自由への飛翔   作:ドドブランゴ亜種

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なんか、一話でおさまらなかった。


第16話 憤怒の炎は消えることなく

 □<グランドル> 【槍騎兵】ヴィーレ・ラルテ

 

 

 

 

 

 

 ――戦いの合図は鳴り響かなかった。

 

 

 

 

 

 ただ、【解体王】の異形の姿を。

 【槍騎兵】であるヴィーレの炎の甲冑を月明かりが照らし出す。

 月明かりは荒れた裏路地の地面へと二つの影映し出し、ゆっくりとその影を縦に伸ばした。

 そして……

 

 

 「――燃え尽きろ」

 

 

 ヴィーレは、握り潰した【解体王】の左腕に思いっきり力を込めた。

 ゼロ動作からの奇襲。

 同時に炎の甲冑から凄まじい熱量を持った炎が発火する。

 

 

 『ィ?』

 

 

 ――まさに一瞬である。

 今までに貯め込んできたMPとSPを全て注ぎ込んだ大火力の炎鎧は、瞬時にその左腕を【炭化】させた。

 獣人のような【解体王】の左腕は半ばから消し炭となる。

 甲高い音を立て、地面へと突き刺さる【接断包丁 カイタイシンショ】。

 2本で一つの<エンブリオ>、その一つを真っ先に失ったのだった。

 だが……まだだ。

 

 

 「アレウス、そのまま踏み殺せ」

 『BURUUUUUUuuuuu!!』

 

 

 上半身を逸らし、高くその前脚を振り上げていたアレウス。

 薄い金属なら軽々と踏み壊し、【ミスリル】さえ変形させる豪脚。

 豪脚は、ヴィーレの合図と共に勢いよく【解体王】の頭蓋目掛けて踏み下ろされた。

 その威力は計り知れず、ヴィーレの騎獣の中でも最高の攻撃力を誇る。

 常時、一撃必殺。

 

 ――振り下ろされた躍動する筋肉。

 ――風を切る鋼鉄の蹄鉄。

 

 

 

 『ィヒ、ゥヒヒヒヒヒ』

 

 

 しかし、そんな中でも【解体王】は笑みを浮かべたままだった。

 

 ――【炭化】した左腕?

 ――【ミスリル】すら変形させる豪脚?

 

 そんな事、以前に身体をゆっくりと《解体》してやったティアンに。

 最後には泣きながら許してくれと懇願され、頭をかち割ってやった<マスター>にやられたことがある。

 そして、それが効かない(・・・・)から此処で笑っているのだ。

 【解体王】は笑う。

 

 

 『キヒヒッ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィィィイ!!』

 

 

 道化のように肩を震わし、レインコートで顔を隠しながら嘲笑うような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ィ――――!?』

 

 

 そして数秒後――その笑みは固まった。

 【腐食】し始め(・・・・・・・)た自身の指先(・・・・・・)に。

 アレウスの豪脚をかわそうとし……動かない、【石化】した自(・・・・・・・)身の両脚(・・・・)に気が付いたからだ。

 

 

 『――――ッ!!』

 「その見るからに本来のモノと違う腕と足。貴様が殺して、奪ったんだ。

  ――だから、直ぐに異変に気が付け(・・・・・・・)ない(・・)

 

 

 見開かれた【解体王】の目が。

 不意に上げた目が、怒りの炎を宿す紅瞳と交錯した。

 

 

 「もう――既に射程圏内だ」

 

 

 その言葉は、まるで宣告だ。

 

 ――既に手遅れであり、終わりであるという死刑宣告。

 

 ヴィーレの一括りにされた赤髪が風に靡く。

 月光を反射し、薄っすらとだが綺麗な艶のある髪が薄紅色に輝いた。

 そんな中、異色の輝きを見せる髪留め。

 

 ――銀色の輪のような髪留めと、そこから伸びる無数の小さな花。

 

 花の一輪、一輪が何かのスキルを発動しているように、薄っすらと発光していたのだった。

 そして……

 

 

 『BURUUUUU!!』

 

 

 次の瞬間、小さな血飛沫と共にアレウスの豪脚は踏み下ろされたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

 

 城壁際の裏路地で発生した戦闘。

 【騎神】vs殺人鬼【解体王】。

 真夜中の人目の少ない場所――ではあるが、目撃者は少なくない人数いた。

 

 

