自由への飛翔 作:ドドブランゴ亜種
□<?????> 【騎兵】ヴィーレ・ラルテ
パチパチという音がやけに鮮明に頭に響く。
何かが弾けては音を立てて消えていく音、つい最近聞いたことのある炎の音だ。
焚き木が弾けては崩れる不規則な音と、冷えた体を温める心地よい熱さに目を覚ました。
「……ここは? 私、確か川に向かって……」
「ああ、起きましたか。どうやら無事そうで何よりです」
体を起こし、優しく静かな声の主を探す。
その声の持ち主はちょうど焚き木を挟んだ反対側に座っていた。
しわの出来た柔和な顔に、大きな体は鍛え抜かれたかのような引き絞られた体をしている。そして何より目を引くのは彼の胸より下。
「どうですか? 体に異常はありませんか?」
人間の上半身に大きな馬の下半身、<Infinite Dendrogram>を初めて出会う、ジュシーネさん以外の人馬種族だった。
しかしその体つきはジュシーネさんとは比べ物にはならない。
服から出た生身は至る所に古傷が見え隠れし、右後ろ脚に限っては体の五分の一程が大きく抉れ、木のような義足が傷を塞いでいた。
男の勲章……と言うには余りにも痛々しい古傷だ。
私はそんな彼を呆然と眺めながら、回らない頭で返事を返す。
「えっと、はい。おかげさまで?
私、確か川に飛び込んだはずなんですが貴方が助けてくれたんですか?」
「ええ、と言っても偶々ですが。気を失い、川岸に流れ着いていた貴女をここに連れてきたというだけですよ」
「いえ、その……ありがとうございます」
その何処か身に纏う重厚な雰囲気に敬語で話す。
「フフッ、そんな気を置く必要はありませんよ。
私はしがない老人にすぎませんから」
彼は可笑しそうに知らないはずの私の名を呼ぶ。
その気を張らなくていいと言う言葉はむしろ逆効果だ。私の名前を知っている事と合わさってなんとも言えない緊張感が辺りを漂う。
しがない老人など俄かに信じられない。
混乱している頭がより混乱していく。
「フッ、フフ……。すいません、少しからかってしまいました。貴女の名前を知っているのは《看破》させて貰ったからですよ。
私の名前は、そうですねゴースト、ゴス……ゴストとでも呼んでください」
ゴスト……絶対にゴーストなんかから文字っただけだ。
先ほどから私をからかってばかりで、本当の事を言うつもりはないのだろう。
しかし《看破》、ファフザーさんから聞いたことがある。
確か、敵モンスターや
この自称“しがない老人兼、ゴストさん”だ、私のステータスを《看破》されたとしても驚かない。
「私は【騎兵】のヴィーレ・ラルテ。改めて、助けてくれてありがとう」
「いえ、気にしないでください。ヴィーレさんを助けたのは本当に偶然でしたので」
そう言われると何故か少し落ち込むが……。
「しかし、よく生きてここまでたどり着けましたね?」
「えっ?」
再び、ゴストさんに言われた言葉に頭が真っ白になる。
(この人は何を言ってるの?)
よく生きてたどり着けましたね? それは良く、水性モンスターに襲われずに生き延びたということだろうか?
いや、それならあんな言い方はしないだろう。
つまりゴストさんが言いたいことはそのことでは無いはずだ。
「ごめんなさい、私、ここがどこかも良くわかっていなくって……」
「ああ、ヴィーレさんは気を失っていたんでしたね。それではここがどこか分からなくても仕方がありませんでしたね。
ここは忘れられた戦場の地、旧<ホムレット平原>。
100年以上前に襲来した神話級<UBM>【樹霧浸食 アームンディム】との戦闘によってできた魔の魔樹林。レジェンダリアに属しながら、<アームンディムの円湖>の大渓谷によって切り離された隔絶された土地ですよ」
<アームンディムの円湖>、私が飛び込んだ円形の渓谷の事だろう。
そしてここ<ホムレット平原>は渓谷によって分断された<グリム森林>の反対側ということなのだろう。
一体の<UBM>によってこれほど地形が変わったことにも驚きだがそれ以上に気づいたこともある。
それは……
「……もしかして私、<アムニール>に戻れない?」
思わず呟いた言葉。
浮き彫りとなった事実は焚火の音にかき消されていったのだった。
◇◇◇
「・・ーレさん、ヴィ-レさん? 大丈夫ですか?」
「え? あ、ごめんなさい。なんでしたか?」
ゴストさんに名前を呼ばれ我に返る。
どうやら予想外の出来事に頭がフリーズしていたようだ。心配げな様子なゴストさんに謝りながら振り返る。
「いえ、ヴィーレさんはどうしてあんなところで気を失っていたのですか?
