷冷都市”<グランドル>を眺めていた。
「こんな景色初めて見たかも。砂漠自体、今回の旅で初めて見たけど……雪と砂ってこんなに綺麗なんだね」
「い……や? むしろこんな光景あり得ないだろ。雪と砂漠なんて普通は真反対なもの同士だぜ? 現実ではぜってぇーありえねぇ。
しかも何だ? あの船。もしかしてあれで砂漠を渡るのか!?」
「……渡るのか?」
思わず零した感想。
そんな私の横からさっきまで寝ていたのが嘘のように興奮した様子でホオズキが突っ込みを入れる。
普段は戦闘以外に興味を示さないホオズキだが――流石にこの光景には驚いたようだ。
自然と荒くなる語尾。
いつもの日常でさえ大きい声がより荒々しい口調で砂漠に響く。
逆にホオズキの隣にちょこんと立つシュリちゃんは、驚いた様子で小さい口を開き、呆然と<グランドル>をグルリと取り囲んだ城壁を眺めていた。
「あの船は……やっぱり砂漠の中を進むんだよね。どうやって進むんだろ?」
「知らねぇよ。っつーか、あんな巨大な船で移動したら途中でモンスターに襲われて終わりそうな気もするけどな」
「……けどな?」
「うん、それに動力も必要だから。<ドライフ皇国>のマシンギアがMPで動くらしいけど――きっとあの船を動かすなら凄く膨大なMPが必要になるんじゃないかな?」
フェイは《火炎増畜》で常に私のMPとSPの限界から溢れた部分。自然回復で回復するはずのMPとSPを数倍化して無尽蔵に貯め込んでいる。
しかし、その貯めこんだMPを使っても数十分しか動かせる気がしない。
きっと【
そんな考えを思い浮かべ……
「その通りですよぉ~。
あれはこれと言った名前はありませんが、砂上船と呼ばれ、MPを込めることによって砂漠を高速で渡ることが出来る船なんです」
……前方から掛けられた声に思考を止めた。
「……と言っても、先ほどヴィーレさんが言っていた通り莫大なMPが必要ですが。しかもモンスターに襲われれば遠距離攻撃の手段をもつジョブに攻撃してもらうか、備え付けの大砲なんかでしか対抗できない不安もあります。
実際には市長や裕福な貴族専用の観光船になっている――一種の豪華な娯楽施設のようなものですね~」
姿を見せたのは癖のある茶髪の男性。
そう、言わずもがな。――【大商人】シアンさんである。
どこか申し訳無さそうに苦笑いし、小さく頭を下げるシアンさん。
「どうも」、と私も軽く頭を下げる。
「「――よっ」」、とホオズキとシュリちゃんが片手を上げた。
突然現れた彼に、少し驚かされながらもそう返事する。
すると、シアンさんは彼らの商会――<愚者の石積み>の荷馬車の後ろをついて歩く私達に、並行するように歩調を合わせて歩きだした。
私、ホオズキ。そしてシュリちゃん。
チラチラと私達を覗き見る細い糸目と青い瞳。
そして何か言いたげに、薬指に指輪を填めた左手で軽く頬を掻いた。
「その、申し訳ないです~。お世話になったのに勝手に置き捨ててしまって……商会長としての色々な手続きがあったもので。本来なら街を案内したいところなんですが……」
申し訳なさそうな声で言うシアンさん。
その言葉に、「――ホッ」っと私は小さな安堵の息を吐いた。
(なんだ、深刻そうな顔で言うから何を言われるのかとドキドキしちゃったよ)
そんな思いと共に小さな笑みを浮かべる。
同時にシアンさんを見ながら口を開く。
「別に大丈夫ですよ、偶然向かう先が同じ方向だっただけですし。
……むしろ私達だけだったら砂漠の真ん中で迷子になってデスペナルティになっちゃってたかもしれないし、むしろ私達の方が感謝してるぐらい――――「俺へのお礼は<UBM>の情報でいいぜ?」――――「……私は、お酒」――――あの、なんだか……すいません」
「いえ、大丈夫ですよ? むしろもっと要求してくれてやっとヴィーレさん達の恩に釣り合うくらいです~」
そう言いながら笑うシアンさん。
私は、そんなシアンさんに釣られるように、引き攣った口端で乾いた笑みを浮かべる。そして……思いっきり、出来る限りの怒りを込めてホオズキを尻目で睨みつけた。
――こいつっ!!