 ――一人は他でも無い、ホオズキ。

 

 その身体の9割……首から下を殆ど解体され、寝返りすらうてない瀕死の状態である。

 何重にも重なった『傷痍系』状態異常である【〇〇切断】。

 『血』の置換型<エンブリオ>である【シュテンドウジ】のおかげで、切断されただけの臓器に血を循環させることで命を繋ぎ、徐々にだが体の再生を始めていた。

 

 

 ――そして他の目撃者は狙われたビーオを含む子供たちだ。

 

 殺人鬼のおぞましさに。

 余りにも強烈な恐怖に【恐怖】の状態異常に陥る身体。

 ビーオ達は直ぐ目と鼻の先で始まった戦闘を、互いを抱きしめながら祈るように見つめていた。

 

 

 そして、

 

 

 「――ひっ!」

 

 

 ビーオ達が目にしたもの。

 突然現れた巨大な黒馬が地面を踏み抜き、舞い散った瓦礫と粉塵。

 宙に舞い散った砂煙を歪ませ、転がり出るように飛び出した人影。

 

 ――【解体王】だ。

 

 なにより恐ろしいのは生きていることではない。

 その【解体王】の異様な姿だ。

 

 頭から顔を隠すように被る黄色いレインコート。

 半ばから焦げ落ちた左腕に、うねる触手の右腕と中華包丁。

 そして……

 

 

 「あ、足が……」

 

 

 その両足は太股から真っ二つに切り取られていた。

 身長は以前の3分の2程度。

 肉と骨の断面を地面に着け、器用に【解体王】は立っていた。

 それだけではない。

 脇腹は抉られるように潰れ、止めどなく血が地面へと噴き出て真っ赤に染めた。

 

 

 ……恐ろしい。

 ……何で生きているのかも分からない。

 

 

 ビーオ達はその様子を震えながら涙目で眺め。

 

 

 『ィ、ィヒ……ィヒヒヒ』

 「――ッ!?」

 

 

 自らの<エンブリオ>で脇腹を切り取っ(・・・・・・・)()殺人鬼を見た。

 ハッキリと見えてしまう肉の断面。

 本来ならあるはずの身体は無く、向こう側の景色が見て取れる。

 だけど……血だけは不思議と止まっていた。

 

 

 ――『ゴソリッ』

 

 

 と、殺人鬼は血がべっとりと付いた【アイテムボックス】へ触手を伸ばす。

 ほんの数秒。

 何かを探すような仕草を見せ、とあるアイテム(・・・・・・・)を取り出した。

 いや……違う。

 もはやアイテムですら無い。

 

 見間違いようが無い――首の無い獣人ティアンの死体だった。

 

 鹿のような姿をしたティアン。

 殺人鬼は当たり前のようにその身体を地面へと下ろし、中華包丁を振り(・・・・・・・)下ろす(・・・)

 

 右腕が飛ぶ。

 鹿の身体の後ろ脚が落ちる。

 脇腹を裂き、血が流れだす。

 

 

 『――ィヒッ』

 

 

 殺人鬼は躊躇いなく、そのバラした部位を自身の身体にくっ付けた。

 もちろんその切断された部位と殺人鬼の身体の大きさには違いがある……のだが、それは関係ない。

 『グチュグチュ』っと。

 肉が膨張し、骨が音を立て、断面が伸びるように張り付いた。

 

 

 『ヒッ、イッヒッヒッヒッヒッヒッヒィィィィィイイイイイ!!』

 「~~~~ッ!」

 

 

 夜の暗闇に響く咆哮のような奇声。

 ビーオ達はもう悲鳴すら出せない。

 耳を塞ぎ、顔を埋め、ガタガタと震えながら身を寄せ合う。

 ……絶望だ。

 顔は白を通り過ぎて蒼白になっていた。

 そして、殺人鬼のレインコートから覗かせた狂気的な視線がビーオを捉え――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――砂煙から凄まじいスピードで飛び出した3本の矢が、【解体王】の身体を抉り取った(・・・・・)

 

 

 

 

 

 「――外した(・・・・)

 

 

 砂煙から現れたのは【騎神】。

 

 ――アレウスに《騎乗》し、身に纏う炎鎧。

 ――手に握り込んだ強弓。

 ――意志を持って靡く【不死鳥の紅帯】が絡め持つ長槍。

 

 真の意味(・・・・)で【騎神】であるヴィーレ・ラルテがそこには居た。

 例えば、【操縦士】。

 【操縦士】は何かしらのマシンを《操縦》することで。

 【船員】は船に乗り込むことでようやく真価を発揮する。

 

 ――ならば、先ほどまでヴィーレはどうだろうか?