<アームンディムの円湖>には亜竜級の水性モンスターが多く住みついていて、飛び込むような場所ではないはずなのですが」
「それは強いモンスターとの戦闘になって逃げていたんです。私の相棒のアレウスも……って、あーー!!」
完全に忘れていた。
予想外の事ばかりが積み重なって、完全に頭の片隅に押しのけてしまっていた。
あの樹木型のモンスターとの戦闘中に突然様子がおかしくなったアレウス。
逃げるのに必死で【ジュエル】に時間を停止した状態で《送還》したまま、まだ一度として《喚起》していない。
おそらく私と同じでいくつもの状態異常にかかっているはずだ。早く治療してあげなければならない。
しかし、私の持ちうる回復アイテムでは全快にしてあげることは不可能だ。
「あの、ゴストさん。私の治療をしてくれたのはゴストさんですよね?」
「ええ、そうですよ」
微笑みながら頷くゴストさん。
やはり何らかの形の回復手段を持ち合わせているのだろう。
助けて貰っていて図々しいとは思うが、できることなら早くアレウスに会って無事を確かめたい気持ちが大きい。何とかしてアレウスを助けて欲しい。
「……お礼は後で何でもお返しします。私の相棒……アレウスを治療して「いいですよ」……え?」
言葉を最後まで言い切ることはできなかった。言葉の途中でゴストさんが快く了承してくれたからだ。
そんな彼はゆっくり立ち上がりながら話し始める。
「ヴィーレさんに騎獣がいることは《看破》した時点で分かっていたのです。むしろ何時言い出してくれるかとずっと待っていましたよ。
このまま言い出さないようであれば貴女を見捨てて放り出していたところです」
「あ、ありがとうございます」
どうやら知らず知らずに追い出される瀬戸際に立たされていたようだ。命拾いしたような不思議な安堵感がある。
私は小さなため息を吐きながら、右手で鈍く輝く【ジュエル】を見つめる。
今この瞬間も、時間の止まった空間の中でアレウスは傷付いた体で私を待っているのだ。
早く出して治療してあげなければいけないのに……
(出すのが、会うのが怖い……)
思い出すのはあの深紅の相貌。
敵意に満ちた目で私を見下ろすアレウスの姿が脳裏にフラッシュバックするのだ。
また裏切られたら? いきなり襲いかかられたら?
そんな気持ちが、たった三文字の言葉を言うのを躊躇わせる。あの魔王商店で言った言葉とは全く違う、そこにワクワクやドキドキは無くずっしりとした重たい恐怖しかありはしないのだから。
【ジュエル】を見つめたまま固まる私。
そんな私の耳に静かな声が聞こえてくる。
「昔の話です。私の仲間だった一人の【騎兵】が自分の騎獣が怖いと言い出した事があります」
【ジュエル】から目を離さない。
耳だけを声に傾ける。
「その【騎兵】はとあるクエストで命を落としかけたのです、自分の騎獣によって。その事が原因で【騎兵】は自分の騎獣が信じられなくなっていたのです。
結果的に仲間だったその男は、【騎兵】を止めて、自身の騎獣の入った【ジュエル】を置いて立ち去りました。
悲しい出来事です」
その【騎兵】は私によく似ている。
きっと怖かったのだ。自分の相棒である騎獣に面として会うことが。
「その騎獣はまた別の【騎兵】に乗られることになったのです。
ですがまた予想外の事が起きました。その騎獣は男以外の【騎兵】を乗せたがらず、ただ男の帰りを待ち続けたのです。
私は思うのです。
【騎兵】において大切なのは乗り手と騎獣、それぞれがお互いに信じ合うことだと。私はそんな姿をもう二度と見たくないのです。
だから……」
「大丈夫、もう大丈夫です。ありがとうございます、ゴストさん」
私もそんな結末見たくない。
先程の迷いは気の迷いだ、私がアレウスを選んだのだ。だからこそ、私が信用しきれずにアレウスと別れるなど決してあってはいけない事である。
もう先程の不安や恐怖はない。
右手を前にはっきりとした口調でその言葉を口に出す。