(――前から思っていたけどホオズキには『遠慮』や『自重』という言葉は存在しないのだろうか? いや、そもそもホオズキは寝てただけで具体的には何もしていない気がするけど!?)
ホツホツと湧いてくる怒り。
しかし、私の怒りはホオズキには届いていないようだ。
――気づいていないふりをするホオズキ。
――ホオズキの身体に隠れるように小さくなるシュリちゃん。
……。
「ッフン!」
「――!? イ、テェ! 何で俺だけ!?」
良かった。
私の全力のSTRを込めた脇腹パンチはしっかり届いたようだ。
痛がるホオズキを横目に、心に陰っていたモヤモヤが晴れ、スッキリとした気持ちになる。
……ついでに何故ホオズキだけか?
それはシュリちゃんがホオズキの<エンブリオ>であり、ホオズキの影響を強く受けているからだ。つまり、ホオズキが全て悪い!!
「あ、アハハハハ……ヴィーレさんは何か必要なものはありますか? 私の商会で都合できるものであれはお渡ししますよ~」
「ううん……じゃなくて。いぇ、私はいいです――」
言い切りかけた言葉。
その言葉は首を横に振ったシアンさんによって中断させられた。
「そんなに遠慮しないでください~。
あのままでは私だけじゃない、私の商会である仲間も死に、そして私達の帰りを待っていた子供たちも危険な目に会っていたでしょう。
単純にお互いに救った人数の差額分のお礼です~」
「それに……」と、彼は続ける。
「これは【商人】としても、人としても当たり前の事ですから~。
――私は、
まぁ、また私達の商会に来るまでに考えておいて下さい~」
――ゾクリ。
と、何か恐ろしいものでもって見たかのように背筋を寒気が襲った。
シアンさんの笑みか。
もしくはその言葉に込められた凄みか。
いつの間にか私は気圧されるような形で無意識に頷いていた。
「……俺達は?」
「アハハ、忘れてませんよ~。酒の方はあまり量は有りませんが<グランドル>産の美味しいのがありますよ。すいませんが明日以降にまた商会にきてください」
「……ありがと。楽しみ」
「そして<UBM>の情報でしたね。今のところ僕が把握しているのは三体の<UBM>の情報です~」
そう言いながら、シアンさんは記憶から捻り出すように遠くを見て話し出した。
「1体は<厳冬山脈>の麓を根城にしている『逸話級<UBM>』――【
体中に大量の銃口を生やし、遠距離から
「遠距離か……俺には無理かもな」
考え込むようにボソリと呟くホオズキ。
まともな【凍結】対策も無い今、突っ込んでしまえば【凍結】して動けない体に氷柱を撃ち込まれるだけだろう。
加えて言うならホオズキは近接特化である。
(私なら行けるかもしれないけど――)
きっとそれではホオズキにとって意味はない。
ホオズキは常にギリギリな、戦いの中で自分を高めてくれるような敵を求めているのだ。
私はその話に口を出さず、黙ってじっと耳を傾ける。
「2体目は<グランドル>と<黄河帝国>の間の砂漠を遊泳する『古代伝説級<UBM>』――【砂鉄滋竜 モノポール】。
砂中を高速で泳ぎ、体質の磁力で砂上船を狂わして襲ってくるモンスターですね。
個人的にはあれは『竜』と言うよりも『魚』に近い気がしますが~」
「砂の地竜ね、ガノ○トスみたいなもんか?」
……私にはホオズキが何を言っているかは分からない。
しかし、砂中を自在に移動するモンスター。加えて『竜種』だ。
ホオズキの攻撃も届くだろうけど厳しい戦いになるに違いない。
「そして3体目ですが……このモンスターは<グランドル>のすぐ近くで発見されてます」
「街の近くだと? それはどういう意味だ?」