 

 そのビルドにおいて【弓狩人】以外が《騎乗》することでようやく真価を発揮する『騎乗特化型ビルド』のヴィーレ。

 加えて、先ほどまで振るっていたのは弓ではない。

 まだ、手に入れたばかりの。

 使うのは苦手な部類にカテゴリーされるだろう長槍である。

 故に……それらが指し示す結論は一つだ。

 

 

 「――次は、確実に殺しきる」

 

 

 先ほどの戦闘は、《騎乗》するまでの時間稼ぎ。

 

 

 

 

 

 ――これからが【騎神】の本気でだという事実だった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 『HIHIIiiiiiiiーー~N!!』

 

 

 <グランドル>中に鳴り響くような大きな破壊音が鳴り響いた。

 同時に罅割れて、弾き飛ぶ地面だった瓦礫。

 巻き上がった砂煙は一瞬で掻き消えた。

 なんてことはない。

 ただ、アレウスが疾走(・・・・・・・)しただけ(・・・・)である。

 

 そして……誰もその姿を視認できない。

 

 全力全霊、全力前進。

 例え、街中だろうが関係ない。本気で手綱を引いたヴィーレにアレウスもまた全力で答えた。

 

 

 「――《リミテッド・オーバー》!」

 

 

 それはほんの数分間、アレウスの素の全ステータスを2倍に引き上げるスキル。

 そして使用後、重いペナルティのある『諸刃の剣』。

 しかしヴィーレは、アレウスは躊躇わない。

 初手から切り札を切る。

 

 故に――――初速は音速を超えた(・・・・・・)

 

 ヴィーレ自身も未だに制御しきれない超々音速機動。

 走るだけで地面を踏み砕き、巻き起こした突風は瓦礫を散弾のように周囲に弾き飛ばした。

 

 

 『――ギィ……ィヒ?』

 

 

 殺人鬼はもちろんその動きを捉えきれない。

 【解体王】が捉えた景色――それは瞬間、その姿をかき消した【騎神】の姿。

 吹きつけた凄まじい風。

 そして、

 

 

 ――全方位から放た(・・・・・・・)れた数十の鋭矢(・・・・・・・)

 

 

 一本一本が炎を纏う。

 首を、足を、頭を。そして心臓を。

 避けきれないように濃密に張り巡らされた矢の結界だった。

 あぁ、なんてことはないのだ。

 ただ、超々音速機動が(・・・・・・・)矢の速度を超え(・・・・・・・)てしまった(・・・・・)だけである。

 路地裏と言う至近距離。

 炎を纏い、強弓で放たれた矢は猛威となり【解体王】に襲い掛かった。

 

 

 『ィ、ィヒヒヒヒヒ!!』

 

 

 微かに聞こえる小さな奇声。

 全方位から放たれた矢の結界? ――いや、一か所だけ出口が存在する!

 『ミシリ』っと。

 【解体王】が殺し、解体し、奪い取ったティアンの脚。

 かつて優れた脚力を誇っていただろう鹿の脚の筋肉が軋みを鳴らした。

 骸となり、奪われてなおその脚力は落ちることなく、【解体王】は大きく宙に跳躍する。

 

 ――ヴィーレの思い描く通り、跳躍した。

 

 

 『――――ッ!!!』

 

 

 跳躍した【解体王】。

 次の瞬間、その体がぶれていた。

 

 

 「――やっぱり、まだ慣れないか」

 

 

 まるで野球のように。

 勢いよく薙ぎ払われた【ミラーズ・ベイ】は【解体王】を深く捉えていた。

 息が抜けるような乾いた音。

 黄色いレインコートから真っ赤な血を振りまき、グルグルと回転しながら勢いよく弾き飛ぶ。

 そして、

 

 

 『――カヒュ』

 

 

 城壁の叩きつけられた【解体王】。

 その笑みが浮かべられていたはずの口からは少なくない量の血が飛び出た。

 きっと【出血】だけではない。

 叩きつけられた衝撃で肺は痙攣し、【酸欠】状態にもなっているだろう。

 城壁にぶつけられ、跳ねる身体。

 【解体王】の身体は力を失ったように倒れ込む……こともない。

 