「《喚起》・アレウス‼」
出てきたのはあの時と同じく傷だらけの姿。
しかしあの時とは違い、目には理性の光が灯っている。
『BURURURU……』
「ゴメンね。私のせいで」
アレウスは傷だらけの体で申し訳なさそうにすり寄ってきた。
あのときの事はやはり何かの間違いないだったのだ。
「……もしかしたら【魅了】でも受けていたのかもしれませんね。去った【騎兵】も騎獣が【魅了】を受けて命を落としかけたので」
「【魅了】? あの人をメロメロにしたりする?」
「ええ、その魅了に似ています。
【魅了】というのは異性に対してのみ有効な状態異常です。一時的に価値観の最上位を自分にすげ替えて、仲間を攻撃させる、たちの悪く珍しい部類の状態異常ですね」
「そう言えば……モンスターから女性の笑い声が聴こえていたような。アレウスは雄だったから【魅了】になったのかも」
多分そうに違いない。
ゴストさんのもつ回復アイテムでみるみる回復していくアレウスを撫でながら思い出す。
「しかしおかしいですね、この辺りに【魅了】を使うのようなモンスターは居なかったはずですが……」
治療が終わったのか今度はガストさんが考え込むような姿をみせる。
それもそうだ、よくよく考えればそんな初見殺しの状態異常を使うモンスターが“初心者狩場”の奥に居てはたまらない。
<グリム森林>の奥地を駆け回って、一度しか出会わなかったことも踏まえれば特殊なモンスターだったのかも知れない。
「……もしかしたら、それは<UBM>だったのかもしれませんね。
女性の声と聞いて思い当たるのは【ドリアード】等の妖精系モンスターですが、ヴィーレさんやこのアレウスが掛かっていたような状態異常にはなりませんから」
<UBM>。
この<Infinite Dendrogram>において、一体しかいないユニーク・ボス・モンスター。
特異なスキルや強力なステータスを持つ、強大なモンスターだったはずだ。
ファフザーさんの話や、掲示板でこの頃よく聴く名前である。まさか、私が遭遇するとは思いもしなかったが。
「……まぁ、最悪【妖精女王】なら相性がいい。気にすることは無いですね」
独り言を呟くガストさん。そんな姿を見ながらこれからの事を考える。
<アムニール>に戻れない今、私がやるべき事は一つだけ。アレウスも同じく気持ち的なのか、目が合うと力強く頷いた。
「ゴストさん」
「はい、なんでしょう?」
「たくさんお世話になりましたが、そろそろ行こうと思います」
「……ここが閉塞された場所であることはわかっておますよね? その上で何処に行くと言うのです」
解らない、でもこのまま立ち止まっているわけにはいかないのだ。
もう二度とこんなことがないように、弱さに怯える事が無いように強くなりたい。相棒であるアレウスと共に。
「ここでアレウスと強くなろうと思います。そのためにもここを離れて旅をしようと……」
「ああ、それなら丁度いいですね」
「え?」
「さっき言いましたよね? お礼は何でもしますって」
……確かに言った。
「でもそれは何か物で返すってことで‼」
「ここは閉ざされた土地。それにヴィーレさんは渡せるような物は何も持っていない様子ですが?」
……ぐぅのねもでない。
「……何をさせようって言うんですか」
このまま私は閉ざされたこの土地でこき使われて過労死するのだ。
あぁ無情。
リアルでは習い事、ゲームではしたっぱとは……
何だか涙が止まらない。
「何を想像しているんですか……流石に怒りますよ?」
「す、すいません」
しかし私に何を頼みたいと言うのだろう。【騎兵】で大した物を持ってもいない私が出来る事など限られてくる。
そんな私に頼むことなど……
「私が欲しいのはヴィーレさんの体」
「……え?」
「ヴィーレさんには私の弟子になってほしいのです」
【クエスト【弟子入り――【
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】