モンスター、そして<UBM>は基本的に街の近くには近寄ってこない。
もちろん、目的があって街を襲った【嵐竜王 ドラグハリケーン】や【炬心岳胎 タロース・コア】。
街近くで生まれた【殺戮熾天 アズラーイール】などの例外もあるが、基本的にセーブポイントがある街の近くには近寄ってこないはずである。
むしろ――近くに居るとしたら少なくない被害が出ているはずだ。
「そのモンスターは推定『伝説級<UBM>』――【吸血清 オールドリーチ】。
僕もあまり良くは知らないんですが何件か冒険者ギルドに報告が上がってるんですよ。
ですが何故か姿も見えず、犠牲者も1人としていないらしいんです~」
――姿が見えない。
おそらく《危険察知》や《看破》、《気配感知》などのスキルを使って調査したはずだ。
しかし、それでも見つからない。
つまり【吸血清 オールドリーチ】は何らかの特殊なスキルを持っている。もしくは物理的な要因で見ることが出来ない。
そのどちらかに属しているはずだ。
なら……
「ねぇ、ホオズキ」
「分かってる。シュリ、血の濃度が高いところを感知できるか?」
シュリちゃんはホオズキの血を置換した<エンブリオ>。
そして『Type:メイデン』の<エンブリオ>でもある。
その結果、副次的に血を持つ生物の探査を行うことが出来るのだ。
実際に【殺戮熾天 アズラーイール】の際にはその特性を利用して本体――アイラちゃんを特定していたこともよく覚えている。
そして今回の【吸血清 オールドリーチ】。
名前からして血を持つだろう<UBM>の探査も可能なはずだ。
私とホオズキはシュリちゃんの方へと顔を向け……
「……ダメ」
……首を横に振るシュリちゃんを見た。
「どういうことだ?」
「……臭すぎてダメ。……この街、
何処か嫌そうな。気分が悪そうに眉を下げるシュリちゃん。
「……多分、最近の内に
――絶句する。
誰も何も喋らない。沈黙がその場を支配した。
数千人が過ごしているであろう“氷冷都市”<グランドル>。
しかし400という数字は決して小さくない。
――有り得ない。
――どうやって。
――何で街中で。
(……いや、問題はそこじゃない、そうじゃない。――血生臭いって)
『血生臭い』、<マスター>がデスペナルティになると血も含め光の粒子へと変わるこの世界において、その言葉が指し示す言葉は建った二つ。
――モンスターか、そして
私はシュリちゃんの言葉に衝撃を受け、ただ目を見開いていた。
何も言えずにただ足だけを動かしていた。
そして……
「あ、もうすぐ城門を抜けますよ~」
間延びした声が、私達を現実へと強制的に引き戻した。
目に映るのは厚さ数メテルにも及ぶ、分厚い城門。
石畳へと変わった地面と『ガラガラ』と音を立てる車輪の音。
たくさんのアイテムを片手に街を行きかう<グランドル>に住むティアン。
既に立ち止まることは出来ない。
私達は流れに乗るように、何かに誘われるように足を踏み入れる。
静かに、そして緩やかに。
血の気配が――殺人鬼と【義賊王】の暗躍する、一つの事件の幕が上がったのだった。
<現状装備>
【弓狩人】ヴィーレ・ラルテ
頭 :【花冠咲結 アドーニア】or【鑑定士のモノクル】
上半身/下半身/篭手/ブーツ:【スカーレット act.Ⅱ】
外套 :無し
右手武器 :【純穿蛇竜の強弓・ネイティブ】
左手武器 :【万死慈聖 アズラーイール】
アクセサリー:【アイテムボックス】
:【アイテムボックス】(大切なモノ用)
:【純重隠樹の矢筒】
:【身代わり竜麟】
:【【■■】の武の指輪】
特殊装備品 :【怒涛之迅雷】