 

 ――中華包丁を握った触手。

 

 

 その腕が三本の矢によって、城壁へと縫い留められてしまっていたからだ。

 

 

 『BURUUuuuuuuuッ!!』

 

 

 そんな身動きの取れない【解体王】へと落ちる大きな影。

 ガクガクの身体。

 息の出来ない呼吸。

 封じられた自身の<エンブリオ>。

 息も絶え絶え……いや、息すら出来ない【解体王】。

 その視界に映ったのはやはり上半身を反らし、前脚を持ち上げたアレウスの豪脚だった。

 

 

 

 

 

 ――【解体王】の何が悪かったのだろうか?

 

 

 

 

 

 もし、その質問があったなら。

 その質問に答えるとするならば、答えは一つ。

 

 ――ただ、相手が悪かったのだ。

 

 

 『ィ、イヒッ! イヒヒヒヒヒヒヒヒイイイ!!』

 

 

 狂ったように嗤う【解体王】は理解した。

 

 ――次元が違う(・・・・・)

 

 と。

 文字通り【騎神】は最速の騎兵であり、<マスター>として強すぎたのだ。

 所詮、生産職である【解体王】で立ち向かう方が間違っていたのだ。

 ……だが、それでも!

 振り上げられた豪脚を目の前に、【解体王】は自らの右腕を引きちぎった。

 『ダラリ』っと。

 意識を無くしたかのように垂れ下がり、【カイタイシンショ】を落とした触手。

 

 

 『ギィィィィィィイイイイーーーーー!!!!』

 

 

 地面に転がった中華包丁を握り、ヴィーレへと向け振るう。

 足でも、腕でもいい。

 条件で言うなら、例え爪先でもいいのだ。

 鎧を身につけず、真紅の衣装に身を包むヴィーレ。

 その体の何処かにさえ刃が届きさえすれば、刃は容易くその肌へと達するだろう。

 

 

 そして――言うのだ、《人はバラせばただの肉》と。

 

 

 それだけで【解体王】の勝ち、なのに。

 

 

 「――無駄」

 

 

 瞬間だった。

 その身体は炎に包まれ、ステータスにはいくつもの状態異常が表示されていた。

 続いて走る鈍い感触。

 振るわれた【ミラーズ・ベイ】、太股が抉られ、吹き飛ばされるように地面を転がった。

 

 

 

 

 

 ――遠すぎた。

 

 

 

 

 

 【接断包丁 カイタイシンショ】は届く距離にあるはずだ。

 それなのに――。

 【騎神】までの距離は数メテルと言う程度のはずだ。

 それなのに――。

 

 

 『ヒハッ! ィヒ、ィヒ……イヒヒヒヒィィィィィ……』

 

 

 変わらない奇声。

 その声は尻すぼみに小さくなり――消える。

 先ほどまでとは違う、右腕は千切れはしたがまだ身体は十分に動ける。

 しかし――【火傷】と【出血】。

 その他の状態異常の掛かった身体を地面へと投げ出し、【解体王】は動くのを止めた。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――大切な仲間を命を懸けて守り、それでも後悔し続けていた英雄が居た」

 

 

 ――中華包丁を握った右腕が根元から吹き飛んだ。

 

 無慈悲に打ち抜かれた矢。

 余りにも過剰な威力を持った矢は、ダメージを与えず、その左腕を千切り飛ばした。

 

 

 「――<UBM>に成り果て、それでも人を殺したくないと。……『殺してほしい』と涙を流した少女が居た」

 

 

 ――左足を矢が貫き、深々と地面へと縫い留めた。

 

 

 「――子供たちを、貧しい人々を助けたいと。危険な砂漠を渡る人がこの<グランドル>には居る」

 

 

 ――炎を纏った矢が右足を貫き、端から燃やし【炭化】させていく。

 

 

 【騎神】は容赦なく、慈悲を見せることなく馬上から矢を番えていた。

 真紅の炎は消えることなく。

 憤怒の目の輝きは収まることなく。

 『ギリ、ギリ』っと。

 強弓が軋むほど弦を引く。

 そして、

 

 

 

 

 

 「――何もしゃべるな。ただ黙って焼死しろ」

 

 

 

 

 

 最後の矢は引き放たれたのだった。

 

 

 

 

 

 


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